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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第二章

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第20話 こちらマンドラゴラ。何故か箱に閉じ込められている。 ……これはピンチってやつでは?

 暗い。


 狭い。


 湿った藁の匂いがする。


 木の匂いもする。


 あと、俺の土っぽい匂い。


 つまり。


 箱である。


 俺は、箱の中にいた。


 どうして。


 つい昨日まで、俺は市場でとげとげハリネズミコロッケの成功を見届けていたはずだ。


 しいたけ部長が「いてもいい」側へ一歩踏み出し、ウリ坊が「また食べる」と言い、ひき肉の強さに野菜一同が震えた。


 そこまでは覚えている。


 そのあと、確か。


 片付けをして。


 おかわり棚の札を見て。


 昼咲月見草の花冠を外されて。


 少しだけほっとして。


 それから――。


 記憶がない。


 俺は、箱の内側に手を伸ばした。


 木箱。


 内側には柔らかい布。


 湿度も悪くない。


 揺れ止めの丸め布もある。


 つまり、ちゃんとした輸送箱だ。


 嫌なことに、俺専用仕様である。


 俺は筆談板を探した。


 あった。


 胸元に挟まれている。


 なぜ箱詰めされた状態で筆談板だけは持たされているのか。


 逆に怖い。


 俺は暗闇の中、手探りで板に書いた。


『こちらマンドラゴラ。何故か箱に閉じ込められている』


 誰にも見えない。


 意味がない。


 悲しい。


 声は出せない。


 出したら最悪、箱の外の誰かが倒れる。


 つまり俺は、筆談しかできない根菜なのに、誰にも見えない箱の中にいる。


 これは。


 これは、もしかして。


『ピンチでは?』


 書いてから、板を抱えた。


 はい。


 完全にピンチです。


      ◇


 まず状況確認。


 揺れている。


 つまり移動中。


 音からして荷車か、荷馬車。


 車輪が石畳を踏んでいる。


 たまに、がたんと跳ねる。


 箱の外から、からん、からんという骨っぽい音が聞こえた。


 ホネ丸だ。


 ほねほねコボルト便だ。


 それが分かった瞬間、少し安心した。


 配送ギルドの検査官であり、輸送中の荷物をやたら細かく観察する骨っぽい男。


 あいつなら、少なくとも箱ごと川へ投げたりはしない。


 たぶん。


 ただし、問題がある。


 ホネ丸は真面目すぎる。


 真面目すぎるせいで、「箱に入っているなら荷物」と判断しかねない。


 俺が意図せず箱詰めされていることに気づいているのか。


 それとも、正式な出荷品だと思われているのか。


 ここが重要だ。


 俺は箱の隙間から、細い根を一本出そうとした。


 出ない。


 しっかり閉じられている。


 ご丁寧に、外から留め具までかかっているらしい。


 かなり本格的な箱詰め。


 誰だ。


 誰がやった。


 高麗人参か。


 あいつなら高級木箱に閉じ込める嫌がらせくらいしそうだ。


 ブロッコリーか。


 あいつなら「密閉時の不安耐性も流通には重要だよ」とか言いそうだ。


 エシャロットちゃんか。


 いや、あの子なら箱の中に薄桃色の印入り説明書を入れる。


 野蒜ちゃんか。


 やるならもっと雑だ。


 ウリ坊か。


 それはない。


 ウリ坊なら「一番根、箱に入ってる!」と大声で言う。


 つまり犯人は、ウリ坊ではない。


 ここだけは信じられる。


 外から声がした。


「荷揺れ、問題なし」


 ホネ丸だ。


「マンドラゴラ試験箱、沈黙継続」


 待て。


 試験箱?


 試験?


 俺は筆談板を握りしめた。


『やっぱり試験なのか?』


 誰にも見えない。


 意味がない。


 がたん。


 大きく揺れた。


 俺は丸め布に支えられ、どうにか転がらずに済んだ。


 悔しいが、箱の設計はいい。


 閉じ込められていることを除けば、かなり快適。


 そこがまた腹立つ。


      ◇


 しばらくして、荷車が止まった。


 外のざわめきが増える。


 人の声。


 子どもの声。


 市場ではない。


 もっと小さい。


 店先?


 それとも、誰かの家?


 ホネ丸の声がした。


「到着。荷受け確認を頼む」


 別の声。


「はいはい。これが例の?」


 例の?


 何の例だ。


「試験流通家庭向けセット。マンドラゴラ一番根、観察用」


 観察用。


 俺は固まった。


 観察用?


 食用ではなく?


