第40話 海千山千の危機。さくらんぼと釜茹でしらす丼が手に手を取ってやってきた。よろしい、ならばこちらはパイナップルの葉っぱでデコったプリンアラモードである。――ライスプディングのだけど。
市場に、嫌な赤が見えた。
赤。
つやつやしている。
丸い。
双子みたいに連なっている。
見た瞬間に「かわいい」と言われることが確定している、あの赤である。
さくらんぼだった。
しかも、ただのさくらんぼではない。
木箱の中で絹を敷かれ、緩衝材に包まれ、札にはこう書いてある。
初夏の宝石 朝摘み特選さくらんぼ
強い。
売り場に立っただけで「季節の顔ですけど?」みたいな態度を取れるやつの強さだ。
俺は筆談板を握った。
『勝てる気がしない』
「早いわよ」
野蒜ちゃんが言った。
いや、見てほしい。
つやが違う。色気が違う。箱からしてもう“贈答用”である。
俺は根菜だぞ。しかも濃い顔だぞ。
宝石と顔面勝負をするな。
すると、嫌な気配はもう一つあった。
白い。
ふわふわしている。
だが、ただ白いわけではない。 きらきらしている。 海の匂いを連れている。
しかも、ほかほかの湯気をまとっていた。
「本日限定、釜茹でしらす丼でーす!」
元気のいい声が響いた。
市場の端に、即席の屋台。
白い飯。その上に山のようなしらす。
刻み海苔。小口ねぎ。しょうゆをひと回し。
好みで温玉。
終わった。
俺は筆談板を裏返した。
『終わった』
「だから早いって」
野蒜ちゃんが二回目を言った。
だが、早くも何もない。
片や山の季節代表、さくらんぼ。
片や海の暴力、釜茹でしらす丼。
海千山千である。
字面だけ見ると知略の話だが、今日は本当に海と山が来ていた。
しかも、どっちもうまそうだった。
◇
「本日の危機は深刻ですわ」
エシャロットちゃんが言った。
珍しく顔が真面目だった。
「片方は贈答需要。片方は食欲直撃。こちらが正面からぶつかれば、客層も話題も持っていかれます」
そのとおりである。
さくらんぼは見た目で勝つ。
しらす丼は香りと湯気で勝つ。
こちらは何を出す。
マンドラゴラである。
濃い顔。
花冠。
⋯⋯筆談板。
弱い。
食の戦場に立つには、あまりにも弱い。
ウリ坊がそっと俺を見上げた。
「一番根、泣く?」
『泣かない』
「ほんと?」
『ちょっとだけ泣きたい』
ウリ坊が俺の葉っぱをなでた。
反則。
今日も心に来る。
そこへ、ゆっくりと現れたのがパイナップル卿だった。
葉を王冠のようにそびやかし、相変わらず南国の威厳に満ちている。
「ふむ」
そう言っている顔だった。
続いて、豆苗がひょこひょこ揺れながら現れた。
持続的可能青果部門、今日も元気である。
さらに、アボカド博士がノートを抱えて来た。
嫌な予感しかしない面子がそろった。
最後に、のっそりと大きな影が差した。
オーク農家だ。
腕を組み、しらす丼の方を見て、さくらんぼの方を見て、俺の方を見た。
「……これは難しいな」
今日は最初から弱気だった。
重い。
◇
「こちらも“ごちそう感”で対抗するしかありませんわ」
エシャロットちゃんが作戦会議の紙を広げた。
「肉」 「揚げ物」 「チーズ」 「カレー」 「丼」
野蒜ちゃんが候補を出していく。
だが、すぐに全部にバツがついた。
「しらす丼とぶつかる」 「さくらんぼの可憐さに対して重い」 「初夏の爽やかさがない」 「そもそも市場の温度感が違う」
詰んでいる。
そこで、豆苗がぴょこっと手を挙げた。
「甘いほう、どうですか」
全員が豆苗を見た。
