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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第二章

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15/41

第15話 ジャガイモがさみしそうにこちらを見ている そして事件は起きた。【前編】

 市場に、俺のポスターが貼られた翌日。


 客足は、明らかに増えていた。


 W.H.O.認定

 マンドラゴラが見ています

 野菜を残さず、おいしく食べましょう


 市場入口。

 青果売り場の柱。

 試食台の横。

 なぜか魚屋の壁。


 どこを見ても、昼咲月見草の花冠をつけた、濃い顔の俺が腕組みをしていた。


 やめろ。


 俺は指定野菜を目指す根菜であって、市場の監視員ではない。


「一番根、人気者!」


 ウリ坊が嬉しそうに言った。


 反則。


 その言い方をされると、少しだけ許してしまう。


 実際、子どもたちはポスターの前で笑っていた。


「マンドラゴラが見てる!」

「野菜残せない!」

「顔こわい!」

「でも花かわいい!」


 最後の子。


 ありがとう。


 少しだけ救われた。


 その日は、いる根菜カレーの反響もあって、試験流通用のマンドラゴラはわりと順調に売れていた。


 くるくる用。

 おやき用。

 味噌むすび用。

 カレー用。


 いつの間にか用途札が増えすぎて、俺の売り場だけ小さな献立表みたいになっている。


 指定野菜への道は、確実に進んでいる。


 そう思っていた。


 思っていたのだが。


 隣の箱から、妙な視線を感じた。


 いや、視線というのは変かもしれない。


 相手はジャガイモである。


 目はない。


 でも、ある。


 芽はある。


 ……いや、そういう話でもない。


 とにかく、見られていた。


 ジャガイモが、さみしそうにこちらを見ている。


 山積みの箱の中から、一個だけ、ころんと俺の売り場の方へ転がりかけている。


 土色。

 丸い。

 小ぶり。

 少しだけ芽が出かけている。


 いつもの堂々としたジャガイモ先輩の群れとは違う。


 何というか。


 取り残され感がある。


 俺は筆談板に書いた。


『どうしました』


 ジャガイモは黙っていた。


 当然である。


 ジャガイモだからな。


 でも、絶対こう言っている顔だった。


「最近、お前ばかり見られているな」


 重い。


 ジャガイモからの視線、重い。


 俺は筆談板に書いた。


『先輩は定番野菜じゃないですか』


 ジャガイモは動かない。


 だが、箱の中で少し沈んだように見えた。


「定番は、見られない」


 そう言っている顔だった。


 刺さった。


 妙に刺さった。


 ジャガイモ。


 強い野菜である。


 煮ても焼いても揚げてもよし。

 カレーにもシチューにも肉じゃがにもポテサラにも入る。

 おやつにもなる。

 主食っぽい顔もできる。


 圧倒的汎用性。


 家庭の味方。


 指定野菜どころか、食卓の覇者。


 なのに、派手さはない。


 当たり前にありすぎて、ありがたみを忘れられる。


 俺はマンドラゴラとして、初めて定番野菜の孤独を見た気がした。


「何してるの、一番根」


 野蒜ちゃんが覗き込んできた。


 俺は筆談板を見せる。


『ジャガイモ先輩がさみしそうです』


「疲れてる?」


 違う。


 俺ではない。


 ジャガイモがだ。


 エシャロットちゃんもやってきて、隣のジャガイモ箱を見た。


「たしかに、少し売れ残っていますわね」


 売れ残り。


 言ってしまった。


 ジャガイモ箱の空気が、しんとした。


 やめろ。


 先輩の前で、それはやめろ。


「連休明けで、家にまだ買い置きがあるのでしょうね」


 エシャロットちゃんは冷静だった。


「それに、昨日はカレーイベントでトマトとゴーヤが目立ちました。マンドラゴラさんのポスターもありますし、定番品の注目が少し落ちているのかもしれません」


 定番品の注目が落ちている。


 重い。


 市場の言葉、たまに残酷。


 ウリ坊がジャガイモを一つ手に取った。


「ジャガイモ、おいしいよ」


 反則。


 今日も反則。


 ジャガイモが、少しだけ元気になった気がした。


 気がしただけかもしれない。


「じゃあ、今日はジャガイモも一緒に売ればいいじゃん」


 野蒜ちゃんが言った。


 軽い。


 だが、それだ。


 マンドラゴラとジャガイモ。


 根菜同士。


