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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第四章

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35/41

第35話 芽が出るとは、そういうことです。Do You Know? くわい? 

 翌朝。


 ミラーボールは、片付いていなかった。


 俺は市場に入るなり、筆談板を握った。


『なぜ残っている』


 白い売り場の上で、昨日と同じ鏡玉がくるくる回っている。


 しかも、一つではない。


 増えたままだ。


 カリフラワー先輩は、その下で白く鎮座していた。


 完全に味を占めている。


「本日は、カリフラワーライスですわ」


 エシャロットちゃんが言った。


 俺は筆談板を掲げた。


『片付ける流れでは』


「米の座を狙う以上、演出も必要ですわ」


 米の座。


 重い。


 カリフラワー先輩、白いだけでは飽き足らず、とうとう米へ侵攻するらしい。


 白い売り場の横には、鍋が置かれていた。


 香りがする。


 スパイス。


 ココナッツ。


 青い香草。


 そして、椀の中で不穏に揺れるパクチー汁。


 俺は筆談板に書いた。


『エスニックカレーですね』


「そうよ」


 野蒜ちゃんが笑った。


「一番根の願い、砕かれたわね」


 昨日、ミラーボールは明日までに片付けてほしいと思った。


 その願いは、白い米もどきとスパイスの前に砕けた。


 早い。


 願いの寿命が短すぎる。


      ◇


「今日の課題は決まったね」


 ブロッコリーが言った。


 出た。


 白と緑と香草が入り乱れているのに、相変わらず健康そうだった。


「カリフラワーライスを、米の代替として成立させること。そして、エスニックカレーの強さに市場が飲まれないこと」


 飲まれる。


 たぶん飲まれる。


 カレーは強い。


 エスニックカレーはもっと強い。


 しかもパクチー汁がいる。


 危険物である。


「条件は三つ」


 来た。


「カリフラワー先輩を、白い添え物で終わらせないこと」


 はい。


「マンドラゴラ君がカレーに沈まないこと」


 また来た。


「そして、今日は新しい審査員がいる」


 審査員?


