第3話 白い先輩と、緑の黒幕 カリフラワーにできたんだ。俺だってきっと
マンドラゴラ・ボルシチは、思ったより好評だった。
ただし、思ったより、である。
「味は悪くないわね」
野蒜ちゃんは三杯目をすすりながら言った。
「でも、日常的に食べたいかって言われると、ちょっと考える」
考えるな。
そこは勢いで食べろ。
「滋養はございますわ」
エシャロットちゃんは、試食メモに羽ペンを走らせながら、優雅に頷いた。
「ただ、食卓に華が足りません。ビーツのような鮮やかさも、カリフラワーのような清潔感もありませんもの」
出た。
カリフラワー。
俺は選別所の隅で、根っこの拳を握った。
指定野菜。
カリフラワーは、そこへ到達した。
ならば俺にもできるはず。
いや、できるどころか、成り代わってやる。
白くて丸くて、なんか上品そうな顔をしているだけの花蕾野菜に、根菜の底力を見せてやるのだ。
「一番根、顔こわい」
ウリ坊が言った。
すまん。人相の悪い野菜なので、普通の顔でも怖い。
そのとき、選別所の入口がざわついた。
オーク農家たちが道を開ける。
野蒜ちゃんが「げ」と言った。
エシャロットちゃんが背筋を伸ばした。
高麗人参が木箱の中で、わざとらしく咳払いをした。
入ってきたのは、白かった。
白い。とにかく白い。
葉に包まれた丸い花蕾。雪玉みたいな頭。全体的にふわっとしているのに、なぜか妙な圧がある。
カリフラワー先輩だった。
「あなたが、マンドラゴラさん?」
声まで白かった。
白い声って何だよ、と思ったが、実際そうとしか言えなかった。
やさしい。上品。清潔。クセがない。
それなのに、野菜売り場でちゃんと目立つ。
くそ。
強い。
「はい。俺が、次期指定野菜候補のマンドラゴラです」
声を出すわけにはいかないので、俺は札に書いた。
もちろん、事前に用意してもらった筆談板である。
指定野菜を目指すうえで、会話のたびに鳥を落としているようでは話にならない。
カリフラワー先輩は、俺の筆談板を見て、ふわりと微笑んだ。
「意気込みは素敵ね。でも、指定野菜は夢だけでは届かないわ」
正論。
白いくせに、刺す。
「安定供給。食味。安全性。消費者の信頼。そして、料理への汎用性」
カリフラワー先輩は、ひとつずつ指を折るように葉を揺らした。
「あなたには、まだ足りないものが多いと思う」
ぐうの音も出ない。
いや、出したら危ないから、出せないだけだが。
野蒜ちゃんが、俺の横で腕を組んだ。
「でもさ、カリフラワー先輩だって、昔は地味野菜扱いだったじゃん」
「ええ。だから努力したの」
カリフラワー先輩は揺るがない。
「茹でても、焼いても、揚げても、刻んでも、潰しても使えるように。白さを保つ栽培方法も、傷みにくい流通も、食卓で浮かない提案も、みんなで積み重ねたの」
まぶしい。
白い。
まっとうすぎる。
俺は、思っていたより早く、心が折れそうになった。
高麗人参ならまだいい。
あいつは高級ぶっている。根菜界の意識高い枠だ。敵として分かりやすい。
だが、カリフラワー先輩は違う。
努力している。
まっとうに指定野菜になっている。
これは、倒しにくい。
「とはいえ」
カリフラワー先輩の後ろから、低く落ち着いた声がした。
選別所の空気が、さらにざわつく。
緑だった。
濃い緑。
栄養あります、健康です、弁当に入れられがちです、という顔をした房が、ゆっくりと入ってきた。
ブロッコリー。
野菜売り場の王者。
緑黄色野菜の圧。
黒幕である。
いや、まだ黒幕とは決まっていない。
だが、俺の根菜的直感が告げていた。
こいつは黒い。
色は緑だけど。
「夢のある若芽を摘むものではありませんよ、カリフラワー」
ブロッコリーは穏やかに言った。
声が健康にいい。
嫌な声だ。
「マンドラゴラ君。君の挑戦、私は応援している」
応援。
その言葉を聞いた瞬間、野蒜ちゃんの目が細くなった。
エシャロットちゃんの笑みが、少しだけ固くなった。
高麗人参が木箱の中で「ほう」という顔をした。
俺は筆談板に書いた。
『本当ですか?』
「もちろんだとも。新しい野菜が市場を活性化させるのは良いことだ。君のような個性的な根菜が、カリフラワーの隣に並ぶ未来。実に楽しみだよ」
隣。
成り代わるのではなく、隣。
俺はすぐに書いた。
『俺はカリフラワー先輩に成り代わるつもりです』
選別所が静まり返った。
ウリ坊だけが「なりかわる?」と首を傾げている。
カリフラワー先輩は、少し困った顔をした。
ブロッコリーは、笑った。
穏やかに。
健康的に。
最悪に。
「それは頼もしい」
こいつ、止めないのか。
「若い挑戦者には、分かりやすい目標が必要だ。いいでしょう。カリフラワーを目指しなさい。いや、超えなさい」
カリフラワー先輩が、小さくブロッコリーを見た。
「兄さん」
兄さん?