 いや、食用でも困るが。


 観察用もかなり困る。


 木箱の外で、子どもの声が弾んだ。


「マンドラゴラ来たの?」


 来たよ。


 来てしまったよ。


 本人の意思確認なしで。


「叫ばない?」


「取り扱い説明書を読めば大丈夫だ。急に抜かない。怖がらせない。強く揺らさない。濃い顔を笑いすぎない」


 最後。


 説明書に何を書いている。


 子どもが言った。


「濃い顔なの?」


 やめろ。


 開ける前から期待するな。


 外の大人が笑う。


「市場で有名な子らしいよ。W.H.O.のポスターにもなってた」


 完全に身バレしている。


 俺は、箱の中で筆談板を構えた。


 こうなったら、開いた瞬間に無言の抗議だ。


 いきなり叫ぶわけにはいかない。


 しかし、筆談ならできる。


 俺は板に大きく書いた。


『本人の同意を取れ』


 よし。


 完璧。


 木箱の留め具が外される。


 ぎい。


 ふたが開く。


 光が差し込む。


 俺は筆談板を掲げた。


『本人の同意を取れ』


 目の前にいたのは、小さな女の子だった。


 たぶん、ウリ坊より少し年上。


 髪を二つに結び、両手を胸の前でぎゅっと握っている。


 その目が、俺を見る。


 俺の濃い顔を見る。


 筆談板を見る。


 そして。


「ちゃんと怒ってる!」


 喜んだ。


 なぜ。


 そこは怯えるところでは。


「お母さん、マンドラゴラちゃん、ちゃんと怒ってる!」


「ほんとだ。元気そうでよかったねえ」


 よくない。


 俺は怒っている。


 元気確認に使うな。


 ホネ丸が帳面を開いた。


「開封直後、意識明瞭。抗議あり。状態良好」


 状態良好じゃない。


 抗議内容を読め。


 俺は次の文字を書いた。


『俺は観察用ではありません』


 女の子は真剣に読んだ。


 そして、こくんと頷いた。


「じゃあ、お客さま?」


 違う。


 いや、観察用よりはましだ。


 俺は少し迷ってから書いた。


『少なくとも荷物ではありません』


「じゃあ、お客さま!」


 決定された。


 子どもの判断は速い。


      ◇


 家の中へ運ばれた。


 箱ごと。


 客扱いとは。


 だが、テーブルの上に置かれた俺の前には、すぐに水の入った小皿と、湿った布と、小さな昼咲月見草が置かれた。


 待遇は悪くない。


 悪くないのが、逆に困る。


 女の子は、俺の前に正座した。


「わたし、ミリ。今日の宿題で、野菜の観察するの」


 宿題。


 それで観察用。


 俺は筆談板に書いた。


『野菜の観察ならジャガイモ先輩でいいのでは』


「ジャガイモは、もうやった」


 やったのか。


 定番はやっぱり強い。


「豆苗もやった。もう一回伸びた」


 豆苗も先を越している。


 再生野菜、教育現場にも進出済み。


「だから、次はマンドラゴラ」


『危険では?』


「説明書に、やさしくしたら大丈夫って書いてある」


 説明書。


 誰だ。


 誰がそんなことを書いた。


 ブロッコリーか。


 きっとブロッコリーだ。


 ホネ丸が横から言った。


「家庭受け入れ試験は、試験流通の重要項目だ」


 やっぱり試験だった。


『俺に説明がありませんでした』


「寝ていた」


『だから箱に詰めた?』


「寝ていたので、起こすと叫ぶ危険があると判断した」


 理屈は分かる。


 分かるが、納得は別だ。


 俺は筆談板に書いた。


『次から起こしてください』


 ホネ丸は真面目に頷いた。


「改善点として記録する」


 そこへミリが手を挙げた。


「質問していい?」


『どうぞ』


「マンドラゴラちゃんは、食べられたいの?」


 重い。


 子どもの質問は、いつも重い。


 俺はしばらく考えた。


 指定野菜になりたい。


 食卓に入りたい。


 カリフラワーにできたんだから、俺にもできるはず。


 でも、食べられるのは怖い。


 箱詰めも怖い。


 刻まれる同族を見るのは、今でも少しきつい。


 俺は筆談板に、ゆっくり書いた。


『食べられる未来から逃げたくはないです』


 ミリは首を傾げた。


「食べられたいとは違う?」


『違います』


「でも、食べてもらいたい?」


 さらに重い。


 俺は、また考えた。


 ウリ坊が笑った顔。


 子どもが「もう一口ならいける」と言った時。


 しいたけ部長が、いてもいい側に入った時。


 ジャガイモが畑へ帰る箱に入った時。


 豆苗がおかわり棚で伸びた時。


 食卓へ近づくというのは、たぶん食べられて終わりではない。


 誰かの生活に入ること。


 嫌われない形を探すこと。


 怖いものを、少しだけ笑ってもらうこと。


 俺は書いた。


『食べてもらえるくらい、信じてもらいたいです』


 ミリは、じっとそれを読んだ。


