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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第二章

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18/41

第18話 苦味三兄弟が揃い踏みなのに子どもを泣かせないメニューなんて、ジャガイモとしいたけ巻き込んだぐらいじゃ、無理じゃね? 〜Shall we 無限ピーマン with にがうり〜

 おかわり棚ができてから、市場には妙な自信が芽生えていた。


 見られていない野菜にも出番がある。

 捨てる前に、もう一品。

 育てる前に、もう一度。


 いい言葉だ。


 とてもいい言葉だと思う。


 だが、いい言葉というものは、だいたい次の無茶振りを連れてくる。


「苦手野菜フェアをやるよ」


 ブロッコリーが言った。


 健康そうな顔で。


 朝一番から。


 最悪である。


 俺は筆談板を掲げた。


『帰っていいですか』


「まだ何も始まってないわよ」


 野蒜ちゃんが言った。


 始まる前から嫌なものは嫌だ。


 苦手野菜フェア。


 その響きだけで、子どもの泣き声が聞こえる気がする。


 そして案の定、ブロッコリーの背後には、本日の主役たちが並んでいた。


 ゴーヤ。


 濃い緑。

 ぼこぼこ。

 見るからに苦い。

 前回のカレーイベントで少し売れたせいか、今日は妙に偉そうだった。


 ピーマン。


 つやつやの緑。

 中は空洞。

 香りが青い。

 子どもに嫌われ慣れている顔をしている。


 そして、俺。


 マンドラゴラ。


 濃い顔。

 花冠。

 筆談板。

 苦味と滋味と悲鳴の危険性を持つ、試験流通中の根菜。


 終わっている。


 この三つを並べて、子どもを泣かせないメニューを作れというのか。


 無理では。


 いや、無理だろ。


「今回は、子ども審査が中心だ」


 ブロッコリーが続ける。


「条件は三つ」


 来た。


 いつものやつだ。


「泣かせないこと」


 重い。


「残されないこと」


 重い。


「食べ終わったあと、もう一口ならいける、と言わせること」


 重すぎる。


 ゴーヤがざわついた。


「苦味を恐れる者に、我らの真価は分からない」


 そう言っている顔だった。


 ピーマンは、少し斜に構えている。


「どうせ子どもは我々を嫌う。慣れている」


 そう言っている顔だった。


 慣れるな。


 悲しいだろ。


 俺は筆談板に書いた。


『この布陣、完全に泣かせに行っています』


「だからこその課題だよ」


 ブロッコリーが微笑む。


 腹黒い。


 今日も腹黒い。


「苦手を苦手のまま終わらせない。それも市場の仕事だ」


 正論。


 また正論。


 腹立つけど、少しだけいいことを言っている。


 ウリ坊が、三つの野菜を見比べた。


「おれ、食べる」


 反則。


 今日も反則。


 しかし、ウリ坊の表情にも少し緊張があった。


 ゴーヤ、ピーマン、マンドラゴラ。


 いくらウリ坊でも、無条件で笑顔とはいかないらしい。


 つまり、本当に難敵である。


      ◇


「ジャガイモを呼びましょう」


 エシャロットちゃんが即断した。


 さすがである。


 困った時のジャガイモ先輩。


 ほくほく。

 やさしい。

 受け止める。

 家庭の味方。


 さらに、野蒜ちゃんが言った。


「しいたけも欲しいわね」


 しいたけ部長。


 旨味。

 香り。

 焼けば強い。

 出汁でも強い。


 苦味三兄弟を、ジャガイモのやさしさとしいたけの旨味で包む作戦。


 理屈は分かる。


 だが、俺は筆談板に書いた。


『ジャガイモとしいたけを巻き込んだぐらいで、何とかなりますか』


「何とかするのよ」


