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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第三章

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31/41

第31話 その者、緑《あお》き衣を纏いし時の勇者。PPAPはペンパイナッポーアッポーペンではなく。

 Production Part Approval Process――つまり、量産食卓投入前承認プロセスである


 市場に、緑の勇者が現れた。


 深緑のマント。


 尖った帽子。


 腰には木べら。


 背中には丸い盾。


 そして手には、細長いピーマン。


 剣ではない。


 ピーマンである。


 俺は筆談板を握った。


『武器がピーマン』


「安全基準上、刃物より望ましいですわ」


 エシャロットちゃんが言った。


 安全基準。


 もう嫌な予感しかしない。


 緑の勇者は市場の中央に立ち、木べらを掲げた。


「我こそは、あおき衣を纏いし時の勇者!」


「タイムセール担当ね」


 野蒜ちゃんが即座に言った。


 台無し。


 神話の空気が、閉場前一時間の値引き札に変わった。


 だが、緑の勇者――ピーマンは怯まなかった。


「本日は閉場前の売れ残りを救う。だが、ただ値引きして流すだけではない。安定して食卓へ届けられる形にする」


 おや。


 今日はまともだ。


 俺は筆談板に書いた。


『意外と現実的ですね』


「苦い経験を積んでいますので」


 エシャロットちゃんが言った。


 ピーマンだけに。


 そこへ、健康そうな声。


「今日の課題は決まったね」


 ブロッコリーだった。


 出た。


 緑の勇者がいるのに、さらに緑の黒幕が出た。


 売り場の緑率が高すぎる。


「本日の合言葉は、PPAP」


 市場がざわついた。


 ウリ坊が顔を輝かせる。


「ぺんぱいなっぽー……?」


「違いますわ」


 エシャロットちゃんが止めた。


 ブロッコリーが、やけに分厚い書類束を取り出す。


「PPAP。Production Part Approval Process」


 空気が死んだ。


 さっきまで勇者だったのに。


 急に製造業になった。


 俺は筆談板に書いた。


『野菜売り場で英語の品質管理用語を出すな』


「量産前に、部品や工程が要求を満たしていると承認してもらう仕組みだよ」


 ブロッコリーは平然と続けた。


「つまり今日は、マンドラゴラの量産食卓投入前承認プロセスを実施する」


 市場が静まり返った。


 量産。


 食卓投入。


 承認プロセス。


 俺は筆談板を握りしめた。


『俺は部品ではありません』


「食材候補だね」


『余計悪い』


      ◇


 長机の上に、書類が並べられた。


 一、図面

 二、工程フロー

 三、FMEA

 四、コントロールプラン

 五、測定結果

 六、初品サンプル

 七、PSW


 PSW。


 何だ。


 また知らない英語が来た。


 ホネ丸が、からんと音を立てて説明した。


「Part Submission Warrant。部品提出保証書」


『だから俺は部品ではありません』


「マンドラゴラ提出保証書」


『もっと嫌です』


 ウリ坊が手を挙げた。


「一番根、提出されるの?」


『されません』


 ブロッコリーはにこやかに言った。


「安心して。提出されるのは君そのものではなく、君を家庭で扱うための工程一式だ」


 全然安心できない。


 俺は、いつの間にか野菜から工程になっていた。


      ◇


 第一項目。


 図面。


 エシャロットちゃんが、俺の正面図と側面図を掲げた。


 濃い顔。


 葉。


 根。


 筆談板。


 昼咲月見草の花冠。


 寸法線まで引かれている。


 俺は筆談板を掲げた。


『誰が描いた』


「昨日、寝ている間に」


『本人確認』


「これからですわ」


 順番。


 また順番がおかしい。


 図面には注記があった。


 特記:顔の濃さは仕様。品質異常ではない。


 高麗人参が赤い布の上で上品に頷いた。


「良い注記です」


 良いのか。


 俺は筆談板に書いた。


『顔の濃さに公差はありますか』


 ブロッコリーが真顔で答える。


「日による」


『管理できてない』


 ホネ丸が帳面に書いた。


「顔濃度、日内変動あり。管理項目化は困難」


 やめろ。


 測るな。


      ◇


 第二項目。


 工程フロー。


 野蒜ちゃんが木札を並べる。


 声をかける

 急に抜かない

 怖がっていたら待つ

 下処理する

 切る

