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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第三章

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第21話 音楽を野菜に聴かせると甘くなるのよ ver.マンドラゴラの場合

 野菜に音楽を聴かせると甘くなる。


 そういう話がある。


 科学的にどうなのかは知らない。


 だが、市場には昔からあるのだ。


 月の光で育てたレタス。

 朝露だけで育てたハーブ。

 褒めて育てたトマト。

 歌って育てたカボチャ。


 そういう、ちょっと良さげで、ちょっと怪しい話が。


「というわけで、今日は音楽を聴かせますわ」


 エシャロットちゃんが言った。


 白いエプロン姿で。


 やたら上品な顔で。


 手には、小さな蓄音機みたいなものを持っている。


 俺は筆談板に書いた。


『誰にですか』


「マンドラゴラさんに」


 ですよね。


 知ってた。


 知っていたが、聞かずにはいられなかった。


「音楽を聴かせると甘くなるんでしょ?」


 野蒜ちゃんが、木箱に腰掛けて言った。


「マンドラゴラって苦味と薬っぽさが課題じゃん。なら、やってみる価値あるでしょ」


 理屈は分かる。


 かなり分かる。


 だが、問題がある。


 俺はマンドラゴラである。


 音と相性が悪い。


 正確には、俺の声と周囲の命の相性が悪い。


 つまり、音楽を聴かせた結果、俺が歌い出したらどうなるのか。


 市場の中心で、歌うマンドラゴラ。


 最悪である。


 悲鳴よりはましかもしれない。


 でも、方向性によっては十分に事故だ。


 俺は筆談板に書いた。


『俺が歌ったらどうするんですか』


 エシャロットちゃんは、にっこりした。


「防音箱を用意しましたわ」


 用意するな。


      ◇


 防音箱は、思ったより本格的だった。


 木製。


 内側に厚い布。


 さらに藁。


 耳当て。


 観察窓。


 筆談板を外へ出せる細い差し込み口。


 どう見ても、野菜用の音楽鑑賞室ではなく、危険物実験設備である。


 ホネ丸が、からん、と音を立てて帳面を開いた。


「本日の試験項目。音楽刺激によるマンドラゴラの糖度変化、苦味変化、悲鳴誘発率、歌唱誘発率、周辺被害」


 最後二つ。


 やっぱり入っている。


「一番根、こわい?」


 ウリ坊が、防音箱の前で心配そうに聞いてくる。


 反則。


 今日も反則。


 俺は筆談板に書いた。


『少し』


「おれ、外で見てる」


『ありがとう』


「一番根が歌ったら、拍手する」


『逃げてください』


 拍手ではない。


 避難である。


 ブロッコリーもいた。


 当然のようにいた。


 健康そうな顔で、防音箱を眺めている。


「音楽栽培か。面白いね」


 褒めるな。


 怖い。


「ただ、甘くなるかどうかだけではなく、ストレスが減るかを見るべきだね。苦味は、育ち方や処理にも左右される。音楽によって怖がらなくなるなら、意味はある」


 今日も正論。


 しかも、珍しくかなりまとも。


 俺は筆談板に書いた。


『では優しい音楽でお願いします』


「最初は王道からですわ」


 エシャロットちゃんが蓄音機をセットした。


 嫌な予感。


「第一曲、荘厳な管弦楽です」


 優しいとは。


      ◇


 防音箱のふたが閉まる。


 暗くはない。


 観察窓から光が入る。


 外の音は、少し遠い。


 その代わり、箱の中に音楽が流れ始めた。


 じゃーん。


 重い。


 強い。


 壮大。


 なんか王様が出てきそう。


 野菜に聴かせるには、だいぶ偉そうな曲である。


 最初の一分。


 特に何も起きなかった。


 俺はじっとしていた。


 二分。


 少し根の奥がむずむずした。


 三分。


 胸を張りたくなってきた。


 いや、根菜だけど。


 四分。


 なぜか筆談板に、こう書いていた。


『我こそは一番根』


 危ない。


 音楽に乗せられている。


 五分後。


 ふたが開いた。


 ウリ坊が目を輝かせている。


「一番根、えらそうだった!」


 やめろ。


