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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第三章

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22/41

第22話 野菜にも情報リテラシーが必要な昨今だもの。高麗人参は相変わらずハイソだけど

 市場に、妙な紙片が舞っていた。


 朝の風に乗って、ひらひら。


 青果売り場の柱に、ぺたり。


 おかわり棚の水受けに、ぽとり。


 そして、俺の濃い顔が印刷されたW.H.O.ポスターの額に、ぴたり。


 そこには、太くて景気のいい字でこう書いてあった。


 【衝撃】マンドラゴラを三秒見つめると、宿題が根こそぎ終わる!?


 終わらない。


 絶対に終わらない。


 俺は筆談板を掲げた。


『終わりません』


 だが、遅かった。


 市場の入口から、子どもたちがぞろぞろやって来る。


「マンドラゴラ見る!」

「宿題終わらせたい!」

「三秒?」

「五秒見たら作文も終わる?」


 終わらない。


 見るな。


 いや、見るなというか、見てもいいけど期待するな。


 ウリ坊まで、俺の前に立って真剣な顔で数え始めた。


「いーち、にーい、さーん」


 俺は筆談板を掲げる。


『終わりません』


「……終わってない」


『でしょうね』


 ウリ坊は少しだけしょんぼりした。


 やめろ。


 こっちが悪いみたいになるだろ。


      ◇


 騒ぎはそれだけではなかった。


 ジャガイモ売り場には、こんな紙。


 【危険】ジャガイモの芽を見るだけでお腹が痛くなる説!


 見るだけではならない。


 食べたら危ない部分がある、という話が、なぜか見ただけで危険になっている。


 しいたけ部長の横には、


 【朗報】しいたけを枕元に置くと、大人の色気が出る!


 出ない。


 たぶん出ない。


 出たとしても、それは部屋がしいたけ臭くなっただけだ。


 ゴーヤの山には、


 【検証】ゴーヤをかじると宿題を忘れるくらい苦い!


 これは半分くらい本当かもしれない。


 いや、駄目だ。


 そういう「半分だけ本当」が一番ややこしい。


 ピーマンには、


 【新常識】ピーマンは中が空っぽだから実質カロリーゼロ!


 雑。


 あまりにも雑。


 そして、高麗人参の高級箱には、金色の紙片が貼られていた。


 【速報】高麗人参、実はマンドラゴラに敗北宣言!?


