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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第三章

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28/41

第28話 続・持続的可能青果 アボカドのグラタンと、アボガドロ数 〜なめらかにしてコクがあり、されど口にしたら噛む〜

 持続的可能青果部門、二日目。


 昨日は豆苗が伸び、パイナップル卿が王冠を掲げ、高麗人参がハイソを持続させ、俺は約束を継承する根菜になった。


 良い話だった。


 たぶん。


 そして今日。


 市場の中央には、黒緑色の楕円が山積みになっていた。


 アボカドである。


 いや。


 その札には、こう書かれていた。


 アボガド特売


 俺は筆談板を掲げた。


『アボカドです』


 市場が静まり返った。


 野蒜ちゃんが札を見た。


「あ、ほんとだ。ガになってる」


 エシャロットちゃんが即座に筆を取る。


「これはいけませんわ。表示の基本です」


 横から、高麗人参が赤い布の上で上品に頷いた。


「名を誤ることは、格を損ないます」


 今日もハイソに正しい。


 腹立つ。


 だが、正しい。


 札はすぐに直された。


 アボカド特売


 すると、アボカドの山の中から一つ、やたらつやつやした個体が前へ転がり出た。


 黒緑の皮。


 なめらかな気配。


 中身はたぶん、濃厚。


 ただし、真ん中に硬い種。


「名前を正していただき、感謝する」


 そう言っている顔だった。


 顔はない。


 でも、絶対そう言っている。


 胸には小さな札。


 アボカド博士


 博士。


 また濃いのが来た。


      ◇


「今日の課題は決まったね」


 ブロッコリーが言った。


 出た。


 持続的可能青果部門二日目にも、当然のように健康そうだった。


「アボカドは、可食部がなめらかでコクがある。一方で、皮と種が残る。今日は、それをどう扱うかだ」


 まとも。


 かなりまとも。


「条件は三つ」


 来た。


「皮を器として使うこと」


 はい。


「種を捨てるだけで終わらせないこと」


 はい。


「そして、マンドラゴラ君がアボカドのコクに完全敗北しないこと」


 俺に来た。


 やっぱり来た。


 アボカドは強い。


 森のバターとか言われるだけあって、なめらかでコクがある。


 マンドラゴラの苦味や滋味が、簡単に飲み込まれる可能性がある。


 俺は筆談板に書いた。


『また、いる根菜化しますか』


「今回は噛ませたいわね」


 野蒜ちゃんが言った。


 噛ませたい。


 今日の副題を回収しにきた。


 なめらかにしてコクがあり、されど口にしたら噛む。


 つまり、アボカドのなめらかさに、マンドラゴラの食感をどう残すか。


 なるほど。


 少し勝ち筋が見えた。


      ◇


 エシャロットちゃんが宣言した。


「本日はアボカドのグラタンですわ」


 強い。


 名前だけで強い。


 アボカド。

 グラタン。

 チーズ。

 焼き目。


 これはもう、子どもにも大人にも刺さるやつだ。


 ずるい。


 チーズは毎回ずるい。


 しかし、今回は持続的可能青果部門。


 ただ焼いて食べるだけではない。


 半分に割ったアボカドの皮を器にする。


 中身をくり抜く。


 マンドラゴラを細かく刻んで炒める。


 しいたけ部長を少し入れて旨味。


 ジャガイモ先輩を少し潰してつなぎ。


 アボカドの実と合わせる。


 塩。


 胡椒。


 少しの味噌。


 チーズ。


 アボカドの皮へ戻して焼く。


 見た目は、たぶん完璧。


 問題は、種。


 でかい。


 丸い。


 硬い。


 存在感がありすぎる。


 ウリ坊がアボカドの種を両手で持った。


「これ、なにになるの?」


 アボカド博士が、つやっと光った。


「育てれば芽が出ることもある」


 そう言っている顔だった。


 豆苗が即座に揺れた。


「また再生勢ですか」


 ライバル心。


 早い。


 パイナップル卿も王冠をそよがせた。


「時間のかかる者は歓迎しよう」


 南国同士、何か通じたらしい。


 俺は筆談板に書いた。


『市場が再生青果に侵食されている』


 ブロッコリーが頷いた。


「持続的可能だからね」


 便利すぎる、その言葉。