 調理する

 子どもに確認する

 残さず食べるか、土へ帰す


 まとも。


 かなりまとも。


 俺は頷きかけた。


 だが、途中に変な札が混じっていた。


 濃い顔を確認する


『不要です』


「本物確認工程ですわ」


 エシャロットちゃんが言った。


『濃い顔で本人確認するな』


 マンドラきゅんが横で手を振った。


「ぼくは薄いよ!」


『知っています』


 ブロッコリーが頷く。


「本物と広報キャラの識別は重要だね」


 そんな理由で濃い顔が工程化された。


 納得いかない。


      ◇


 第三項目。


 FMEA。


 故障モード影響解析。


 野菜売り場で聞く単語ではない。


 ブロッコリーが表を掲げる。


 故障モード:急に抜かれる

 影響:叫ぶ、周囲が倒れる、子どもが泣く

 原因:説明不足、好奇心、マンドラきゅんとの混同

 対策:説明札、約束カード、マンドラきゅん台本修正


 あまりにも正しい。


 正しすぎて笑えない。


 次。


 故障モード:パクチー汁二滴投入

 影響:全体がパクチーになる

 原因:勇者が限界を超えたがる

 対策:一滴管理、スポイト封印、高麗人参による品格指導


 ピーマン勇者がうつむいた。


「勇者、踏みとどまる……」


 ウリ坊が拍手した。


「えらい!」


 反則。


 FMEA中でも反則。


 次。


 故障モード:マンドラゴラがカレーに沈む

 影響:一番根の存在不明、いる根菜化進行

 原因:カレーが強い、チーズも強い、肉はもっと強い

 対策:くぐらせる、まとわせる、噛ませる


 俺は筆談板に書いた。


『俺の人生を表にするな』


「リスクは見える化が大切だよ」


 ブロッコリーは爽やかだった。


 腹黒い。


      ◇


 第四項目。


 コントロールプラン。


 管理計画である。


 高麗人参が、金縁のしおりを広げた。


 今日もハイソ。


 製造業用語にすらハイソで乗ってくる。


「管理なき高級感は、ただの雰囲気です」


 そう言っている顔だった。


 悔しいが、いいことを言った。


 コントロールプランにはこう書かれた。


 重要管理特性:急に抜かない

 確認方法:声かけ確認

 頻度:毎回

 責任者:扱う人全員


 重要管理特性:パクチー汁一滴以下

 確認方法:スポイト目視

 頻度:投入時

 責任者:勇者以外


「勇者以外!?」


 ピーマン勇者が叫んだ。


 当然である。


 過去に未遂がある。


 重要管理特性:濃い顔の説明

 確認方法:仕様カード提示

 頻度:初回接触時

 責任者:一番根本人、またはマンドラきゅん


『なぜ俺の顔が重要管理特性に』


「苦情予防ですわ」


 エシャロットちゃんが言った。


 苦情。


 俺の顔が。


 苦情予防。


 泣きたい。


 マンドラゴラが泣くと何が起こるか分からないので、泣かない。


      ◇


 第五項目。


 測定結果。


 ホネ丸が、からんと測定器を持ってきた。


 糖度計。


 硬度計。


 香り強度札。


 そして、謎の定規。


 俺は筆談板に書いた。


『その定規は』


「顔濃度測定用」


『却下』


「では官能評価で」


『もっと嫌です』


 ウリ坊が元気よく手を挙げた。


「おれ、評価する!」


 やめろ。


 ウリ坊の評価は強すぎる。


 ホネ丸が記録する。


「顔濃度、ウリ坊評価で五段階中四」


 思ったより低い。


 いや、低くていいのか。


 子どもたちも評価した。


「濃い」

「でも怖くない」

「花冠あると少しやさしい」

「仕様」


 最後の子、よく学習している。


 ホネ丸がまとめた。


「濃いが、説明により受容可能」


 製造業っぽい言い方をするな。


      ◇


 第六項目。


 初品サンプル。


 PPAPなので、量産条件で作ったサンプルが必要らしい。


 そこで出てきたのが、PPAPグリーンプレートだった。


 パセリ。


 パイナップル。


 アボカド。


 ピーマン。


 ただし、今回は新しくカードがついている。


 マンドラゴラ・プロトコル適用済み

 強いものは順番に。

 苦手なものは半分から。

 香りはあと足し。

 パクチー汁は一滴まで。

 本物には、ちゃんと聞く。


 食材としての俺は入っていない。


 でも、手順として入っている。


 ウリ坊が食べた。


「一番根、入ってないけど、いる」


 また言われた。


 でも、今日は悪くなかった。


 俺は筆談板に書いた。


『工程内存在感です』


「こうていないそんざいかん?」


 ウリ坊が首を傾げる。


 ブロッコリーが楽しそうに頷く。


「いいね。工程内存在感」


 やめろ。


 また変な肩書きが増えた。


