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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第三章

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第29話 ミッション・サスティナブル! 盗まれた再生野菜たち

 朝。


 おかわり棚が、空だった。


 豆苗がいない。


 昨日、得意げに揺れていた豆苗のトレイが、ない。


 パイナップル卿のクラウンも、ない。


 アボカド博士の種を並べていた水栽培用の瓶も、ない。


 市場の中央にできたばかりの、持続的可能青果部門。


 その主役たちが、根こそぎ消えていた。


 俺は筆談板を握った。


『盗まれています』


 市場が静まり返った。


 ウリ坊が、おかわり棚の前で立ち尽くしている。


「豆苗、どこ……?」


 反則。


 朝からそれは反則。


 だが、笑っている場合ではなかった。


 豆苗は、水が切れれば弱る。


 パイナップルのクラウンも、置き場所が悪ければしおれる。


 アボカドの種だって、乾きすぎれば芽どころではない。


 再生野菜は、強い。


 だが、放っておいていいわけではない。


「これは事件だね」


 ブロッコリーが言った。


 今日の声は、いつもの健康そうな余裕が少し薄かった。


 高麗人参も、赤い布の上で黙っている。


 しいたけ部長は笠を伏せ、ジャガイモ先輩の箱はどっしり沈黙していた。


 ホネ丸が、からん、と骨みたいな音を立てて現れた。


「盗難時刻は、昨夜の閉場後から今朝の開場前。足跡あり」


 早い。


 さすが配送ギルド。


 事件が起きると有能すぎる。


 床には、水の跡が残っていた。


 ぽた。


 ぽたぽた。


 おかわり棚から市場の裏通路へ続いている。


 さらに、パイナップルの葉先らしき緑の欠片。


 アボカドの種についていた水滴。


 そして、豆苗の細い根が一本。


 ウリ坊が、それを見て泣きそうな顔になった。


「豆苗、こわがってないかな」


 重い。


 子どもの心配は重い。


 俺は筆談板に書いた。


『まだ間に合います』


 根拠はない。


 でも、書いた。


 書かないと、ウリ坊が本当に泣きそうだったから。


 その時、市場の奥から、低い音がした。


 ごうん。


 ごうん。


 古い堆肥小屋の方角。


 オーク農家の顔色が変わった。


「まずい。今日は堆肥撹拌機を動かす日だ」


 堆肥撹拌機。


 市場の売れ残りや皮や葉を、堆肥にするための機械。


 持続可能。


 とても持続可能。


 だが、今は最悪だった。


 もし盗まれた豆苗たちが、堆肥用の残渣と間違われていたら。


 俺は筆談板に書いた。


『何時に動きますか』


 ホネ丸が帳面を見た。


「午前十時」


 市場の時計を見る。


 九時二十分。


 残り四十分。


 ブロッコリーが静かに言った。


「ミッション・サスティナブル、開始だね」


 作戦名だけは、やたら格好よかった。


      ◇


 捜索隊は、すぐに組まれた。


 ホネ丸。


 配送路と足跡担当。


 野蒜ちゃん。


 刃物担当。何を切る気だ。


 エシャロットちゃん。


 記録と交渉担当。


 ウリ坊。


 豆苗を心配する担当。


 マンドラきゅん。


 子どもと通行人から情報を引き出す担当。


 そして俺。


 濃い顔と筆談板担当。


 弱い。


 いや、俺もやる。


 俺は筆談板に書いた。


『俺も根を使えます』


「無理はしないでね」


 ウリ坊が言った。


 反則。


 こんな状況でも反則。


 床の水跡は、市場の裏通路へ続いていた。


 そこは普段、木箱や空き樽や古い台車が置かれている場所だ。


 薄暗い。


 狭い。


 湿った匂いがする。


 昨日の明るい持続的可能青果部門とは、まるで違う。


 ホネ丸が膝をつき、床を見る。


「台車の跡。二輪。軽い。だが、水を積んでいたため途中で跳ねている」


 セロリ書記官でもないのに、細かい。


 野蒜ちゃんが、壁についた緑の擦れ跡を見る。