 土の仲間。


 組ませれば、何かできるかもしれない。


 俺は筆談板に書いた。


『合同販売ですか』


「うん。定番と新顔。ちょうどいいんじゃない?」


 エシャロットちゃんの目が光った。


「いいですわね。試験流通中のマンドラゴラが、定番野菜ジャガイモ先輩に学ぶ企画。売り場にも物語性が出ます」


 物語性。


 ブロッコリーが好きそうな単語だ。


 嫌な予感がする。


 そして、嫌な予感どおり。


「面白いね」


 健康そうな声がした。


 ブロッコリーだった。


 出た。


 今日もいつの間にかいる。


 市場の監視は俺のポスターではなく、こいつ本人の方がよほど怖い。


「新顔のマンドラゴラと、定番のジャガイモ。これは良い比較になる」


 比較。


 また課題の気配。


「マンドラゴラ君。今日の課題は、ジャガイモと組んで家庭料理を提案することだ」


 来た。


「条件は三つ」


 やっぱり来た。


「ジャガイモを脇役にしないこと」


 重い。


「マンドラゴラの個性も消さないこと」


 難しい。


「そして、子どもが『家でも食べたい』と言うこと」


 重すぎる。


 ウリ坊が、きらきらした目でこちらを見た。


 完全に審査員の顔である。


 やめろ。


 かわいい審査員は、判定が一番刺さる。


 俺は筆談板に書いた。


『受けます』


 ジャガイモ先輩の箱が、静かにどっしりした。


 少しだけ、誇らしげに見えた。


      ◇


 問題は、何を作るかだった。


 ジャガイモとマンドラゴラ。


 どちらも土っぽい。

 どちらも根菜っぽい。

 どちらも腹にたまる。


 組み合わせとしては悪くない。


 ただし、似すぎている。


 ジャガイモはほくほく。

 マンドラゴラは苦味と薬草感と滋味。


 雑に煮たら、ジャガイモのやさしさにマンドラゴラの濃さが混ざって、子どもが困る可能性がある。


「コロッケは?」


 野蒜ちゃんが言った。


 強い。


 いきなり強い。


 ジャガイモ料理の王道である。


「でも、マンドラゴラを入れるなら、苦味をどう活かすかですわね」


 エシャロットちゃんが考え込む。


「カレー味に寄せる?」


「昨日カレーやったばかりでしょ」


「味噌?」


「最近、味噌多すぎない?」


 確かに。


 味噌に頼りすぎている。


 味噌は偉大だが、指定野菜を目指すなら、味噌だけに甘えるわけにはいかない。


 俺は筆談板に書いた。


『チーズはどうですか』


 全員がこちらを見た。


 ジャガイモ。

 マンドラゴラ。

 チーズ。


 いけるのでは。


 苦味をチーズで丸める。

 ジャガイモのほくほくに、マンドラゴラの滋味を混ぜる。

 揚げる。

 子ども向け。


 ウリ坊の目が輝いた。


「チーズ!」


 勝った。


 まだ作ってないけど、かなり勝った。


 エシャロットちゃんがすぐにメモを取る。


「マンドラゴラ入りチーズポテトコロッケ。長いですわね」


「ほねほねコロッケ便よりはまし」


 野蒜ちゃんが言った。


 なぜホネ丸を巻き込む。


「略して、マンドラポテコロ?」


 エシャロットちゃんが言う。


 惜しい。


 何か違う。


 ウリ坊が手を挙げた。


「ほくほく一番根!」


 それだ。


 またそれだ。


 ウリ坊の命名、子どもに刺さる。


 エシャロットちゃんが札を書いた。


 ほくほく一番根コロッケ

 ジャガイモ先輩といっしょ

 チーズ入り


 いい。


 かなりいい。


 ジャガイモ先輩も、箱の中で少し誇らしげに見えた。


      ◇


 調理が始まった。


 ジャガイモを蒸す。


 湯気が上がる。


 ほくほくした匂い。


 強い。


 この時点で強い。


 蒸したジャガイモの皮をむき、潰す。


 マンドラゴラは、いつもの下処理をして細かく刻む。


 今日の間引き根たちは、ジャガイモ先輩と並ぶせいか、いつもより気合が入っていた。


 親指を立てる角度が鋭い。


 重い。


 根菜の誇り、重い。


 刻んだマンドラゴラを軽く炒める。


 苦味を少し飛ばす。

 薬草感を香ばしさへ寄せる。


 そこへ潰したジャガイモ。


 塩。

 少しの胡椒。

 刻んだ野蒜。

 小さく切ったチーズ。


 混ぜる。


 丸める。


 衣をつける。


 油へ入れる。


 じゅわ。


 その音だけで、客が振り返った。


 揚げ物はずるい。


 カレーもずるいが、揚げ物もずるい。


 市場における香りの暴力である。


 黄金色に揚がったコロッケが、紙の上に置かれる。


 見た目は完全においしい。


