第41話 市場休場日と、マンドラゴラの優雅なる(?)休日はディ・ス・コ⭐️ 休めると思った根菜(オレ)が甘かったマンボ♪
市場休場日。
その言葉には、甘美な響きがある。
客が来ない。
札を書かなくていい。
説明カードを配らなくていい。
急に抜かれない。
カレーにも沈まない。
肉にも絡まない。
プリン様の儚さについて考えなくていい。
パイナップルの葉っぱを頭に載せられない。
つまり、休日。
俺は朝から木箱の中で、優雅に葉を伸ばしていた。
日差しはやわらかい。
市場は静か。
ミラーボールも、さすがに今日は止まって――
回っていた。
俺は筆談板を握った。
『なぜ』
白い売り場の上で、カリフラワー先輩のミラーボールが静かに回転している。
客はいない。
市場も休み。
なのに光はある。
むしろ、人がいないぶん、光がよく見える。
床に反射する白い粒。
天井を泳ぐ銀の点。
木箱をかすめる光。
そして、俺の濃い顔を劇的に照らす照明。
『休場日です』
俺は筆談板を掲げた。
返事はなかった。
カリフラワー先輩は白く鎮座していた。
完全に、休みの日ほど本気を出すタイプの師匠だった。
◇
俺の休日計画は、完璧だった。
一、何もしない。
二、葉を整える。
三、何もしない。
四、説明プリントを読み返す。
五、何もしない。
六、夕方に少しだけ指定野菜への道について考える。
七、考えすぎたら寝る。
優雅。
かなり優雅。
俺は木箱の中で、筆談板に小さく書いた。
『本日は休業中』
その下に、さらに書き足す。
『急用以外は明日お願いします』
完璧。
すると、倉庫の奥から声がした。
「一番根ー!」
ウリ坊だった。
急用だった。
俺は筆談板を裏返した。
『本日は休業中』
「読めない!」
そうだった。
終わった。
◇
ウリ坊は休場日でも元気だった。
手には小さな袋。
中には、紙の星飾りと、なぜか鈴。
その後ろから、オーク農家がのっそり現れる。
「悪いな。市場の点検があってな。ついでにウリ坊が来たがった」
ついで。
そのついでが、俺の休日を破壊する。
ウリ坊は目をきらきらさせて言った。
「今日は市場、お休み!」
『はい』
「だから、遊べる!」
『違います』
俺は即座に書いた。
休みとは、働かないための日であって、遊ばれるための日ではない。
しかしウリ坊は、白い売り場の方を見て叫んだ。
「ミラーボール!」
終わった。
子どもに見つかったミラーボールは、もう照明ではない。
イベントである。
◇
「今日の課題は決まったね」
ブロッコリーがいた。
休場日なのに。
健康そうに。
俺は筆談板を握りしめた。
『なぜいる』
「点検」
『本当に?』
「ついでに休場日の棚改善」
『それは業務です』
「休みの日にしかできない業務もある」
最悪の言葉だった。
休みの日にしかできない業務。
働く者を滅ぼす呪文である。
ブロッコリーは、俺の休日計画表を見た。
「何もしないが多いね」
『休日なので』
「でも、何もしないをするためにも、環境づくりが必要だ」
嫌な予感。
「本日の課題は、休場日の市場を使って、売り場の動線と親しみやすさを確認すること」
『業務です』
「そして、せっかくミラーボールがある」
『片付けてください』
「親しみやすさ確認を兼ねて、軽く踊ろう」
踊る。
市場で。
休場日に。
俺は筆談板に書いた。
『なぜ指定野菜への道で踊りが発生するのですか』
ブロッコリーは爽やかに言った。
「野菜にもリズムが必要だから」
嘘だ。
◇
最初に乗ったのは、豆苗だった。
「二回目がありますからね!」
意味が分からない。
しかし豆苗は、ぴょん、ぴょんと軽快に跳ねた。
一回目のステップ。
二回目のステップ。
再生するたびにノリが増えている気がする。
次にパイナップル卿。
葉を扇のように広げ、ゆっくりと揺れる。
完全に南国のステージ。
ウリ坊が拍手した。
「葉っぱダンス!」
パイナップル卿は誇らしげだった。
次にくわい先輩。
芽を立てたまま、静かに一歩。
また一歩。
地味。
だが、芽だけが妙に目立つ。
「芽は上に出るものです」
そう言っている顔だった。
踊りでも芽に帰る。
強い。
高麗人参は社交ダンスだった。
赤い布をひるがえし、金縁の札を胸に、静かに回る。
