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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第二章

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第16話 ブロッコリーが腹黒すぎて怪しいから真犯人? そして事件は起きた。【中編】

 古い貯蔵庫の扉が、ぎい、と開いた。


 市場中の空気が止まる。


 ごろ。


 ごろごろ。


 ごろごろごろごろ。


 闇の奥から、ジャガイモが転がってくる。


 一個。

 二個。

 三個。

 いや、多い。


 多すぎる。


 まるで、貯蔵庫の中で誰かが袋ごとひっくり返したみたいに、ジャガイモたちが石畳の上へ流れ出してきた。


 俺は筆談板を握りしめた。


『これは事件です』


「事件だね」


 ブロッコリーが言った。


 いつの間にか、すぐそばにいた。


 健康そうな緑。


 落ち着いた声。


 そして、普段なら腹黒い笑みの一つも浮かべていそうな顔。


 だが、今は違った。


 真面目だった。


 それが逆に怪しい。


 俺は筆談板に書いた。


『まず容疑者を確認しましょう』


「早いわね」


 野蒜ちゃんが言った。


 早いに決まっている。


 市場でジャガイモが勝手に転がり、古い貯蔵庫が開いたのだ。


 このまま「不思議だね」で済ませたら、次はカボチャが歌い出すかもしれない。


「容疑者って、誰?」


 ウリ坊が不安そうに聞く。


 俺は、ゆっくりと筆談板を掲げた。


『ブロッコリー』


 市場が静まり返った。


 ブロッコリーが、少しだけ目を細めた。


「なぜかな?」


 なぜ。


 なぜだと。


 俺は筆談板に力強く書いた。


『腹黒いからです』


「理由が雑!」


 野蒜ちゃんが叫んだ。


 いや、かなり重要な理由だろ。


 これまでのブロッコリーの所業を思い返してほしい。


 カリフラワー先輩と俺を戦わせた。

 収穫祭で毎回課題を出した。

 山菜も、きのこも、花卉勢も、全部いい感じに煽った。

 正論で畑に埋めてくる。

 しかも、何をしても健康そう。


 怪しい。


 圧倒的に怪しい。


 高麗人参が遠くから頷いている。


 お前はお前で、ブロッコリーを疑いたいだけだろう。


「マンドラゴラ君」


 ブロッコリーは穏やかに言った。


「疑うことは大切だ。だが、根拠が『腹黒いから』だけでは、売り場の信頼は得られない」


 正論。


 事件現場でも正論。


 腹立つ。


 俺は筆談板に書いた。


『では証拠を探します』


「うん。そうしよう」


 ブロッコリーが頷いた。


 協力的。


 ますます怪しい。


      ◇


 青果市場臨時捜査本部が設置された。


 場所は、古い貯蔵庫の前。


 机は古い、木のみかん箱。


 椅子はなし。


 捜査員は、俺、野蒜ちゃん、エシャロットちゃん、ウリ坊、ホネ丸。


 そして、なぜかブロッコリー。


「容疑者が捜査本部にいるの、変じゃない?」


 野蒜ちゃんが言った。


 俺もそう思う。


 ブロッコリーは落ち着いていた。


「疑われているからこそ、透明性を保つべきだね」


 透明性。


 野菜が言うと妙に腹が立つ。


 ホネ丸が、からん、と骨っぽい音を立てて帳面を開いた。


「現場確認を始める。第一発見者は?」


 全員が俺を見た。


 俺は筆談板に書いた。


『ジャガイモがさみしそうに見えたので話しかけました』


「第一発見者、マンドラゴラ。供述、やや情緒的」


 やや。


 かなり情緒的では?


