第24話 飯テロなしでマンドラゴラを売り込めるわけがない。よろしい、ならばゆるキャラである。
市場に、朝から不穏な札が出ていた。
本日、調理実演禁止。
試食提供禁止。
強い香りによる客寄せ禁止。
俺は筆談板を握った。
『終わった』
「始まる前から終わらないで」
野蒜ちゃんが言った。
いや、終わっただろ。
俺はマンドラゴラである。
最近の勝ち筋を振り返ってみてほしい。
くるくる。
おやき。
カレー。
コロッケ。
カツどん。
だいたい火と油と湯気と米と肉とチーズとジャガイモ先輩に助けられてきた。
それらが封じられた。
つまり、俺には何が残る?
濃い顔。
筆談板。
花冠。
あと、急に抜くと危ないという取り扱い注意。
弱い。
商材として、あまりにも弱い。
「今日の課題は決まったね」
健康そうな声がした。
ブロッコリーだった。
出た。
飯テロ禁止の日にも、こいつだけは通常営業で健康そうだった。
「今日は、食べさせずにマンドラゴラを知ってもらう日だ」
重い。
料理なしで、俺を知ってもらう。
それはもう、野菜売り場というより道徳の授業では?
「条件は三つ」
来た。
「調理しないこと」
はい。
「試食させないこと」
はい。
「それでも子どもが怖がらず、扱い方を一つ覚えて帰ること」
重い。
最後だけ急に教育目標。
ウリ坊が元気よく手を挙げた。
「おれ、知ってる! 一番根は急に抜かない!」
反則。
今日も反則。
ブロッコリーが頷く。
「そう。それを、初めて来た子にも伝える」
俺は筆談板に書いた。
『つまり今日は食べ物としてではなく教材ですか』
「教材であり、売り場の信用作りだね」
信用。
また出た。
最近、指定野菜への道がだんだん調理技術から社会科へ寄ってきている。
◇
作戦会議が始まった。
エシャロットちゃんは、白い紙を広げた。
「食べていただけないなら、まず見た目と説明ですわ」
野蒜ちゃんは腕を組む。
「でも、見た目だけだと濃い顔が前に出すぎるのよね」
俺は筆談板を掲げた。
『事実でも言い方がある』
「じゃあ、花冠」
ウリ坊が言った。
また花冠。
だが、今日は飯テロ禁止。
見た目で柔らかくするしかない。
俺は負けた。
昼咲月見草の小さな花冠をつけられた。
濃い顔に薄桃色。
相変わらず、似合っているのか事故っているのか分からない。
「次は説明札ですわね」
エシャロットちゃんが書いた。
マンドラゴラとの約束
一、急に抜かない。
二、触る前に声をかける。
三、怖がっていたら待つ。
四、濃い顔を笑いすぎない。
最後。
大事だが、札に書くことか?
