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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第三章

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26/41

第26話 野菜版のイコモス。名前からして空気がヤバい。顕著な普遍的野菜価値って何ですか?

 朝。


 市場の掲示板に、白い封筒が貼られていた。


 封蝋つき。


 金文字。


 やたら正式。


 その時点で、空気がもう重い。


 エシャロットちゃんが封筒を開き、読み上げた。


「本日、国際青果文化遺産諮問機関による予備視察を実施します」


 市場が静まり返った。


 俺は筆談板を握った。


『何ですか、それ』


 ブロッコリーが、珍しく少しだけ真面目な顔で言った。


「野菜版のイコモスだね」


 名前からして空気がヤバい。


 野菜売り場で聞く単語ではない。


「正式には、国際青果文化的景観保存諮問会議。通称、野菜イコモス」


 野菜イコモス。


 だめだ。


 略称がすでに強い。


 しかも、怖い。


「何しに来るの?」


 ウリ坊が首を傾げる。


 ブロッコリーは答えた。


「この市場に、未来へ残す価値があるかを見るんだ」


 未来へ残す価値。


 急に話が大きい。


 俺は指定野菜になりたいだけなのに、いつの間にか市場ごと文化遺産になりかけている。


「評価項目は、真正性、完全性、継承性、管理計画、解説方針、そして――」


 ブロッコリーは、俺を見た。


「顕著な普遍的野菜価値」


 俺は筆談板に書いた。


『言葉が強すぎる』


 顕著な普遍的野菜価値。


 何だそれは。


 野菜が言うと、圧がすごい。


      ◇


 市場は一気に慌ただしくなった。


 エシャロットちゃんは掲示物を整える。


 野蒜ちゃんは通路の木箱を片付ける。


 ホネ丸は、からんからん鳴りながら記録帳を準備する。


 高麗人参は、赤い布の上に鎮座した。


 今日の高麗人参は、普段の三割増しでハイソだった。


 金縁のしおり。


 漆塗りの箱。


 背後には小さな金屏風。


 何なら、香まで焚いている。


 市場で香を焚くな。


「真正性には、格が必要です」


 そう言っている顔だった。


 腹立つ。


 だが、今日の相手には効きそうなのがまた腹立つ。


 一方、俺の前にはマンドラきゅんがいた。


 丸い。


 かわいい。


 顔が薄い。


 今日も広報担当として準備万端。


 ただし、胸の札は昨日の反省を踏まえて変わっていた。


 本物には、ちゃんと聞いてね!


 偉い。


 かなり偉い。


 だが、俺は少し不安だった。


 野菜イコモスの人たちに、マンドラきゅんはどう見えるのか。


 偽物。


 広報キャラ。


 真正性なし。


 そう判定されたらどうする。


 俺は筆談板に書いた。


『俺たち、怒られませんか』


 ブロッコリーは落ち着いて言った。


「怒られるかもしれないね」


『落ち着いて言うな』


「文化的景観は、過剰な演出を嫌うことがある」


 過剰な演出。


 俺はマンドラきゅんを見た。


 丸い。


 ゆるい。


 薄い。


 過剰かもしれない。


 そして自分の昼咲月見草の花冠を見た。


 薄桃色。


 濃い顔。


 過剰かもしれない。


 市場全体を見た。


 W.H.O.ポスター。


 おかわり棚。


 畑へ帰る箱。


 よく読んでから、ぽん!


 マンドラゴラと約束しよう会。


 とげとげハリネズミコロッケのレシピ札。


 情報が多い。


 めちゃくちゃ多い。


 これは文化的景観というより、青果売り場のテーマパークでは?


