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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第一章

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第2話 とりあえずビーツのかわりにボルシチへどぼんしてみる食材としての適性テスト

 指定野菜への道は、まず選別所に並ぶところから始まる。


 そう信じていた時期が、俺にもあった。


「次は食味検査だ」


 オーク農家が言った。


 食味。


 つまり、味である。


 マンドラゴラとして目覚めてから、俺は初めて本当の恐怖を知った。


 抜かれるのは怖い。

 叫ぶのも怖い。

 高麗人参に鼻で笑われるのも腹立たしい。


 だが、食味検査。


 これは駄目だ。


 なにせ俺は、俺自身の味を知らない。


 自分が美味いか不味いかを知らない野菜ほど、己の存在に不安を覚えるものはない。


「安心しなさい。一番根をいきなり刻んだりはしないわよ」


 野蒜ちゃんが、俺の葉っぱをつまんで言った。


 やめろ。そこは髪みたいなものだ。たぶん。


「今日は間引き根で試すの。ほら、あそこ」


 畑の端に、俺よりだいぶ小さいマンドラゴラたちが並んでいた。


 間引き根。


 響きがすでに哀しい。


 けれど彼らは妙に堂々としていた。Sサイズの札の前で腕を組み、なかには「加工用上等」とでも言いたげに胸を張っているやつまでいる。


 根菜の覚悟、重い。


「指定野菜を目指すなら、食卓に乗る未来から逃げてはいけませんわ」


 エシャロットちゃんが白いエプロンを広げながら、きっぱりと言った。


 なぜエプロンがそんなに似合う。


「本日の試作は、ボルシチです」


 ぼるしち。


 俺はその言葉を、土の奥深くまで沈めるように反芻した。


 ボルシチ。

 赤いスープ。

 ビーツが入ってるやつ。


 つまり。


「ビーツの代わりにマンドラゴラを使いますの」


 やっぱりか。


 俺は思わず高麗人参の区画を見た。


 木箱の中の高麗人参が、露骨に目を逸らした。


 あいつ、逃げたな。


「待て。ビーツの代役なら、色が必要なんじゃないのか」


 声を出すわけにはいかないので、俺は必死に身振りで訴えた。


 野蒜ちゃんが俺の根っこ手の動きを見て、眉を寄せる。


「何? 色?」


 こくこく頷く。


「マンドラゴラ、赤くないじゃんって?」


 こくこくこく。


 野蒜ちゃんは鼻で笑った。


「そこは品種改良でしょ」


 雑。


 指定野菜への道、雑。


「今回は試作ですわ。色はトマトと紫キャベツに補っていただきます。主役はあくまで、マンドラゴラ特有の滋味と薬効です」


 滋味。


 薬効。


 美味しいと言わないあたりに、不穏なものがある。


 調理場は選別所の隣にあった。


 オーク農家が薪を割り、ウリ坊が鍋を運び、野蒜ちゃんが香味野菜を刻み、エシャロットちゃんが妙に優雅な手つきでハーブを並べる。


 そして、間引きマンドラゴラ一号がまな板に乗った。


 全員が耳当てをつけた。


 俺もつけたかった。


「いくぞ」


 オーク農家が包丁を構えた。


 間引きマンドラゴラ一号は、静かに親指を立てた。


 かっこいい。


 いや、根っこ指だけど。


 包丁が入る。


「――――!」


 声にならない悲鳴が、調理場を震わせた。


 耳当てをしていたはずのウリ坊が、ぽてんと尻もちをつく。

 野蒜ちゃんの葉が逆立つ。

 エシャロットちゃんのリボンが斜めになる。

 オーク農家の鼻から、つうっと血が垂れた。


「……今年のは、活きがいいな」


 活きがいいで済ませていい現象じゃない。


 しかし、刻まれたマンドラゴラは、すでにに鍋へ入れられたあとだった。


 湯気が立つ。


 土臭さ。

 薬草っぽい苦み。

 ごぼうに似た根菜の香り。

 そこにトマトの酸味と、赤キャベツの甘い匂いが重なる。


 悪くない。


 悪くない、気がする。


 煮込まれているのが同族でさえなければ。


「一番根、顔色悪いぞ」


 ウリ坊が心配そうに俺を覗き込んだ。


 顔色も何も、俺は土色だ。


 けれど、たぶん悪かった。


 鍋の中で、ボルシチはだんだん赤くなっていく。

 真っ赤ではない。ビーツの鮮やかな赤とは違う。もっと鈍くて、土を含んだ夕焼けみたいな色だ。


 エシャロットちゃんが小皿に取り、香りを確かめた。


「……見た目は素朴ですわね」


 それは褒めていない。


 野蒜ちゃんが匙で一口すくう。


「味は?」


 ごくり。


 全員が見守る。


 野蒜ちゃんは黙った。


 長い沈黙だった。


 やがて彼女は、もう一口すすった。


「……まずくはない」


 それは、だいたいまずい時の言い方ではないのか。


「いや、違う。まずくはないのよ。本当に」


 野蒜ちゃんは眉間に皺を寄せながら、さらに一口食べた。


「最初は土。次に薬。最後に甘い。で、なぜかもう一口いける」


 エシャロットちゃんも口に運ぶ。


 上品に目を閉じ、ゆっくり味わう。


「滋養がありますわ」


 また美味しいと言わない。


「ですが、悪くありません。むしろ、寒い日にはよろしいかも。体が内側から温まる感じがします」


 オーク農家も大きな椀で飲んだ。


「おお。これは働ける味だ」


 働ける味。


 評価軸が農家すぎる。


 ウリ坊がふうふう冷ましながら、一口飲む。


 その目が丸くなった。


「おいしい!」


 調理場の空気が変わった。


 ウリ坊はもう一口飲み、ぱあっと笑った。


「ちょっとくさいけど、おいしい! おれ、これ好き!」


 ちょっとくさい。


 だが、好き。


 子どもに泣かれる可能性を危惧していた俺にとって、その言葉は救いだった。


 指定野菜への道に、初めて光が差した。


 その時である。


 特別栽培区画から、かすかな咳払いが聞こえた。


 高麗人参だった。


 あいつは木箱の中からこちらを見て、いかにも余裕ぶった顔で言った。


「薬膳なら、我々の領分だが?」


 声は聞こえない。


 でも、絶対そう言っている顔だった。


 野蒜ちゃんが、にやりと笑う。


「悔しそう」


 エシャロットちゃんも、上品に匙を置いた。


「ブランド野菜様は、ボルシチに入れていただけませんものね」


 高麗人参の根が、ぴくりと震えた。


 効いている。


 俺は無言で拳を握った。


 マンドラゴラ・ボルシチ。


 改善点は多い。


 色が地味。

 香りが薬。

 下処理に命の危険。

 商品名もたぶん見直しが必要。


 だが、ウリ坊は笑った。


 農家は働ける味だと言った。


 野蒜ちゃんは二杯目をよそっている。


 エシャロットちゃんも、黙ってハーブの配合をメモしている。


 これは、いける。


 指定野菜への第一歩。


 まずは、ビーツの代わりにボルシチ。


 俺はまだ食べられない。

 というか、同族なので食べたくない。


 けれど、鍋から立ち上る湯気の向こうで、高麗人参が悔しそうにこちらを見ている。


 それだけで、今日の試作は成功と言ってよかった。

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