第34話 カリフラワーの乱。それは、めくるめくミラーボールの如き、後光が差していた。by ロマネスコ
朝の市場が、白かった。
いや、カリフラワー売り場が白いのは当たり前だ。
問題は、白いだけではなかったことだ。
光っていた。
きらきらと。
ぎらぎらと。
白い花蕾の上を、細かな光の粒が踊っていた。
売り場の上に吊るされているのは、どう見てもミラーボールである。
俺は筆談板を握った。
『何ですか、あれ』
「カリフラワー先輩の決起集会ですわ」
エシャロットちゃんが、妙にきりっとした顔で言った。
決起。
カリフラワーが。
白く、上品で、指定野菜として当然の顔をしていたあのカリフラワー先輩が。
俺は筆談板に書いた。
『乱ですか』
「乱ね」
野蒜ちゃんが即答した。
市場中央。
白い布を敷いた壇上に、カリフラワー先輩が鎮座していた。
その背後で、ミラーボールが回る。
白い花蕾に光が散り、後光めいたものが差している。
その横で、ロマネスコ先輩が螺旋を震わせていた。
「それは、めくるめくミラーボールの如き、後光が差していた」
そう言っている顔だった。
詩的。
だが、意味は分からない。
『つまり、カリフラワー先輩がディスコになった?』
「言い方」
野蒜ちゃんが吹き出した。
◇
俺にとって、カリフラワー先輩は特別である。
初めてあの白い先輩を見た時、俺は思った。
カリフラワーにできたんだから、俺にもできるはず。
指定野菜。
食卓にいて当然の顔。
スーパーの棚に並んでも動じない貫禄。
茹でられても、焼かれても、シチューに沈んでも、サラダで白く光っても、妙に上品に収まる存在感。
俺は、あれに憧れた。
正確には、あれを見て勝手に燃えた。
そして今。
憧れの白い先輩は、ミラーボールを背負っている。
俺の初心を返せ。
いや、これはこれで強い。
悔しいが、強い。
◇
「本日の議題は、白の再評価です」
カリフラワー先輩が静かに言った。
声は聞こえない。
でも、絶対そう言っている顔だった。
背後ではミラーボール。
左右には白い旗。
そこに書かれていた文言は、こうだ。
白は地味ではない。余白である。
おお。
普通に良い。
次の旗。
茹でても焼いても、白は残る。
強い。
さらに次。
ブロッコリーの隣で済ませるな。
市場が静まり返った。
ブロッコリーが、珍しく少し目を逸らした。
緑の黒幕にも、刺さる言葉があるらしい。
ロマネスコ先輩が、さらに旗を掲げる。
螺旋は宇宙。白は銀河。指定野菜は星座。
『急に広い』
俺は筆談板を出した。
宇宙に行くな。
ウリ坊が首を傾げる。
「ロマネスコ先輩、むずかしい」
ロマネスコ先輩の螺旋が、少ししょんぼりした。
俺は慌てて筆談板に書いた。
『つまり、きれいってことです』
「きれい!」
ウリ坊が笑った。
ロマネスコ先輩が復活した。
単純。
だが、救われた。
◇
「今日の課題は決まったね」
健康そうな声がした。
ブロッコリーである。
出た。
絶対に何か知っていた顔だ。
「カリフラワーの乱を、食卓につなげること」
『乱を食卓につなげるな』
「条件は三つ」
来た。
「カリフラワーを地味扱いしないこと」
はい。
「ロマネスコ先輩の詩を、なるべく受け止めること」
難しい。
「そして、マンドラゴラ君が、最初に白い先輩を見上げた時の気持ちを思い出すこと」
重い。
急に本筋を刺してくるな。
俺は筆談板を握った。
あの頃の俺は、今よりずっと単純だった。
指定野菜になりたい。
カリフラワーにできたんだから、俺にもできるはず。
それだけで走っていた。
走れる人参ではない。
マンドラゴラだ。
だが、気持ちとしてはかなり走っていた。
その白い目標が、今、乱を起こしている。
しかもミラーボールつきで。
◇
「最近の市場は、濃いものが目立ちすぎています」