 市場が凍った。


 高麗人参の根が、ゆっくり震えた。


 赤い布。

 漆塗りの箱。

 金の縁取り。

 添えられた上品なしおり。


 その全部が、怒りで一段階ハイソに光った気がした。


「敗北宣言など、しておりませんが?」


 声は聞こえない。


 でも、絶対そう言っている顔だった。


 怖い。


 高級な怒りは、妙に圧がある。


 俺は筆談板に書いた。


『してませんよね』


 高麗人参は、すっと自分のしおりを掲げた。


 そこには美しい字で、


 試験流通中の新顔根菜として、今後の成長を注視しております。


 と書いてある。


 敗北どころか、上から見ている。


 ものすごく高麗人参らしい。


「引用するなら、正確にお願いします」


 そう言っている顔だった。


 悔しい。


 今日は高麗人参がかなり正しい。


      ◇


「今日の課題は決まったね」


 ブロッコリーが言った。


 出た。


 今日も健康そうに出た。


「情報リテラシーだ」


 市場中がざわついた。


 情報リテラシー。


 野菜売り場で聞くには、だいぶ現代っぽい言葉である。


 俺は筆談板に書いた。


『野菜にも必要なんですか』


「必要だよ」


 ブロッコリーは、散らばった紙片を拾い上げた。


「見出しだけで信じない。誰が言ったのか確かめる。事実、感想、広告、冗談を分ける。強すぎる言葉には気をつける。野菜も、売り場も、食卓も、信用でできているからね」


 正論。


 今日のブロッコリーは、腹黒さより先生感が強い。


 少し腹立つが、内容は正しい。


「というわけで」


 ブロッコリーは、俺たちを見回した。


「青果市場・情報リテラシー講座を開こう」


 また講座。


 市場は最近、料理教室と事件現場と学校を兼ねすぎている。


      ◇


 長机の上に、紙片が並べられた。


 その横に、五つの木札。


 ほんとう

 かんそう

 こうこく

 じょうだん

 あやしい


 子どもたちが、それぞれの紙片を分類していく。


 最初は、ジャガイモ。


 ジャガイモの青い部分や芽は食べない方がいい。


「これは、ほんとう!」


 ウリ坊が言った。


 正解。


 ジャガイモ先輩の箱が、どっしり頷いた気がした。


 次。


 ゴーヤは苦い。


「ほんとう!」


 ゴーヤが誇らしげに震えた。


 苦いことを隠さない。


 その態度だけは立派である。


 次。


 しいたけは大人の味。


 子どもたちは悩んだ。


「ほんとう?」

「おれは苦手」

「お母さんは好き」

「じゃあ、かんそう?」


 しいたけ部長の笠が、渋く沈んだ。


 正解は、感想。


 しいたけは旨味がある。


 香りもある。


 だが、大人の味かどうかは人による。


 俺は筆談板に書いた。


『部長、感想です』


 しいたけ部長は、かなり渋い顔をした。


 もともと渋いが、さらに渋い。


 次。


 マンドラゴラは濃い顔。


 子どもたちは即答した。


「ほんとう!」


 俺は筆談板を叩きつけるように掲げた。


『かんそうです』


「でも濃いよ?」


『かんそうです』


「ポスターも濃いよ?」


『かんそうです』


 ブロッコリーが、にこやかに言った。


「見た目については、感じ方の差があるからね」


 ありがとう。


 だが、その言い方も少し傷つく。


 ウリ坊が手を挙げた。


「おれは、一番根の顔、元気出る」


 反則。


 今日も反則。


 俺は筆談板に書いた。


『それも感想です』


「うん!」


 ウリ坊は嬉しそうだった。


 感想なら、まあいい。


      ◇


 次に出てきたのは、高麗人参だった。


 今日の高麗人参は、完全に講師側に回っていた。


 赤い布。

 金縁の小箱。

 上品なしおり。

 さらに、いつの間にか小さな眼鏡のような飾りまでつけている。


 ハイソ。


 相変わらずハイソ。


 しかも妙に似合う。


「高級品は、情報も整っていなければなりません」


 そう言っている顔だった。


 高麗人参のしおりには、産地、栽培方法、保存方法、食べ方、注意事項がきちんと書かれている。


 しかも、どこにも「万能」とか「絶対」とか「奇跡」とかは書いていない。


 偉い。


 腹立つほど偉い。


 ブロッコリーが、子どもたちに言う。


「高麗人参は高級だけど、高級だから何でも本当、というわけではない。大事なのは、何が書いてあるか。どこまで分かっていて、どこから先は言いすぎなのか」


 ウリ坊が高麗人参のしおりを覗き込む。


「むずかしいけど、ちゃんと書いてる」


 高麗人参は、すました顔で根を揺らした。


「格式とは、説明責任です」


 そう言っている顔だった。


 強い。


 今日の高麗人参、かなり強い。


 俺は筆談板に書いた。


『今日のあなた、ちょっとかっこいいですね』


 高麗人参は、わずかに誇らしげになった。


 そして、すぐに高級な咳払いをした。


 腹立つ。


 でも、かっこいい。


      ◇


 講座が盛り上がってきた頃。


 ぽん。


 市場の隅で、小さな音がした。


 ぽん。


 ぽぽん。


 ぽんぽんぽん。


 全員が振り返る。


 駄菓子屋台の横に、紙袋があった。


 中から、白く弾けた粒が飛び出している。


 ポップコーンだった。


 いや、違う。


 ただのポップコーンではない。


 弾けるたびに、小さな紙片を吐き出している。


 ぽん。


 【号外】しいたけ部長、子どもに敗北!


 ぽん。


 【激震】マンドラゴラ、顔面で市場支配か!?


