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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第一章

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第4話 THE朝市決戦 叫ばない根菜の売り方は防音屋台と、マンドラゴラチップスの可能性

 朝が来た。


 指定野菜を目指すマンドラゴラにとって、最初の関門となる朝市である。


 俺は防音屋台の中にいた。


 防音屋台。


 言葉の時点でかなり嫌だ。


 屋台なのに、窓は二重。

 屋台なのに、壁が分厚い。

 屋台なのに、入口に「耳栓貸出中」と書かれている。


 これ、野菜を売る場所じゃなくて、危険生物の展示施設じゃないか?


「安全性の訴求は大事よ」


 野蒜ちゃんが言った。


 いつも通り足元は泥だらけで、いつも通り自信満々だった。

 彼女の前には、試食用の皿が三つ並んでいる。


 一つ目。マンドラゴラ・ボルシチ改。

 二つ目。マンドラゴラの薬膳きんぴら。

 三つ目。マンドラゴラチップス。


 最後だけやたら庶民派だ。


「初見のお客さまには、まずチップスですわね」


 エシャロットちゃんが、白いクロスを屋台の台へ敷きながら言った。


「薄く切って、しっかり水にさらし、二度揚げ。香りはハーブ塩で整えました。マンドラゴラ特有の土っぽさを、香ばしさとして受け止めていただく作戦ですわ」


 なるほど。


 土臭いじゃなく、香ばしい。


 物は言いようだな。


「あと、商品名ですけれど」


 エシャロットちゃんが、小さな看板を掲げた。


 そこには、流れるような文字でこう書かれていた。


 【大地のめざめチップス】


 おしゃれ。


 いや、でも俺だぞ。

 マンドラゴラだぞ。

 抜くと人が死ぬ系の歩く根菜だぞ。


 大地のめざめ、で済ませていいのか?


