第28話 続・持続的可能青果 アボカドのグラタンと、アボガドロ数 〜なめらかにしてコクがあり、されど口にしたら噛む〜
持続的可能青果部門、二日目。
昨日は豆苗が伸び、パイナップル卿が王冠を掲げ、高麗人参がハイソを持続させ、俺は約束を継承する根菜になった。
良い話だった。
たぶん。
そして今日。
市場の中央には、黒緑色の楕円が山積みになっていた。
アボカドである。
いや。
その札には、こう書かれていた。
アボガド特売
俺は筆談板を掲げた。
『アボカドです』
市場が静まり返った。
野蒜ちゃんが札を見た。
「あ、ほんとだ。ガになってる」
エシャロットちゃんが即座に筆を取る。
「これはいけませんわ。表示の基本です」
横から、高麗人参が赤い布の上で上品に頷いた。
「名を誤ることは、格を損ないます」
今日もハイソに正しい。
腹立つ。
だが、正しい。
札はすぐに直された。
アボカド特売
すると、アボカドの山の中から一つ、やたらつやつやした個体が前へ転がり出た。
黒緑の皮。
なめらかな気配。
中身はたぶん、濃厚。
ただし、真ん中に硬い種。
「名前を正していただき、感謝する」
そう言っている顔だった。
顔はない。
でも、絶対そう言っている。
胸には小さな札。
アボカド博士
博士。
また濃いのが来た。
◇
「今日の課題は決まったね」
ブロッコリーが言った。
出た。
持続的可能青果部門二日目にも、当然のように健康そうだった。
「アボカドは、可食部がなめらかでコクがある。一方で、皮と種が残る。今日は、それをどう扱うかだ」
まとも。
かなりまとも。
「条件は三つ」
来た。
「皮を器として使うこと」
はい。
「種を捨てるだけで終わらせないこと」
はい。
「そして、マンドラゴラ君がアボカドのコクに完全敗北しないこと」
俺に来た。
やっぱり来た。
アボカドは強い。
森のバターとか言われるだけあって、なめらかでコクがある。
マンドラゴラの苦味や滋味が、簡単に飲み込まれる可能性がある。
俺は筆談板に書いた。
『また、いる根菜化しますか』
「今回は噛ませたいわね」
野蒜ちゃんが言った。
噛ませたい。
今日の副題を回収しにきた。
なめらかにしてコクがあり、されど口にしたら噛む。
つまり、アボカドのなめらかさに、マンドラゴラの食感をどう残すか。
なるほど。
少し勝ち筋が見えた。
◇
エシャロットちゃんが宣言した。
「本日はアボカドのグラタンですわ」
強い。
名前だけで強い。
アボカド。
グラタン。
チーズ。
焼き目。
これはもう、子どもにも大人にも刺さるやつだ。
ずるい。
チーズは毎回ずるい。
しかし、今回は持続的可能青果部門。
ただ焼いて食べるだけではない。
半分に割ったアボカドの皮を器にする。
中身をくり抜く。
マンドラゴラを細かく刻んで炒める。
しいたけ部長を少し入れて旨味。
ジャガイモ先輩を少し潰してつなぎ。
アボカドの実と合わせる。
塩。
胡椒。
少しの味噌。
チーズ。
アボカドの皮へ戻して焼く。
見た目は、たぶん完璧。
問題は、種。
でかい。
丸い。
硬い。
存在感がありすぎる。
ウリ坊がアボカドの種を両手で持った。
「これ、なにになるの?」
アボカド博士が、つやっと光った。
「育てれば芽が出ることもある」
そう言っている顔だった。
豆苗が即座に揺れた。
「また再生勢ですか」
ライバル心。
早い。
パイナップル卿も王冠をそよがせた。
「時間のかかる者は歓迎しよう」
南国同士、何か通じたらしい。
俺は筆談板に書いた。
『市場が再生青果に侵食されている』
ブロッコリーが頷いた。
「持続的可能だからね」
便利すぎる、その言葉。
◇
調理が始まった。
アボカドを切る。
ぐるりと包丁を入れて、ひねる。
ぱかっ。
中は、淡い黄緑。
なめらかそう。