 エシャロットちゃんが試食用の欠片を確認する。


「香りは……少し強くなっていますわね」


 野蒜ちゃんが味を見る。


「うん。甘くはない。むしろ主張が強い」


 失敗。


 荘厳な音楽で、マンドラゴラは甘くならない。


 偉そうになる。


 記録された。


 ホネ丸が帳面に書く。


「管弦楽。糖度変化なし。自己肯定感上昇。商品化注意」


 商品化するな。


      ◇


 第二曲。


 子守歌。


 今度こそ優しい。


 柔らかい旋律。


 ゆっくり。


 眠くなる。


 かなり眠くなる。


 俺は防音箱の中で、だんだん根の力が抜けていくのを感じた。


 悪くない。


 怖くない。


 箱に閉じ込められている感じも薄い。


 ああ、これはいい。


 これなら甘くなるかもしれない。


 そう思ったところで、俺は寝た。


      ◇


 起きたら、ウリ坊が観察窓に張り付いていた。


「一番根、寝てた!」


 寝ていた。


 完全に。


 エシャロットちゃんが測定結果を確認する。


「苦味は少し穏やかですわね」


 野蒜ちゃんも味を見る。


「あ、さっきより食べやすい。甘いっていうか、とげが丸い」


 とげ。


 俺はハリネズミコロッケではない。


 しかし、成果はあった。


 子守歌で、マンドラゴラの苦味は少し丸くなる。


 ただし寝る。


 ホネ丸が記録する。


「子守歌。苦味軽減。活動停止。輸送前には有効、販売中は注意」


 販売中に寝る根菜。


 それはそれで平和だが、筆談できない。


      ◇


 第三曲。


 市場の流行歌。


 明るい。


 速い。


 手拍子したくなる。


 防音箱の中で、俺の根が勝手に揺れた。


 やめろ。


 乗るな。


 俺は根菜だ。


 踊るな。


 だが、曲は容赦なく進む。


 ちゃかちゃか。


 ぱんぱん。


 ちゃかちゃか。


 ぱん。


 気づけば、俺は筆談板を掲げながら、箱の中で左右に揺れていた。


 外からウリ坊の声がする。


「一番根、踊ってる!」


 違う。


 これは生理的反応。


 たぶん。


 曲が終わる頃には、俺は少し息切れしていた。


 根菜なのに。


 試食結果。


「甘くはないけど、香りが軽い?」


 野蒜ちゃんが首を傾げる。


「食べやすさは上がっていますわ。ですが、本人が揺れすぎます」


 エシャロットちゃんが冷静に言う。


 ホネ丸が記録。


「流行歌。食べやすさ微増。踊り誘発。箱内転倒リスクあり」


 踊り誘発。


 やめろ。


 マンドラゴラが踊る野菜として記録されてしまう。


      ◇


 第四曲。


 激しい打楽器。


 嫌な予感しかしなかった。


 どん。


 どどん。


 どどどん。


 箱の中で、根が震える。


 心ではない。


 物理的に。


 音圧で。


 防音箱の内側の布が震え、湿った藁がかすかに跳ねる。


 俺の葉っぱも揺れる。


 次の瞬間。


 俺は筆談板にこう書いていた。


『戦じゃ』


 誰だ。


 俺の中の何が目覚めた。


 ウリ坊が外で笑っている。


「一番根、つよそう!」


 強そうではない。


 危険そうである。


 曲が終わると、俺はすっかり疲れていた。


 味の方は。


「苦い」


 ウリ坊が試食して言った。


 終わり。


 打楽器、駄目。


 マンドラゴラが戦闘態勢になる。


 ホネ丸が記録する。


「打楽器。苦味増加。闘争心上昇。市場使用禁止」


 禁止が出た。


 当然である。


      ◇


 第五曲。


 問題の曲だった。


「ウリ坊ちゃんの歌ですわ」


 エシャロットちゃんが言った。


 俺は防音箱の中で固まった。


 ウリ坊の歌。


 伴奏なし。


 市場の子どもが、俺のために歌う。


 やめろ。


 そういうのは効く。


 絶対に効く。


 ウリ坊が、箱の外で少し照れた声を出した。


「一番根のうた、歌うね」


 歌い始める。


 音程は、少し怪しい。


 歌詞も、その場で作っている。


「いちばんねー

 こわくないー

 おはなつけたらー

 ちょっとかわいいー」


 やめろ。


 やめてくれ。


 効く。


 濃い顔に、効く。


「ころっけにもー

 かれーにもー

 いるよー

 いるいるー