「海に対してご飯、山に対して果物。なら、海でも山でもなく、“おやつ”で横から刺すんです」
おやつ。
なるほど。
客層をずらす。勝負の土俵を変える。
賢い。持続的可能青果部門、やる時はやる。
アボカド博士が頷いた。
「糖質による情緒安定効果も期待できます」
『そこは今いらない』
俺は筆談板を出した。
すると、パイナップル卿がゆっくりと葉を揺らした。
「飾れ」
そう言っている顔だった。
何をだ。
まさか。
エシャロットちゃんの目が光った。
「……プリンアラモードですわ」
市場が静かになった。
「ただし普通のプリンではありません」
野蒜ちゃんがにやりとした。
「ライスプディング」
米。
ここで米。
海のしらす丼に対して、こちらも米である。
しかも甘味として。
発想が強い。
「なるほど……!」
ウリ坊が目を丸くした。もちろん意味は分かっていない顔だったが、勢いに飲まれていた。
エシャロットちゃんがさらさらと書き出す。
初夏の田園プリンアラモード
・ライスプディング ・卵 ・ミルク ・少しのはちみつ
・さくらんぼに対抗する赤い果実少々 ・そして、パイナップルの葉っぱ
最後だけ、飾りの圧が強い。
俺は筆談板に書いた。
『葉っぱは食べるんですか』
パイナップル卿が首を振った。
食べないらしい。
飾り専用。なるほど、王の所作である。
◇
こうして、突発イベントは始まった。
タイトルは――
海千山千に対抗せよ!
初夏のごほうび・ライスプディングアラモード
少し長い。
だが、勢いはある。
調理台が整えられる。
牛乳が温められる。米がことこと煮られる。
砂糖とはちみつが入る。卵黄が加わる。
とろり、と粘りが出てくる。
俺は筆談板を出した。
『これ、プリンなのか、おかゆなのか』
「おしゃれに言えばライスプディングですわ」
エシャロットちゃんが即答した。
おしゃれ。便利な言葉である。
野蒜ちゃんが木べらで混ぜながら、味をみる。
「……うん、いける。やさしい甘さ」
オーク農家がのぞき込んだ。
「腹にもたまりそうだな」
評価軸が農家である。
だが、悪くない。甘いのに米。米なのに甘い。
この“どっちだよ感”が、しらす丼の真正面に立たず、でも負けてもいない感じを出していた。
パイナップル卿は、離れたところで悠然としていた。
そして、いよいよ出番になると、自ら葉を一本、いや二本、いや三本と差し出した。
豪快。
「使え」
そう言っている顔だった。
「ちょっと待って、それ本人の一部じゃん!?」
野蒜ちゃんが引いた。
パイナップル卿は平然としている。
どうやら誇り高き装飾提供らしい。
エシャロットちゃんが慎重に葉を受け取った。
「ご協力、感謝いたしますわ」
こうして、器に盛られた白いライスプディングの上へ、やや背伸びした感じの生クリームがこんもりとのる。
赤い果実。
小さく切った果物。
そして後ろに、扇のように開いたパイナップルの葉。
強い。
急に南国ホテルの朝食みたいになった。
『デコが強すぎませんか』
「今それを言うのは野暮ですわ」
たしかに。
◇
販売開始と同時に、三つの売り場がにらみ合った。
左、さくらんぼ。
中央、しらす丼。
右、ライスプディングアラモード。
海。山。甘。
戦場としてはだいぶ変である。
最初に客を吸ったのは、当然しらす丼だった。
湯気。
香り。白米。
反則の塊である。
「うまそー!」
「今しか食べられないって!」「温玉のせたい!」
強い。
続いて、さくらんぼ。
「かわいい!」「贈りものにしたい」