 野蒜ちゃんが言った。


 強い。


 根拠はない。


 でも強い。


 しばらくして、ジャガイモ先輩の箱としいたけ部長がやってきた。


 ジャガイモ先輩はどっしり。


 しいたけ部長は渋い。


 ゴーヤとピーマンは、少しだけ身構えた。


 たぶん、定番側の圧を感じている。


「子どもに嫌われがちな者たちよ」


 しいたけ部長が、笠を揺らした。


「香りは、敵にも味方にもなる」


 渋い。


 急に料理漫画の師匠みたいなことを言い出した。


 ジャガイモ先輩は黙っている。


 だが、箱の中から重い気配がした。


「受け止めてやる」


 そう言っている顔だった。


 定番、頼もしすぎる。


      ◇


 試作一品目。


 にがにがポテト炒め


 名前からして駄目だった。


 ゴーヤとピーマンとマンドラゴラを細かく刻み、ジャガイモと炒める。


 しいたけも入れる。


 味付けは塩と少しの醤油。


 見た目は悪くない。


 緑、茶色、黄色。


 香りも悪くない。


 だが、ウリ坊が一口食べた瞬間、顔がきゅっと縮んだ。


「……大人の味」


 終わった。


 子どもが「大人の味」と言う時、それはだいたい負けである。


 試作二品目。


 苦味三兄弟のほくほく焼き


 ジャガイモを潰し、刻んだ三者を混ぜて焼く。


 しいたけの旨味も入れる。


 ウリ坊は食べた。


 少し黙った。


「……お水ほしい」


 負け。


 完全に負け。


 試作三品目。


 緑の根性おやき


 おやき生地で包んだ。


 味噌でかなり寄せた。


 ウリ坊は食べた。


 目を閉じた。


「……中で、みんながけんかしてる」


 名評。


 だが、負け。


 ゴーヤが苦味を主張し、ピーマンが青臭さを主張し、マンドラゴラが土っぽい滋味を主張する。


 それをジャガイモとしいたけが必死に仲裁しているが、間に合っていない。


 口の中が会議である。


 しかも荒れている。


「無理じゃない?」


 野蒜ちゃんが言った。


 言うな。


 俺が最初に思っていたことを言うな。


 エシャロットちゃんは、試食メモを見つめていた。


「問題は、三者を同格に扱っていることですわ」


 同格。


「ゴーヤもピーマンもマンドラゴラさんも、癖が強い。全員を主役にすると、口の中が渋滞します」


 口の中が渋滞。


 的確。


「なら、一人を主役にして、残りを小さくする?」


 野蒜ちゃんが聞く。


「いいえ」


 エシャロットちゃんは首を振った。


「逆です。全員を主役から降ろします」


 全員を。


 主役から。


 俺は筆談板に書いた。


『俺もですか』


「もちろんですわ」


 即答。


 少し傷ついた。


      ◇


 そこで出てきたのが、ピーマンだった。


 今まで少し斜に構えていたピーマンが、つやっと光った。


「私には、無限という道がある」


 そう言っている顔だった。


 無限。


 ピーマンで無限。


 市場中が、ざわついた。


 無限ピーマン。


 細切りにしたピーマンを、油と旨味で和えて、いくらでも食べられるようにする料理。


 子ども向けかどうかは家庭差がある。


 だが、方向性は強い。


「つまり、ピーマンを細く切って、油と旨味で包む?」


 野蒜ちゃんの目が光った。


「ゴーヤも薄くして、苦味を抜く。マンドラゴラはもっと細かく。しいたけは旨味。ジャガイモは……」


「潰して衣代わりにするのはどうでしょう」


 エシャロットちゃんが言った。


 衣。


 ジャガイモを細かく潰して、薄く焼き固める。


 その上に、無限ピーマン風の具をのせる。


 手で持てる。


 子どもも食べやすい。


 苦味三兄弟は、細かくして油と旨味で包む。


 ジャガイモは土台。


 しいたけは旨味。


 ピーマンは主役ではなく、リズム。


 ゴーヤは苦味のアクセント。


 マンドラゴラは、底にいる。