「叫ぶ根菜チップスよりは売れるでしょ」


 野蒜ちゃんが言った。


 それはそう。


 俺は黙って頷いた。


 声を出すな。

 叫ぶな。

 農家さんを殺すな。

 子どもを泣かせるな。

 カリフラワー先輩より多く手に取られろ。


 今日の目標を、俺は胸の中で繰り返した。


 根菜だけど胸はある。

 たぶん。


「一番根!」


 屋台の外から、ウリ坊が顔を覗かせた。


 頭には小さな三角巾。手には試食用の爪楊枝。胸元のつなぎには、昨日までの「みならい」に加えて、「ししょくがかり」と書かれた布が縫いつけられている。


 かわいい。


 滅茶苦茶かわいい。


「おれ、いちばんに買う!」


 ウリ坊はそう言って、握りしめていた銅貨を台の上に置いた。


 オーク農家が後ろで腕を組みながら頷く。


「身内の購入は売上に含めねえぞ」


 厳しい。


 農政は身内に厳しい。


「でも、最初のお客さまには違いありませんわ」


 エシャロットちゃんが微笑んで、チップスを一枚、ウリ坊の皿に置いた。


 ウリ坊は両手でそれを受け取り、真剣な顔で見つめた。


 マンドラゴラチップス。


 薄い。

 少し茶色い。

 端がくるんと丸まっている。

 見た目は、まあ、普通の根菜チップスだ。


 問題は味。


 ウリ坊が、ぱり、と噛んだ。


 全員が固まった。


 高麗人参すら、特別栽培区画からこちらを見ていた。


 カリフラワー先輩は、隣の白い屋台で静かに試食準備をしている。

 ブロッコリーは、その少し後ろで健康そうに微笑んでいる。


 腹立つな、あの緑。


「……」


 ウリ坊が、もぐもぐした。


 そして、ぱあっと顔を輝かせた。


「おいしい!」


 勝った。


 いや、まだ早い。


 だが、かなり勝った。


「ちょっとにがいけど、ぱりぱり! おいしい!」


 ちょっと苦い。


 また出た。


 でも、おいしい。


 子どもに泣かれなかった。

 むしろ笑った。


 これはでかい。


「よし、開店!」


 野蒜ちゃんが声を張った。


「いらっしゃい! 歩く根菜の新時代! 防音完備、悲鳴対策済み! 大地のめざめチップス、試食やってるよ!」


 売り文句が強すぎる。


 朝市の客たちが、ちらちらとこちらを見た。


 そりゃ見る。

 防音屋台だし。

 中に俺がいるし。

 隣にはオーク農家とウリ坊だし。

 野蒜ちゃんは声がでかいし。

 エシャロットちゃんは無駄に優雅だし。


 近づいてきた最初の客は、背中に籠を背負ったおばあさんだった。


「まあまあ、これが噂のマンドラゴラかい」


 おばあさんは、俺を見て目を細めた。


 俺は丁寧に頭を下げた。


 葉っぱが揺れる。


「おとなしいねえ」


 いまだけです。


 そう書こうとして、やめた。


 営業に不利すぎる。


 代わりに筆談板へ、


『本日は叫びません』


 と書いた。


 おばあさんは、けらけら笑った。


「そりゃ助かるよ。うちのじいさん、心臓が弱いからね」


 指定野菜候補として、笑えない話だ。


 おばあさんはチップスを一枚つまみ、口に入れた。


 ぱり。


「おや」


 ぱりぱり。


「……悪くないねえ。ごぼうより軽い。芋より薬っぽい。酒のつまみにいいかもしれないよ」


 酒のつまみ。


 新たな販路である。


 俺は筆談板に書いた。


『ありがとうございます』


「礼儀もいいじゃないか。ひと袋おくれ」


 売れた。


 一袋。


 マンドラゴラチップス、初販売である。


 ウリ坊が小さく跳ねた。

 野蒜ちゃんが拳を握った。

 エシャロットちゃんがすぐに包装紙を差し出した。

 オーク農家が黙って頷いた。


 俺は泣きそうになった。


 泣くな。

 まだ泣くな。

 マンドラゴラの涙の効能が分からない。


 そこから、客は少しずつ増えた。


「これ本当に叫ばないの?」

『本日は叫びません』


「生では食べられる?」

『おすすめしません』


「薬効は?」

『個人差があります』


「顔が怖いねえ」

『仕様です』


「かわいい!」

『ありがとうございます』


 最後の子どもは、ウリ坊の友だちらしい小さなオークだった。


 怖がられなかった。

 むしろ葉っぱを撫でられた。


 俺は少しだけ誇らしかった。


 それにしても、チップスは強い。


 ボルシチは説明がいる。

 きんぴらは試食のハードルがある。

 だが、チップスは手に取りやすい。


 ぱりっとしている。

 軽い。

 怖いもの見たさでも食べられる。


 マンドラゴラは、薄く切って揚げるべきだったのか。


 自分の存在意義が油で開けていくのは、少し複雑だ。


「順調ですわ」


 エシャロットちゃんが、売上札を一枚動かした。


 俺たちの屋台の前には、小さな列ができている。


 隣のカリフラワー先輩の屋台も、もちろん人気だった。