「双子がついてるの、当たりっぽい」
強い。
俺たちの前には、一瞬だけ誰も来なかった。
沈黙。
野蒜ちゃんが小声で言う。
「ねえ、逃げてもいい?」
「だめですわ」
エシャロットちゃんの笑顔が固い。
ウリ坊は唇を引き結んで、俺を見た。
「一番根……」
『まだだ』
俺は筆談板に力を込めた。
まだ終わっていない。
なぜなら、甘味には“間”があるからだ。
しらす丼を食べたあと。
さくらんぼを見て満足したあと。
人は、ふと、別腹を探す。
そこへ来る。
来い。
来てくれ。
すると、一人の子どもが止まった。
「これ、なに?」
来た。
エシャロットちゃんがしゃがみ込み、柔らかな声で説明する。
「お米で作った、やさしい甘さのプリンみたいなおやつですわ。つめたくしてあるから、今日みたいな日にぴったりですの」
「おこめで?」
「はい。だから、ちょっぴりおなかにもたまりますわ」
その子の母親が興味を示した。
「へえ、珍しい」
オーク農家が、ここぞとばかりに腕を組んだ。
「うちの米も使ってる」
おお。
地元推し。強い。
母親がひとつ買った。
子どもがひと口食べる。
沈黙。
重い。
そして、ぱっと顔が明るくなった。
「……あまい! でもごはん!」
正しい。
正しい感想だ。
ウリ坊が飛び跳ねた。
「それ! それ!」
何がそれなのかは分からないが、勢いは伝わった。
母親も食べた。
「おいしい。なんか懐かしいような、でも見たことない感じ」
いける。
かなり、いける。
◇
そこからは早かった。
しらす丼を食べ終えた客が、甘いものを探す。 さくらんぼを見て“初夏っぽさ”に火がついた客が、季節感の続きでこちらを見る。
パイナップルの葉が妙に目立つ。
「これ、写真撮っていいですか?」「なんかかわいい」
「お米でデザートって珍しい」
「葉っぱすごい」「葉っぱ、でかい」
最後だけ、ほぼ葉っぱである。
パイナップル卿が誇らしげだった。
そりゃそうだ。今日は八割くらい葉っぱの手柄である。
しばらくして、さくらんぼの売り子がこちらを見て言った。
「そっち、甘味で来たのかあ……!」
悔しそう。
しらす丼の屋台主も腕を組んだ。
「米を甘くするとは、読めなかった……!」
悔しそう。
海千山千、動揺。
いいぞ。
さらに、アボカド博士が黒板に何かを書き始めた。
『やめろ』
先に制したが遅かった。
しらす丼→塩味 さくらんぼ→果実味 ライスプディング→甘味 三者鼎立による市場内食欲分散モデル
誰が読むんだ。
しかし、なぜか通りがかりの客が足を止めた。
「なにこれ」「なんか難しそう」「でも、つまり全部食べればいいってこと?」
違う。
たぶん違う。
だが、結果として、そうなった。
市場は三店舗はしごの流れに入った。
海からしらす丼。
山からさくらんぼ。
締めに甘いライスプディング。
強い。
食の導線が出来てしまった。
ブロッコリーがいつの間にか来ていて、健康そうに頷いた。
「競合と思わせて、回遊させたわけだね」
『思っていませんでした』
「でも、なった」
なった。
怖い。
◇
事件は、そこから起きた。
調子よく売れていた、その時である。
パイナップルの葉っぱが、一本、器から落ちた。
ひらり。
べしゃ。
ライスプディングの海へ沈む、緑の矢。
一瞬、場が止まる。
ウリ坊が叫んだ。
「たいへん!」
野蒜ちゃんが器を押さえる。
エシャロットちゃんが葉を引き上げる。
オーク農家が次の器を出す。
チームワークは良かった。
だが、問題はそこではなかった。
落ちた葉を見て、隣の子どもが言ったのだ。