兄さんなの?
マジかよ。
野菜界の血縁、近すぎないか。
「大丈夫だよ、カリフラワー。競争は成長を生む」
ブロッコリーは、こちらへ向き直った。
「では、最初の課題を出そう」
課題。
俺は根っこの背筋を伸ばした。
「明日の朝市で、君はカリフラワーの隣に並ぶ。試食販売だ。メニューは自由。価格も自由。だが条件がある」
ブロッコリーは、ゆっくりと葉を揺らした。
「悲鳴事故を一件も出さないこと」
重い。
「子どもに泣かれないこと」
重い。
「そして、カリフラワーより多く手に取られること」
重すぎる。
野蒜ちゃんが舌打ちした。
「無茶言うじゃん」
「市場とは、そういう場所だよ」
ブロッコリーはにこやかだった。
「消費者は正直だ。魅力のあるものを選ぶ。安全で、おいしく、手に取りやすいものをね」
言っていることは全部正しい。
だから腹が立つ。
エシャロットちゃんが、俺のそばに寄って小声で囁いた。
「気をつけなさいませ。あの方は、正論で相手を畑に埋めるタイプですわ」
野菜なのに、畑に埋められたくない。
俺は筆談板を握った。
『受けます』
書いた瞬間、ウリ坊が跳ねた。
「一番根、がんばれ!」
野蒜ちゃんが、にやりと笑う。
「じゃ、今夜は徹夜で試作ね」
エシャロットちゃんも頷く。
「盛り付け、香り、商品名、すべて見直しですわ」
オーク農家が腕を鳴らした。
「朝市用の防音屋台、今から組むか」
高麗人参が、木箱の中で鼻で笑った。
そしてカリフラワー先輩は、少しだけ申し訳なさそうに俺を見た。
「本気なら、手は抜かないわよ」
俺は頷いた。
望むところだ。
ブロッコリーが満足そうに笑う。
その笑みを見た瞬間、俺はようやく理解した。
こいつの狙いは、俺とカリフラワー先輩を戦わせることだ。
白い先輩が負けても、ブロッコリーは言える。
市場は新しい野菜を求めている、と。
俺が負けても、ブロッコリーは言える。
やはり指定野菜には安全性と実績が必要だ、と。
どちらに転んでも、野菜売り場の王者は傷つかない。
汚い。
緑が濃いだけある。
俺は筆談板に、誰にも見せないよう小さく書いた。
『見てろよ、黒幕』
そのとき、ブロッコリーがこちらを見た。
笑っていた。
読まれた?
いや、まさか。
野菜だぞ。
俺も野菜だけど。
「では、明日の朝市で」
ブロッコリーはそう言って、堂々と選別所を出ていった。
カリフラワー先輩も続く。
白い背中は、思っていたよりずっと強そうだった。
俺は深く息を吸った。
声は出さない。
叫ばない。
農家さんを殺さない。
子どもを泣かせない。
カリフラワーより手に取られる。
指定野菜への道は、想像以上に険しい。
だが、やるしかない。
カリフラワーにできたんだ。
俺にできない道理はない。
「一番根」
ウリ坊が、俺の手を握った。
「おれ、あした、いちばんに買う」
それは反則だった。
俺は泣きそうになった。
マンドラゴラが泣くと何が起こるのか分からないので、必死にこらえた。
高麗人参が悔しそうにこちらを見ている。
野蒜ちゃんが包丁を研ぎ始める。
エシャロットちゃんが商品名案を十個くらい書き出している。
オーク農家が防音屋台の設計図を広げている。
そして俺は、明日の朝市に向けて、初めて本気で考えた。
マンドラゴラは、何になれば食卓に受け入れられるのか。
答えはまだ出ない。
でも、ひとつだけ分かっている。
ビーツの代わりでは駄目だ。
高麗人参の真似でも駄目だ。
カリフラワーに成り代わるなら、白さではなく、俺だけの使い道で勝たなければならない。
根菜界の夜は長い。
朝市まで、あと十二時間。
黒幕ブロッコリーの健康そうな笑顔を、俺は絶対に忘れない。
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