 中にマンドラゴラが入っているとは思えない。


 いや、それでいいのか。


 いいのだ。


 怖さをどう受け取ってもらうか。


 俺は学んだ。


 ウリ坊が試食する。


 ふうふう。


 ぱく。


 目が丸くなる。


 沈黙。


 今回の沈黙は、悪くない気がした。


「……ほくほく!」


 勝った。


「チーズのびる!」


 強い。


「あと、ちょっと一番根!」


 いる。


 また、いる。


 でも今回は、それでいい。


 ジャガイモが主役。

 マンドラゴラは深み。

 チーズは橋渡し。


 ジャガイモを脇役にしない。

 マンドラゴラの個性も消さない。

 子どもが家でも食べたいと言う。


 条件に近い。


 かなり近い。


「家でも食べたい?」


 野蒜ちゃんが確認する。


 ウリ坊は即答した。


「食べたい!」


 条件達成。


 早い。


 ブロッコリーが健康そうに頷いた。


「悪くないね」


 出た。


 悪くない。


 つまり、かなり良い時の言い方。


「ジャガイモの定番感を土台に、マンドラゴラの新しさを少しだけ混ぜている。初めての家庭には、こういう入り方が合う」


 分析が的確。


 悔しい。


「定番は、変化を受け止める力がある。新顔は、定番に寄り添うことで安心を得る。良い組み合わせだ」


 ジャガイモ先輩の箱が、静かに誇らしげだった。


 俺は筆談板に書いた。


『ジャガイモ先輩、さすがです』


 ジャガイモは黙っていた。


 だが、もうさみしそうではなかった。


 たぶん。


 ほくほく一番根コロッケは売れた。


 子どもに売れた。

 大人に売れた。

 おばあさんはまた酒のつまみに買った。


 あのおばあさん、揚げ物と酒に対する信頼が厚すぎる。


 高麗人参が、遠くで悔しそうにこちらを見ている。


 ゴーヤも少し悔しそうだ。


 トマトは王者の顔で見守っている。


 しいたけ部長は、コロッケの衣を見て何やら考えている。


 やめろ。


 きのこコロッケは普通に強い。


 来るな。


      ◇


 夕方前。


 事件は起きた。


 その日は、ほくほく一番根コロッケが好評すぎて、追加のジャガイモ箱を倉庫から運んでくることになった。


 ホネ丸が、ほねほねコボルト便の小さな荷車を引いていた。


 からん。

 からん。


 骨みたいな音が、いつもより少し急いでいる。


「ジャガイモ箱、第三倉庫より搬入」


 仕事の声。


 かっこいい。


 ほねほねだけど。


 だが、荷車が市場の角を曲がった瞬間。


 ごろり。


 箱の中から、ジャガイモが一個転がり落ちた。


「あっ」


 ウリ坊が声を上げる。


 ジャガイモは、ころころ転がった。


 ころころ。


 ころころ。


 市場の石畳を、妙に滑らかに。


 ホネ丸が追う。


 ウリ坊も追う。


 俺も、思わず根を伸ばした。


 だが、ジャガイモは止まらない。


 ころころ。


 やがて、青果売り場の奥。


 普段は閉じられている、古い貯蔵庫の扉の前で止まった。


 止まった、と思った。


 扉が、内側からぎいっと開いた。


 誰も触れていないのに。


 市場の空気が、冷えた。


 ジャガイモが、扉の隙間へ吸い込まれるように転がっていく。


 俺は筆談板を握った。


『待って』


 声は出せない。


 叫べない。


 だが、根の奥がざわつく。


 あれは、ただの落下ではない。


 ただの転がりでもない。


 ジャガイモ先輩の箱が、隣で重く沈黙している。


 ホネ丸が、帳面を閉じた。


 からん。


 骨の音が、一つだけ鳴る。


「貯蔵庫の奥で、何かが呼んでいる」


 ほねほねコボルトが、低い声で言った。


 そして、その直後。


 古い貯蔵庫の中から、無数のジャガイモが転がる音が聞こえてきた。


 ごろ。


 ごろごろ。


 ごろごろごろごろ。


 市場中の野菜たちが、いっせいに静まり返る。


 俺は筆談板に、震える根で書いた。


『事件です』


 ウリ坊が、俺の横で息を呑んだ。


 ブロッコリーは、遠くで健康そうな顔を消していた。


 カリフラワー先輩も白い顔をさらに白くしている。


 高麗人参ですら、悔しそうではなかった。


 古い貯蔵庫の闇の中で、何かが動いている。


 ジャガイモが。


 さみしそうだったジャガイモが。


 俺たちに何かを伝えようとしている。


 たぶん。


 いや、絶対。


 指定野菜への道は、なぜか急に、青果市場の怪事件に足を踏み入れたのだった。

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