第17話 真犯人はブロッコリーではなかった そして事件は起きた。【後編】――棚をいただく者たち
市場中のW.H.O.ポスターが、床に落ちていた。
花冠をつけた俺の濃い顔。
腕組み。
鍋を見守る姿。
マンドラゴラが見ていますの文字。
それらが、べりべりに剥がれ、石畳の上に散らばっている。
そして、その裏。
細い緑の根のようなもので書かれた文字。
次は、棚そのものをいただく。
市場中が沈黙した。
豆苗のトレイが、再生野菜コーナーでざわざわ揺れている。
細い。
緑。
光を求めて伸びる。
一度切られても、また伸びる。
再生野菜。
敵に回すと、地味にしぶとそうな連中だった。
「豆苗……」
エシャロットちゃんが低く呟いた。
「まさか、再生野菜勢が動くとは思いませんでしたわ」
勢。
また勢力が増えた。
野菜界、派閥が多すぎる。
ブロッコリーが、真面目な顔で豆苗のトレイを見た。
「姿を見せてもらおうか」
健康そうな声。
だが、いつもの腹黒い余裕は薄い。
再生野菜コーナーの奥で、豆苗たちがざわめいた。
やがて、ひときわ長く伸びた一本が、すっと前へ出る。
細い茎。
小さな葉。
ひょろっとしているのに、妙に目つきが鋭い。
いや、目はない。
でも鋭い。
「見られるのは、そちらだけではないと言いました」
声は聞こえない。
でも、絶対そう言っている顔だった。
俺は筆談板を構えた。
『あなたがポスターを剥がしたんですか』
豆苗は、すっと葉を揺らした。
「はい」
認めた。
早い。
市場がざわつく。
ウリ坊が俺の横で息を呑んだ。
「一番根のポスター、どうして?」
豆苗は、少しだけしおれたように見えた。
「眩しかったからです」
眩しい。
理由が思っていたより生活感あった。
豆苗は続ける。
「市場の入口にも、柱にも、棚にも、壁にも、あの濃い顔。どこを向いても、あの濃い顔。しかも、私たちの再生野菜コーナーの横にまで貼られた」
全員が、床に落ちた俺のポスターを見る。
濃い。
たしかに濃い。
花冠で和らげているつもりだったが、濃いものは濃い。
「光を求めて伸びれば、濃い顔。水を吸おうとすれば、濃い顔。二度目の収穫を待っていれば、濃い顔」
やめろ。
言えば言うほど、俺が悪いみたいになる。
「しかも、誰も私たちを見ない」
豆苗の声なき声は、そこで少しだけ細くなった。
「一度切られて、もう一度伸びているのに。水だけで頑張っているのに。食卓に二回目の希望を届けているのに。見られるのは、濃い顔のマンドラゴラばかり」
重い。
再生野菜の嫉妬、重い。
俺は筆談板に書いた。
『濃い顔は俺の意思ではありません』
「そこは論点じゃないわよ」
野蒜ちゃんが言った。
はい。
「では、ジャガイモを青くしたのも、あなた方ですの?」
エシャロットちゃんが鋭く聞いた。
豆苗たちが一斉に揺れる。
「違います」
即答だった。
ブロッコリーが目を細める。
「では、なぜ貯蔵庫の窓板のそばに、君たちの破片が落ちていた?」
豆苗は、葉を伏せるように揺れた。
「剥がしたんです」
「窓板を?」
「いいえ。ポスターを」
ポスター。
全員が顔を見合わせた。
豆苗は、細い茎を古い貯蔵庫の壁の方へ伸ばした。
そこには、落ちたポスターの跡がある。
そして、その下から、古びた木札が現れていた。
俺は近づいて、文字を読む。
かなり薄れている。
だが、読めた。
貯蔵庫窓板ゆるみあり
ジャガイモ保管中につき、光入れるべからず
修理予定
市場が、再び静まり返った。
俺は筆談板を握りしめた。
『この注意書き、ポスターで隠れてたんですか』
エシャロットちゃんが、気まずそうに視線を逸らした。
「……W.H.O.ポスターを貼った時に、確認不足だったかもしれませんわ」
野蒜ちゃんも口をへの字にした。
「市場の人たちも浮かれてたしね。濃い顔が見てるって、やたら貼りたがってたから」
濃い顔。
俺のせいなのか。
いや、俺だけのせいではない。
だが、俺の顔が関係している。
非常に嫌な形で。
豆苗は言った。
「私たちは、最初、ただ剥がしただけです。見えるようにしたかった。自分たちも、あの注意書きも。けれど、誰も気づかなかった」
「だから、あんな脅迫文を書いたの?」
野蒜ちゃんが尋ねる。
豆苗は、少し得意げに葉を揺らした。