 ぽん。


 【独自】高麗人参、説明責任でマウント!


 高麗人参の根が震えた。


 マウント。


 言い方が悪すぎる。


 ホネ丸が、からんと音を立てて近づいた。


「情報発信源、確認」


 ポップコーンの紙袋が、びくっと跳ねる。


「出てきなさいませ」


 エシャロットちゃんが優雅に言う。


 紙袋の中から、まだ弾けていないトウモロコシの粒が一つ、ころりと出てきた。


 小さい。


 黄色い。


 硬そう。


 そして、ものすごくそわそわしている。


「……見出しを作っていただけです」


 そう言っている顔だった。


 出た。


 犯人。


      ◇


 その粒の名は、ポプ太。


 駄菓子屋台のポップコーン用トウモロコシだった。


 曰く。


 祭りの日は弾けるだけで子どもが集まる。

 けれど、普段の市場では、乾いた粒のまま袋に入っているだけ。

 ジャガイモ先輩のような定番感もない。

 高麗人参のような高級感もない。

 マンドラゴラのような濃い顔もない。


 だから、弾けたかった。


 物理的にも。


 情報的にも。


「少し派手な見出しにすれば、みんな見てくれると思いました」


 ポプ太は、しょんぼりしていた。


 気持ちは分かる。


 見られたい。


 手に取られたい。


 売り場に立ちたい。


 それは、俺たちみんなが知っている感情だ。


 だが。


 俺は筆談板に書いた。


『見てもらうために、嘘を混ぜたら駄目です』


 ポプ太は小さく跳ねた。


『あと、俺の顔で市場支配はしていません』


「でも、見てますよね?」


『見ています』


「支配では?」


『違います』


 そこは絶対に違う。


 高麗人参が、すっと前に出た。


「目を引くことと、信用を得ることは違います」


 そう言っている顔だった。


 ポプ太が、じっと高麗人参を見る。


「でも、高麗人参さんは高級だから見てもらえるじゃないですか」


 高麗人参は、静かにしおりを掲げた。


「高級だから見てもらえるのではありません。見てもらったあと、信用を失わないように整えるのです」


 うわ。


 正論。


 今日の高麗人参、やっぱり強い。


 ブロッコリーが頷く。


「ポプ太君。見出しは入口だ。でも、入口で転ばせたら、本文まで来てもらえない。来てもらえても、次は信じてもらえない」


 ポプ太は、しゅんとした。


 弾ける前の粒なのに、しゅんとしているのが分かる。


 ウリ坊が近づいた。


「ポップコーン、すきだよ」


 反則。


 今日も反則。


「でも、うそはいや」


 さらに反則。


 まっすぐすぎる。


 ポプ太は、ころんと少し転がった。


「……じゃあ、本当の見出しならいい?」


 全員が顔を見合わせた。


 いい。


 それなら、いい。


      ◇


 急遽、ポプ太の再教育が始まった。


 題して、


 ぽんぽん通信・正しい見出し講座


 講師は高麗人参。


 監修はブロッコリー。


 現場ツッコミは野蒜ちゃん。


 文章整理はエシャロットちゃん。


 濃い顔による圧力係は俺。


 圧力係とは。


 まず、悪い見出し。


 【衝撃】マンドラゴラを見るだけで宿題終了!?


 書き直し。


 マンドラゴラは宿題をしません。観察には向いています。


 地味。


 だが本当。


 次。


 【激震】高麗人参、マンドラゴラに敗北宣言!?


 書き直し。


 高麗人参、マンドラゴラの試験流通を注視。表示の大切さを語る。


 硬い。


 かなり硬い。


 でも、高麗人参は満足そうだった。


 次。


 【悲報】しいたけ部長、子どもに嫌われる!


 しいたけ部長が笠を震わせる。


 書き直し。


 しいたけ部長、刻む・混ぜる・旨味で子ども向けに挑戦中。


 いい。


 かなりいい。


 しいたけ部長の笠が、少し持ち上がった。


 次。


 【危険】ジャガイモの芽を見るだけでアウト!


