第37話 指定野菜への道を説く師弟の話だけど、白き師匠はミラーボールを片付けねえ
朝。
カリフラワー先輩の売り場に、畳が敷かれていた。
いや、正確には畳っぽい緑のござである。
青果市場なので、本物の畳を敷くと湿気で大変なことになるらしい。
それは分かる。
分かるが。
その上に、カリフラワー先輩が鎮座していた。
白い。
静か。
背後には、まだミラーボール。
俺は筆談板を握った。
『なぜ道場になっているのですか』
「指定野菜への道を説くためですわ」
エシャロットちゃんが言った。
『なぜミラーボールが残っているのですか』
「照明ですわ」
『道場に照明が過剰』
カリフラワー先輩は白く微笑んでいた。
完全に片付ける気がない。
◇
「今日の課題は決まったね」
ブロッコリーが言った。
出た。
道場でも健康そうである。
「今日は、カリフラワー先輩から指定野菜への道を学ぶ」
指定野菜への道。
俺がずっと目指してきた道。
カリフラワーにできたんだから、俺にもできるはず。
そう思った道。
その白い先輩が、いま道場で師匠面をしている。
いや、実際に師匠なのかもしれない。
俺は筆談板に書いた。
『弟子入りですか』
カリフラワー先輩が、白い札を差し出した。
濃いまま座りなさい。
俺は座った。
根菜だけど。
◇
白き師匠の第一の教え。
棚にいて、邪魔にならないこと。
地味。
だが、重い。
カリフラワー先輩の横に、木箱が置かれた。
俺はそこに入れられる。
隣には、ジャガイモ先輩。
反対側には、ピーマン勇者。
その横には、くわい先輩。
さらに高麗人参。
密度が高い。
俺は筆談板に書いた。
『邪魔です』
「誰が?」
ピーマン勇者が聞いた。
『全体的に』
棚とは、ただ置かれる場所ではない。
手に取りやすいこと。
見やすいこと。
怖くないこと。
隣の野菜を圧迫しないこと。
説明札が読めること。
急に抜かれないこと。
ミラーボールの反射で顔が劇みたいにならないこと。
俺は最後の一点を強く主張した。
カリフラワー先輩は白く微笑むだけだった。
却下らしい。
◇
第二の教え。
調理で消えず、食卓で暴れないこと。
白き師匠は、茹でても白い。
焼いても白い。
シチューに入っても上品。
カレーに添えても余白。
すごい。
だが、俺はどうだ。
カレーに沈む。
チーズに飲まれる。
肉に負ける。
パクチー汁には巻き込まれる。
顔は濃い。
俺は筆談板に書いた。
『不利では』
カリフラワー先輩は札を出した。
消えない工夫をしなさい。暴れない工夫も。
正論。
白いくせに、言うことが重い。
エッセントゥーナ夫人が銀の匙を鳴らした。
「余韻ですわね」
高麗人参が赤い布の上で頷く。
「品格です」
パクチー汁が椀の中で揺れた。
『お前は黙って半滴管理』
市場が笑った。
◇
第三の教え。
子どもに説明できること。
ここでウリ坊が呼ばれた。
反則の気配。
カリフラワー先輩が白く問いかける。
「指定野菜とは?」
そう言っている顔だった。
ウリ坊は胸を張った。
「よく見るやつ!」
市場が静まった。
めちゃくちゃ本質だった。
ブロッコリーが頷く。
「そう。難しい制度の話より先に、食卓でよく見る、買いやすい、使いやすい、知っている。それが大事だね」
俺は筆談板を握った。
『俺、よく見るやつではないです』
「だから、道の途中だね」
ブロッコリーが言った。
カリフラワー先輩は白く札を出した。
まず、怖くないやつになりなさい。
重い。
でも、分かる。
◇
修行は続いた。
まず、棚修行。
俺は木箱の中で、怖くない角度を探した。
正面。
濃い。
斜め。
まだ濃い。
花冠あり。
少しやさしい。
ミラーボールあり。
ラスボス。
『照明を止めてください』
カリフラワー先輩は聞かなかった。
次に、説明修行。
ウリ坊が質問する。
「一番根、なに?」
『マンドラゴラです』
「どうするの?」
『急に抜かない。声をかける。怖がっていたら待つ』
「食べるの?」
『下処理すれば食べられます』
「おいしい?」
ここで止まった。
難しい。
俺はおいしいのか。
料理次第だ。
カレーに沈む時もある。
肉の記憶に入り込む時もある。
ソースになる時もある。
俺は筆談板に書いた。
『工夫すると、いけます』