「この葉っぱ、たべられるの?」
沈黙。
重い。
確かに気になる。
気になりすぎる。
俺は筆談板に書いた。
『食べません』
子どもは頷いた。
「じゃあ、なんでついてるの?」
正論。
正論すぎる。
全員の目が、パイナップル卿へ向いた。
パイナップル卿は胸を張った。
「格だ」
そう言っている顔だった。
だめだ。
子どもには通じてない。
エシャロットちゃんが必死に言葉を選ぶ。
「……夏らしさと、わくわく感の演出ですわ」
子どもは少し考えた。
「ふーん。かっこつけ?」
市場が揺れた。
ウリ坊が吹き出す。
野蒜ちゃんが腹を押さえる。
オーク農家が天を仰ぐ。
俺は筆談板を落としかけた。
パイナップル卿だけが、静かに固まっていた。
効いた。
かなり効いた。
◇
しかし、王は強かった。
パイナップル卿は、しばらく沈黙したあと、自ら葉を数本引き抜き、両脇に差し出した。
そして、ウリ坊の頭へちょこんと載せた。
次に、俺の頭へも載せた。
最後に、自分の頭へも追加した。
全員、葉っぱ。
何だこれ。
ウリ坊が目を輝かせた。
「おそろい!」
客が笑った。
写真を撮る。
人が集まる。
“パイナップル葉っぱ体験つきライスプディング”みたいな空気になる。
格が、遊びに転んだ。
強い。
パイナップル卿、巻き返した。
「かっこつけではなく、正装だ」
そう言っている顔だった。
たぶん。
◇
夕方。
さくらんぼの木箱はだいぶ軽くなり、しらす丼の釜はきれいに空になり、こちらのライスプディングも完売していた。
海千山千の危機は、どうにかしのいだ。
いや、むしろ乗りこえたと言ってもいい。
ウリ坊は、葉っぱをまだ頭につけたまま、満足そうに言った。
「きょう、たのしかった!」
反則。
今日の締めまで反則。
野蒜ちゃんは肩を回しながら笑った。
「しらす丼とさくらんぼに挟まれて、なんで最後に葉っぱが勝つのよ」
「勝ったのは葉っぱではありませんわ」
エシャロットちゃんが静かに訂正する。
「ライスプディングと、葉っぱですわ」
訂正になっているようで、なっていない。
オーク農家が深くうなずいた。
「米は強いな」
結論が農家すぎる。
パイナップル卿は夕日に照らされ、いつもより少しだけ満ち足りて見えた。
そして俺は、今日一日の記録札を見た。
本日の総括
・海:釜茹でしらす丼、圧倒的初動
・山:さくらんぼ、盤石のかわいさ
・甘:ライスプディング、後半追い上げ
・葉:予想外の活躍
最後。
最後だけ部門化するな。
俺は筆談板に書いた。
『マンドラゴラの活躍は』
ウリ坊が元気よく答えた。
「見てた!」
見てた。
それはたぶん、褒め言葉ではない。
だが、悪くもない。
海のうまさ。山のかわいさ。
それに対して、こちらは別腹と葉っぱで勝負した。
何ひとつ王道ではない。
でも、だからこそ、俺たちらしい。
市場の端で、さくらんぼ売りの子が笑って手を振った。
しらす丼の屋台主も、空になった釜を片付けながら頷いた。
競って、でも一緒に場を盛り上げる。
そういう日もあるのだろう。
俺は濃い顔で、静かにうなずいた。
そして、その日の最後に貼られた小さな札を見て、ちょっとだけ遠い目になった。
《本日の人気写真スポット⭐️》
パイナップル葉っぱ隊(ウリ坊・一番根・パイナップル卿)
俺は筆談板を持ち上げた。
抗議しようと思った。
でも、やめた。
葉っぱをつけたウリ坊が、あまりにも嬉しそうだったからだ。
海千山千の危機は去った。
しかし、葉っぱの余波はしばらく続きそうだった。




