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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第二章

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19/41

第19話 とげとげハリネズミコロッケの隠し味は、『しいたけよ。お前も子どもたちに嫌われてる側だからな?』 

 苦手野菜フェアの翌日。


 市場には、妙な達成感が漂っていた。


 ピーマンは、少しだけ胸を張っている。

 ゴーヤは、苦そうな顔のまま誇らしげである。

 俺は俺で、「見えない時にもいる根菜」として、また一段階よく分からない扱いになっていた。


 悪くない。


 たぶん。


 でも、そんな空気の中で、一人だけ渋すぎる沈黙をまとっている者がいた。


 しいたけ部長である。


 肉厚の笠。

 太い軸。

 焼けば強い。

 出汁でも強い。

 昨日の無限ピーマン with にがうりでも、旨味担当として大活躍だった。


 なのに、何やら不満そうだった。


「我が旨味によって、苦味三者は救われた」


 そう言っている顔だった。


 分かる。


 確かに、しいたけがいなければ昨日の料理は成立しなかった。


 だが、その横でウリ坊が無邪気に言った。


「でも、おれ、しいたけだけだったら、ちょっと苦手」


 市場が静まり返った。


 しいたけ部長の笠が、ぴたりと止まる。


「においが、もわってするから」


 やめろ。


 子どもの正直さは、時に包丁より鋭い。


 しいたけ部長が、ゆっくりこちらを見た。


 なぜ俺を見る。


 俺は筆談板に書いた。


『しいたけよ、お前も子どもたちに嫌われてる側だからな?』


 野蒜ちゃんが吹き出した。


 エシャロットちゃんは口元を押さえた。


 しいたけ部長の笠が、ぷるぷる震える。


「我は旨味だぞ」


 そう言っている顔だった。


『旨味でも嫌われる時は嫌われます』


「香り高いのだぞ」


『香りが高すぎるんです』


「鍋にも焼き物にも天ぷらにも」


『それを喜ぶのは主に大人です』


 しいたけ部長、沈黙。


 市場に、重たい旨味の空気が漂った。


 そこへ、健康そうな声が来る。


「今日の課題は決まったね」


 ブロッコリーだった。


 出た。


 今日も見ていたのか。


「しいたけを、子どもに泣かれない形で食べてもらう。もちろん、マンドラゴラも使う」


 来た。


 課題。


 しかもまた子ども相手。


「条件は三つ」


 はい。


「しいたけを隠しすぎないこと」


 難しい。


「でも、主張させすぎないこと」


 もっと難しい。


「そして、子どもが見た目で手を伸ばすこと」


 重い。


 しいたけ部長は、まだ渋い顔をしている。


 俺は筆談板に書いた。


『見た目で勝つなら、形です』


「形?」


 ウリ坊が首を傾げる。


 俺は思い出した。


 子どもは丸いものに弱い。

 チーズに弱い。

 揚げ物に弱い。

 そして、ちょっと動物っぽいものに弱い。


 ならば答えは一つ。


 俺は筆談板に書いた。


『ハリネズミにしましょう』


「ハリネズミ!」


 ウリ坊の目が、きらっと光った。


 勝った。


 まだ何も作ってないけど、半分勝った。


      ◇


 作戦はこうだ。


 ジャガイモを蒸して潰す。

 マンドラゴラはいつもの下処理をして、細かく刻んで炒める。

 しいたけも細かく刻む。


 ただし、今回はそれだけではない。


 ひき肉を入れる。


 子ども相手に、肉は強い。


 圧倒的に強い。


 野菜たちがいくら「滋味」だの「旨味」だの「苦味の奥にある春」だの言ったところで、子どもの心を一撃で持っていくのは肉である。


 悔しい。


 だが、現実を見ろ。


 指定野菜への道は、肉の力を借りることもある。


「ひき肉、入れるの?」


 ウリ坊が目を輝かせた。


 もう勝っている。


 ひき肉、強すぎる。


「中身は、ジャガイモ、ひき肉、マンドラゴラ、しいたけ、少しのチーズですわね」


 エシャロットちゃんが試作メモを取る。


「外側のとげは?」


 野蒜ちゃんが聞いた。


 俺は筆談板に書いた。


『細かく砕いたパスタでいきましょう』


 全員が黙った。


 そして、ウリ坊が叫んだ。


「ぱすたのとげ!」


 勝った。


 完全に勝った。


 細かく砕いたパスタを衣にすれば、揚げた時にカリカリのとげになる。

 パン粉より見た目が尖る。

 ハリネズミ感も出る。

 しかも食感が楽しい。


 これはいける。


 しいたけ部長も、少しだけ興味深そうに笠を傾けていた。


「我を、肉と芋とチーズで包み、外をパスタで武装するのか」


 そう言っている顔だった。


『そうです』


「かなり過保護では?」


『それくらいしないと、子どもはしいたけに近づきません』


 しいたけ部長、再び沈黙。


 受け入れろ。