ウリ坊が笑った。
「じゃあ、工夫する!」
反則。
師匠の教えより効く。
◇
最後の修行は、師弟問答だった。
カリフラワー先輩が白い札を置く。
なぜ指定野菜になりたいのですか。
急に核心。
俺は筆談板を握った。
最初は、単純だった。
カリフラワーにできたんだから、俺にもできるはず。
見返したかった。
食卓に立ちたかった。
怖がられず、残されず、名前を呼ばれたかった。
でも今は、少し違う。
俺は筆談板にゆっくり書いた。
『ちゃんと扱われたいからです』
市場が静かになった。
『怖がられず、雑にされず、説明されて、選ばれたいです』
カリフラワー先輩は白く読んだ。
『食べられるなら、理由を知っていてほしいです』
ウリ坊が、じっと見ている。
『それで、また食べたいと言われたら、たぶん嬉しいです』
書いてから、少し恥ずかしくなった。
濃い顔で真面目なことを書くと、妙に照れる。
カリフラワー先輩は、しばらく黙っていた。
そして、白い札を出した。
それなら、道は続いています。
短い。
でも、刺さった。
◇
そこで終われば、いい話だった。
だが、道場の奥からロマネスコ先輩が出てきた。
螺旋を震わせている。
「師は白。弟子は濃。棚は舞台。道は売価の先にある」
『最後だけ急に現実』
俺は筆談板を出した。
さらに高麗人参が立ち上がる。
「指定されるには、格式も必要です」
くわい先輩も芽を揺らす。
「芽が出ていることも大切です」
アボカド博士が黒板を出す。
「普及率の推移を」
『今日は道場です。講義を増やすな』
パクチー汁が光った。
『お前は光るな』
市場中が笑った。
白き師弟問答は、一瞬でいつもの混沌に戻った。
◇
カリフラワー先輩は、最後に卒業試験を出した。
白い皿。
その上に、カリフラワーライス。
横に、小さなマンドラゴラの香味そぼろ。
肉はない。
タレも強くない。
パクチー汁もない。
ただ、白い余白と、濃い根の味。
俺は驚いた。
『今日は肉もカレーも使わないのですか』
カリフラワー先輩は白く微笑む。
逃げずに立ちなさい。
重い。
ウリ坊が試食した。
まず、カリフラワーライス。
「白い。軽い」
次に、マンドラゴラの香味そぼろ。
「一番根、いる」
沈黙。
もう一口。
「白いところと一緒だと、ちょうどいい」
カリフラワー先輩が、少しだけ白さをやわらげた。
俺は筆談板に書いた。
『師匠』
自分で書いて、少し驚いた。
カリフラワー先輩は白くこちらを見る。
『ありがとうございました』
白き師匠は、札を出した。
濃い弟子よ、精進なさい。
弟子認定された。
濃い弟子。
嫌なような。
少し嬉しいような。
◇
夕方。
道場は片付けられた。
ござは巻かれた。
白い皿も洗われた。
ただし、ミラーボールだけは残った。
『なぜ』
俺は筆談板を掲げた。
カリフラワー先輩は白く微笑んだ。
師の背中です。
『背中が回転している』
ウリ坊が笑った。
「一番根、弟子!」
『濃い弟子です』
「カリフラワー先輩、師匠!」
カリフラワー先輩が白く頷いた。
ブロッコリーが健康そうに笑う。
「よかったね。指定野菜への道に、師匠ができた」
俺は、白い先輩を見た。
遠い。
でも、前より少しだけ近い。
追いかける相手ではなく、道を聞ける相手になった気がした。
◇
その日の記録には、こう書かれた。
カリフラワー道場、開設。
マンドラゴラ一番根、棚・説明・食卓での立ち方を学ぶ。
指定野菜への動機を再確認。
カリフラワー先輩、白き師匠として機能。
マンドラゴラ一番根、濃い弟子に認定。
パクチー汁、また光る。理由不明。
最後。
いい加減にしろ。
夜。
W.H.O.ポスターの横に、新しい札が貼られた。
指定野菜への道。
よく見られ、よく使われ、ちゃんと説明できること。
白き師匠、濃き弟子。
その下に、ウリ坊が小さく書き足した。
一番根、弟子になった。
カリフラワー先輩、ししょう。
ミラーボール、まだある。
最後。
本当に、まだある。
俺は筆談板を掲げた。
『師匠、片付けを』
カリフラワー先輩は、ミラーボールの下で白く微笑んだ。
聞く気がない。
指定野菜への道は遠い。
師匠は白く、弟子は濃い。
そして照明は過剰。
根菜だけど、そう思った。