「棚をいただく、と書けば、さすがに見てもらえると思いました」
発想が劇場型。
再生野菜、意外と承認欲求が強い。
ホネ丸が、からんと音を立てて帳面を閉じた。
「結論」
市場中が彼を見る。
「ポスター剥落事件の実行犯は豆苗。動機は日照不足、注目不足、および濃い顔疲れ」
濃い顔疲れ。
やめろ。
「ジャガイモ緑化事件の直接原因は、貯蔵庫窓板のゆるみと注意札の隠蔽。管理不備。豆苗の破片は、注意札を露出させるためのポスター剥がしによるもの」
有能。
ほねほねコボルト、捜査までできる。
「ブロッコリーは?」
俺は筆談板に書いた。
ホネ丸が俺を見た。
「腹黒いが、今回の犯人ではない」
市場が少しざわついた。
ブロッコリーは静かに目を閉じた。
「腹黒いは確定なんだね」
はい。
そこは確定でいいと思う。
◇
真犯人。
それは、ブロッコリーではなかった。
豆苗でも半分だけだった。
本当の原因は、もっと地味だった。
古い貯蔵庫の管理不足。
浮かれて貼りすぎたW.H.O.ポスター。
見られなかった注意書き。
見てもらえなかった再生野菜。
事件としては、かなり生活感がある。
だが、青くなったジャガイモたちは戻らない。
食べることはできない。
ウリ坊が、別箱に分けられたジャガイモたちを見つめている。
「この子たち、もう売れないんだよね」
オーク農家が頷いた。
「食用にはできねえな」
「じゃあ、捨てちゃうの?」
その言葉に、ジャガイモ先輩の箱が重く沈んだ。
俺も、何も書けなかった。
指定野菜になりたい俺が言うのも変だが、食べられない野菜を見るのは、思ったよりつらい。
その時、ブロッコリーが口を開いた。
「捨てる必要はないよ」
全員が彼を見た。
「状態を見て、使えるものは種芋に回せる。畑に戻すんだ。食卓には行けなくても、次の食卓につながる道はある」
ウリ坊の顔が、ぱっと明るくなる。
「また生える?」
「うん。ちゃんと管理すればね」
ブロッコリーは、豆苗の方を見た。
「そして、再生野菜コーナーも見直そう。光が必要なものには光を。暗さが必要なものには暗さを。売り場は、見栄えだけでなく、生き物としての都合も考えないといけない」
正論。
今日の正論は、あまり腹が立たなかった。
豆苗たちが、少しだけ揺れた。
「棚をいただくと言ったな」
ブロッコリーが言う。
豆苗が身構える。
だが、ブロッコリーは穏やかだった。
「いただくのではなく、割り当てよう。市場の棚は、奪うものではなく、育てるものだからね」
うわ。
腹黒いのに、いいことを言った。
ずるい。
高麗人参が遠くで悔しそうにしている。
たぶん、いいことを言われて悔しいのだろう。
◇
その日の午後。
市場に、新しい棚が作られた。
名前は、
おかわり棚
豆苗たちのための、光と水がちゃんと届く小さな棚。
再生できる野菜を並べる場所。
使い切れなかった野菜の活用法を紹介する場所。
隣には、別の木箱。
畑へ帰る箱
食べられなくなったジャガイモのうち、種芋に回せるものを入れる箱。
ウリ坊は、その箱に青くなったジャガイモをそっと入れていた。
「またね」
反則。
今日いちばんの反則。
ジャガイモ先輩の箱から、静かな気配がした。
さみしそうではなかった。
少なくとも、さっきよりは。
俺は筆談板に書いた。
『定番は、終わり方も強いですね』
ジャガイモ先輩は黙っていた。
でも、たぶんこう言っている顔だった。
「土に戻るのも、仕事だ」
重い。
定番野菜、格が違う。
その横で、豆苗たちは新しい棚に移された。
日が当たる。
水もある。
けれど、強すぎない。
ちゃんと見える。
豆苗が、少し誇らしげに伸びる。
「これで、私たちも見られます」
そう言っている顔だった。
俺は筆談板に書いた。
『ポスターを剥がす前に言ってください』
「言っても聞かれないと思いました」
『濃い顔に負けないでください』
「それは難しいです」
おい。
◇
事件の締めとして、野蒜ちゃんが提案したのは、やはり料理だった。
「せっかくだし、ジャガイモと豆苗とマンドラゴラで何か作ろう」
また混ぜる。
市場の問題は、だいたい鍋か油か鉄板で解決される。
今回は、青くなったジャガイモではなく、無事だったジャガイモを使う。
蒸して潰す。