格式。
謎の格式。
ロマネスコ先輩は、ただ回転していた。
螺旋なので。
『先輩、それは踊りですか』
「回転とは宇宙の呼吸」
『聞いた俺が悪かったです』
◇
そして問題のカリフラワー先輩。
白い師匠は動かない。
まったく動かない。
ただ、ミラーボールの下で白く光を受けている。
それだけ。
だが、圧倒的にステージ中央だった。
俺は筆談板に書いた。
『踊っていない』
エシャロットちゃんが言った。
「場を支配していますわ」
『ずるい』
「白は受け止める色ですから」
また出た。
白万能理論。
俺が同じことをやったら、ただの濃い根菜の置物である。
◇
ウリ坊が俺を見た。
「一番根も!」
『俺は休日です』
「ディ・ス・コ!」
言い方が古い。
誰が教えた。
オーク農家が目をそらした。
犯人がいた。
ウリ坊は両手を上げて言った。
「ディ・ス・コ⭐️」
市場に星飾りが舞った。
ミラーボールが光る。
豆苗が跳ねる。
パイナップル卿が葉を広げる。
くわい先輩の芽が光を受ける。
パクチー汁が光った。
『お前は光るな』
俺は反射で筆談板を掲げた。
休場日でも、これは言う。
◇
こうして、休場日の市場は、なぜかディスコになった。
ただし、青果市場なので音楽はない。
しいたけ部長が低い声で、
「もわ、もわ、もわ……」
とリズムを刻む。
やめてほしい。
湿度が上がる。
ブロッコリーが木箱を叩く。
野蒜ちゃんが包丁でまな板を鳴らす。
やめてほしい。
音がプロすぎて怖い。
エシャロットちゃんが紙の星を吊るす。
カリフラワー先輩のミラーボールが、さらに回る。
そしてウリ坊は、俺の前に立った。
「一番根、いっしょ!」
反則。
踊りたくない。
休みたい。
木箱で優雅に何もしないをしたい。
だが、ウリ坊が手を差し出している。
俺は根菜。
手はない。
でも、葉はある。
俺はしぶしぶ葉を少しだけ揺らした。
ウリ坊が満面の笑みになった。
「踊った!」
『揺れただけです』
「踊った!」
判定が甘い。
子どもの判定は、時に救いであり、時に罠である。
◇
しかし、踊ってみると分かったことがある。
売り場の床は、意外と段差がある。
木箱の角は、子どもの膝に当たりやすい。
ミラーボールの光が、説明札に反射して読みにくい。
パイナップルの葉は写真映えするが、通路にはみ出す。
豆苗が跳ねると、近くの札が倒れる。
ロマネスコ先輩が回転すると、視界が混乱する。
パクチー汁が光ると、全員そっちを見る。
『だから光るな』
俺は二度目の注意を書いた。
ブロッコリーが頷く。
「ほら、休場日にしか分からないことがある」
悔しい。
正しい。
踊っている場合ではないと思っていたが、踊ったことで売り場の問題が見えた。
動線。
安全。
見やすさ。
触れやすさ。
親しみやすさ。
指定野菜への道は、売っている日だけでは進まない。
休みの日にも、少しだけ進む。
腹立つ。
ブロッコリーが正しいと腹立つ。
◇
問題は、俺にもあった。
俺の木箱は、子どもが近づくと少し高い。
説明札は読みにくい。
筆談板を置く位置も、角度によって見えない。
そして、ミラーボールの光が俺の顔に当たると、かなり劇的になる。
ウリ坊が真剣に言った。
「一番根、こわい顔の時間がある」
『時間制ですか』
「光がここに来ると、こわい」
ウリ坊は床を指した。
確かに、銀の点が俺の目元に入る。
濃い顔に影。
これは怖い。
俺は筆談板に書いた。
『照明事故です』
カリフラワー先輩は白く微笑む。
『師匠の照明です』
俺は書き直した。
『師匠の照明事故です』
カリフラワー先輩は、少しだけ白さを強めた。
怒っているのかもしれない。
◇
そこで、休場日改善会議が始まった。
議題。
一番根を怖く見せないための売り場角度
嫌な議題である。
野蒜ちゃんが木箱を少しずらす。
「正面だと濃い」
『仕様です』
エシャロットちゃんが札を斜めにする。
「説明札を先に見せた方がいいですわ」
高麗人参が頷く。
「顔より情報。格式ある順序です」
『顔を後回しにするな』
くわい先輩が芽を揺らす。
「上に何かあると安心します」
そう言って、自分の芽を見せる。
『俺にはその芽がないです』
パイナップル卿が葉を一枚差し出した。