「次に、転がったジャガイモを追って、貯蔵庫の扉が開いた」


 ホネ丸が続ける。


「扉は施錠されていたのか?」


 オーク農家が首を振った。


「古い貯蔵庫だからな。普段は使ってないが、鍵は壊れてる」


 壊れてるんだ。


 市場管理、大丈夫か。


 エシャロットちゃんが、流れ出てきたジャガイモを一つ手に取った。


「これは……少し青くなっていますわ」


 青い。


 よく見ると、転がってきたジャガイモのいくつかは皮がうっすら緑がかっていた。


 芽も出かけている。


 ジャガイモ先輩の箱が、重く沈黙した。


「青くなったジャガイモは食べちゃ駄目だよね?」


 ウリ坊が言った。


 偉い。


 よく知っている。


 青くなったジャガイモや芽は危険。


 これは市場の子どもでも知っている常識らしい。


 つまり、この貯蔵庫にいたジャガイモたちは、売り場に出せない。


 置き去り。


 取り残され。


 忘れられたジャガイモ。


 急に話が重い。


 俺は筆談板に書いた。


『さみしそうだった理由、これですか』


 誰もすぐには答えなかった。


 ブロッコリーだけが、貯蔵庫の闇をじっと見ている。


 怪しい。


 真面目な顔が、怪しい。


「この青さ」


 エシャロットちゃんが呟いた。


「光に当たった可能性がありますわね」


「古い貯蔵庫なのに?」


 野蒜ちゃんが眉をひそめる。


 貯蔵庫は、本来なら暗いはずだ。


 なのに、ジャガイモが青くなっている。


 誰かが光を入れた?


 あるいは、誰かが移した?