種は、つるんと丸い。
ウリ坊が目を輝かせる。
「たね、でかい!」
でかい。
確かに。
マンドラゴラの根とは違う迫力がある。
エシャロットちゃんが、実をくり抜く。
皮は捨てない。
器として並べる。
アボカドの実は潰す。
なめらか。
すでにうまそう。
野蒜ちゃんがマンドラゴラを刻む。
いつもの下処理。
温める。
声をかける。
怖がらせない。
そして細かく。
ただし、細かすぎない。
「今日は噛ませるんでしょ」
野蒜ちゃんが言った。
そう。
完全に消えてはいけない。
アボカドのなめらかさの中に、少しだけ歯応えを残す。
しいたけ部長も細かく刻まれる。
「我はまた隠し味か」
そう言っている顔だった。
俺は筆談板に書いた。
『今日は旨味博士枠です』
しいたけ部長の笠が、少し持ち上がった。
単純。
だが、かわいいところもある。
炒める。
マンドラゴラ。
しいたけ。
少しの玉ねぎ。
香りが立つ。
そこへアボカド。
ジャガイモ少し。
味噌少し。
混ぜる。
アボカドの皮へ戻す。
チーズをのせる。
焼く。
市場に香りが広がった。
チーズ。
アボカド。
香ばしいマンドラゴラ。
しいたけの旨味。
これは強い。
強すぎる。
持続的可能青果部門、普通に飯テロへ戻った。
◇
試食はウリ坊。
小さなスプーンで、アボカドの皮の器からすくう。
ふうふう。
ぱく。
沈黙。
とろっとした顔になる。
「なめらか」
アボカド博士が誇らしげに光る。
「チーズいる」
チーズはいつもいる。
「一番根、噛む」
勝った。
今回は、いるだけではない。
噛む。
ウリ坊はもう一口食べた。
「なめらかだけど、ちょっと噛む。おいしい」
市場が少しざわついた。
アボカドのコクにマンドラゴラが飲まれなかった。
アボカドはなめらか。
マンドラゴラは噛む。
しいたけは旨味。
ジャガイモは支え。
皮は器。
種は残る。
かなり、まとまっている。
俺は筆談板に書いた。
『アボカド博士、強いですね』
アボカド博士は、つやつやと頷いた。
「なめらかさは、包容力である」
そう言っている顔だった。
高麗人参が遠くで少し悔しそうにしていた。
ハイソではあるが、なめらかさではアボカドに譲るらしい。
◇
しかし、事件はここからだった。
ホネ丸が、からんと帳面を開いた。
「残った種の数を確認する」
種は、長机の上に並べられた。
一個。
二個。
三個。
十個。
二十個。
かなり多い。
アボカド博士が言った。
「では、アボガドロ数を数えよう」
市場が静止した。
アボガドロ数。
来た。
言うと思った。
絶対に言うと思った。
俺は筆談板を掲げた。
『アボカドです』
アボカド博士は、つやっとした。
「アボカドとアボガドロ数は別物だ」
『なら言わないでください』
「しかし、数えることは持続可能性の第一歩である」
ブロッコリーが頷いた。
「それは正しいね」
乗るな。
高麗人参が、少しだけ鼻で笑った気がした。
「数を誤ることは、管理を誤ることです」
今日も正しい。
そしてハイソ。
アボカド博士は、黒板を出した。
どこから。
そこには大きく、
アボガドロ数
六・〇二二一四〇七六 × 十の二十三乗
と書かれている。
子どもたちがぽかんとした。
ウリ坊もぽかんとした。
俺もぽかんとした。
アボカドの種を数えるだけで、いきなり桁が宇宙になった。
「この数だけアボカドがあったら?」
ウリ坊が聞いた。
ブロッコリーが言った。
「市場に入りきらないね」
入るわけがない。
市場どころか、たぶん世界がアボカドで終わる。
俺は筆談板に書いた。
『持続的可能ではなく持続的崩壊です』
子どもたちが笑った。
アボカド博士は、黒板をとんと叩いた。
「つまり、数えられる範囲で管理しよう、ということだ」
急にまともに戻った。
アボガドロ数から、在庫管理へ着地した。