カリフラワー先輩が白く微笑んだ。
俺を見るな。
「濃い顔。濃い香り。濃い肩書き。濃いプロトコル。ゆるキャラとの濃い関係性」
俺を見るな。
ほぼ全部俺周辺だ。
高麗人参が、赤い布の上で上品に頷いている。
お前もかなり濃いぞ。
エッセントゥーナ夫人も銀の鐘を鳴らしている。
あなたもだいぶ濃いです。
パクチー汁に至っては、椀の中で不穏に香っている。
濃さの暴力だろ。
カリフラワー先輩は、さらに白く輝いた。
「白にも、主張があります」
その瞬間、ミラーボールが回転速度を上げた。
きらっ。
きらきらっ。
白い花蕾に光が跳ねる。
市場の子どもたちが声を上げた。
「おおー!」
悔しい。
普通にきれいだ。
ロマネスコ先輩が、螺旋を震わせる。
「白き静寂が光を抱く時、乱は舞踏となる」
『詩が加速している』
俺は筆談板を掲げた。
だが、誰も止められない。
ロマネスコ先輩は今日、完全に白の語り部である。
◇
乱は、料理勝負ではなかった。
売り場勝負だった。
カリフラワー先輩は、まず自分の横に何も置かなかった。
皿もない。
調味料もない。
チーズもない。
肉もない。
カレーもない。
ただ白い花蕾だけ。
そして光。
ずるい。
余白を売る気だ。
パセリが震えた。
「添え物に余白を奪われるとは」
そう言っている顔だった。
アボカド博士が黒板を出した。
「反射率を測定しよう」
『今は測るな』
高麗人参は金屏風を持ち出した。
『対抗するな』
「格式の反射です」
そう言っている顔だった。
パイナップル卿も王冠を掲げた。
『張り合うな』
「王冠は光を受けるもの」
そう言っている顔だった。
市場が急に光り物展示会になりつつある。
◇
そこでウリ坊が、カリフラワー先輩の前に立った。
「カリフラワー、きらきら!」
反則。
本日早い。
カリフラワー先輩の白さが、一段階増した気がした。
ロマネスコ先輩が震える。
「幼き瞳に映る白こそ、真の後光」
詩が止まらない。
ウリ坊は続けた。
「一番根も光ってる!」
え。
俺?
ミラーボールの光が、俺の濃い顔に当たっていた。
光と影のコントラストが、異様に強い。
子どもたちが笑い出す。
「一番根、劇みたい!」
「顔が強い!」
「濃い!」
「仕様!」
『照明を当てるな』
俺は筆談板を出した。
だが、カリフラワー先輩は白く笑っている。
完全に楽しんでいる。
乱というより、白いフェスである。
◇
「一番根」
ブロッコリーが言った。
「今、どう見える?」
何が。
と聞き返しかけて、俺はカリフラワー先輩を見た。
白い。
当たり前だ。
でも、ただ白いだけではなかった。
光を受けて、白さの中に細かな影が見える。
詰まった花蕾。
重なり。
丸み。
余白。
そこにいるだけで皿を明るくする力。
ああ。
俺が最初に見たのは、これだったのかもしれない。
派手な味ではない。
濃い香りでもない。
強引なキャラでもない。
食卓に置かれた時、そこにいることを許される力。
俺は、それが欲しかった。
俺は筆談板に書いた。
『カリフラワー先輩』
市場が静かになった。
『俺は、あなたを見て指定野菜になりたいと思いました』
カリフラワー先輩が、静かにこちらを見た。
『でも、白くなりたいわけではありません』
ミラーボールがゆっくり回る。
『俺は濃いまま、食卓に入りたいです』
子どもたちが黙って読んでいる。
『だから、先輩は白いままでいてください』
ロマネスコ先輩が螺旋を震わせた。
「濃き根が白き花へ敬意を捧げる時、売り場は銀河となる」
たぶん良いことを言っている。
たぶん。
カリフラワー先輩は、白く微笑んだ。
かなり白く。
◇
そこで終われば、いい話だった。
だが、カリフラワーの乱は終わらなかった。
白い布の奥から、追加のミラーボールが三つ出てきた。
増やすな。