      ◇


 調理が始まった。


 アボカドを切る。


 ぐるりと包丁を入れて、ひねる。


 ぱかっ。


 中は、淡い黄緑。


 なめらかそう。


 種は、つるんと丸い。


 ウリ坊が目を輝かせる。


「たね、でかい!」


 でかい。


 確かに。


 マンドラゴラの根とは違う迫力がある。


 エシャロットちゃんが、実をくり抜く。


 皮は捨てない。


 器として並べる。


 アボカドの実は潰す。


 なめらか。


 すでにうまそう。


 野蒜ちゃんがマンドラゴラを刻む。


 いつもの下処理。


 温める。


 声をかける。


 怖がらせない。


 そして細かく。


 ただし、細かすぎない。


「今日は噛ませるんでしょ」


 野蒜ちゃんが言った。


 そう。


 完全に消えてはいけない。


 アボカドのなめらかさの中に、少しだけ歯応えを残す。


 しいたけ部長も細かく刻まれる。


「我はまた隠し味か」


 そう言っている顔だった。


 俺は筆談板に書いた。


『今日は旨味博士枠です』


 しいたけ部長の笠が、少し持ち上がった。


 単純。


 だが、かわいいところもある。


 炒める。


 マンドラゴラ。


 しいたけ。


 少しの玉ねぎ。


 香りが立つ。


 そこへアボカド。


 ジャガイモ少し。


 味噌少し。


 混ぜる。


 アボカドの皮へ戻す。


 チーズをのせる。


 焼く。


 市場に香りが広がった。


 チーズ。


 アボカド。


 香ばしいマンドラゴラ。


 しいたけの旨味。


 これは強い。


 強すぎる。


 持続的可能青果部門、普通に飯テロへ戻った。


      ◇


 試食はウリ坊。


 小さなスプーンで、アボカドの皮の器からすくう。


 ふうふう。


 ぱく。


 沈黙。


 とろっとした顔になる。


「なめらか」


 アボカド博士が誇らしげに光る。


「チーズいる」


 チーズはいつもいる。


「一番根、噛む」


 勝った。


 今回は、いるだけではない。


 噛む。


 ウリ坊はもう一口食べた。


「なめらかだけど、ちょっと噛む。おいしい」


 市場が少しざわついた。


 アボカドのコクにマンドラゴラが飲まれなかった。


 アボカドはなめらか。


 マンドラゴラは噛む。


 しいたけは旨味。


 ジャガイモは支え。


 皮は器。


 種は残る。


 かなり、まとまっている。


 俺は筆談板に書いた。


『アボカド博士、強いですね』


 アボカド博士は、つやつやと頷いた。


「なめらかさは、包容力である」


 そう言っている顔だった。


 高麗人参が遠くで少し悔しそうにしていた。


 ハイソではあるが、なめらかさではアボカドに譲るらしい。


      ◇


 しかし、事件はここからだった。


 ホネ丸が、からんと帳面を開いた。


「残った種の数を確認する」


 種は、長机の上に並べられた。


 一個。


 二個。


 三個。


 十個。


 二十個。


 かなり多い。


 アボカド博士が言った。


「では、アボガドロ数を数えよう」


 市場が静止した。


 アボガドロ数。


 来た。


 言うと思った。


 絶対に言うと思った。


 俺は筆談板を掲げた。


『アボカドです』


 アボカド博士は、つやっとした。


「アボカドとアボガドロ数は別物だ」


『なら言わないでください』


「しかし、数えることは持続可能性の第一歩である」


 ブロッコリーが頷いた。


「それは正しいね」


 乗るな。


 高麗人参が、少しだけ鼻で笑った気がした。


「数を誤ることは、管理を誤ることです」


 今日も正しい。


 そしてハイソ。


 アボカド博士は、黒板を出した。


 どこから。


 そこには大きく、


 アボガドロ数

 六・〇二二一四〇七六 × 十の二十三乗


 と書かれている。


 子どもたちがぽかんとした。


 ウリ坊もぽかんとした。


 俺もぽかんとした。


 アボカドの種を数えるだけで、いきなり桁が宇宙になった。


「この数だけアボカドがあったら?」


 ウリ坊が聞いた。


 ブロッコリーが言った。


「市場に入りきらないね」


 入るわけがない。


 市場どころか、たぶん世界がアボカドで終わる。


 俺は筆談板に書いた。


『持続的可能ではなく持続的崩壊です』


 子どもたちが笑った。


 アボカド博士は、黒板をとんと叩いた。


