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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい


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第5話 現れし幾何学野菜! フラクタルって食えるんですか、ロマネスコ先輩

お願い⭐️

途中で吹き出した人だけでいいので、ページの一番下についたら評価とブックマークをご検討ください⭐️

 マンドラゴラチップスは完売した。


 完売。


 なんて甘美な響きだろう。


 指定野菜を目指す根菜にとって、これ以上ない第一歩である。


 ただし。


「完売したのは、試作三十袋だけだけどね」


 野蒜ちゃんが言った。


 黙れ。


 数字で殴るな。


「しかも半分くらいは、怖いもの見たさのお客さまでしたわね」


 エシャロットちゃんが言った。


 黙って。


 分析で刺すな。


「でも、うまかったぞ!」


 ウリ坊が両手を挙げた。


 好き。


 ウリ坊だけが、この荒んだ根菜界の光である。


 朝市の片付けが進む中、防音屋台の周りには、まだほんのり揚げ油と土と薬草の匂いが残っていた。


 悪くない匂いだ。


 たぶん。


 いや、普通の野菜売り場でこの匂いがしたら、客は少し不安になるかもしれない。


 そこは改善点だ。


 俺は筆談板に書いた。


『今日の結果は勝ちですか?』


 野蒜ちゃんとエシャロットちゃんが、同時に黙った。


 その沈黙、やめろ。


 答えが悪い時の沈黙だろ。


「負けではないわね」


 野蒜ちゃんが言った。


「勝ちでもありませんわ」


 エシャロットちゃんが続けた。


 つらい。


 野菜界、判定が厳しい。


「売り切れたじゃん」


 俺は筆談板に書いた。


「売り切れたわ。でも、カリフラワー先輩は通常販売分まで全部捌いてる」


 野蒜ちゃんが顎で隣を示した。


 白い屋台は、きれいに片付けられていた。


 そこにはもう、カリフラワーのスープも、フリットも、カリフラワーライスも残っていない。


 完売。


 あちらも完売。


 しかもたぶん、怖いもの見たさではない。

 普通に、家庭の食卓へ迎えられている。


 強い。


 白い先輩、やっぱり強い。


「でも、今日の勝負は無意味ではなかったと思いますわ」


 エシャロットちゃんは、試食メモを閉じた。


「お客さまは、マンドラゴラを食べられるものとして認識しました。これは大きいです」


 食べられるもの。


 指定野菜を目指しているのに、スタート地点がそこなのか。


 いや、仕方ない。


 俺は抜くと叫ぶ根菜である。


 食べられると思われただけでも進歩だ。


「一番根、花も咲いたしな!」


 ウリ坊が嬉しそうに言った。


 そう。


 朝市の途中で、俺は叫びかけて、代わりに花を咲かせた。


 頭の葉の先に咲いた、小さな土留(どど)め色の花。


 今はもうしおれて、葉っぱの付け根でしょんぼりしている。


 なぜ咲いたのかは分からない。


 マンドラゴラの生理現象なのか。

 精神的成長なのか。

 ブロッコリーへの怒りなのか。

 ウリ坊の応援による奇跡なのか。


 どれでも嫌だな。


「花が咲く根菜、悪くないわよ」


 野蒜ちゃんが俺の葉を覗き込んだ。


「でも食材としては意味あるの?」


 そこ。


 そこなんだよな。


 俺が花を咲かせても、チップスの味は変わらない。

 指定野菜の審査で「かわいい花が咲きます」は、たぶん決定打にならない。


 観賞用なら別だが、俺は食卓へ行きたい。


 いや、行きたいのか?