 ホネ丸が帳面に書き込む。


「証拠一。貯蔵庫内のジャガイモに緑化。保管状態の異常」


 俺は、ゆっくりブロッコリーを見た。


 緑。


 ジャガイモも緑。


 ブロッコリーも緑。


 つながった。


 俺は筆談板に書いた。


『犯人は緑です』


「雑!」


 野蒜ちゃんがまた叫んだ。


 いや、今回は証拠がある。


 青くなったジャガイモ。

 緑のブロッコリー。

 緑黄色野菜の王者。

 健康そうな顔。


 どう見ても怪しい。


「マンドラゴラ君」


 ブロッコリーが静かに言った。


「緑は罪ではないよ」


 名言っぽく言うな。


      ◇


 貯蔵庫の中は、思ったより広かった。


 古い木棚。

 割れた籠。

 湿気。

 土埃。

 少し甘くて、少し嫌な匂い。


 ジャガイモの芽の匂い。


 棚の奥には、小さな窓があった。


 本来は板で塞がれていたらしい。


 だが、その板が少しずれている。


 そこから、細い光が差し込んでいた。


「誰かが動かした?」


 野蒜ちゃんが窓を見上げた。


 ウリ坊が手を伸ばす。


「おれ、届かない」


 かわいい。


 届かなくていい。


 ホネ丸が、からんと背伸びした。


 骨みたいな音がするだけで、あまり高さは増えなかった。


 エシャロットちゃんが、棚の下を見つけた。


「足跡がありますわ」


 足跡。


 全員が集まる。


 土埃の上に、細い跡が残っていた。


 人間ではない。


 オークでもない。


 コボルトでもない。


 細く、枝分かれしたような跡。


 まるで、小さな根が歩いたような。


 全員が俺を見た。


 やめろ。


 俺じゃない。


 俺は筆談板を掲げた。


『俺ではありません』


「まだ何も言ってないわよ」


 野蒜ちゃんが言った。


 言っている顔だった。


 全員言っている顔だった。


 ホネ丸が足跡を調べる。


「根菜系の歩行痕。しかしマンドラゴラより細い。高麗人参より短い。大根より軽い」


 配送ギルド、足跡まで分かるのか。


 有能すぎる。


 その時、貯蔵庫の外から声がした。


「何やら騒がしいですね」


 高麗人参だった。


 高級そうな木箱に入ったまま、二体のオークに運ばれてきている。


 お前、自分で歩け。


 いや、高級根菜様だから歩かないのか。


 俺は筆談板に書いた。


『根菜系の足跡が見つかりました』


 高麗人参の根が、ぴくりと震えた。


「我々を疑うつもりか?」


 そう言っている顔だった。


 俺は続けて書く。


『高麗人参より短いそうです』


 高麗人参は少し誇らしげになった。


 そこは誇るところなのか。


 エシャロットちゃんが足跡を見つめる。


「細く、軽く、根のように枝分かれ……」


 野蒜ちゃんが、はっとした。


「もやし?」


 市場が静まり返った。


 もやし。


 細い。

 白い。

 軽い。

 根っぽい。

 安い。

 増える。

 足が速い。


 いや、足が速いは日持ちの話だ。


 しかし、ありえる。


 古い貯蔵庫に光を入れ、ジャガイモを青くする。

 目立つマンドラゴラとジャガイモの合同販売の日に事件を起こす。

 根菜のような足跡を残す。


 もやし。


 なぜ?