      ◇


 昼前。


 彼らは来た。


 先頭は、古株キャベツ審議官。


 名前からして重い。


 古株。


 キャベツ。


 審議官。


 三段構えで逃げ場がない。


 どっしりした外葉。

 分厚い資料束。

 厳しい目つき。


 その後ろに、セロリ書記官。


 細い。


 長い。


 すごく記録しそう。


 さらに、レンコン調査員。


 穴が多い。


 見通しが良さそう。


 いや、そういう問題ではない。


 古株キャベツ審議官は、市場をぐるりと見渡した。


 そして、低い声で言った。


「ここが、近年急速に変化している青果文化的景観ですか」


 空気が硬い。


 ゴーヤですら黙った。


 ピーマンもつやを抑えている。


 しいたけ部長は、もわっとしないよう努力している。


 えらい。


 古株キャベツ審議官の視線が、俺に止まった。


「あなたが、試験流通中のマンドラゴラですね」


 俺は筆談板を掲げた。


『はい。一番根です』


「濃いですね」


『感想です』


 セロリ書記官が、さらさらと記録した。


 やめろ。


 今のを記録するな。


 古株キャベツ審議官は続けた。


「しかし、視覚的真正性は高い」


 視覚的真正性。


 濃い顔をそんな言葉で評価するな。


 俺は筆談板を握ったまま固まった。


      ◇


 視察は、おかわり棚から始まった。


 豆苗が、きちんと水を替えられた状態で伸びている。


 横には説明札。


 もう一度育つことがあります。

 水を替えて、様子を見て、早めに食べましょう。


 古株キャベツ審議官は頷いた。


「再生と消費の循環が、解説されていますね」


 セロリ書記官が書く。


 レンコン調査員が穴から覗く。


 次は、畑へ帰る箱。


 食べられないジャガイモのうち、種芋に回せるものを分ける箱。


 ウリ坊が胸を張った。


「これは、また生えるかもしれない箱!」


 古株キャベツ審議官が少しだけ柔らかい顔になった。


「よい継承ですね」


 ジャガイモ先輩の箱が、どっしり誇らしげだった。


 次は、よく読んでから、ぽん!