 いちばんねー」


 いるいる言うな。


 だが、なぜか嫌じゃない。


 防音箱の中で、俺はじっとしていた。


 怖くない。


 眠くもない。


 偉そうにもならない。


 踊りもしない。


 ただ、根の奥が少し温かい。


 歌が上手いわけではない。


 でも、知っている声だった。


 俺を怖がらずに呼ぶ声。


 箱の外で、ずっと見ていてくれた声。


 急に触らず、ちゃんと聞いてくれる声。


 その声が、俺に向けて歌っている。


 曲が終わった。


 防音箱のふたが開く。


 ウリ坊が、少し恥ずかしそうに笑った。


「どう?」


 俺は筆談板に書いた。


『反則』


 ウリ坊は首を傾げた。


 エシャロットちゃんが、試食用の欠片を確認する。


 少し驚いた顔をした。


「苦味が、かなり丸くなっていますわ」


 野蒜ちゃんも味を見る。


「あ、これ食べやすい。甘いっていうか、やさしい」


 やさしい。


 マンドラゴラに、その評価。


 市場が少しざわついた。


 ブロッコリーが、静かに頷く。


「音楽そのものというより、安心できる音だったんだね」


 安心できる音。


 俺はその言葉を、筆談板の上でじっと見た。


 音楽を聴かせると甘くなる。


 たぶん、そういう話ではなかった。


 少なくとも、マンドラゴラの場合は。


 偉そうな曲では偉そうになる。

 子守歌では寝る。

 流行歌では踊る。

 打楽器では戦になる。


 そして、ウリ坊の下手な歌で、少しやさしくなる。


 甘くなるというより。


 怖くなくなる。


 怖くなくなると、苦味が減る。


 それは、俺たちにとってかなり大きいことだった。


      ◇


 その日の午後。


 市場には、新しい小さな試食コーナーができた。


 名前は、


 やさしい音の下処理


 マンドラゴラを刻む前に、声をかける。

 急に触らない。

 箱に入れる時は説明する。

 怖がらせない。

 そして、可能なら知っている声で短い歌を歌う。


 もちろん、歌は上手くなくていい。


 むしろ、上手すぎるとマンドラゴラが緊張する可能性がある。


 記録にはそう書かれた。


 ホネ丸が真面目に読み上げる。


「マンドラゴラに対する音楽刺激試験。結論。甘味増加というより、恐怖低減による苦味緩和。最適音源は、信頼関係のある子どもの歌声。備考、打楽器は禁止」


 打楽器だけ名指しで禁止。


 当然である。


 しいたけ部長が、渋い顔で言った。


「我にも音楽を聴かせれば、子どもに好かれるだろうか」


 そう言っている顔だった。


 俺は筆談板に書いた。


『まず香りを控えめにするところからです』


 しいたけ部長は黙った。


 ゴーヤも近くで聞いていた。


 ピーマンも聞いていた。


 高麗人参は、なぜか遠くで高級そうな弦楽器を用意していた。


 やめろ。


 高麗人参に荘厳な音楽を聴かせたら、さらに偉そうになる。


      ◇


 夕方。


 ウリ坊は、もう一度俺の歌を歌った。


 今度は市場の子どもたちも一緒だった。


「いちばんねー

 こわくないー

 おはなつけたらー

 ちょっとかわいいー」


 ちょっと。


 そこは、ちょっとなんだ。


 でも、まあいい。


 子どもたちが笑っている。


 俺も、筆談板を掲げる。


『怖くありません』


 子どもたちは、さらに笑った。


 試食のマンドラゴラ入りおやきは、いつもよりよく売れた。


「今日の、食べやすい」

「苦くない」

「歌ったから?」

「一番根、うた好きなの?」


 俺は筆談板に書いた。


『好きかどうかは検討中です』


 ウリ坊が、にこにこしながら言った。


「じゃあ、明日も歌う!」


 反則。


 本日最大の反則。


 俺は少しだけ悩んでから、筆談板に書いた。


『小さめの声でお願いします』


 ウリ坊は元気よく頷いた。


「うん! 大きく歌う!」


 聞け。


 だが、まあ。


 それでもいいかもしれない。


 マンドラゴラは、音楽で甘くなる。


 正確には、安心できる音で、少しだけ苦くなくなる。


 そして、怖がられずに歌を聴けるなら。


 それはきっと、指定野菜への道として悪くない。


 根菜だけど、そう思った。

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