 書き直し。


 ジャガイモの芽や青い部分は食べないで。見るだけなら落ち着いて取り除こう。


 落ち着いて。


 大事。


 最後。


 【独自】ピーマンは空洞だからカロリーゼロ!


 書き直し。


 ピーマンは中が空洞でも野菜です。油と合わせると食べやすいです。


 子どもたちが笑った。


 ピーマンは、ちょっと恥ずかしそうだった。


      ◇


 やがて、市場に新しい掲示板ができた。


 名前は、


 よく読んでから、ぽん!


 ポプ太が弾けると、今度は正しい情報カードが出る。


 ぽん。


 ゴーヤは苦い。薄切りと塩もみで食べやすくなります。


 ぽん。


 豆苗は水を替えて育てよう。様子を見て、早めに食べよう。


 ぽん。


 マンドラゴラは急に抜かない。声をかけて、怖がらせない。


 ぽん。


 高麗人参は少量から。説明を読んで、料理に合わせよう。


 子どもたちが、カードを集める。


「これ、ほんとう?」

「どこに書いてある?」

「高麗人参のしおりにもある!」

「マンドラゴラ、声かける!」


 いい。


 かなりいい。


 情報カード目当てに野菜売り場へ来る子どもまで出てきた。


 高麗人参は、相変わらずハイソにしおりを配っている。


 しかも、しおりの端に金の小さな印まである。


 高級感がすごい。


 だが、内容はちゃんとしている。


 ウリ坊が俺の前でカードを読んだ。


「一番根は、急に抜かない。声をかける。怖がらせない」


『はい』


「宿題は?」


『自分でやる』


「うん」


 偉い。


 ものすごく偉い。


      ◇


 夕方。


 市場のW.H.O.ポスターも貼り替えられた。


 今度は、俺の濃い顔だけではない。


 横に、高麗人参のしおり。

 ポプ太の情報カード。

 ジャガイモ先輩。

 豆苗。

 しいたけ部長。

 ゴーヤとピーマン。


 文字はこうだ。


 野菜にも情報リテラシー。

 見出しでびっくり、本文で確認。

 すごそうより、ほんとうを。


 まとも。


 かなりまとも。


 俺は頷いた。


 すると、下の方に小さく一文があった。


 濃い顔にも、出典が必要です。


 どういう意味だ。


 俺の顔の出典とは。


 親か。


 畑か。


 種か。


 ウリ坊がそれを読んで、けらけら笑った。


「一番根の顔の出典、どこ?」


 俺は筆談板に書いた。


『不明です』


「じゃあ、あやしい?」


『あやしくありません』


 子どもたちが笑った。


 高麗人参が、すっと近づいてきた。


 そして、俺の前に小さなカードを置いた。


 そこには、達筆でこう書かれていた。


 マンドラゴラの顔について

 濃く見えることがありますが、品質には問題ありません。


 市場中が沈黙した。


 次の瞬間、野蒜ちゃんが腹を抱えて笑った。


 エシャロットちゃんも肩を震わせている。


 ウリ坊は大喜び。


 ブロッコリーですら、口元を押さえていた。


 俺は筆談板を持ち上げた。


『高麗人参』


 高麗人参は、上品に根を揺らした。


「表示は正確であるべきです」


 そう言っている顔だった。


 悔しい。


 ものすごく悔しい。


 だが、正確ではある。


 俺はしばらく考えて、筆談板に書いた。


『採用』


 ウリ坊が歓声を上げた。


 ポプ太が、ぽんっと小さく弾けた。


 出てきたカードには、


 濃い顔でも、ちゃんと読むと怖くありません。


 と書いてあった。


 そのカードは、その日一番の人気になった。


 俺は濃い顔で見守った。


 見出しではなく。


 本文まで読んでもらうために。


 指定野菜への道は、味だけではない。


 情報。


 表示。


 信用。


 そして、たまに濃い顔の出典。


 野菜にも情報リテラシーが必要な昨今。


 高麗人参は相変わらずハイソだけど、今日ばかりは、かなり頼もしかった。

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