 白いスープ。

 カリフラワーのフリット。

 カリフラワーライス。

 どれも上品で、どれもきれいで、どれも食卓に置いた時の絵が見える。


 強い。


 だが、こちらも戦えている。


 そう思った、その時だった。


 ブロッコリーが動いた。


「みなさん」


 健康そうな声が、朝市に響いた。


 嫌な予感がした。


「本日は、カリフラワーとマンドラゴラの新しい挑戦をご覧いただき、ありがとうございます。ここで、緑黄色野菜協会からのお知らせです」


 緑黄色野菜協会。


 そんなものがあるのか。


 いや、ありそうだな。

 野菜界だし。


 ブロッコリーは、にこやかに続けた。


「食卓に新しい野菜を迎えるには、安全性の確認が不可欠です。そこで、今から簡単な実演をお願いしたい」


 実演。


 野蒜ちゃんの顔が険しくなった。

 エシャロットちゃんが、ゆっくりと扇子を閉じた。

 オーク農家が鍬に手をかけた。


 ブロッコリーは俺を見た。


「マンドラゴラ君。君は本当に、叫ばずにいられるのかな?」


 やっぱりそう来たか。


 朝市の客たちが、ざわめく。


 カリフラワー先輩が、少しだけ眉を寄せた。


「兄さん、それは」


「心配いらないよ。無理に叫ばせるわけではない。ただ、消費者の前で安全性を示してもらうだけだ」


 正論。


 だが、嫌な正論。


 ブロッコリーは穏やかに言った。


「たとえば、収穫時を想定して、軽く葉を引かれても声を出さない。これくらいは、指定野菜を目指すなら必要な訓練だろう?」


 葉を引く。


 つまり髪を引っ張るようなものだ。

 たぶん。


 やめろ。


 普通に嫌だ。


 だが、断れば安全性に疑問がつく。


 受ければ叫ぶかもしれない。


 叫べば終わり。


 子どもも泣く。

 農家さんも倒れる。

 指定野菜の道も遠のく。


 汚い。


 緑が濃いだけある。


 俺は筆談板を握った。


 野蒜ちゃんが低く言う。


「やめときな。あいつ、完全に潰しに来てる」


 エシャロットちゃんも続ける。


「別の形で安全性を示せばよろしいですわ。罠に乗る必要はございません」


 ウリ坊が、不安そうに俺を見上げた。


「一番根……」


 俺はウリ坊の顔を見た。


 小さな手。

 ししょくがかりの布。

 信じきった目。


 ああ、もう。


 そういう顔をするな。


 俺はため息をついた。


 声は出さない。


 筆談板に一行だけ書く。


『やります』


 朝市が静まった。


 ブロッコリーが、満足そうに笑った。


 カリフラワー先輩は、何か言いたそうにしていたが、言わなかった。


 オーク農家が、防音屋台の扉を開けた。


「危なかったら、すぐ止める」


 俺は頷いた。


 屋台の外へ出る。


 朝の空気が葉先に触れる。

 客たちの視線が集まる。

 高麗人参が、木箱の中からじっと見ている。


 ブロッコリーが近づいてきた。


「では、失礼」


 緑の葉先が、俺の頭の葉っぱを軽くつまむ。


 引かれた。


 ぞわっとした。


 根の先から、頭の葉まで、叫びが駆け上がってくる。


 まずい。


 これは、まずい。


 声が出る。


 俺は歯を食いしばった。


 歯、あるんだな。


 いや、いま考えることじゃない。


 叫ぶな。

 叫ぶな。

 農家さんを殺すな。

 子どもを泣かせるな。

 指定野菜になるんだろ。


 カリフラワーにできたんだ。


 俺にできない道理は――。


「がんばれ、一番根!」


 ウリ坊が叫んだ。


 その声で、俺の中の叫びが止まった。


 代わりに出てきたのは、声ではなかった。


 葉っぱだった。


 頭の葉が、ぴん、と立つ。


 次の瞬間、葉先からぽん、と小さな花が咲いた。


 白くない。

 緑でもない。

 土の色に近い、地味な小花だった。


 朝市の客たちが、息をのんだ。


 ブロッコリーの手が止まる。


 野蒜ちゃんが目を丸くした。


 エシャロットちゃんが、口元を押さえた。


 カリフラワー先輩が、小さく笑った。


「……咲いた」


 誰かが言った。


 俺は叫ばなかった。


 代わりに、咲いた。


 意味は分からない。


 でも、たぶん、悪くない。


 ウリ坊が、ぱあっと笑った。


「一番根、きれい!」


 反則。


 完全に反則。


 泣きそうになった。


 だから俺は、必死に泣かないように、筆談板を掲げた。


『本日は叫びません』


 朝市のあちこちから、笑いが起きた。


 拍手が起きた。


 そして、その拍手の中で、ブロッコリーだけが、健康そうな笑顔を少しだけ硬くしていた。


 勝った。


 少なくとも、今日のところは。


 マンドラゴラチップスは、そのあと完売した。

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