ウリ坊が真剣に読んだ。
「一番根、笑いすぎたらいや?」
『少し』
「じゃあ、おれ、ちょっとだけ笑う」
反則。
本日一回目。
野蒜ちゃんは、木箱を持ってきた。
「ふれあい会っぽくする?」
『ふれあいません』
「じゃあ、ふれあわないふれあい会」
何だそれ。
だが、悪くなかった。
触らない。
抜かない。
ただ、筆談で話す。
質問する。
観察する。
安全。
平和。
飯テロなし。
地味。
とても地味。
「地味ですわね」
エシャロットちゃんも言った。
言うな。
◇
地味な準備が進んでいるところへ、事件が起きた。
市場の入口から、やたら丸っこい何かが歩いてきたのである。
大きな目。
小さな手。
にこにこ笑顔。
頭には葉っぱ。
胴体は根っこ風。
だが、顔は薄い。
ものすごく薄い。
かわいい。
完全にゆるキャラだった。
胸には札。
マンドラきゅん
俺は筆談板を落としかけた。
何だ。
誰だ。
なぜ俺より先にゆるくなっている。
「市場評議会で用意した広報用着ぐるみだね」
ブロッコリーが言った。
聞いてない。
俺は筆談板を掲げた。
『聞いてない』
「昨日決まったからね」
『本人監修は』
「これからだね」
順番。
順番がおかしい。
マンドラきゅんは、子どもたちに手を振った。
「ぼく、マンドラきゅん! 抜いても平気だよ!」
市場が凍った。
俺の根も凍った。
ウリ坊が叫んだ。
「だめー!」
ウリ坊が、マンドラきゅんの前に立ちはだかった。
「一番根は急に抜いちゃだめ!」
反則。
本日二回目。
マンドラきゅんの中の人が、きょとんとした顔をした。
いや、着ぐるみなので顔は変わらない。
でも、そういう気配だった。
「え、でも、かわいい感じでって言われて……」
かわいい感じ。
分かる。
親しみやすさは大事。
だが、かわいさのために危険情報を消してはいけない。
それはつい最近やらかしたばかりである。
俺は筆談板に大きく書いた。
『抜いても平気ではありません』
子どもたちが読む。
「ほんと?」
「マンドラきゅんは平気って言った」
「どっち?」
まずい。
情報が割れた。
情報リテラシーを扱う身の上のくせに、公式マスコットが誤情報を出すな。
高麗人参が、赤い布をまとって静かに前へ出た。
今日は相変わらずハイソである。
「親しみやすさと不正確さは違います」
そう言っている顔だった。
強い。
高麗人参、また正論側にいる。
悔しいが頼もしい。
エシャロットちゃんがすぐにマンドラきゅん用の新しい台本を書いた。
ぼく、マンドラきゅん!
本物のマンドラゴラは、急に抜かないでね!
声をかけて、怖がらせないでね!
約束できたら、なかよし!
まとも。
そして、ちゃんとゆるい。
マンドラきゅんが読み直した。
「本物のマンドラゴラは、急に抜かないでね!」
子どもたちが真似する。
「急に抜かない!」
いい。
かなりいい。
俺は少しだけ安心した。
すると、ウリ坊が俺の横で胸を張った。
「本物はこっち!」
子どもたちが一斉に俺を見た。
濃い顔。
花冠。
筆談板。
そして隣に、丸くてかわいいマンドラきゅん。
落差。
すごい落差。
子どもの一人が言った。
「本物、思ったより濃い」
『仕様です』
俺は即座に筆談板を出した。
学習の成果である。
◇
こうして、飯テロなしイベントは妙な形で始まった。
名前は、
マンドラゴラと約束しよう会
試食なし。
調理なし。
香りなし。
あるのは、説明札、筆談板、マンドラきゅん、そして濃い顔の本物。
子どもたちは、最初はマンドラきゅんに集まった。
当然である。
ゆるい。
丸い。
手を振る。
抜け毛もない。
根菜としての現実感がない。
だが、マンドラきゅんが言う。
「本物に質問してみよう!」
子どもたちが、少しずつ俺の前に来る。
「触っていい?」
俺は筆談板に書いた。
『今日は見るだけ』
「葉っぱも?」
『葉っぱも』
「顔、濃いね」
『仕様なので』
「怖い?」
『急に抜かれたら怖いです』
「じゃあ、抜かない」
『ありがとう』
いい。
これはいい。
食べていない。
料理もない。
それでも、距離が少し縮まる。
次の子が聞いた。
「マンドラゴラは、何がいや?」
重い。
子どもの質問は、飯テロなしでも重い。
俺は少し考えて書いた。
