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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第三章

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第23話 勝つためには涙をのむか、カツカレーに浸かるか。それが問題。VS 津軽海峡の向こうからきた豚丼とアスパラどん

 市場に、北からの風が吹いた。


 比喩ではない。


 朝一番、青果市場の入口に、やけに立派な幟が立ったのである。


 北のうまいもの市

 豚丼、上陸

 春アスパラ、参上


 上陸。


 参上。


 野菜売り場にしては、言葉が強い。


 そして、匂いがもっと強かった。


 甘辛いタレ。

 焼けた肉。

 炊きたての米。

 ほんの少し焦げた醤油。


 市場中の子どもたちが、いっせいに振り返った。


 終わった。


 肉だ。


 米だ。


 タレだ。


 豚丼だ。


「これは強いわね」


 野蒜ちゃんが、包丁を持ったまま真顔になった。


「強いどころではありませんわ」


 エシャロットちゃんも、珍しく警戒している。


「主食と肉と甘辛だれ。子ども向けとしても、大人向けとしても隙が少ないです」


 その屋台の前に、どっしりとした丼が鎮座していた。


 白飯の上に、つやつやの豚肉。

 照り。

 湯気。

 タレ。

 肉。


 肉である。


 野菜たちがどれだけ食感だの滋味だの情報リテラシーだの言っても、肉は一言で殴ってくる。


 肉。


 強すぎる。


 その横に立っていたのは、背の高い緑の若者だった。


 アスパラ。


 すらりと伸びた茎。

 先端はきゅっと締まり、全身から春のまっすぐさを放っている。


「北の春を連れてきたどん」


 そう言っている顔だった。


 いや、たぶん本当に言っていた。


 名前はアスパラどんらしい。


 語尾なのか名前なのか、いまいち分からない。


 俺は筆談板に書いた。


『濃いですね』


 野蒜ちゃんが言った。


「一番根に言われたくないと思うわよ」


 失礼な。


 俺の濃さは顔だ。


 向こうの濃さはタレとキャラだ。


 種類が違う。


     ◇


「今日の課題は決まったね」


 健康そうな声がした。


 ブロッコリーだった。


 出た。


 北の物産が来ても、こいつは当然のようにいる。


「豚丼とアスパラ。この二つが来た以上、今日の勝負は米に合う一品だ」


 米。


 重い。


 米に合うということは、食卓に近いということだ。


「条件は三つ」


 来た。


「豚丼の肉力に飲まれないこと」


 重い。


「アスパラの春らしさを殺さないこと」


 難しい。


「そして、マンドラゴラがカレーに沈んで行方不明にならないこと」


 痛いところを突くな。


 昨日までの流れなら、困ったらカレーである。


 カレーは強い。


 苦味も土臭さも青臭さも、だいたい受け止める。


 だが、それは裏を返せば、マンドラゴラが消えるということだ。


 俺は筆談板に書いた。


『カツカレーにすれば勝てるのでは』


 野蒜ちゃんが、じっとこちらを見た。


「それ、勝つためにカツカレーに浸かるってこと?」


 言い方。


 だが、間違っていない。


 カツカレー。


 勝つカレー。


 肉。

 油。

 カレー。

 米。


 強い。


 あまりにも強い。


 子どもが泣く要素がない。


 ただし、それをやると、俺がいなくなる可能性が高い。


 カツとカレーが強すぎて、マンドラゴラが「何か入ってたね」枠になる。


 いる根菜どころか、いたかもしれない根菜だ。


 それはまずい。


「じゃあ、涙を飲む?」


 ウリ坊が首を傾げた。


 俺は固まった。


 涙。


 カツ。


 カレー。


 そこで、エシャロットちゃんの目が光った。


「玉ねぎですわ」


 あ。


 そういうことか。


 涙をのむ。


 つまり、玉ねぎを使う。


 飴色になるまで炒めて、甘みを出す。


 辛さや苦味を丸める。


 カレーに沈めるのではなく、タレにする。


「カツカレーに浸けるのではなく、玉ねぎの涙を煮詰めたカレーだれを、少しだけくぐらせる」