 これが現実だ。


      ◇


 調理が始まった。


 まず、ジャガイモを蒸す。


 ほくほく。


 強い。


 この時点で、すでに子どもが寄ってくる。


 次に、ひき肉を炒める。


 じゅう。


 市場の空気が変わった。


 肉の匂い。


 ずるい。


 あまりにもずるい。


 ゴーヤが遠くで苦そうな顔をしている。

 ピーマンも少し悔しそうに光っている。

 高麗人参に至っては、高級根菜としての矜持を揺らされたみたいな顔をしている。


 分かる。


 肉はずるい。


 だが、今日はしいたけを救う日だ。


 勝てるなら使う。


 ひき肉に、刻んだしいたけを入れる。


 香りが立つ。


 その瞬間、しいたけ部長の笠が誇らしげに持ち上がった。


 強い。


 ひき肉としいたけの組み合わせは、普通に強い。


 そこへ、細かく刻んだマンドラゴラ。


 土っぽさを香ばしさへ寄せる。

 薬草感を肉の旨味で丸める。


 塩。

 少しの胡椒。

 ほんの少しの醤油。


 混ぜる。


 蒸したジャガイモと合わせる。


 小さく切ったチーズを入れる。


 成形する。


 丸い胴体。

 少し尖った鼻先。


 黒ごまで目。

 海苔で鼻。


 そして、問題のとげ。


 細かく砕いたパスタを、衣としてまとわせる。


 短く折ったもの。

 少し斜めに砕けたもの。

 粉に近いもの。


 それらが表面にぴたぴた貼りつく。


 見た目は、まだ少し不安だ。


 ハリネズミというより、寝起きの根菜である。


 だが、油に入った瞬間。


 じゅわっ。


 パスタが跳ねるように広がった。


 黄金色。

 細いとげ。

 ざくざくした表面。


 揚げ上がったそれは、完全にハリネズミだった。


 かわいい。


 そして、うまそう。


 外はパスタのカリカリ。

 中はジャガイモと肉とチーズ。

 隠し味にしいたけ。

 さらにマンドラゴラも、いる。


 これは強い。


 子どもに嫌われがちな素材を、揚げ物と肉とチーズと形で包囲した料理。


 もはや包囲殲滅である。


      ◇


 試食は、もちろんウリ坊からだった。


 ウリ坊は、とげとげハリネズミコロッケを両手で持った。


「かわいい」


 まず第一関門突破。


 ただし、かわいすぎると食べられない問題がある。


 俺は筆談板に書いた。


『これはハリネズミではなくコロッケです』


「でも目がある」


 そこはエシャロットちゃんの仕事だ。


 エシャロットちゃんは、少しだけ得意げに微笑んでいる。


 野蒜ちゃんが別の一個を半分に割った。


 中から、湯気。


 ひき肉。

 ジャガイモ。

 チーズ。


 香りが爆発した。


 ウリ坊の目が変わる。


「食べる」


 勝った。


 かわいさより、肉とチーズが勝った。


 人類史の縮図みたいな瞬間だった。


 ウリ坊は、ふうふうしてから一口かじった。


 ざくっ。


 パスタ衣が鳴った。


 市場中が、少しざわつく。


 いい音だった。


 次に、ほくほく。

 そして、じゅわっと肉。

 チーズが少し伸びる。


 ウリ坊の目が丸くなった。


「とげ、かりかり!」


 勝ち。


「中、ほくほく!」


 勝ち。


「お肉いる!」


 大勝ち。


「チーズものびる!」


 圧勝。


 しいたけ部長が、身を乗り出すように笠を傾けた。


 ウリ坊は、もう一口食べた。


 そして言った。


「しいたけは……いる?」


 しいたけ部長の笠が、がくっと沈んだ。


 俺はすかさず筆談板を掲げる。


『います』


「でも、いやじゃない」


 市場が止まった。


 しいたけ部長も止まった。


「しいたけ、いやじゃない」


 ウリ坊は、確認するようにもう一口食べた。


「お肉と一緒なら、しいたけいてもいい」


 これは勝ちだ。


 完全な勝ちではない。


 だが、しいたけにとっては巨大な一歩である。


 嫌いから、いてもいいへ。


 子どもの食卓では、それが革命になる。


 俺は筆談板に書いた。


『しいたけ部長、いてもいいそうです』


 しいたけ部長の笠が、ぷるぷる震えた。


 感動なのか、屈辱なのか分からない。


 たぶん両方だ。


      ◇


 販売が始まると、とげとげハリネズミコロッケは予想以上に強かった。


「かわいい!」

「ハリネズミだ!」

「とげとげしてる!」

「これ食べられるの?」

「チーズ入ってる?」

「お肉も?」


 子どもの食いつきが違う。


 細かく砕いたパスタのとげは、大成功だった。


 見た目が楽しい。

 食べるとカリカリ。

 手で持っても崩れにくい。


 さらに、ひき肉。


 これはもう反則だった。


 しいたけ入りと聞いて眉をひそめた子どもも、「お肉入り」と聞くと戻ってくる。


 肉、恐ろしい。


 マンドラゴラとして複雑だ。


「しいたけ入ってるの?」


 小さな女の子が聞いた。


 俺は筆談板に書いた。


『入っています』


「やだ」