 ポプ太が緊張しながら弾けた。


 ぽん。


 ジャガイモの芽や青い部分は食べないで。見るだけなら落ち着いて取り除こう。


 古株キャベツ審議官が頷く。


「情報リテラシーの取り組みもある」


 ポプ太が、安心したようにころんと転がった。


 よかったな。


 だが、次が問題だった。


 マンドラきゅん。


 古株キャベツ審議官は、ゆっくりとその前に立った。


 マンドラきゅんは手を振る。


「ぼく、マンドラきゅん! 本物には、ちゃんと聞いてね!」


 沈黙。


 長い。


 かなり長い。


 俺は根の奥が冷えた。


 やはり駄目か。


 真正性なし。


 過剰演出。


 文化的景観への干渉。


 そう言われるのか。


 古株キャベツ審議官は、マンドラきゅんをじっと見た。


「顔が薄いですね」


 そこか。


 マンドラきゅんの中の人が固まった。


 俺は筆談板に書いた。


『広報用です』


 古株キャベツ審議官は俺を見た。


「本物と広報物の差異を明示していますか」


 俺は、昨日の札を示した。


 ぎゅーはマンドラきゅん。

 約束は本物の一番根。


 古株キャベツ審議官は、それを読んだ。


「なるほど。接触可能な解説媒体と、接触制限のある本物を分けている」


 セロリ書記官が記録する。


「危険性を隠さず、入口を柔らかくしている。これは解説計画として評価できます」


 通った。


 マンドラきゅん、通った。


 俺は少しだけ力が抜けた。


 マンドラきゅんは嬉しそうに手を振った。


 子どもたちも拍手した。


 高麗人参が、なぜか悔しそうに金屏風の前で静かに光っていた。


      ◇


 しかし、真の問題はその後だった。


 古株キャベツ審議官が、W.H.O.ポスターの前で足を止めたのである。


 新しいポスターには、俺、ジャガイモ先輩、豆苗、ウリ坊、ホネ丸、そして高麗人参のしおりが描かれている。


 文字は、


 見られていない野菜にも、出番があります。


 かなりまとも。


 かなり良い。


 だが、その下に小さく、


 本物は、濃いけどやさしい。


 とウリ坊の字が残っている。


 古株キャベツ審議官はそこを見た。


 じっと見た。


 俺は筆談板を握った。


 やばい。


 あれは非公式追記だ。


 管理計画的にアウトかもしれない。


「この追記は?」


 来た。


 市場が静まる。


 ウリ坊が、少しおずおずと手を挙げた。


「おれが書いた」


 反則。


 今日も反則だが、相手はイコモス菜である。


 通じるのか。


 古株キャベツ審議官はウリ坊を見た。


「なぜ書いたのですか」


 ウリ坊は、少し考えて言った。


「一番根は、濃いけど、こわくないって知ってほしかったから」


 市場が静かになった。


 古株キャベツ審議官は、しばらく何も言わなかった。


 そして、セロリ書記官に向かって言った。


「地域の子どもによる生きた解説。削除不要。保存対象」


 保存対象。


 ウリ坊の字が。


 保存対象。


 俺は筆談板を落としそうになった。


 ウリ坊は、ぱあっと笑った。


「一番根、保存だって!」


 俺の濃い顔より先に、ウリ坊の追記が保存対象になった。


 どういうことだ。


 でも、嬉しい。


 かなり嬉しい。


      ◇


 最後に、古株キャベツ審議官は俺の前に戻ってきた。


「マンドラゴラ一番根」


『はい』


「あなたは、指定野菜になりたいのですね」


『はい』


「では、文化遺産として固定されることを望みますか」


 固定。


 その言葉に、俺は少し黙った。


 固定される。


 つまり、変わらないこと。


 濃い顔の本物として展示されること。


 マンドラきゅんと約束写真を撮ること。


 おかわり棚やポスターや説明札と一緒に、未来へ残されること。


 それは、名誉かもしれない。


 でも。


 俺はまだ、変わりたい。


 くるくるにもなった。


 おやきにもなった。


 カレーにも、コロッケにも、北風カツどんにもなった。


 飯テロなしの日もあった。


 ゆるキャラに嫉妬した日もあった。


 箱に閉じ込められて怒った日もあった。


 まだ途中なのだ。


 俺は筆談板に、ゆっくり書いた。


『固定されたいわけではありません』


 古株キャベツ審議官は黙って読んだ。


『変わりながら、信じてもらいたいです』


 市場が静まり返る。


 古株キャベツ審議官は、外葉を少し揺らした。


「よろしい」


 よろしい?


「文化とは、止まっているものだけではありません。変わり方を継ぐものも、文化です」


 ブロッコリーが、静かに頷いた。


 高麗人参も、珍しく何も言わなかった。


「この市場は、完成された遺産ではない」


 古株キャベツ審議官は続けた。


「しかし、変化の記録、説明の努力、子どもへの継承、食べられないものへの配慮、そして本物と広報物の関係性。これらには、未来へ残す価値があります」


 重い。


 だが、悪くない重さだった。


「よって、当市場を――」


 セロリ書記官が書類を開く。


 レンコン調査員が穴から見守る。


 ウリ坊が息を呑む。


 マンドラきゅんも手を止める。


「青果文化的景観・暫定リスト入り相当として推薦します」


 暫定。


 リスト入り。


 相当。


 何だか慎重な言い回しだが、たぶんすごい。


 市場が拍手に包まれた。


 ウリ坊が跳ねた。


「一番根、すごい!」


 反則。


 本日最大の反則。


      ◇


 夕方。


 市場の掲示板に、新しい札が貼られた。


 青果文化的景観・暫定リスト入り相当

 変わりながら、残していく市場です。


 まとも。


 かなりまとも。


 俺は、それを見て少しだけ誇らしかった。


 その横には、古株キャベツ審議官の所見が添えられていた。


 本市場は、食材・流通・教育・情報表示・広報媒体が複雑に絡み合う、生きた青果文化的景観である。

 特にマンドラゴラ一番根の濃い顔は、真正性の高い視覚的核として機能している。


 待て。


 最後。


 俺は筆談板を掲げた。


『視覚的核とは』


 ブロッコリーが健康そうに笑った。


「褒め言葉だよ」


『本当ですか』


「たぶん」


 たぶんか。


 高麗人参が、赤い布の上で上品に頷いた。


「真正性が高いということです。よろしいではありませんか」


 腹立つ。


 でも、今日はあまり反論できない。


 マンドラきゅんが、俺の隣で手を振った。


「本物は、視覚的核!」


 やめろ。


 ゆるく言うな。


 子どもたちが真似した。


「視覚的核!」

「本物、濃い!」

「でもやさしい!」


 ウリ坊が、俺の花冠を直してくれた。


「一番根、未来に残るかも!」


 未来。


 その言葉は、少し眩しかった。


 指定野菜になること。


 食卓に入ること。


 信じてもらうこと。


 そして、変わりながら残ること。


 どれもまだ途中だ。


 でも、途中のままでも、見てくれる誰かがいる。


 記録してくれる誰かがいる。


 待ってくれる誰かがいる。


 俺は筆談板に書いた。


『固定ではなく、暫定でお願いします』


 ウリ坊は笑った。


「一番根、まだ変わるもんね!」


 そうだ。


 まだ変わる。


 若きマンドラゴラは、濃い顔のまま、少しだけ胸を張った。


 根菜だけど。


 その夜。


 ホネ丸の記録には、こう書かれた。


 野菜イコモス予備視察、終了。

 市場、暫定リスト入り相当。

 マンドラゴラ一番根、真正性高。

 本人、固定化には慎重。

 濃い顔、視覚的核。


 俺は無言で筆談板を掲げた。


『最後だけ再審議を要求します』


 古株キャベツ審議官は、帰り際に一言だけ残した。


「却下します」


 野菜版のイコモス。


 名前からして空気がヤバかった。


 そして判定も、だいぶヤバかった。

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