第30話 残念、それは私のシャウエッs…… パセリとマンドラゴラが主役を食う話⭐️ パクチー汁を添えて
持続的可能青果部門の救出劇から、一夜明けた。
豆苗は水を吸って、少しだけ元気を取り戻した。
パイナップル卿のクラウンも、葉先を整えられて王冠らしさを保っている。
アボカド博士の種は、瓶の中で沈黙していた。
そして俺は、昨日堆肥の中に根を突っ込んだせいで、まだ少し根がじんじんしていた。
今日は平和であってほしい。
そう思った。
思ってしまった。
「今日は、主役を食う脇役フェアですわ」
エシャロットちゃんが言った。
終わった。
朝からもう終わった。
俺は筆談板を掲げた。
『主役を食うとは』
「本来は添え物、香りづけ、彩り、薬味。けれど使い方次第で料理全体の印象を持っていく存在ですわ」
なるほど。
説明はまとも。
だが、言い方が不穏すぎる。
市場中央の長机には、今日の主役候補が並んでいた。
パセリ。
濃い緑。
細かく縮れた葉。
皿の端に添えられて、よく残される者。
なのに香りは強い。
そして、俺。
マンドラゴラ。
濃い顔。
筆談板。
花冠。
指定野菜候補。
最近は「いる根菜」「約束継承性高」「視覚的核」など、妙な肩書きが増えすぎている。
俺は筆談板に書いた。
『俺も脇役扱いですか』
「今回は、主役を食う側よ」
野蒜ちゃんが言った。
パセリが、ふるりと葉を震わせた。
「添え物と侮られ続けた我らの時代が来た」
そう言っている顔だった。
顔はない。
でも、ものすごく言っている。
その横には、小さな椀があった。
緑色の汁。
強い香り。
俺は一歩後退った。
『それは』
「パクチー汁ですわ」
エシャロットちゃんが、何でもないことのように言った。
何でもなくない。
香りが強い。
存在感が強い。
好き嫌いが分かれすぎる。
パクチー汁を添えるな。
添えた時点で、だいたい全部パクチーになる。
◇
「今日の課題は決まったね」
ブロッコリーが現れた。
今日も健康そうだった。
昨日あれだけ事件があったのに、もう通常運転である。
「脇役が主役を食う時、料理はどうなるのか。今日はそれを見る」
俺は筆談板に書いた。
『料理じゃなくて勢力争いでは』
「食卓はいつだって勢力争いだよ」
嫌な名言を出すな。
「条件は三つ」
来た。
「パセリを飾りで終わらせないこと」
はい。
「マンドラゴラも埋もれさせないこと」
はい。
「パクチー汁の、ブシャーは禁止。添えるだけにすること」
重い。
最後が一番重い。
添えるだけで済むのか。
あいつは添えた瞬間、全体を支配するぞ。
そこへ、長机の奥から上品な声がした。
「香りとは、支配ではなく、余韻ですわ」
市場の空気が変わった。
初めて見る顔だった。
白い手袋。
濃紺のドレス。
つば広の帽子。
手には小さな銀の匙。
だが、彼女の周囲には、妙に海っぽい香りが漂っている。
胸の札には、
エッセントゥーナ夫人
と書かれていた。
エッセンス。
ウィンナー。
夫人。
情報量が多い。
「本日は、わたくしが香味の監修をいたします」
エッセントゥーナ夫人は、優雅に微笑んだ。
市場がざわつく。
高麗人参が、赤い布の上で明らかに反応した。
ハイソ枠の気配を感じたらしい。
だが、エッセントゥーナ夫人は高麗人参とは違う。
ハイソなのに、どこか舶来品売り場の気配がある。
噛んだ瞬間、口の中で旨味と香りが弾けそう。
俺は筆談板に書いた。
『青果ではないのでは』
「香味連携枠ですわ」
エシャロットちゃんが言った。
便利だな、連携枠。
◇
まず用意されたのは、主役候補。
見まごうことなき、ソーセージ。
ぷりっとしている。
焼けば強い。
子どもに強い。
大人にも強い。
名前を口に出すと、どこかで怒られそうなくらい強い。
ウリ坊が目を輝かせた。
「しゃうえっ――」
野蒜ちゃんが素早く口を塞いだ。
「それ以上はいけない」
危ない。
青果市場に、急に大人の事情が降ってきた。
俺は筆談板に書いた。
『ウィンナー相手にパセリとマンドラゴラが勝てるんですか』
「勝つのではありませんわ」
エッセントゥーナ夫人が銀のベルを掲げた。
「食うのです」