      ◇


 いよいよ最後。


 PSW。


 マンドラゴラ提出保証書。


 長机の上に、一枚の紙が置かれた。


 マンドラゴラ食卓投入承認書

 品目名:マンドラゴラ一番根

 状態:試験流通中

 主なリスク:急に抜く、怖がらせる、カレーに沈む、顔が濃い

 主な対策:声かけ、説明札、プロトコル、花冠、マンドラきゅん

 承認可否:条件付き承認


 条件付き。


 重い。


 ブロッコリーが言った。


「量産というより、家庭ごとの少量導入からだね」


 高麗人参が上品に頷く。


「格のある承認です。いきなり大量展開は品がありません」


 高麗人参が言うと腹立つ。


 でも、正しい。


 エシャロットちゃんがペンを持った。


「では、一番根さん。サインを」


 俺は筆談板を掲げた。


『サインとは』


「本人承認ですわ」


 来た。


 今回は、ちゃんと本人承認がある。


 これまで箱詰めされたり、図面を寝ている間に描かれたり、マンドラきゅんが勝手に出てきたりした。


 だが、今日は最後に聞かれた。


 俺は、少しだけ迷った。


 量産。


 食卓投入。


 承認。


 言葉は怖い。


 だが、内容は違った。


 急に抜かない。


 怖がらせない。


 説明する。


 強いものは入れすぎない。


 苦手なものは半分から。


 食べきれる分だけ作る。


 それなら、悪くない。


 俺は筆談板ではなく、承認書の端に直接、根で小さく印をつけた。


 泥の丸印。


 マンドラゴラ印。


 ウリ坊が拍手した。


「一番根、はんこ押した!」


 反則。


 本日最大。


      ◇


 その瞬間だった。


 ピーマン勇者が木べらを掲げた。


「PPAP、承認!」


 市場が拍手に包まれた。


 マンドラきゅんが踊る。


「PPAP! PPAP!」


 子どもたちも真似する。


「ぴーぴーえーぴー!」


 ポプ太が、ぽんぽん弾けながらカードを出す。


 PPAPは製造承認プロセス!

 ペンのやつではありません!

 本物にはちゃんと聞こう!


 何の教育だ。


 だが、笑いは取れた。


 エッセントゥーナ夫人は銀の匙を鳴らし、


「工程にも余韻がありますわ」


 と言った。


 意味は分からない。


 でも、なんか上品だった。


 しいたけ部長は、


「我の香りにもPPAPが必要か」


 そう言っている顔だった。


 俺は筆談板に書いた。


『必要です。特に初品確認』


 しいたけ部長は沈んだ。


      ◇


 夕方。


 市場の掲示板に新しい札が貼られた。


 PPAP完了。

 マンドラゴラ食卓投入、条件付き承認。

 急に抜かない。

 怖がらせない。

 強い香りは一滴まで。

 顔の濃さは仕様。


 最後。


 また最後。


 俺は筆談板を掲げた。


『顔の濃さを承認項目に入れるな』


 ホネ丸が、からんと帳面を閉じた。


「承認済み仕様です」


『取り消しを要求します』


「変更申請が必要」


 製造業め。


 面倒くさい。


 ブロッコリーが健康そうに笑った。


「一番根。これで君は、ただの思いつき商品ではなく、工程で支えられた試験流通品になった」


 言い方は硬い。


 でも、少し嬉しかった。


 ウリ坊が、俺の花冠を直してくれた。


「一番根、しょうにんされた!」


 反則。


 本当に反則。


 俺は筆談板に書いた。


『条件付きです』


「でも、しょうにん!」


 まあ、そうだ。


 条件付きでも、承認。


 いきなり指定野菜ではない。


 でも、家庭へ届けるための手順はできた。


 それは、かなり大きい。


      ◇


 その日の記録。


 PPAP実施。

 Production Part Approval Processを、マンドラゴラ食卓投入前承認プロセスとして運用。

 FMEAにて急抜き、パクチー汁二滴、カレー沈没、顔濃度を主要リスクに設定。

 コントロールプラン作成。

 PSWに本人泥印あり。

 マンドラゴラ一番根、条件付き承認。

 なお本人は部品扱いに不服。


 最後だけ正しい。


 俺は頷いた。


 その夜。


 あおき衣を纏いし時の勇者は、閉場前の市場でピーマンを掲げていた。


 PPAPは、ペンでもパイナップルでもアッポーでもなかった。


 少なくとも今日の市場では。


 それは、濃い顔の根菜を、ちゃんと説明し、ちゃんと管理し、ちゃんと聞いてから食卓へ届けるための承認プロセスだった。


 指定野菜への道は、とうとう品質保証まで来た。


 根菜だけど、さすがにこれは思う。


『この世界は、俺に何をさせようとしているのか――』

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