 市場の入口から、ぬめりとした気配が来た。


 水辺の匂い。


 湿った土。


 正月の煮物みたいな気配。


 すっと現れたのは、丸い塊茎だった。


 淡い青白さ。


 つやっとした皮。


 そして、頭からぴょこんと伸びた大きな芽。


 その姿は、妙に誇らしげだった。


 胸の札には、こう書かれている。


 くわい先輩


 芽が出ている。


 めちゃくちゃ出ている。


 本人も、そこを完全に武器にしている顔だった。


「芽が出るとは、こういうことです」


 そう言っている顔だった。


 俺は筆談板に書いた。


『初対面で圧が強い』


      ◇


 くわい先輩は、ゆっくりと市場を見渡した。


 豆苗を見る。


「伸びる者」


 パイナップル卿を見る。


「王冠を掲げる者」


 アボカド博士を見る。


「種を数える者」


 高麗人参を見る。


「格式を着る者」


 そして俺を見る。


「芽を出したい者」


 刺さった。


 普通に刺さった。


 俺は筆談板を握った。


『俺は指定野菜になりたいだけです』


「それを、世間では芽が出ると言います」


 くわい先輩の芽が、誇らしげに揺れた。


 やめろ。


 物理的に芽が出ているやつにそれを言われると、こちらに勝ち目がない。


 ウリ坊が目を輝かせた。


「くわい先輩、芽が出てる!」


「めでたいです」


 そう言っている顔だった。


 反則。


 ウリ坊が素直に喜ぶと、だいたい強キャラになる。


      ◇


 くわい先輩は、湿地出身の古参だった。


 正月料理に出る。


 芽が出る縁起物。


 ほくほくして、少し苦みがあって、煮ると独特の存在感がある。


 エシャロットちゃんが説明すると、くわい先輩は満足そうに頷いた。


「芽出度きとは、読みと形が一致すること」


 そう言っている顔だった。


 ロマネスコ先輩が螺旋を震わせた。


「芽は未来。白は余白。螺旋は運命」


『先輩同士で詩を始めないでください』


 俺は筆談板を出した。


 くわい先輩とロマネスコ先輩、相性が悪い意味でよさそうだった。


 高麗人参は赤い布の上で静かに観察している。


 たぶん、正月料理枠の格で張り合うかどうか考えている。


 面倒くさい。


      ◇


 調理が始まった。


 まず、カリフラワーライス。


 カリフラワー先輩を細かく刻む。


 白い粒。


 米っぽい。


 いや、米ではない。


 でも、皿に盛るとかなり米っぽい。


 カリフラワー先輩は、白く堂々としている。


 米のふりをしているのではない。


 白い野菜として、米の場所に立とうとしている。


 ずるい。


 普通にかっこいい。


 次に、エスニックカレー。


 玉ねぎ。


 スパイス。


 ココナッツ。


 少しの辛み。


 そして、マンドラゴラ。


 今回の俺は、刻まれてカレーに入る。


 ただし、沈まないように大きさを残す。


 さらに、くわい先輩。


 下処理して、ほくっと煮る。


 少し苦みを残す。


 芽の部分は飾りにする。


 くわい先輩が言った。


「芽は見せるものです」


 そう言っている顔だった。


 強い。


 目立つ気満々である。


 最後に、パクチー汁。


 全員が警戒した。


 エッセントゥーナ夫人が銀の匙を持って現れる。


「一滴ですわ」


 パクチー汁が、不満そうに揺れた。


「一滴です」


 夫人が微笑む。


 怖い。


 香味の社交界、やはり怖い。


      ◇


 完成した皿は、予想以上に派手だった。


 白いカリフラワーライス。


 その横に、黄色みを帯びたエスニックカレー。


 中にはマンドラゴラとくわい。


 上には、くわいの芽。


 パクチーはほんの少し。


 ミラーボールの光が、白い粒に跳ねる。


 カリフラワー先輩は完全に舞台中央だった。


 俺は筆談板に書いた。


『やっぱり照明いりますか』


「今日は必要ね」


 野蒜ちゃんが言った。


 納得いかない。


 だが、皿はきれいだった。


 悔しい。


      ◇


 試食はウリ坊。


 まず、カリフラワーライスをひと口。


「白い!」


 そこから。


「でも、ごはんじゃない」


 正しい。


「でも、カレーと食べるといける」


 カリフラワー先輩が白く微笑んだ。


 次に、くわい。


 ウリ坊が噛む。


 ほく。


 少し沈黙。


「ほくほく。ちょっと苦い。でも、芽がすごい」


 芽を食べたわけではない。


 見た目の話だ。


 くわい先輩が誇らしげに芽を揺らした。


 次に、マンドラゴラ入りカレー。


 ウリ坊が食べる。


 スパイス。


 ココナッツ。


 少しのパクチー。


 そして、マンドラゴラ。


「一番根、今日は沈んでない!」


 勝った。


 かなり大事な勝利。


「くわい先輩もいる!」


 くわい先輩が頷く。


「芽が出ていますので」


 関係あるのか。


 いや、本人の中では全部そこに帰るらしい。


      ◇


 販売が始まると、カリフラワーライスは思ったより受けた。


「米じゃないのに、カレーに合う」

「軽い」

「白くてきれい」