言い方。
上品なのに物騒。
つまり、主役を、パセリとマンドラゴラが香りと食感で上書きする。
添え物が、皿の記憶を持っていく。
それが今日のテーマらしい。
◇
試作一号。
ウィンナーソーセージとマンドラゴラのパセリ炒め
名前は普通。
かなり普通。
ソーセージを焼く。
マンドラゴラを薄切りにして下処理。
パセリを刻む。
最後に散らす。
完成。
見た目はうまそうだった。
香りも悪くない。
だが、ウリ坊が食べた瞬間、こう言った。
「ソーセージ、おいしい!」
負け。
即負け。
パセリは散っただけ。
マンドラゴラは添えられただけ。
ソーセージが強すぎる。
試作一号、主役を食えず。
むしろ主役に食われた。
◇
試作二号。
マンドラゴラパセリソースがけソーセージ
マンドラゴラを細かく刻み、パセリと合わせる。
油。
塩。
少しの酢。
にんにく少し。
ソーセージにかける。
これは強そうだった。
緑のソースが、ぷりっとしたソーセージの上で踊る。
香りも立つ。
ウリ坊が食べた。
「緑のところ、すごい」
勝ちか。
「でも、お肉が勝つ」
負け。
肉が強すぎる。
肉の引力が、香味野菜二名を押し返してくる。
パセリが震えた。
「添え物では、終われぬ」
そう言っている顔だった。
俺も筆談板を握った。
『俺も終われません』
エッセントゥーナ夫人が、静かに銀のベルを置いた。
「まだ、コクが足りませんわ」
来た。
夫人の領分。
◇
エッセントゥーナ夫人は、小さな瓶を取り出した。
中には、薄い琥珀色の液体。
海っぽい香り。
強すぎない。
でも、奥にいる。
「エッセンス・トゥーナです」
名前そのまま。
だが、香りは良い。
魚醤の旨味をぎゅっと濃縮したような、でも油っぽすぎない、妙に上品な液体。
「主役を食うには、真正面から殴ってはいけません。記憶の奥へ回り込むのです」
また怖いことを上品に言った。
エシャロットちゃんが真剣にメモを取っている。
高麗人参が少し悔しそうにしている。
ハイソ語彙勝負で押されている。
夫人は続けた。
「パセリは香り。マンドラゴラは深み。トゥーナは旨味。パクチー汁は、最後に一滴だけ」
一滴。
よかった。
汁椀ごと行く気ではなかった。
パクチー汁は、椀の中で不満そうに揺れている。
怖い。
◇
試作三号。
まず、マンドラゴラ。
いつものように下処理。
怖がらせない。
声をかける。
細かく刻む。
ただし、今回はペースト手前まで刻む。
パセリは、葉だけを細かく。
茎も少し使う。
香りが強いところだ。
そこへ、エッセンス・トゥーナ。
少しの油。
少しの酢。
塩。
胡椒。
そして、パクチー汁。
一滴。
市場中が息を呑んだ。
一滴なのに、香りが立った。
危ない。
やはり危険物だ。
だが、不思議と暴走しない。
トゥーナの旨味と、マンドラゴラの深みと、パセリの青さの奥に、パクチーがほんの少しだけいる。
いる。
嫌な意味ではなく、いる。
ソースが完成した。
名前は、
パセリ・マンドラ・トゥーナソース
エッセントゥーナ夫人が微笑む。
「略して、パマトゥですわ」
略すな。
響きが謎すぎる。
それを、焼いたソーセージにかける。
さらに、刻みパセリをたっぷり。
横に、マンドラゴラの薄切りチップを添える。
パクチー汁は、小さなスポイトで一滴追加できる仕様。
危険。
だが、面白い。
◇
ウリ坊が試食した。
市場中が見守る。
ソーセージ。
パセリ。
マンドラゴラ。
トゥーナ。
パクチー汁一滴。
強いものが多すぎる。
これは喧嘩になるか、奇跡になるか。
ウリ坊が、ぱくり。
沈黙。
長い。
ウリ坊の眉が少し寄る。
まずいか。
香りが強すぎたか。
パクチーが暴れたか。
その時、ウリ坊が目を丸くした。
「……ソーセージなのに、緑の味が勝ってる!」
市場がざわついた。
勝った。
いや、食った。
パセリとマンドラゴラが、主役を食った。
ウリ坊はもう一口食べる。
「お肉おいしい。でも、あとからパセリくる。一番根もいる。なんか、もう一回緑のところ食べたい」
それだ。
主役を消してはいない。
肉はうまい。
だが、記憶に残るのは緑のソース。