「つまり、数えられる範囲で管理しよう、ということだ」


 急にまともに戻った。


 アボガドロ数から、在庫管理へ着地した。


 どういう知性だ。


      ◇


 種は三つに分けられた。


 一つ目。


 育ててみる種


 水栽培に挑戦する。


 すぐには芽が出ない。


 出ないこともある。


 それも含めて観察。


 二つ目。


 説明用の種


 アボカドの構造を知る教材。


 真ん中にこんな大きな種がある。


 だから、食べる部分と捨てる部分、育てる部分を考える。


 三つ目。


 堆肥へ回す種


 全部を無理に育てない。


 場所も時間も限りがある。


 育てるにも責任がいる。


 ここが今日の肝だった。


 豆苗はすぐ伸びる。


 パイナップルは時間がかかる。


 アボカドは、もっと気長で、しかも成功するとは限らない。


 持続可能とは、何でもかんでも再生させることではない。


 数を見て、場所を見て、世話できる分だけにすること。


 アボガドロ数まで増やさないこと。


 俺は筆談板に書いた。


『増やせることと、増やしていいことは違いますね』


 ブロッコリーが頷いた。


「今日の結論だね」


 また社会科になった。


 でも、今回はグラタンがうまいので許す。


      ◇


 アボカドのグラタンは、よく売れた。


 皮の器が楽しい。


 チーズが強い。


 なめらか。


 でも噛む。


 子どもも大人も、スプーンで少しずつ食べる。


「アボカドって焼いてもおいしい」

「マンドラゴラ、食感あるね」

「しいたけ入ってる?」

「種、持って帰って育てたい」

「でも世話できる分だけだって」


 いい。


 かなりいい。


 食べるだけで終わらない。


 持って帰る前に考える。


 育てられるか。


 水を替えられるか。


 置き場所はあるか。


 飽きたらどうするか。


 子どもたちは、種を欲しがった。


 だが、全員には配らなかった。


 代わりに、アボカド種カードを配った。


 育てる前に、置き場所を決めよう。

 毎日見る係を決めよう。

 芽が出なくても、失敗ではなく観察です。

 増やしすぎ注意。アボガドロ数にはしない。


 最後。


 子どもたちはよく分からないまま笑っていた。


 ウリ坊は、カードを握って言った。


「おれ、一個なら見る!」


 反則。


 本日最大。


 パイナップル卿が頷いた。


「王冠も種も、世話を求める」


 豆苗も揺れる。


「水替えは大事です」


 高麗人参が上品に言う。


「継続とは、日々の所作です」


 みんな、急に持続的可能っぽいことを言い始めた。


 俺は筆談板に書いた。


『俺は何を継続すれば』


 ウリ坊が即答した。


「濃い顔!」


『それは継続しようとしてしているわけではありません』


「じゃあ、約束!」


 そっちはいい。


 俺は頷いた。


      ◇


 夕方。


 持続的可能青果部門の掲示板に、新しい標語が増えた。


 なめらかなもの。

 噛みしめるもの。

 すぐ伸びるもの。

 時間のかかるもの。

 育てるなら、数えてから。


 その横に、アボカド博士が小さく追記した。


 アボガドロ数まで増やさない。


 俺は筆談板を掲げた。


『アボカドです』


 アボカド博士は、満足そうにつやつやしていた。


「間違いを正すこともまた、リテラシーだ」


 確信犯だった。


 この博士、かなり面倒くさい。


 ホネ丸の記録には、こう書かれた。


 続・持続的可能青果部門。

 アボカドグラタン、好評。

 皮を器として利用。

 種は育成・教材・堆肥に分類。

 マンドラゴラ、なめらかさの中で噛む役に成功。

 アボガドロ数、子どもには桁が大きすぎたが、笑いは取れた。


 笑いは取れた。


 そこ、大事なのか。


 でも、大事なのだろう。


 ウリ坊が、最後の小さなアボカドグラタンを食べながら言った。


「一番根、今日の、なめらかで噛んだ!」


 俺は筆談板に書いた。


『それは褒め言葉ですか』


「うん!」


 ならいい。


 持続的可能青果部門。


 豆苗が伸び、パイナップルが王冠を掲げ、アボカドが種を数え、俺は今日もなめらかなコクの中で噛まれた。


 指定野菜への道は、たまに桁が大きい。


 だが、まずは一個ずつ。


 数えられる範囲から。


 根菜なのに、そう思った。

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