『お肉と一緒です』


「チーズも?」


『チーズも』


「じゃあ、ちょっとだけ」


 勝負。


 女の子は、小さくかじった。


 ざく。


 目が丸くなる。


「とげ、おいしい」


 パスタ衣が先に勝った。


 もう一口。


「お肉の味する」


 ひき肉が続いた。


 さらに一口。


「しいたけ、どこ?」


 俺は筆談板に書いた。


『中にいます』


「わかんない」


『それでいいです』


 女の子は考えたあと、言った。


「しいたけ、今日だけゆるす」


 しいたけ部長の笠が、震えた。


 今日だけ。


 だが、許された。


 大きい。


 あまりにも大きい。


 次の子はこう言った。


「しいたけ嫌いだけど、とげとげのやつなら食べる」


 その次の子。


「ハリネズミだから食べる」


 その次。


「お肉入ってるならしいたけいてもいい」


 しいたけ部長の表情が、どんどん複雑になっていく。


 尊厳は傷ついている。


 でも売れている。


 これが市場だ。


      ◇


 大人にも売れた。


「これ弁当にいいね」

「パスタ衣、面白い」

「しいたけ刻むと食べるかも」

「ひき肉と合わせればいけるのか」

「マンドラゴラも入ってるんだ」

「もう完全にいる根菜だな」


 最後の人。


 その認識、だいぶ定着してきている。


 俺は主役になりたい。


 カリフラワーに成り代わりたい。


 だが最近、「いる」と言われるだけで少し嬉しくなっている。


 まずい。


 食卓に馴染み始めている。


 これが指定野菜への道なのか。


 ブロッコリーが、とげとげハリネズミコロッケを一つ手に取った。


 健康そうにかじる。


 ざく。


 いい音。


 ブロッコリーは、少しだけ頷いた。


「良いね。見た目の楽しさ、パスタ衣の食感、肉の引力、チーズの安心感。しいたけの香りは抑えつつ旨味として残っている。マンドラゴラも深みに回っている」


 また分析が長い。


 だが、今回は分かる。


「ただし」


 来た。


「肉とチーズに頼りすぎると、野菜の力ではなくなる。次は、しいたけ自身をもう少し前に出す工夫が必要だね」


 重い。


 しいたけ部長の笠が、少しだけ持ち上がる。


 前に出たいらしい。


 さっきまで、いてもいいで震えていたのに。


 欲が出るのが早い。


 俺は筆談板に書いた。


『まずは、いてもいいから始めましょう』


 しいたけ部長は、渋く頷いた。


 たぶん納得した。


      ◇


 夕方。


 とげとげハリネズミコロッケは完売した。


 最後の一個をめぐって、子ども二人が揉めた。


 前回の苦手野菜フェアと同じく、また取り合いで泣きかけた。


 味では泣いていない。


 だから勝ちである。


 市場評議会の記録には、こう書かれた。


 しいたけ由来の泣き、ゼロ。

 ハリネズミ形状による取り合い、二。

 パスタ衣、好評。

 ひき肉、強すぎるため使用量に注意。


 最後。


 分かる。


 肉は強すぎる。


 野菜たちの努力を一瞬で主役から引きずり下ろす力がある。


 ホネ丸が、からんと帳面を閉じた。


「本日の記録。とげとげハリネズミコロッケ、成功。しいたけは嫌われ側から、いてもいい側へ移行。マンドラゴラは相変わらずいる。ひき肉は強い」


 簡潔。


 そして正しい。


 しいたけ部長は、売り場の端で静かに笠を伏せていた。


 悔しいのか。

 嬉しいのか。

 それとも、旨味担当として何かを噛み締めているのか。


 分からない。


 だが、ウリ坊が最後に言った。


「しいたけ部長、今日のはまた食べる」


 しいたけ部長の笠が、ぴくりと動いた。


「しいたけだけは、まだちょっとだけど」


 追撃。


 子どもは最後まで容赦ない。


 だが、しいたけ部長は折れなかった。


 むしろ、少し誇らしげだった。


 嫌いなものが、少し食べられる形になる。


 それは、食卓にとって大きい。


 俺は筆談板に書いた。


『今日は、しいたけの勝ちです』


 しいたけ部長は、渋く頷いた。


 ジャガイモ先輩はどっしり。

 ひき肉はすでに次の注文を取られている。

 パスタは衣として新しい立場を得た。

 ウリ坊は、コロッケのとげの残りを嬉しそうにつまんでいる。


 市場の空気は、少しだけ香ばしかった。


 その日の終わり。


 おかわり棚の横に、新しい札が増えた。


 嫌いなものは、小さくしてもいい。

 肉とチーズに助けてもらってもいい。

 まずは「いてもいい」から。


 しいたけ部長は、その札をしばらく眺めていた。


 そして、そっと自分の笠の陰に、小さなハリネズミコロッケのレシピカードを一枚隠した。


 たぶん、照れていた。


 俺は見なかったことにした。


 濃い顔で見守るのが仕事になりつつある俺にも、見ない優しさくらいはあるのだ。


 根菜だけど。

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