『載せません』
ウリ坊が即座に言った。
「似合うよ!」
『載せません』
反則の力技を、今日は断った。
休日だから。
◇
最終的に、木箱は少し低くなった。
説明札は前。
筆談板は横。
俺の顔には、カリフラワー先輩のミラーボール光が直撃しない角度。
そして、子ども用に小さな札が追加された。
一番根は休憩中のことがあります。
声をかけてから見てね。
まとも。
かなりまとも。
ただ、その横にウリ坊が勝手に書き足した。
ちょっとおどる。
『踊りません』
「おどった!」
『揺れただけです』
「ちょっとおどる!」
消せなかった。
◇
昼過ぎ。
市場ディスコは、いつの間にか本格化していた。
しいたけ部長の「もわもわ」がベース。
野蒜ちゃんのまな板がビート。
豆苗の再生ステップ。
パイナップル卿の葉っぱショー。
くわい先輩の芽スポット。
ロマネスコ先輩の螺旋回転。
高麗人参の格式ターン。
カリフラワー先輩の白き中心。
そして俺。
木箱で、葉を少しだけ揺らす係。
地味。
だが、ウリ坊は嬉しそうだった。
「一番根、ディ・ス・コ⭐️」
俺は筆談板に書いた。
『ディスコとは何ですか』
オーク農家が咳払いした。
「昔の、踊るやつだ」
『なぜ知っているのですか』
「若い頃に少しな」
市場が止まった。
オーク農家。
ディスコ経験者。
ウリ坊が目を輝かせる。
「父ちゃんも!」
「いや、もう腰が」
「父ちゃんも!」
反則。
親子反則。
オーク農家はしばらく抵抗した。
だが、ミラーボールの下に立った。
そして、ゆっくりと肩を動かした。
市場が湧いた。
農家のディスコ。
予想外に様になっている。
野蒜ちゃんが腹を抱えた。
「なにそのステップ!」
エシャロットちゃんが拍手した。
「意外とキレがありますわ」
ウリ坊は大喜び。
俺は筆談板に書いた。
『本日の主役が決まりました』
オーク農家は真っ赤になった。
◇
夕方。
市場は、休場日とは思えないほど散らかっていた。
星飾り。
直した札。
低くなった木箱。
角度変更された棚。
なぜか増えた「ディ・ス・コ⭐️」の紙。
そして、まだ回っているミラーボール。
『止めてください』
俺は筆談板を掲げた。
カリフラワー先輩は白く微笑んだ。
聞く気がない。
ブロッコリーが記録帳を閉じた。
「休場日改善、成功だね」
『休日は失敗です』
「優雅だった?」
『疑問符つきなら』
確かに、優雅ではなかった。
静かでもなかった。
何もしない計画は、完全に破壊された。
だが、少しだけ市場が見やすくなった。
少しだけ安全になった。
少しだけ俺は、怖く見えにくくなった。
そしてウリ坊は、今日ずっと笑っていた。
なら、完全な失敗とも言いきれない。
◇
その日の記録には、こう書かれた。
市場休場日。点検および売り場改善実施。
カリフラワー先輩のミラーボール、休場日も稼働。
市場ディスコ発生。原因はウリ坊の「ディ・ス・コ⭐️」。
一番根、葉を揺らす。本人は踊りではないと主張。
木箱位置、説明札角度、照明反射を改善。恐怖印象を軽減。
オーク農家、ディスコ経験あり。要聞き取り。
パクチー汁、休場日でも発光。理由不明。
最後二つ。
どちらも掘るな。
◇
夜。
W.H.O.ポスターの横に、新しい札が貼られた。
休む日にも、売り場は育つ。
何もしないためには、何もしないで済む場所を整える。
ディ・ス・コ⭐️は、ほどほどに。
その下に、ウリ坊が小さく書き足した。
一番根、ちょっとおどった。
父ちゃん、すごくおどった。
カリフラワーししょう、ぴかぴか。
俺は筆談板を持ち上げた。
抗議しようと思った。
でも、やめた。
市場は静かだった。
ミラーボールは、まだゆっくり回っていた。
光が床を流れる。
俺の木箱には、もう怖い影は落ちていない。
休場日の優雅なる休日は、優雅ではなかった。
だが、少しだけ休みらしい疲れがあった。
遊んだあとみたいな疲れ。
働いたあとみたいな疲れ。
その中間。
俺は葉を少しだけ揺らした。
誰も見ていない。
だから、踊りではない。
根菜だけど、そう思った。
なお、ウリ坊はそれを見ていた。
「一番根、やっぱりおどった!」
『見ていないことにしてください』
休場日にも、反則は休まない。