マンドラゴラは細かく刻んで炒める。
豆苗は最後にさっと混ぜる。
チーズも少し。
丸めて焼く。
揚げない。
鉄板で、こんがり焼く。
名前は、ウリ坊がつけた。
「おかわりポテまる!」
かわいい。
意味も分かる。
豆苗が再生。
ジャガイモが定番。
マンドラゴラがいる根菜。
丸くして焼く。
おかわりポテまる。
今回は、誰も反対しなかった。
焼き上がったそれを、ウリ坊が食べる。
ふうふう。
ぱく。
目が丸くなる。
「ほくほくで、ちょっとしゃきしゃき!」
豆苗が揺れる。
「一番根もいる!」
俺も揺れる。
「おかわりしたい!」
勝った。
それはもう、料理名としても勝った。
おかわりポテまる。
子どもが「おかわりしたい」と言ったら、それは完全勝利である。
客たちにも配ると、評判はよかった。
「豆苗いいね」
「余ったジャガイモでできそう」
「マンドラゴラ、少し入れると味が深い」
「子どもが食べるならこれいいかも」
「おかわり棚、便利だな」
売り場が変わる。
料理が生まれる。
見られなかった野菜が、見られるようになる。
さみしそうだったジャガイモが、次の畑へ帰る。
豆苗が棚を得る。
そして俺は、なぜかその真ん中で花冠をつけている。
濃い顔で。
見守っている。
◇
夕方。
新しいW.H.O.ポスターが貼られた。
前のものとは、少し違う。
俺の濃い顔は、少し小さくなっていた。
その横に、ジャガイモ先輩。
豆苗。
ウリ坊。
昼咲月見草。
そして、なぜかホネ丸。
文字はこうだ。
W.H.O.市場運動
見られていない野菜にも、出番があります
捨てる前に、もう一品。育てる前に、もう一度。
まとも。
驚くほどまとも。
俺は、しばらくそのポスターを見上げていた。
最初のW.H.O.は、濃い顔が見てるだけだった。
でも、今度は違う。
俺だけが見ているのではない。
ジャガイモも、豆苗も、棚も、客も、みんなが見ている。
見られない寂しさ。
見られすぎる迷惑。
見落とされた注意書き。
見直された棚。
全部まとめて、今回の事件だったのだ。
たぶん。
いや、絶対。
ブロッコリーが、隣に立った。
「良い事件だったね」
よくはない。
ジャガイモは青くなったし、ポスターは落ちたし、俺は一瞬本気でブロッコリーを犯人扱いした。
俺は筆談板に書いた。
『あなたは怪しすぎます』
「それは今後の課題だね」
絶対直す気がない。
高麗人参が遠くで、今日も悔しそうにこちらを見ている。
だが、今日は少しだけ羨ましそうでもあった。
豆苗は、新しい棚で光を浴びている。
ジャガイモ先輩は、相変わらずどっしりしている。
ウリ坊は、おかわりポテまるを両手で持って笑っていた。
「一番根!」
ウリ坊が言う。
「事件、解決したね!」
俺は筆談板に書いた。
『解決しました』
「一番根、探偵みたいだった!」
探偵。
濃い顔で、花冠で、筆談板を持った根菜探偵。
字面が最悪だ。
でも、悪くない。
少しだけ、そう思ってしまった。
その夜。
市場の片隅で、ホネ丸が事件記録を読み上げた。
「ジャガイモ緑化事件およびW.H.O.ポスター剥落事件。原因は管理不備、過剰掲示、再生野菜の承認要求。解決策として、おかわり棚および畑へ帰る箱を設置。副産物として、おかわりポテまる誕生」
からん、と骨みたいな音。
「備考。ブロッコリーは腹黒いが、今回は白」
ブロッコリーが少しだけ困った顔をした。
白いと言われたカリフラワー先輩が、なぜか微笑んだ。
俺は筆談板に、今日最後の言葉を書いた。
『じゃあ、次こそ黒幕を暴きます』
ブロッコリーが健康そうに笑った。
「楽しみにしているよ」
やっぱり怪しい。
事件は解決した。
だが、俺の中のブロッコリー容疑は、まだ完全には晴れていない。
それでも、市場には新しい棚ができた。
ジャガイモは畑へ帰る道を得た。
豆苗は見てもらえる場所を得た。
マンドラゴラは、また一つ、食卓に近づいた。
そして翌朝。
おかわり棚の前には、小さな子どもたちが集まっていた。
「これ、また伸びるの?」
「おもしろい!」
「おかわりポテまる食べたい!」
「マンドラゴラ探偵、いる?」
俺は売り場の端から、筆談板を掲げた。
『見ています』
子どもたちは笑った。
今度の「見ています」は、少しだけ嫌じゃなかった。