『何も聞かずに決められること』
箱に閉じ込められた日のことを思い出した。
調理されることそのものより、説明がないこと。
急に触られること。
怖がっているのに進められること。
それが嫌なのだ。
子どもは、じっと読んだ。
「じゃあ、聞けばいい?」
『はい』
「聞いたら、いやって言うこともある?」
『あります』
「そっか」
その子は頷いた。
そして、マンドラきゅんのところへ戻って言った。
「本物は、いやって言うこともある」
マンドラきゅんが両手を上げた。
「いやって言われたら、待とうね!」
子どもたちが真似する。
「待つ!」
いい。
かなりいい。
俺は、少しだけ根の奥が温かくなった。
◇
イベントは思ったより盛り上がった。
ただし、飯テロではない。
香りで釣っていない。
味で勝負していない。
子どもたちは、説明カードを集めていた。
急に抜かないカード
声をかけるカード
怖がっていたら待つカード
濃い顔は感想カード
最後だけ人気が高かった。
なぜだ。
ウリ坊は、子どもたちに紙芝居を見せた。
題名は、
一番根と、あわてんぼうの手
あわてんぼうの手がマンドラゴラを急に抜こうとする。
マンドラゴラがびっくりする。
でも、手が「さわっていい?」と聞く。
マンドラゴラが「今日は見るだけ」と書く。
手が待つ。
なかよし。
内容は単純。
でも、子どもには刺さった。
ウリ坊の読み方が一生懸命だからだ。
反則。
本日三回目。
高麗人参は、横で上品に頷いていた。
「教育用として、よい構成ですね」
そう言っている顔だった。
しいたけ部長も来ていた。
「我にも紙芝居を作れば、子ども人気が出るだろうか」
そう言っている顔だった。
俺は筆談板に書いた。
『まず、もわっと登場するのをやめましょう』
しいたけ部長は静かに沈んだ。
◇
昼過ぎ。
ブロッコリーが審査に来た。
今日の審査は、試食ではない。
子どもたちへの聞き取りである。
「マンドラゴラを触る前に、どうする?」
「きく!」
「急に抜いていい?」
「だめ!」
「怖がっていたら?」
「待つ!」
「濃い顔は?」
「しよー!」
完璧。
最後は少し複雑だが、完璧。
ブロッコリーが頷いた。
「合格だね」
俺は筆談板に書いた。
『飯テロなしでも?』
「飯テロなしでも」
ブロッコリーは、珍しく柔らかく笑った。
「今日は、食べてもらう前の一歩を作った。これは大事だよ」
食べてもらう前。
そうか。
料理にする前に、知ってもらう。
怖がらせない。
扱い方を知ってもらう。
信じてもらう。
それがあって、ようやく食卓に近づける。
今日は飯テロなしだった。
でも、指定野菜への道としては、確かに一歩だった。
◇
夕方。
市場評議会は、マンドラきゅんの台本を正式に修正した。
抜いても平気だよ!は削除。
かわりに、
本物には、ちゃんと聞いてね!
になった。
かなり良い。
マンドラきゅんも、だいぶまともになった。
ただし、顔は相変わらず薄くてかわいい。
そこだけは納得いかない。
ウリ坊が、俺とマンドラきゅんを見比べた。
「一番根は本物だから濃いんだよ」
フォローなのか?
それはフォローなのか?
俺は筆談板に書いた。
『感想です』
「うん!」
ウリ坊は笑った。
反則。
本日最後の反則。
その日の終わり。
W.H.O.ポスターの横に、新しい札が貼られた。
マンドラゴラと約束しよう。
急に抜かない。
声をかける。
怖がっていたら待つ。
本物は、濃い。
最後。
最後だけ、やっぱりおかしい。
俺は筆談板を掲げかけた。
だが、その札の下で、子どもたちが笑っていた。
「本物、濃い!」
「でも怖くない!」
「聞けばいいんだよね!」
なら、まあいい。
今日は、禁止しない。
味も香りもなし。
調理も試食もなし。
それでも、子どもたちは笑った。
扱い方を覚えた。
俺の前で立ち止まった。
飯テロなしの一日。
売上は大して伸びなかった。
だが、市場評議会の記録にはこう書かれた。
調理なし。試食なし。香りなし。
子ども理解度、高。
マンドラゴラ本人の尊厳、やや削れ。
やや?
かなりでは?
俺は濃い顔で、その記録を見守った。
指定野菜への道は、今日は腹ではなく頭に届いた。
たまには、こういう日も悪くない。
根菜だけど、そう思った。