 また、いる根菜。


 悪くない。


 かなり悪くない。


 野蒜ちゃんが包丁を握った。


「やるわよ」


 看板を書くのは、もちろんエシャロットちゃん。


 Shall we 無限ピーマン with にがうり

 ジャガイモ台座にのせました

 しいたけの旨味入り

 マンドラゴラも、いる


 最後。


 俺はもう、いる枠が固定されてきた。


 だが、今回はそれでいい。


      ◇


 調理は、慎重だった。


 ゴーヤは薄く。


 塩もみして、水にさらす。


 苦味を残しすぎない。


 ピーマンは細く。


 青臭さが強く出ないよう、油で軽く炒める。


 マンドラゴラはもっと細かく。


 いつもの下処理をしてから、しいたけと一緒に炒める。


 しいたけの香りが立つ。


 そこへピーマン。


 ゴーヤ。


 少しの醤油。

 少しの甘み。

 香ばしい油。

 ごま。


 香りが変わった。


 苦手野菜の匂いではない。


 惣菜の匂いだ。


 ごはんが欲しくなる匂い。


 ジャガイモは蒸して潰し、薄い小判型にして鉄板で焼く。


 表面はカリッと。

 中はほくっと。


 その上に、無限ピーマン with にがうりを少しのせる。


 最後に、細かく刻んだ昼咲月見草……ではない。


 さすがに花はのせない。


 かわりに、チーズをほんの少し。


 ずるい。


 チーズはずるい。


 でも、子どもを泣かせないためなら、使えるものは使う。


 完成したそれは、小さな緑の惣菜ピザみたいだった。


 ジャガイモの台座。


 上には細切りピーマンとゴーヤ。


 しいたけの香り。


 マンドラゴラは見えない。


 だが、いる。


「試食」


 ブロッコリーが言った。


 なぜお前が仕切る。


 ウリ坊が、真剣な顔で一つ持った。


 ふうふう。


 ぱく。


 全員が見守る。


 ゴーヤが震える。

 ピーマンがつやつやする。

 ジャガイモ先輩はどっしり。

 しいたけ部長は渋い。

 俺は筆談板を握る。


 ウリ坊は、もぐもぐした。


 少し眉を寄せる。


 まずいか。


 苦いか。


 泣くか。


 だが、ウリ坊は飲み込んだあと、こう言った。


「……もう一口なら、いける」


 市場が静まり返った。


 条件。


 達成。


 ブロッコリーが、ゆっくり頷いた。


「合格だね」


 勝った。


 泣かなかった。


 残さなかった。


 もう一口ならいけると言った。


 完全勝利ではない。


 でも、苦手野菜フェアとしては、かなり大きい勝利だった。


「おいしい?」


 野蒜ちゃんが聞く。


 ウリ坊は真剣に考えた。


「すっごくおいしい、じゃない」


 正直。


 いつもの反則とは違う、かなり正直な言葉。


「でも、ちょっと大人になった気がする」


 市場中が、少しだけ止まった。


 ゴーヤが揺れた。


 ピーマンがつやっと光った。


 ジャガイモ先輩の箱が、重く誇らしげになる。


 しいたけ部長が笠を伏せた。


 俺は筆談板に、ゆっくり書いた。


『それは、かなりいい評価です』


 ウリ坊は笑った。


「うん。もう一個、半分なら食べる」


 半分。


 いい。


 それでいい。


 苦手野菜が、いきなり大好物になる必要はない。


 泣かずに食べる。

 少しだけ誇らしくなる。

 もう一口ならいける。


 それは、食卓にとってかなり大きい。


      ◇


 振る舞いが始まった。


 子どもたちは最初、警戒した。


 当然だ。


 看板にはピーマン。

 ゴーヤ。

 マンドラゴラ。


 苦手野菜の三重結界である。


 だが、ジャガイモ台座が効いた。


 手で持てる。

 見た目が軽い。

 チーズが少しのっている。

 しいたけの香りがうまそう。

 ピーマンもゴーヤも細い。

 マンドラゴラは、いるけど見えにくい。


 子どもが一口食べる。


 顔をしかめる。