 食卓へ行くとは、最終的に食べられるということだ。


 俺は何を目指しているんだ。


 根菜としての自己矛盾が深い。


「悩んでいるようだね、マンドラゴラ君」


 健康そうな声がした。


 ブロッコリーだった。


 朝市が終わったというのに、まだいたのか。


 濃い緑の房を朝日に光らせながら、黒幕野菜は穏やかに近づいてくる。


 その後ろには、カリフラワー先輩もいた。


 白い。

 相変わらず白い。

 昨日より少し疲れて見えるのに、それでも清潔感がある。


 ずるい。


「今日はよく売れていたわね」


 カリフラワー先輩が微笑んだ。


 嫌味ではない。


 本気で言っている。


 こういうところが倒しにくい。


 俺は筆談板に書いた。


『そちらも完売、おめでとうございます』


「ありがとう。あなたのチップスも、一袋いただいたわ。少し苦かったけれど、悪くなかった」


 少し苦い。


 全員そこを言う。


 マンドラゴラ最大の課題、苦味。


「ただ」


 カリフラワー先輩は、少し考えるように葉を揺らした。


「あなたは、カリフラワーに成り代わる必要はないと思う」


 出た。


 正しいやつ。


 白い正論。


「あなたはあなたの使い道を見つけた方がいいわ。白さでも、汎用性でも、私と同じ土俵で戦う必要はないもの」


 分かる。


 分かるけど。


 それを認めると、タイトルが少し揺らぐ。


 俺はカリフラワーにできたんだから俺にもできるはず、でここまで来たのだ。


 成り代わる気満々だったのだ。


 今さら、自分らしさとか言われても困る。


「君に必要なのは、形の理解だね」


 知らない声がした。


 カリフラワー先輩とブロッコリーのさらに後ろ。


 そこに、妙な野菜が立っていた。


 緑。


 ただし、ブロッコリーの健康的な緑とは違う。


 もっと薄い。

 もっと硬そう。

 もっと角ばっている。


 小さな塔が無数に集まり、螺旋を描きながら盛り上がっている。

 自然物のはずなのに、どう見ても誰かが定規とコンパスで設計した形だった。


 ロマネスコ先輩だった。


 名前は知らない。


 でも、見た瞬間に分かった。


 あれはロマネスコだ。


 野菜界の幾何学担当。


「ロマ兄さん」


 カリフラワー先輩が少し困った顔をした。


 兄さん。


 また兄さん。


 野菜界の兄妹関係、近すぎる。


「やあ、カリフラワー。ブロッコリー。朝市は良い観察対象だったよ」


 ロマネスコ先輩は、こちらを見た。


 見た、というより、計測された気がした。


 俺は思わず一歩下がった。


 根菜的本能が告げている。


 こいつ、話が長いタイプだ。


「君がマンドラゴラ君だね」


 俺は頷いた。


「君は自分を根菜だと思っている」


 根菜だろ。


「だが、それは分類であって本質ではない」


 出た。


 面倒なやつだ。


「食卓において重要なのは、形、反復、配置、期待値の制御だ。たとえばカリフラワーは白い集合体として安心を与える。ブロッコリーは緑の小房として健康を示す。私は螺旋として記憶に残る」