「糖質気にする人によさそう」

「でも米は米で食べたい」


 最後も正しい。


 カリフラワー先輩は、米を倒したわけではない。


 米の席を一時的に借りた。


 それで十分だった。


 くわい先輩も注目された。


「これ何?」

「お正月のやつ?」

「芽がかわいい」

「出世っぽい」

「ほくほくしてる」


 芽があるだけで話題になる。


 ずるい。


 物理的な見た目フックが強い。


 俺は筆談板に書いた。


『くわい先輩、強いですね』


 くわい先輩は、静かに答えた。


「芽は説明不要です」


 負けた。


 説明カードだのプロトコルだの視覚的核だの言ってきた俺に対して、芽は説明不要。


 強すぎる。


      ◇


 だが、事件は起きた。


 ウリ坊が、くわい先輩の芽をじっと見つめて言ったのだ。


「一番根には、芽、ないの?」


 市場が止まった。


 俺は筆談板を握った。


 マンドラゴラには葉がある。


 根もある。


 濃い顔もある。


 だが、くわい先輩みたいな「芽が出てます!」という分かりやすい突起はない。


 俺は書いた。


『葉はあります』


「でも、芽じゃない?」


『たぶん違います』


 ウリ坊は真剣に考えた。


「じゃあ、一番根はまだ芽が出てない?」


 重い。


 子どもの質問は、いつも重い。


 くわい先輩が、こちらを見た。


「芽は形だけではありません」


 意外だった。


 絶対に上から言ってくると思った。


 くわい先輩は、芽を揺らした。


「見つけてもらった時。使い道が増えた時。怖がられずに名前を呼ばれた時。それも、芽です」


 市場が静かになった。


「あなたはもう、いくつも芽を出しています」


 俺は、何も書けなかった。


 くわい先輩。


 めちゃくちゃまともだった。


 見た目と縁起で押すだけの先輩ではなかった。


 ウリ坊がぱあっと笑った。


「一番根、芽が出てる!」


 反則。


 本日最大。


 俺は少しだけ迷ってから、筆談板に書いた。


『まだ小さい芽です』


「育つ!」


 ウリ坊は即答した。


 反則の追撃。


      ◇


 そこへ、ブロッコリーが頷いた。


「今日の課題は合格だね」


『どういう意味でですか』


「カリフラワー先輩は米の座に挑んだ。くわい先輩は芽の意味を教えた。マンドラゴラ君は沈まず、芽が出るという言葉を自分のものにした」


 言い方がきれい。


 腹黒い緑なのに。


 カリフラワー先輩は白く微笑んだ。


 くわい先輩は芽を揺らした。


 ロマネスコ先輩は螺旋を震わせる。


「白き粒に芽出度き根、濃き根は沈まず。皿は春を待たずして芽吹く」


『季節感が迷子です』


 正月料理とエスニックカレーとミラーボールが同じ皿にいる時点で、季節感など最初からない。


      ◇


 夕方。


 カリフラワーライスとエスニックカレーは完売した。


 くわい先輩も、思った以上に売れた。


 理由は単純。


 「芽が出るって縁起いいね」


 その一言である。


 強い。


 縁起物は強い。


 高麗人参が少し悔しそうだった。


 正月料理の格でくわい先輩に話題を持っていかれたからだろう。


 だが、高麗人参は上品に言った。


「芽出度さにも格式があります」


 そう言っている顔だった。


 くわい先輩は返した。


「芽は出た者勝ちです」


 強い。


 高麗人参が黙った。


 勝った。


 くわい先輩、かなり強い。


      ◇


 その日の記録には、こう書かれた。


 カリフラワーライス、米の代替として一定評価。

 エスニックカレー、香り強。パクチー汁は一滴管理継続。

 くわい先輩、芽出度さにより子ども受容高。

 マンドラゴラ一番根、カレー沈没を回避。

 芽は形だけではない、という発言により市場が一瞬しんみり。

 ミラーボール、継続使用。


 最後。


 やめろ。


 継続するな。


 俺は筆談板を掲げた。


『ミラーボールは片付けてください』


 カリフラワー先輩が白く微笑んだ。


 くわい先輩が芽を揺らした。


 ロマネスコ先輩が螺旋を震わせた。


 全員、聞く気がなかった。


      ◇


 夜。


 W.H.O.ポスターの横に、新しい札が貼られた。


 芽が出るとは、見つけてもらうこと。

 白くなくても、米でなくても、皿に立てる。

 沈まなければ、次の芽になる。


 その下に、ウリ坊が小さく書き足した。


 一番根、芽が出てる。

 くわい先輩、芽がすごい。


 俺は筆談板を持ち上げた。


 何か書こうと思った。


 でも、やめた。


 くわい先輩の芽が、静かに光を受けていたからだ。


 カリフラワー先輩の白。


 くわい先輩の芽。


 ロマネスコ先輩の螺旋。


 そして、俺の濃い顔。


 指定野菜への道は、どうやら白くなることでも、米になることでも、芽を物理的に伸ばすことでもない。


 見つけてもらった場所から、次へ伸びることだ。


 根菜だけど、少しだけそう思った。


 そして、ミラーボールはまだ回っていた。

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