 そして、小さく頷いた。


「じゃあ、今日の観察にそう書く」


 やめろ。


 小学生の宿題にそんな重いことを書くな。


 だが、ミリはもう紙に書き始めていた。


 マンドラゴラは、食べられたいわけではないけど、信じてもらいたい野菜。


 やめろ。


 泣きそうになる。


 マンドラゴラが泣くと何が起こるか分からないので、泣かない。


      ◇


 その後の観察は、意外と穏やかだった。


 ミリは俺の葉を勝手に引っ張らなかった。


 濃い顔も笑いすぎなかった。


 匂いを嗅ぐ時も、ちゃんと「嗅いでいい?」と聞いた。


 偉い。


 かなり偉い。


 俺は筆談板で答え続けた。


『根です』

『足ではありません』

『たぶん髪みたいなものです』

『叫びません』

『急に抜いたら危ないです』

『花冠は仕事です』

『好きで濃い顔をしているわけではありません』


 ミリは全部メモした。


 最後の項目だけ、やたら丁寧に。


 やめろ。


 そこは重要ではない。


 夕方近く、台所からいい匂いがしてきた。


 コロッケ。


 とげとげハリネズミコロッケだった。


 市場で買ったらしい。


 パスタ衣のとげ。

 ひき肉。

 ジャガイモ。

 しいたけ。

 そして、少しのマンドラゴラ。


 ミリが一つ、俺の前に持ってきた。


「これ、食べていい?」


 マンドラゴラに、マンドラゴラ入りコロッケを食べていいか聞く。


 難しい。


 倫理が難しい。


 俺は筆談板に書いた。


『いただきますを言ってくれるなら』


 ミリは、コロッケを両手で持った。


「いただきます」


 そして、さくっと食べた。


 いい音だった。


「おいしい」


 その一言で、箱の中に閉じ込められていた時の怖さが、少しだけほどけた。


 俺は食べられたいわけじゃない。


 でも、こういう顔を見るために、指定野菜を目指しているのかもしれない。


 たぶん。


 いや、まだ分からないけど。


      ◇


 市場へ戻ったのは、日が傾きかけた頃だった。


 ホネ丸が俺の箱を慎重に運ぶ。


 今度はふたを少し開けたまま。


 約束通り、閉じ込めっぱなしではない。


 市場に着くと、ウリ坊が走ってきた。


「一番根!」


 反則。


 今日も反則。


「箱に入ってたって聞いた!」


 聞いたのか。


 誰から。


 たぶんホネ丸だ。


 ウリ坊は箱の中を覗き込み、俺の葉をそっと撫でた。


「こわかった?」


 俺は筆談板に書いた。


『少し』


 ウリ坊は、真剣な顔で頷いた。


「次は、おれが起こす」


 反則。


 本日最大。


 俺は書いた。


『お願いします』


 その横で、ブロッコリーが立っていた。


 健康そうな顔。


 やっぱりいた。


 俺は筆談板に書いた。


『家庭受け入れ試験を仕組んだのはあなたですか』


「提案はしたね」


 やっぱり。


『説明不足です』


「そこは改善しよう」


 珍しく素直。


 逆に怖い。


 ブロッコリーは続けた。


「でも、いい成果もあったようだね」


 ミリの観察用紙が、市場に届けられていた。


 そこには、こう書かれている。


 マンドラゴラは、怖いけど、ちゃんと話を聞くと怖くない。

 急にさわったり、抜いたりしたらだめ。

 食べられたいわけではないけど、信じてもらいたい野菜。

 濃い顔は、自分でえらんだわけではない。


 最後。


 最後がやけに力強い。


 市場の大人たちが、しんみりしたような、笑いをこらえているような顔をした。


 ウリ坊は胸を張った。


「一番根、信じてもらえた!」


 そうだな。


 たぶん。


 ブロッコリーが言った。


「家庭受け入れ試験、第一例。合格だ」


 合格。


 箱に閉じ込められて始まった一日は、合格で終わった。


 納得いかない部分はかなりある。


 だが、悪くない。


 俺は筆談板に書いた。


『次からは事前説明ありで』


 ホネ丸が帳面に大きく書いた。


「重要改善項目。マンドラゴラ本人への事前説明」


 当たり前だ。


 当たり前のことが、ようやく記録された。


 その夜。


 おかわり棚の横に、新しい札が増えた。


 野菜にも、説明が必要です。

 怖がらせない。急に閉じ込めない。ちゃんと聞く。


 まとも。


 かなりまとも。


 俺はそれを見て、深く頷いた。


 すると、エシャロットちゃんが隣にもう一枚、小さな札を置こうとしていた。


 箱入り一番根


 俺は無言で筆談板を掲げた。


『却下』


 エシャロットちゃんは、少しだけ残念そうに札を引っ込めた。


 いつもの禁止ではない。


 今日は、却下。


 箱の中で一日考えた結果、俺は少しだけ強くなったのだ。


 根菜だけど。

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