表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/10

第1話 走るニンジン、畑を出る

 目が覚めたらマンドラゴラだった。

 そう、いわゆる歩くニンジン的なアレである。


 もちろん走り回る。マンドラゴラだからな。


 とはいえ、目覚めて最初にやったことが全力疾走だったかというと、そうでもない。俺はまず、自分の頭から生えている葉っぱを見上げようとして首を痛めた。


 首、あったんだ。


 いや、正確には首っぽいくびれだ。根っこから肩っぽいものが生え、腕っぽい細根が二本、脚っぽい太根が二本。全身はうっすら土にまみれていて、腹のあたりには妙な縦皺がある。


 鏡なんて気の利いたものはなかったが、隣の畝に溜まった朝露を覗き込んだ瞬間、俺はだいたいの事情を理解した。


 これは野菜だ。

 しかも、かなり人相の悪い野菜だ。


「……うそだろ」

 呟いた。


 その瞬間、畑の上を横切っていた鳥が一羽、びくんと羽を突っ張らせて落ちた。


 ぱさり。

 音を立てて、目の前の畝に突っ込む。


 俺は固まった。

 鳥も固まっていた。たぶん、もっと深刻な意味で。


「…………」

 喋るの、やめよう。


 マンドラゴラの基本性能を、俺はたった一言で理解した。悲鳴どころか、普通の小声でも生き物によろしくない。


 これ、社会生活むりじゃね?


 そう思ったところで、畑の向こうから、ずしん、ずしん、と地面を揺らす足音が近づいてきた。


 現れたのは、オークだった。

 緑がかった肌。丸太みたいな腕。豚鼻。申し訳程度に生えた牙。肩には鍬。腰には手ぬぐい。どう見ても魔王軍の前衛職なのに、着ているものは農作業用のつなぎだった。


「おお。起きたか、今年の一番根」


 オーク農家は、俺を見下ろしてにんまり笑った。

 俺は声を出さずに、こくこく頷いた。


「えらいぞ。抜かれる前に起きるマンドラゴラは見込みがある」


 抜かれる前に。

 いま聞き捨てならない単語が出た。


 俺は後ずさった。根っこの足で。しゃこ、しゃこ、と土を削る音が妙に情けない。


「逃げるな逃げるな。収穫するんじゃねえ。選別だ。時期が来たマンドラゴラは自分で選別所まで歩く。うちは安全栽培だからな」


 なんだその地獄みたいな安全基準。

 だが、たしかに畑の向こうには小さな小屋があり、その前には札が並んでいた。


 Sサイズ。


 Mサイズ。


 Lサイズ。


 規格外。


 加工用。


 ⋯⋯悲鳴注意。

 最後だけ物騒すぎる。


「おとー! 一番根、起きた?」


 今度は小さな声がした。

 オーク農家の足元から、ころころした何かが飛び出してくる。ウリ坊だった。いや、正確にはオークの子どもなのだろう。丸っこい体。短い牙。つなぎの胸元に「みならい」と刺繍が入っている。


 かわいい。

 悔しいが、かなりかわいい。


「おれ、マンドラゴラ係! 抜かない! じぶんでならぶまで、まつ!」


 ウリ坊は誇らしげに胸を張った。


 俺は思わず拍手しそうになった。根っこの手で。


 そのとき、畑の端から鋭い声が飛んできた。


「ちょっと。いつまで土の上でぼさっとしてんのよ。あんた、今年の指定野菜候補なんでしょ」


 振り向くと、細い葉っぱを揺らした女の子が立っていた。

 野蒜ちゃんだった。

 なぜ名前が分かったのかは知らない。だが、見た瞬間に分かった。土手と春と、勝手に生える生命力を全部まとめて女の子にしたら、たぶんああなる。足元は泥だらけ。目つきは強い。口はもっと強そう。


「まず立ち方がなってない。根菜なら重心を低く。葉っぱを揺らしすぎると、鳥に狙われるわよ」


 いや、鳥はさっき俺が落とした。

 言えないけど。


「野蒜さん、言い方が少々野趣に過ぎますわ」

 反対側から、ふわりと洒落た香りがした。


 白くすんなりした首元。薄紫のリボン。いかにも高級スーパーの棚に並びそうな顔をした少女が、片手を頬に添えて立っている。


 エシャロットちゃんだった。


「指定野菜を目指すのでしたら、まず必要なのは清潔感。安全性。食卓への提案力。そして、消費者に寄り添う物語性ですわ」


 食卓への提案力。

 起きて五分のマンドラゴラに要求する概念じゃない。


 野蒜ちゃんが鼻を鳴らした。


「物語性で腹が膨れるかっての。大事なのは収量と根張りよ」


「まあ。だからあなたはいつまで経っても野草扱いなのですわ」


「あ?」


「なんですの?」


 ネギ科同士の空気が悪い。


 俺はそっと後ずさった。

 その背中に、ウリ坊が小さな手を添える。


「だいじょうぶ。一番根は、きっと指定野菜になれる」


 なんて純粋な目をするんだ。

 俺は胸を打たれた。根菜だけど。


 そうだ。

 いつまでも野山を駆けるだけの野良根菜でいるつもりはない。


 俺には夢がある。

 指定野菜。


 国に認められ、農家に守られ、価格安定制度に包まれ、スーパーの棚に堂々と並ぶ存在。


 カリフラワーにできたんだ。俺にできない道理はない。


 問題は、抜かれる瞬間に農家さんを殺しかねないこと。

 味がたぶん薬草寄りなこと。


 見た目が人型で食卓に出すと子どもが泣きそうなこと。


 あと、ライバルが高麗人参なこと。

 畑の向こう、特別栽培区画。

 金色の札が立つ一角で、細長く立派な根をした何者かが、木箱の中からこちらを見ていた。


 高麗人参である。

 目が合った。

 鼻で笑われた気がした。


 根菜界の意識高い枠め。

 俺は声を出さずに、拳を握った。

 見てろよ、高麗人参。


 いつか俺は、お前みたいに高級品ぶらず、もっと庶民に寄り添う根菜になってみせる。

 煮物に。スープに。薬膳カレーに。マンドラゴラチップスに。

 叫ばない品種を使用しています、という安心表示つきで、全国の食卓へ。


「一番根、なんか燃えてる?」


 ウリ坊が首を傾げた。

 俺は無言で頷いた。

 野蒜ちゃんが腕を組む。


「じゃ、まず選別所まで歩きなさい。指定野菜候補が畑で寝坊してたら話になんないでしょ」


 エシャロットちゃんも微笑む。


「姿勢を正して。葉先まで美しく。根菜にも品格は必要ですわ」


 オーク農家が大きく笑った。


「よし。自走式収穫、開始だ」


 俺は一歩を踏み出した。

 しゃこ。

 土が鳴る。

 もう一歩。

 しゃこ。


 背後で、高麗人参が悔しそうにこちらを見ている。

 気がした。


 俺は叫ばない。

 まだ叫ばない。


 指定野菜への道は、まず農家さんを殺さず選別所に並ぶところから始まるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
野菜なのか?(汗)
人相の悪い野菜…!(笑) しかも強力な、殺傷能力の高い声を持ってる野菜…! Xのポストで見かけてやってまいりましたが、発想が面白すぎて そして農家事情がリアル(詳しくないのでわからないのですが、リアル…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