「パイナップル卿のクラウンね。葉先が擦れてる」


 エシャロットちゃんが、落ちていた紙片を拾った。


 そこには、雑な字でこう書いてあった。


 再生できるなら、減っても平気。


 市場の空気が冷えた。


 俺は筆談板を握りしめた。


『平気ではありません』


 再生できる。


 だから取ってもいい。


 また伸びる。


 だから雑に扱ってもいい。


 違う。


 完全に違う。


 豆苗は二回目があるけれど、水がいる。


 パイナップルのクラウンは育つかもしれないけれど、時間がいる。


 アボカドの種は芽が出るかもしれないけれど、世話がいる。


 再生できることは、雑にしていい理由ではない。


 ブロッコリーの顔から、完全に笑みが消えた。


「これは、持続可能の誤解だね」


 高麗人参が、低く言った気配がした。


「もっとも下品な誤解です」


 今日ばかりは同意する。


      ◇


 裏通路の先には、二つの道があった。


 一つは、堆肥小屋。


 もう一つは、古い温室。


 水跡は途中で途切れている。


 犯人は、ここで何かをしたらしい。


 ホネ丸が、からん、と音を立てて帳面を閉じた。


「二手に分かれるのは危険だ」


 ブロッコリーが頷く。


「でも、時間がない」


 時計は九時三十二分。


 残り二十八分。


 ごうん。


 堆肥小屋から、機械の予備運転音が響く。


 ウリ坊が肩を震わせた。


「豆苗、堆肥になっちゃうの?」


 ならない。


 させない。


 俺は筆談板に書いた。


『俺が温室を見ます』


「一番根が?」


 野蒜ちゃんが眉をひそめる。


『根を通せば、中を探れます』


 無茶なのは分かっていた。


 でも、声を出すよりはましだ。


 俺は床の隙間に、細い根を一本伸ばした。


 冷たい土。


 石。


 湿気。


 古い木の根。


 その向こうに、温室の床下。


 さらに進む。


 根の先に、水の気配。


 細い何かが、震えている。


 豆苗だ。


 俺は息を止めた。


 いや、根菜だけど。


 そこに、いた。


 ただし、豆苗だけではない。


 パイナップルのクラウン。


 アボカドの種。


 まとめて古い温室の奥に置かれている。


 水は少ない。


 窓は閉まっている。


 日差しが強くなれば、温室は一気に暑くなる。


 俺は筆談板に乱暴に書いた。


『温室です』


 全員の顔が変わった。


 だが、その瞬間。


 温室の方から、がちゃん、と鍵の落ちる音がした。


 誰かが、中から戸を閉めた。


 そして、裏通路の影から声がした。


「開けないでください」


 細い声。


 乾いた声。


 市場の誰もが振り返る。


 そこにいたのは、切れ端たちだった。


 キャベツの外葉。


 大根のしっぽ。


 ニンジンの皮。


 ブロッコリーの茎の端。


 そして、少ししおれたレタス。


 食べられず、売られず、いつも堆肥箱へ行くものたち。


 残渣。


 捨てられる側。


 その中心に、ひときわ細いブロッコリーの茎が立っていた。


「再生できる子たちばかり、持続可能って呼ばれるのは、ずるいです」


 市場が静まり返った。


「僕たちは、食べきられなかった。使い切られなかった。堆肥になるだけ。でも、再生野菜は棚をもらえる。カードをもらえる。子どもに見てもらえる」


 重い。


 また承認だった。


 でも、今度は怒りが混じっている。


「だから、再生できるなら、少しくらい減ってもいいと思いました」


『よくない』


 俺は筆談板を掲げた。


 短い。


 でも、それしかなかった。


 ブロッコリーの茎が震える。


「あなたに何が分かるんです。あなたは主役でしょう。濃い顔で見てもらえる」


『見てもらえることと、怖くないことは違います』


 茎は黙った。


『再生できることと、雑にしていいことも違います』


 温室の中で、豆苗が揺れている気配がした。


 弱っている。


 時間がない。


 説得している間にも、日差しは強くなる。


 堆肥撹拌機の音も大きくなる。


 九時四十二分。


 残り十八分。


      ◇


「鍵は?」