 エシャロットちゃんが、白いエプロンを整えながら言った。


「マンドラゴラを消さず、豚丼のタレにも負けず、アスパラの甘みも生かす。方向性はこれですわ」


 野蒜ちゃんが笑った。


「いいじゃん。涙を飲むけど、カツカレーには沈まないってことね」


 ややこしい。


 でも、勝ち筋が見えた。


     ◇


 試作一号。


 マンドラゴラカツカレー丼


 名前からして強い。


 強いが、危険だった。


 ジャガイモとマンドラゴラを混ぜたタネに、ひき肉少々。

 衣をつけて揚げる。

 ご飯にのせる。

 カレーをかける。


 完成した瞬間、香りは完璧だった。


 子どもたちも寄ってきた。


 ウリ坊が食べた。


「おいしい!」


 勝った。


 と思った。


 しかし、ウリ坊は続けた。


「でも、一番根どこ?」


 負けた。


 完全に負けた。


 カレーが強すぎる。


 カツも強すぎる。


 俺が沈んだ。


 カツカレーに浸かったマンドラゴラは、食卓で迷子になる。


 試作一号、失敗。


     ◇


 試作二号。


 マンドラゴラ豚丼風


 豚丼のタレを参考に、甘辛く焼く。


 マンドラゴラを薄切りにして、豚肉の横に添える。


 アスパラも焼いてのせる。


 見た目は悪くない。


 だが、豚丼の本家が隣にいる。


 これがまずかった。


 ウリ坊が食べた。


「お肉のところ、すき」


 そうだろうな。


「アスパラ、あまい」


 そうだろうな。


「一番根は……ちょっとがんばってる」


 がんばってる。


 味の評価ではない。


 根性評価である。


 試作二号、負け。


 豚丼の土俵で豚丼に挑むのは無謀だった。


 肉の王国に根菜が裸足で攻め込んではいけない。


     ◇


 試作三号。


 エシャロットちゃんが、静かに言った。


「主役を一人にしない方がよろしいですわ」


 主役を一人にしない。


「豚丼は肉で勝つ。アスパラどんは春で勝つ。カツカレーは力で勝つ。なら、こちらは組み合わせで勝ちます」


 出た。


 組み合わせ。


 マンドラゴラが最近ずっと学んできた道だ。


 俺は主役になりたい。


 カリフラワーに成り代わりたい。


 だが、食卓では、誰かと組むことで初めて手に取られる場面もある。


「料理名は?」


 ウリ坊がわくわくしている。


 野蒜ちゃんが言った。


「涙の根菜カツ丼?」


 重い。


 エシャロットちゃんが首を振る。


「もう少し明るくしましょう」


 アスパラどんが、すっと前に出た。


「北風カツどん」


 どん。


 やはり語尾なのか名前なのか分からない。


 豚丼屋台の親父が、腕を組んだ。


「タレを少し貸してやる。だが、豚丼の名は安売りしねえぞ」


 かっこいい。


 肉の側なのに、ちょっとかっこいい。


 俺は筆談板に書いた。


『では、豚丼のタレを少し、玉ねぎカレーだれに合わせます』


 高麗人参が遠くから見ていた。


 悔しそうだ。


 たぶん、カレーとタレと肉とアスパラが絡むハイソではない展開に、どう入ればいいか分からないのだろう。


 よし。


     ◇


 調理が始まった。


 まず、玉ねぎ。


 薄切り。


 炒める。


 じっくり。


 じっくり。


 市場に甘い匂いが広がる。


 涙を飲むとは、こういうことだった。


 切る時は泣く。

 炒める時は待つ。

 焦らず、焦がさず、甘みに変える。


 涙が、タレになる。


 ちょっといい話みたいになって腹立つ。


 次にマンドラゴラ。


 いつもの下処理。


 温める。

 声をかける。

 怖がらせない。

 細かく刻む。


 ジャガイモ少し。

 ひき肉少し。

 しいたけ少し。


 マンドラゴラを消さない程度に支える。


 丸めて、薄めのカツにする。


 厚すぎると肉に負ける。

 薄すぎると存在感がない。


 衣は軽め。


 揚げる。


 じゅわ。


 香ばしい音。


 そこへ、玉ねぎの甘み、豚丼のタレ少し、カレー粉少し。


 カレーに沈めない。


 くぐらせる。


 照りをつける。


 ご飯にのせる。


 横には、焼いたアスパラ。


 アスパラどんは、塩だけで焼かれていた。