「もやしは、暗いところで育つでしょう?」


 エシャロットちゃんが言う。


「光を嫌う側ですわ。わざわざ貯蔵庫に光を入れる理由が薄いです」


 なるほど。


 容疑者から外れた。


 もやし、無罪。


 まだ出てきてもいないのに。


 ブロッコリーが窓の板を見ていた。


「この板、外側から押された跡がある」


 全員が固まる。


 ブロッコリーは続ける。


「内側からではない。外から光を入れた誰かがいる」


 有能。


 怪しいのに有能。


 俺は筆談板に書いた。


『犯人が現場に詳しすぎます』


「それはボクのことかな?」


『はい』


「正直だね」


 ブロッコリーは少し笑った。


 笑うな。


 腹黒さが増す。


      ◇


 捜査はいったん市場の表へ戻った。


 青いジャガイモたちは、食用不可として別箱に避けられた。


 ウリ坊が心配そうに覗き込む。


「この子たち、もう食べられないの?」


 オーク農家が頷いた。


「食べるのは駄目だな」


「じゃあ、どうなるの?」


 重い。


 子どもの質問が重い。


 ジャガイモ先輩の箱が、静かに沈んでいる。


 エシャロットちゃんが、少し考えて言った。


「種芋に回せるものは、畑へ戻すことになると思いますわ」


「畑?」


 ウリ坊の顔が少し明るくなる。


「また生える?」


「全部ではありませんけれど、可能性はあります」


 ウリ坊は、ほっとしたように笑った。


 反則。


 事件中でも反則。


 俺も少し救われた。


 食べられなくなったから終わりではない。


 畑へ戻る道もある。


 ジャガイモは強い。


 定番は、やっぱり強い。


 その時だった。


 市場の中央で、ブロッコリーが声を上げた。


「皆、少し聞いてほしい」


 全員が振り返る。


 ブロッコリーは、青いジャガイモの箱の前に立っていた。


 緑の野菜が、緑になったジャガイモの前に立っている。


 怪しい。


 絵面が怪しい。


「今回の件は、ただの保管ミスではない可能性がある」


 ブロッコリーの声は落ち着いていた。


「古い貯蔵庫の板は、外からずらされていた。ジャガイモは光を浴び、青くなった。そして、事件が起きたのはマンドラゴラとジャガイモの合同販売が注目を集めた直後だ」


 みんな黙って聞いている。


「つまり」


 ブロッコリーは続けた。


「犯人は、ジャガイモを傷つけることで、定番野菜と新顔野菜の連携を壊そうとした可能性がある」


 重い。


 急に青果市場ミステリーが本格化した。


 高麗人参が目を細める。


 しいたけ部長が笠を傾ける。


 タラの芽が棘を震わせる。


 薔薇まで花弁を止めた。


 俺は筆談板に書いた。


『つまり、誰が得をしますか』


 ブロッコリーがこちらを見る。


 健康そうな目。


 腹黒いかもしれない目。


「それを考えるのが大切だね」


 答えろ。


 自分で言ったなら答えろ。


 野蒜ちゃんが腕を組んだ。


「マンドラゴラとジャガイモが組むと困る相手?」


 エシャロットちゃんが指を折る。


「根菜系の競合。試験流通に反対している者。定番野菜の地位が揺らぐと思っている者。あるいは、マンドラゴラさんを危険な野菜に戻したい者」


 多い。


 容疑者が多い。


 高麗人参が咳払いをした。


 いかにも怪しい。


 だが、高麗人参がやるなら、もっと高級に嫌がらせしそうだ。


 タラの芽はカマドウマを使った前科がある。


 怪しい。


 でも、ジャガイモを青くする動機は薄い。


 しいたけ部長は湿気の管理なら得意そうだ。


 しかし光は領分ではない。


 薔薇は華やかさで殴るタイプ。


 古い貯蔵庫で地味な嫌がらせをするだろうか。


 そしてブロッコリー。


 黒幕。


 正論。


 全体を動かすのがうますぎる。


 動機もある。


 マンドラゴラが育ちすぎると、野菜売り場の勢力図が変わる。


 ただし、ブロッコリーは自分で事件を起こすより、誰かを課題に誘導するタイプだ。


 やっぱり怪しい。


 俺は筆談板に書いた。


『やっぱりブロッコリーが怪しい』


「戻った!」


 野蒜ちゃんが叫んだ。


 ブロッコリーは苦笑した。


「疑われるのは仕方ないね。ボクは盤面を見る立場だから」


 盤面。


 自分で言うな。


 腹黒い。


 そこへ、ホネ丸がからんと音を立てて現れた。


 手には、小さなものを持っている。


「窓の外で見つけた」


 それは、細い緑の破片だった。


 葉のような。


 茎のような。


 野菜の一部。


 俺はブロッコリーを見た。


 緑。


 破片も緑。


 決まったか?


 ホネ丸が言う。


「ブロッコリーではない」


 違った。


 早い。


 俺の推理、即死。


「これは……」


 エシャロットちゃんが、破片を指先で持ち上げる。


 野蒜ちゃんの顔色が変わった。


「豆苗?」


 豆苗。


 新容疑者。


 たしかに緑。

 細い。

 伸びる。

 窓の外から板に届きそう。

 光が好きそう。

 再生栽培されがち。


 市場中がざわついた。


 その瞬間。


 青果売り場の奥。


 再生野菜コーナーの方から、ぱき、と小さな音がした。


 全員が振り返る。


 豆苗のトレイが、揺れていた。


 細い緑の芽が、いっせいにこちらを向く。


 向くな。


 顔はないだろ。


 だが、間違いなく向いた。


 そして、次の瞬間。


 市場中のW.H.O.ポスターが、一斉にべりっと剥がれ落ちた。


 俺の濃い顔が。


 花冠つきの見守りポスターが。


 市場の壁から、床へ落ちていく。


 子どもたちが悲鳴を上げる。


 ウリ坊が叫んだ。


「一番根のポスターが!」


 事件である。


 完全に事件である。


 ジャガイモ緑化事件に続き、W.H.O.ポスター剥落事件。


 俺は筆談板に、震える根で書いた。


『第二の事件です』


 ブロッコリーの健康そうな顔から、ついに笑みが消えた。


 豆苗のトレイが、かすかに揺れる。


 細い緑が、ざわざわと伸びる。


 そして再生野菜コーナーの暗がりから、誰かの声がした。


「見られるのは、そちらだけではないですよ」


 市場中が凍りついた。


 俺は、濃い顔のポスターが落ちた床を見た。


 その裏に、細い緑の根で書かれた文字があった。


 次は、棚そのものをいただく。


 根菜でも、山菜でも、きのこでも、花でもない。


 再生野菜。


 豆苗。


 事件は、まだ終わっていなかった。

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