 野蒜ちゃんが聞く。


 ブロッコリーの茎は、俯いた。


「堆肥小屋の箱に」


 最悪。


 堆肥小屋の中。


 予備運転中の機械の近く。


 ホネ丸が走った。


 からん、からん、からん。


 骨の音が、今までで一番速い。


 俺たちも追う。


 堆肥小屋は、熱と湿気と土の匂いで満ちていた。


 巨大な撹拌機が、ゆっくり回り始めている。


 ごうん。


 ごうん。


 まだ本運転ではない。


 だが、近づくと吸い込まれそうな圧がある。


 ウリ坊が息を呑む。


 野蒜ちゃんがウリ坊の前に立った。


「下がって」


 ホネ丸が箱を探す。


 古い堆肥箱。


 残渣の山。


 皮。


 葉。


 茎。


 その中に、鍵がある。


 時間がない。


 俺は根を伸ばした。


 熱い。


 堆肥の中は、熱を持っている。


 湿っていて、重い。


 根を通すには最悪だった。


 だが、細い金属の感触があった。


 鍵。


 見つけた。


 俺は根を絡める。


 引く。


 重い。


 引っかかっている。


 ごうん。


 撹拌機の音が大きくなる。


 ホネ丸が叫んだ。


「本運転まで五分!」


 俺は奥歯を噛んだ。


 いや、根菜に奥歯があるかは知らない。


 でも、噛んだ気分だった。


 根をさらに伸ばす。


 痛い。


 熱い。


 引っ張る。


 鍵が少し動く。


 その時、ウリ坊の声がした。


「一番根、がんばれ!」


 反則。


 危険地帯でも反則。


 俺は、根を全力で引いた。


 がしゃん。


 鍵が堆肥の中から飛び出した。


 ホネ丸が受け取る。


 からん、と骨の音。


「確保!」


 走る。


 温室へ。


 時計は九時五十七分。


 残り三分。


      ◇


 温室の前で、ホネ丸が鍵を差し込む。


 回す。


 回らない。


「古い。錆びている」


 最悪。


 野蒜ちゃんが包丁を抜いた。


 何をする気だ。


「蝶番なら切れる」


 切れるのか。


 野蒜ちゃん、強すぎる。


 だが、ブロッコリーの茎が叫んだ。


「やめてください! 温室まで壊したら、また捨てられる!」


 その言葉に、野蒜ちゃんの手が止まった。


 温室は古い。


 でも、残っていた。


 壊せば早い。


 でも、壊せば戻らない。


 持続的可能青果部門。


 その言葉が、ここで急に重くなった。


 ブロッコリーが静かに言った。


「壊さず開ける」


 ホネ丸が鍵を握り直す。


 エシャロットちゃんが油を差す。


 俺は根を戸の隙間へ伸ばし、内側の歪んだ板を押す。


 マンドラきゅんが、外から子どもたちを遠ざける。


「危ないから下がってね!」


 ウリ坊は祈るように両手を握る。


 九時五十九分。


 鍵が、ぎ、と鳴った。


 回る。


 半分。


 もう少し。


 がちん。


 開いた。


 戸を押し開ける。


 熱い空気が流れ出す。


 中の豆苗は、しおれかけていた。


 パイナップルのクラウンも葉先が垂れている。


 アボカドの種の水瓶は、倒れかけていた。


「水!」


 エシャロットちゃんが叫ぶ。


 オーク農家が桶を持ってくる。


 豆苗の根元へ。


 パイナップルのクラウンへ。


 アボカドの種の瓶へ。


 豆苗が、ゆっくり揺れた。


 小さく。


 でも、確かに。


 ウリ坊が、泣きそうな顔で笑った。


「よかった……!」


 反則。


 本日最大の反則。


 俺はその場にへたり込みそうになった。


 根が熱い。


 痛い。


 でも、間に合った。


      ◇


 犯人たち。


 キャベツの外葉。


 大根のしっぽ。


 ニンジンの皮。


 ブロッコリーの茎。


 しおれたレタス。


 彼らは、温室の前で小さくなっていた。


 ブロッコリーの茎が言った。


「僕たちは、どうせ堆肥です」


 ブロッコリーが首を振った。


「堆肥は、どうせではないよ」


 その声は、いつもの課題を出す声ではなかった。


「土に戻る。次の野菜を育てる。それは大事な役割だ。でも、君たちが見てもらえなかったことも、こちらの問題だ」