 潔い。


 春の甘みが立っている。


 最後に、豚丼のタレをほんの一筋。


 完成。


 北風カツどん・涙だれ仕立て


 見た目は強かった。


 白いご飯。

 照りのある根菜カツ。

 カレーの香り。

 甘辛だれ。

 横にまっすぐなアスパラ。


 豚丼ほど肉ではない。

 カツカレーほど重くない。

 アスパラを添え物にしていない。

 マンドラゴラも、いる。


 いや、今回は見えている。


 いるどころか、ちゃんとカツになっている。


     ◇


 試食。


 ウリ坊が、真剣な顔で箸を持った。


 まず、カツ。


 さく。


 中はほくっとしている。


 少し肉。


 少ししいたけ。


 ちゃんとマンドラゴラ。


 そこへ玉ねぎカレーだれの甘み。


 ウリ坊の目が丸くなる。


「カレーなのに、カレーに沈んでない!」


 勝った。


 かなり勝った。


 次にアスパラ。


 ぽり。


「アスパラ、あまい!」


 アスパラどんが胸を張る。


 次にご飯。


 タレが染みている。


 ウリ坊が、もう一口食べた。


「豚丼みたいに、ごはんすすむ!」


 豚丼屋台の親父が、にやりと笑った。


 そして、ウリ坊は最後に言った。


「一番根、勝ってる!」


 市場が止まった。


 勝ってる。


 勝つためには涙を飲むか、カツカレーに浸かるか。


 答えは、そのどちらでもなかった。


 涙は飲む。


 カツにもなる。


 でも、カレーには浸からない。


 くぐる。


 まとわせる。


 沈まない。


 それが、今日の勝ち筋だった。


 俺は筆談板に書いた。


『勝ちましたか』


 ウリ坊は大きく頷いた。


「勝った!」


 反則。


 本日最大の反則。


     ◇


 販売が始まると、北風カツどんはかなり売れた。


「カツカレーより軽い」

「豚丼のタレっぽいのに野菜感ある」

「アスパラうまい」

「マンドラゴラ、今回は分かる」

「子どもも食べるね」


 分かる。


 今回は分かる。


 その言葉が、妙に嬉しかった。


 いる根菜から、分かる根菜へ。


 たぶん、少し前進である。


 ブロッコリーが試食した。


 健康そうな顔で、静かに頷く。


「良いね。肉に頼りすぎず、カレーに沈めず、アスパラを飾りにしなかった。米に合う。家庭での再現もできる」


 褒めている。


 今日は素直に褒めている。


「マンドラゴラ君。今日は、勝つために何に浸かるかではなく、何をまとわせるかを学んだね」


 うまいこと言った顔をするな。


 でも、少し納得した。


 高麗人参が、遠くで悔しそうにこちらを見ている。


 今日の悔しさは、いつもより深い。


 たぶん、米に合う高級薬膳丼を考え始めている。


 怖い。


 次に何か来る。


     ◇


 夕方。


 津軽海峡の向こうから来た豚丼屋台は、見事に完売した。


 アスパラどんも、かなり売れた。


 そして、北風カツどんも完売。


 勝負としては、引き分けに近い。


 でも、俺は負けた気がしなかった。


 豚丼は強かった。


 アスパラは甘かった。


 カツカレーは危険だった。


 玉ねぎは泣かせた。


 でも、その全部を見て、沈まずに一皿に乗れた。


 それだけで、今日は十分だった。


 ウリ坊が、最後の小さなアスパラを俺の前に置いた。


「一番根、今日の、また食べたい」


 俺は筆談板に書いた。


『俺もまた作りたいです』


 自分で書いて、少し驚いた。


 食べられる未来から逃げたくない。


 信じてもらいたい。


 その先に、また作りたいと思える料理がある。


 悪くない。


 かなり悪くない。


 その夜。


 おかわり棚の横に、新しい札が増えた。


 涙は、甘みにできます。

 カレーには、沈まなくてもいい。

 勝つより先に、皿の上で立っていよう。


 まとも。


 今回はかなりまとも。


 俺は頷いた。


 すると、札の下に小さく追記があった。


 北風カツどん、またやります。


 ウリ坊の字だった。


 俺はそれを見て、濃い顔のまま、少しだけ笑った。


 根菜だけど。

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