ロマネスコ先輩が叫んだ。
「第二形態! 多重後光!」
市場が光で埋まった。
白い。
まぶしい。
きらきら。
俺の濃い顔に、さらに光が当たる。
さっきより劇みたいになる。
子どもたちが腹を抱えて笑い出した。
「一番根、ラスボスみたい!」
「白い光なのに顔が黒い!」
「仕様!」
『仕様で済ませるな』
俺は筆談板を掲げた。
だが、誰も止まらない。
高麗人参が金屏風を二枚に増やした。
増やすな。
パイナップル卿が王冠の角度を調整した。
競るな。
アボカド博士が「光量と顔濃度の相関を」と言い出した。
やめろ。
エッセントゥーナ夫人が銀の鐘を鏡みたいにして、光を反射させた。
遊ぶな。
パクチー汁が、なぜか緑に煌めいた。
『お前は光るな』
市場中が笑った。
完全に乱だった。
白い乱。
光る乱。
そして、なぜか俺が一番被害を受けている乱。
◇
だが、効果はあった。
客が集まった。
「何これ」
「カリフラワー?」
「白くてきれい」
「ロマネスコもすごい形」
「マンドラゴラ、照明映えするな」
映えない。
映えたくない。
だが、客は足を止めた。
カリフラワーが売れた。
ロマネスコも売れた。
ついでにマンドラゴラの説明カードも持っていかれた。
白い乱、商業的に成功している。
何だこれ。
ウリ坊が、カリフラワー先輩の前で手を叩いた。
「カリフラワー先輩、すごい!」
カリフラワー先輩の白さが、さらにやわらかくなった。
俺は少しだけ納得した。
白は地味ではない。
白は、光を受け止める色だ。
濃い俺にはできない。
でも、濃い俺にしかできないこともある。
そういう話なのだろう。
たぶん。
ミラーボールは余計だが。
◇
夕方。
カリフラワー先輩は、満足そうに白く鎮座していた。
ロマネスコ先輩は、今日の出来事を一句にまとめようとして失敗していた。
「螺旋なる、白の光に、濃き根舞う――字余り」
『全部余っています』
俺は筆談板に書いた。
ロマネスコ先輩は誇らしげだった。
なぜだ。
ブロッコリーが言った。
「今日の課題は合格だね」
『乱でしたよね』
「乱だったね。でも、カリフラワーは地味ではないと伝わった。君も最初の憧れを思い出した。良い乱だよ」
良い乱。
そんなものがあるらしい。
カリフラワー先輩が、俺の前に静かに来た。
そして、白い小さな札を置いた。
濃いまま来なさい。
短い。
だが、妙に刺さった。
俺はしばらく、それを見ていた。
白い先輩は、やっぱり遠い。
でも、遠いままいてくれるから、俺は進める。
俺は筆談板に書いた。
『追いかけます』
カリフラワー先輩は、白く微笑んだ。
ミラーボールを背負ったまま。
そこだけは台無しだった。
◇
その日の記録には、こう書かれた。
カリフラワーの乱、発生。
ミラーボール導入により白色訴求力が急上昇。
ロマネスコ先輩、詩的表現過多。
マンドラゴラ一番根、最初の憧れを再確認。
高麗人参、金屏風で対抗するも主導権取れず。
パクチー汁、光るな。
最後だけ命令形だった。
だが正しい。
夜。
W.H.O.ポスターの横に、新しい札が貼られた。
白は地味ではない。
濃いは欠点ではない。
光の当たり方で、野菜は乱を起こす。
その下に、ウリ坊が小さく書き足した。
カリフラワー先輩、きらきら。
一番根、げきみたい。
劇みたい。
俺は筆談板を持ち上げた。
抗議しようと思った。
でも、やめた。
カリフラワー先輩が、白く微笑んでいたからだ。
指定野菜になるとは、白くなることではない。
自分の色で、食卓に立つことだ。
カリフラワーは白く。
ロマネスコは螺旋に。
俺は濃い顔のまま。
そして、ミラーボールは明日までに片付けてほしい。
そんな俺の願いは、カリフラワーライスとエスニックカレーの前に呆気なく打ち砕かれるのだった。
――次回、カレー回。