どういう知性だ。
◇
種は三つに分けられた。
一つ目。
育ててみる種
水栽培に挑戦する。
すぐには芽が出ない。
出ないこともある。
それも含めて観察。
二つ目。
説明用の種
アボカドの構造を知る教材。
真ん中にこんな大きな種がある。
だから、食べる部分と捨てる部分、育てる部分を考える。
三つ目。
堆肥へ回す種
全部を無理に育てない。
場所も時間も限りがある。
育てるにも責任がいる。
ここが今日の肝だった。
豆苗はすぐ伸びる。
パイナップルは時間がかかる。
アボカドは、もっと気長で、しかも成功するとは限らない。
持続可能とは、何でもかんでも再生させることではない。
数を見て、場所を見て、世話できる分だけにすること。
アボガドロ数まで増やさないこと。
俺は筆談板に書いた。
『増やせることと、増やしていいことは違いますね』
ブロッコリーが頷いた。
「今日の結論だね」
また社会科になった。
でも、今回はグラタンがうまいので許す。
◇
アボカドのグラタンは、よく売れた。
皮の器が楽しい。
チーズが強い。
なめらか。
でも噛む。
子どもも大人も、スプーンで少しずつ食べる。
「アボカドって焼いてもおいしい」
「マンドラゴラ、食感あるね」
「しいたけ入ってる?」
「種、持って帰って育てたい」
「でも世話できる分だけだって」
いい。
かなりいい。
食べるだけで終わらない。
持って帰る前に考える。
育てられるか。
水を替えられるか。
置き場所はあるか。
飽きたらどうするか。
子どもたちは、種を欲しがった。
だが、全員には配らなかった。
代わりに、アボカド種カードを配った。
育てる前に、置き場所を決めよう。
毎日見る係を決めよう。
芽が出なくても、失敗ではなく観察です。
増やしすぎ注意。アボガドロ数にはしない。
最後。
子どもたちはよく分からないまま笑っていた。
ウリ坊は、カードを握って言った。
「おれ、一個なら見る!」
反則。
本日最大。
パイナップル卿が頷いた。
「王冠も種も、世話を求める」
豆苗も揺れる。
「水替えは大事です」
高麗人参が上品に言う。
「継続とは、日々の所作です」
みんな、急に持続的可能っぽいことを言い始めた。
俺は筆談板に書いた。
『俺は何を継続すれば』
ウリ坊が即答した。
「濃い顔!」
『それは継続しようとしてしているわけではありません』
「じゃあ、約束!」
そっちはいい。
俺は頷いた。
◇
夕方。
持続的可能青果部門の掲示板に、新しい標語が増えた。
なめらかなもの。
噛みしめるもの。
すぐ伸びるもの。
時間のかかるもの。
育てるなら、数えてから。
その横に、アボカド博士が小さく追記した。
アボガドロ数まで増やさない。
俺は筆談板を掲げた。
『アボカドです』
アボカド博士は、満足そうにつやつやしていた。
「間違いを正すこともまた、リテラシーだ」
確信犯だった。
この博士、かなり面倒くさい。
ホネ丸の記録には、こう書かれた。
続・持続的可能青果部門。
アボカドグラタン、好評。
皮を器として利用。
種は育成・教材・堆肥に分類。
マンドラゴラ、なめらかさの中で噛む役に成功。
アボガドロ数、子どもには桁が大きすぎたが、笑いは取れた。
笑いは取れた。
そこ、大事なのか。
でも、大事なのだろう。
ウリ坊が、最後の小さなアボカドグラタンを食べながら言った。
「一番根、今日の、なめらかで噛んだ!」
俺は筆談板に書いた。
『それは褒め言葉ですか』
「うん!」
ならいい。
持続的可能青果部門。
豆苗が伸び、パイナップルが王冠を掲げ、アボカドが種を数え、俺は今日もなめらかなコクの中で噛まれた。
指定野菜への道は、たまに桁が大きい。
だが、まずは一個ずつ。
数えられる範囲から。
根菜なのに、そう思った。