 市場が静かになった。


「再生だけが持続可能ではない。食べきること。使い切ること。土に戻すこと。どれも必要だ」


 高麗人参が上品に頷いた。


「役割に格差を作れば、持続は歪みます」


 今日の高麗人参も正しい。


 悔しいが正しい。


 エシャロットちゃんが、すぐに札を書いた。


 再生するもの。

 食べきるもの。

 土に帰るもの。

 どれも、次へ続く青果です。


 ブロッコリーの茎が震えた。


「僕たちにも、札が?」


 ウリ坊が頷いた。


「ある!」


 反則。


 この子は本当に反則。


      ◇


 その日の午後。


 持続的可能青果部門は、作り直された。


 おかわり棚。


 豆苗は水をもらって、少しだけ持ち直した。


 パイナップル卿のクラウンは、葉先を整えてもらった。


 アボカドの種は、新しい瓶へ。


 そして、その隣に新しい箱。


 土へ帰る箱


 堆肥になる皮や葉や茎を、ただの残渣としてではなく、次の土へ向かうものとして置く場所。


 説明カードもできた。


 食べられないところも、役割があります。

 堆肥は捨て場ではなく、次の畑への道です。

 でも、まだ食べられるものは先に食べきりましょう。


 まとも。


 かなりまとも。


 ブロッコリーの茎は、その箱の横で少し誇らしげだった。


 豆苗が、弱々しくも揺れた。


「盗まれたのは、許しません」


 そう言っている顔だった。


 ブロッコリーの茎が、深くうなだれた。


「すみません」


 パイナップル卿も葉をそよがせる。


「王冠を閉じ込めるとは、不敬であった」


 そこはまだ王族。


 アボカド博士は、種の瓶の中からつやっと言った。


「数を誤れば、管理を誤る。感情もまた、数に入れるべきだった」


 相変わらず面倒くさいが、今日は少し分かる。


      ◇


 夕方。


 市場の掲示板に、本日の記録が貼られた。


 ミッション・サスティナブル、完了。

 盗まれた再生野菜たち、全員救出。

 豆苗、軽度しおれ。回復観察中。

 パイナップルクラウン、葉先損傷。育成継続。

 アボカド種、乾燥前に保護。

 マンドラゴラ一番根、根による鍵回収で軽度疲労。

 残渣勢、土へ帰る箱にて役割再定義。


 役割再定義。


 今日も言葉が強い。


 ホネ丸が、からんと帳面を閉じた。


「今回の教訓。再生できるものほど、雑に扱ってはならない。土に帰るものほど、見えなくしてはならない」


 いいことを言った。


 ほねほねなのに。


 ウリ坊が、俺の根を心配そうに見た。


「一番根、痛い?」


 俺は筆談板に書いた。


『少し』


「がんばったね」


 反則。


 最後まで反則。


 俺は、少し迷ってから書いた。


『豆苗たちが戻ってよかったです』


「うん!」


 ウリ坊が笑う。


 豆苗が水を吸って、小さく揺れる。


 パイナップル卿が王冠を立て直す。


 アボカド博士の種が、瓶の中で沈黙している。


 土へ帰る箱には、キャベツの外葉や大根のしっぽが、きちんと並んでいる。


 捨てる。


 育てる。


 食べる。


 帰す。


 どれも簡単ではない。


 どれも、雑にしてはいけない。


 持続的可能青果部門。


 名前は少し気持ち悪い。


 だが、今日だけはその重さが分かった気がした。


 その夜。


 新しい標語が増えた。


 続くものを、雑にしない。

 帰るものを、見えなくしない。

 サスティナブルは、盗む理由にならない。


 まとも。


 今回はかなりまとも。


 俺は濃い顔で頷いた。


 すると、マンドラきゅんが横で小さく手を振った。


「ミッション、完了!」


 ゆるい。


 緊張感が一瞬で薄れた。


 でも、それで少し救われた。


 ハラハラした一日は終わった。


 再生野菜たちは戻った。


 土へ帰るものたちにも、札ができた。


 そして俺は、熱い堆肥の中から鍵を引っ張り出したせいで、根がじんじんしている。


 指定野菜への道は、たまに危険である。


 根菜だけど、今日は本当にそう思った。

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