パセリの香り。
マンドラゴラの深み。
トゥーナの旨味。
パクチー汁の不穏な余韻。
エッセントゥーナ夫人が、満足そうに頷いた。
「主役を食うとは、主役を殺すことではありません。主役の名を借りて、余韻を奪うことです」
怖い。
この夫人、怖い。
でも正しい。
◇
販売が始まった。
名前は、最終的にこうなった。
主役を食うパセリマンドラソース
ソーセージにも、芋にも、パンにも
パクチー汁は一滴まで
最後が大事。
かなり大事。
子どもたちは最初、ソーセージ目当てで来た。
当然だ。
だが、一口食べると、反応が変わる。
「緑のところ、うまい」
「パセリって食べられるんだ」
「一番根、どこ?」
「あと味にいる」
「パクチーは……ちょっとだけなら平気」
大人たちにも刺さった。
「これ、つまみにいい」
「パセリ余ったら作りたい」
「魚っぽい旨味がある」
「マンドラゴラ、ソース向きかも」
「パクチーは一滴でいい」
一滴でいい。
市場の総意だった。
パクチー汁は少し不服そうだったが、暴れなかった。
たぶん、夫人の監修が効いている。
パセリは誇らしげだった。
皿の端で残される存在ではなく、ソースの主役。
いや、主役を食う脇役。
俺も少し誇らしかった。
マンドラゴラは、また一つ使い道を得た。
揚げ物でも、カレーでも、グラタンでもない。
ソース。
香味。
余韻。
ちょっとかっこいい。
◇
ブロッコリーが試食した。
健康そうな顔で、ゆっくり頷く。
「良いね。肉の力を利用しつつ、香味で記憶を上書きしている。パセリも飾りで終わっていない。マンドラゴラも深みに回っている」
また分析。
だが、今日は気分がいい。
「ただし、パクチー汁は管理が必要だね」
全員が頷いた。
そこは満場一致。
エッセントゥーナ夫人は、銀のベルをしまった。
「香りの強いものほど、引き算が品格を作ります」
高麗人参が、悔しそうに目を細めた。
ハイソ格言勝負で、今日は夫人の勝ちかもしれない。
俺は筆談板に書いた。
『夫人、何者ですか』
エッセントゥーナ夫人は微笑んだ。
「脇役たちの社交界から参りました」
分からない。
だが、妙に納得してしまった。
◇
夕方。
パセリは完売した。
普段なら残るはずのパセリが、完売。
市場が少しどよめいた。
ソーセージも売れた。
だが、今日の記録にはこう書かれた。
ソーセージ、客寄せとして機能。
パセリ、主役を食うことに成功。
マンドラゴラ、香味ソース適性あり。
エッセントゥーナ夫人、監修能力高。
パクチー汁、一滴を超えると危険。
最後。
大事。
ホネ丸が、からんと帳面を閉じた。
「本日の教訓。脇役は、皿の端で終わるとは限らない。強い主役ほど、食われた時の印象も強い」
いいことを言った。
ほねほねなのに。
ウリ坊が、俺の横でパセリの葉を一枚持っていた。
「一番根、今日の緑のやつ、また食べたい」
反則。
本日最大。
パセリが、ふるふる震えた。
嬉しそうだった。
俺は筆談板に書いた。
『パセリさん、主役を食いましたね』
パセリは、誇らしげに葉を揺らした。
「添え物ではなく、余韻である」
そう言っている顔だった。
すぐ影響されるな。
その日の終わり。
W.H.O.ポスターの横に、新しい札が増えた。
残されがちなものにも、皿を変える力があります。
主役を消さず、記憶を奪う。
パクチー汁は、一滴まで。
まとも。
そして最後が切実。
俺は濃い顔で頷いた。
すると、マンドラきゅんが横で腸詰めを指差し、元気よく言った。
「残念! それはぼくのシャウエッ――」
野蒜ちゃんが、また素早く口を塞いだ。
「だからそれ以上はいけない」
市場に笑いが起きた。
パセリは完売。
マンドラゴラはソースになった。
エッセントゥーナ夫人は、銀のベルを鳴らして去っていった。
そしてパクチー汁は、最後まで椀の中で不穏に香っていた。
指定野菜への道は、今日は皿の端から攻めた。
根菜にだって、そういう日もある。
次回。その者、緑き衣を纏いし時の勇者登場な新章開幕⋯⋯!?
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