 俺は筆談板に書いた。


『すみません、もう一回お願いします』


「ロマ兄さん、五歳児にも分かるように」


 カリフラワー先輩が言った。


 五歳児じゃない。


 マンドラゴラである。


 いや、マンドラゴラとしても分からない。


 ロマネスコ先輩は頷いた。


「つまり、君は見た目が怖い」


 分かりやすい。


 急に分かりやすい。


「だから形を制御した方がいい」


 なるほど。


 いや、根菜の形をどう制御しろと。


 野蒜ちゃんが腕を組む。


「品種改良?」


「それも一つ。だが、もっと早い方法がある」


 ロマネスコ先輩は、俺の頭の葉をじっと見た。


「切り方だ」


 切り方。


 調理法。


 エシャロットちゃんが目を輝かせた。


「なるほど。怖い人型のまま売るのではなく、最初から消費者が受け入れやすい形に加工するのですわね」


「そう。マンドラゴラ君は、生の姿で売り場に立つには情報量が多すぎる」


 情報量が多い野菜。


 嫌な称号だ。


「チップスは正解に近い。薄切りにすることで、君の人型性は消え、食感と香りだけが残る。ただし、まだ苦味と薬草感が強い。ならば次は、形と味の両方を設計すべきだ」


 ロマネスコ先輩は、朝市の台に残っていたチップスの欠片を見た。


「螺旋だ」


 嫌な予感がした。


「マンドラゴラを螺旋状に削り、揚げる。名付けて――」


 ロマネスコ先輩は、堂々と言った。


「マンドラゴラ・スパイラル」


 ださい。


 いや、少しかっこいい。


 でも、ださい。


 野蒜ちゃんが眉を寄せた。


「それ、屋台のくるくるポテトみたいなやつ?」


「その理解でおおむね正しい」


 急に庶民的になった。


 エシャロットちゃんが、すぐにメモを取り始めた。


「見た目の怖さを消し、手に取りやすく、食べ歩きもできる。朝市向きですわね」


「おれ、食べたい!」


 ウリ坊が跳ねた。


 強い。


 ウリ坊が食べたいと言うなら、かなり強い。


 俺は筆談板に書いた。


『でも、誰が削られるんですか?』


 沈黙。


 全員が、ゆっくりと俺を見た。


 俺は筆談板を胸に抱いた。


 やめろ。


 指定野菜候補を試作で削るな。


「間引き根でやるわよ」


 野蒜ちゃんが言った。


 助かった。


 いや、助かってない。


 間引き根たちはまた覚悟を決めるのか。


 根菜の世界、倫理が土に埋まりがち。


 ブロッコリーが、健康そうに笑った。


「面白い提案だね。ロマネスコらしい」


 その言い方。


 褒めているようで、盤面を見ている声だ。


「では、次の課題にしよう」


 やっぱり来た。


 黒幕が課題を出す流れ、固定化するな。


「一週間後、町の収穫祭がある。そこでマンドラゴラ・スパイラルを出してみるといい」


 一週間後。


 収穫祭。


 聞いただけで大変そうだ。


「条件は?」


 野蒜ちゃんが低く聞いた。


 ブロッコリーは微笑んだ。


「簡単だよ。子どもに売れること。家族連れが買えること。そして――」


 来る。


 重いやつが来る。


「カリフラワーの新作メニューより、長い列を作ること」


 重い。


 毎回重い。


 カリフラワー先輩が、少し申し訳なさそうにした。


「兄さん、またそういう」


「競争は成長を生む」


 便利な言葉だな。


 だいたい悪用されている。


 ロマネスコ先輩は、俺を見た。


「君には螺旋が必要だ」


 何なんだ、その確信。


 だが、悔しいことに、悪くない。


 チップスは売れた。

 でも、食卓というより物珍しさが強かった。

 ボルシチは悪くなかった。

 でも、日常食には少し重い。


 マンドラゴラ・スパイラル。


 手に持って食べられる。

 見た目が楽しい。

 叫ばない加工済み。

 苦味は揚げ油と塩でごまかせる。

 子どもにも売れるかもしれない。


 これは、いけるのでは。


 俺は筆談板に書いた。


『受けます』


 ウリ坊が歓声を上げた。


「くるくるマンドラゴラ!」


 それだ。


 正式名より、そっちの方が売れそう。


 エシャロットちゃんが即座に書き換えた。


 くるくるマンドラゴラ


 うん。


 強い。


 ロマネスコ先輩が少しだけ眉を動かした。


「スパイラルの美しさが」


「子どもには、くるくるの方が伝わりますわ」


 エシャロットちゃんが微笑んだ。


 ロマネスコ先輩は黙った。


 幾何学、敗北。


 野蒜ちゃんが包丁を肩に担いだ。


「じゃ、間引き根に声かけてくるわ。今度は叫ばない下処理も試す」


 オーク農家が頷く。


「くるくる用の削り機を作るか」


 ウリ坊が手を挙げる。


「おれ、まわす!」


 危ない。


 でもかわいい。


 高麗人参が、特別栽培区画の木箱からこちらを見ていた。


 悔しそうだった。


 くるくる系には向いていない高級根菜の顔だ。


 ざまあみろ。


 いや、高麗人参スパイラルは普通にありそうだな。


 考えるのはやめよう。


 ブロッコリーは、満足そうに去っていく。


 カリフラワー先輩は、少しだけこちらに頭を下げた。


「収穫祭で会いましょう。私も新作を用意するわ」


 望むところだ。


 白い先輩を超えるには、白さでは駄目だ。


 高級感でも駄目だ。


 薬効だけでも駄目だ。


 俺には俺の形が必要だ。


 たぶん。


 螺旋かどうかは知らないが。


 指定野菜への道は、次なる段階へ進んだ。


 朝市の次は、収穫祭。


 チップスの次は、くるくるマンドラゴラ。


 そして新たに現れた、幾何学野菜ロマネスコ先輩。


 野菜界、層が厚すぎる。


 俺は筆談板に、小さく書いた。


『見てろよ、ブロッコリー』


 すると、遠ざかる緑の背中が、ほんの少しだけ揺れた。


 笑ったのかもしれない。


 読まれたのかもしれない。


 いや、まさか。


 野菜だぞ。


 俺も野菜だけど。

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