 でも、泣かない。


「にがい」

「でも食べられる」

「じゃがいもがいる」

「チーズのところ好き」

「もう一口ならいける」


 勝った。


 何度も勝った。


 完全勝利ではない。


 だが、何度も小さく勝った。


 大人たちは笑った。


「これ、弁当にいいかも」

「ピーマンだけより食べやすい」

「ゴーヤ余ったらこれだな」

「マンドラゴラ、また隠し味になってる」

「しいたけ入ると強いね」


 しいたけ部長が渋く頷く。


 強い。


 ジャガイモ先輩は、相変わらずどっしり。


 ピーマンは少しだけ誇らしげだった。


 ゴーヤは不満そうだったが、売り場の端で子どもが「ちょっと大人味」と言った瞬間、黙った。


 効いたらしい。


 苦味は、嫌われるだけではない。


 ちょっと大人になった気がする味。


 そういう席もある。


 ブロッコリーが言った。


「今日の成果は大きいね」


 褒めるな。


 怖い。


「苦手野菜を、好きに変える必要はない。泣かずに向き合える形にする。それが家庭料理では大切だ」


 今日の正論は、珍しく腹に落ちた。


 苦手は、いきなり好きにならない。


 でも、形を変えれば、少しだけ近づける。


 ピーマンも。

 ゴーヤも。

 マンドラゴラも。


 俺は筆談板に書いた。


『もう一口ならいける野菜』


 野蒜ちゃんが笑った。


「指定野菜候補としては、だいぶ低い目標ね」


 低い。


 でも、最初の一歩としては悪くない。


      ◇


 夕方。


 イベントは無事に終わった。


 泣いた子どもは、いなかった。


 正確には、一人だけ泣いた。


 ただし理由は、最後の一個を兄に食べられたからだった。


 味ではない。


 だから、勝ちである。


 市場評議会の記録にも、そう書かれた。


 苦味による泣き、ゼロ。

 取り合いによる泣き、一。

 販売上はむしろ好材料。


 好材料にするな。


 兄弟げんかだぞ。


 ホネ丸が、からんと帳面を閉じる。


「本日の記録。苦手野菜フェア、成功。メニュー名、Shall we 無限ピーマン with にがうり。子ども反応、やや渋いが良好。備考、マンドラゴラは見えない時にもいる」


 見えない時にもいる。


 なんだか、ちょっと怖い。


 W.H.O.ポスターと合わさると、完全に監視根菜である。


 ウリ坊が、最後の半分を食べながら言った。


「一番根、今日のやつ、すきじゃないけど、また食べてもいい」


 俺は固まった。


 すきじゃない。


 でも、また食べてもいい。


 苦手野菜にとって、それ以上の褒め言葉があるだろうか。


 いや、たぶんない。


 俺は筆談板に書いた。


『ありがとう』


 ウリ坊は、ちょっと得意げに笑った。


「おれ、ちょっと大人だから」


 反則。


 本日最大の反則。


 その夜。


 市場の新しい札が、おかわり棚の横に追加された。


 苦手でも、半分なら勝ち。

 もう一口なら、大勝利。


 それを見たピーマンが、少しだけ胸を張ったように見えた。


 ゴーヤも、苦そうな顔のまま誇らしげだった。


 ジャガイモ先輩はどっしり。


 しいたけ部長は渋い。


 俺は、花冠をつけたまま筆談板を掲げる。


『次は、一口目から笑わせます』


 ブロッコリーが健康そうに笑った。


「それは次の課題にしよう」


 しまった。


 自分で課題を増やしてしまった。


 市場の夜風が、昼咲月見草を揺らす。


 苦手野菜フェアは終わった。


 でも、ピーマンとゴーヤとマンドラゴラは、少しだけ子どもたちの食卓に近づいた。


 泣かせない。


 残させない。


 好きじゃなくても、また食べてもいい。


 指定野菜への道は、案外そういうところから始まるのかもしれない。


 根菜だけど、そう思った。

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