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学校断頭  作者: 浪速
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二〇一〇年。十二月二十三日。


 私はくじの結果、屠殺を行う順番は十番目だった。



 大きなビニール製のエプロンを身に着けている。魚市場で見るようなエプロンと似ている。そして、食品を扱う工場だったらどこでも被りそうな白い帽子を被る。


 業務用の大きな鍋が通る。あんなに大きかったら合うお玉など見つかるのか? スープを抄うと言うよりお玉を抄くわないといけなくなるよね。



 解体実習室。私たち一年生が屠殺をする一種の一大イベントだ。夏にも一度あるが、それは見学のみだった。

 中小家畜部の鳥班はニワトリだが、総合環境部は飼っていたアイガモやキャンベルなどの水禽だ。中小家畜部の豚班は豚だが、大きさが大きさのために業者に頼まれる。よって、この学校で――いや、府全土を含めた学校で屠殺が行われるのは、この農芸高校の中小家畜部の鳥班と私が所属する総合環境部のみだ。水産経済科も含まれるだろうか。


 最初は二年生の先輩が手本として一羽殺した。



 何とも言えない光景。一度だけ見た光景はあまり憶えていられないが、二度見てしまうと目に焼きついてしまう。それも今日は少なくとも十一回は見るんだろう……。


 その後は、一番目の人から。


 一番目の中谷さんは涙を流し、途中で先輩と代わった。包丁を持って、首を曲げられたアヒルの前に立っただけだ。一番目だし、遅れてきて早速だし……。そりゃ無理がある。


 先輩が首を刺し、逆吊りにして十一個のビンを逆さにしたような形の穴がある器具のその穴の中に入れる。確か、脱血機……? さっき聞いたけど記憶は曖昧。首を切られたアヒルの顔は穴の底に開いた穴から出て、その下に設置している水を張ったトレーに突っ込まれる。

 死後硬直が何たらって對崎部長たちがその器具の隣で話している。


 二番目は見てられなかったけど、見てた。出来るだけ目をそらしたくなかった。

 叫び、逃げ出そうとしたキャンベルだったが、すぐに捕まる。そのキャンベルに包丁を刺すのは川口さん。刺した瞬間、包丁の横を血が飛んだ。黄緑色のエプロンに飛びつき、少し垂れた。血のトレーに出来るだけ血液を切り口から流し、キャンベルやカモを逆さにして入れる器具に入れた。

 それを挿んで屠殺を見ていた私と何人かは、血を抜かれていく彼らのを見ていた。足がバタバタと何度か動く。痛みは最小限だと言うけど、本当なのかって疑問が浮かぶ。そんな事を私が考えてるとも露知らず、部長たちは今度は溺死か出血死のどちらかで死ぬのかと議論している。私としては水禽なのだからある程度は水は大丈夫で、出血死と言うか出血性ショック死だと考えていた。



 四番目まで見たころには解体の説明のため手が空いている一年生は呼ばれた。殺菌済みのまな板が置かれている綺麗に表れた机の周りに集まる。二年の先輩が持ってきたのは一番最初に屠殺されたキャンベルだ。それをまな板の上に置いた。ローストチキンの焼く前のような姿だった。羽はすべて毟られ、人間の鳥肌よりもぶつぶつの鳥肌、そして小さくなった翼。開いたままの真っ黒の瞳。弱々しく垂れる首には小さな切り口がある。いつも開いている足指はまとまったように閉じ、一本の棒のようになっていた。


 包丁の切っ先で腹面を十字に切っていく。肉と肌の間にある薄い膜が見える。関節を脱臼させ、腱を切り、皮を切り、手でに足を引きちぎっていく。説明を聞いていたけど、頭の中には溜まらずに流されていった。鎖骨辺りを切り、胸肉をとる。

 その最中、足を引きちぎった部分から小腸が食み出たのを見ると吐き気がこみ上げ、一瞬オエッとなった。

 大きな腹面を覆っている肋のようなものを引き離すと臓器が見えた。小腸はすぐにわかった。肝臓も食べないけど見た事あるものと一緒だった。他にもたぶん肺だろうと思しきものが見えた。これには吐き気が少ししたが、先ほどまでではなかった。母が看護師で、医療の現場などを紹介した番組をよく一緒に見るからだろうか……。私にも同じような臓器が入っていると思えば、不思議な気分だった。

 内臓を取り出す時には卵黄のようなものが漏れた。



 どこか遠くの世界で「次の人」と呼ばれている気がした。その次の次が私だとわかっていた。十二番中の十番。最後の方だから何度も同級生が殺すのを見た。九番目の生徒が呼ばれるのを聞き、次だ、次だ、と心を震えさせていた。胃がチクチク痛むのがわかった。心臓が早鐘を打つよう。胸が張り裂けそうだ。


 どれだけ、後の事を予想していても、実際に実行するのとはまったく違う。気持ちも違うものになっていた。


 二年生の隣に立つ、足元には今まで流された血の入った大きな容器。初めて血のにおいがこみ上げてくる。今まで自分の怪我で流していた血とは違う匂い。鉄っぽいにおいでもなかった。レモンとタマネギをあわせて腐らせたような酸味が口の中まで入ってくる。嫌なほどにおいが鼻にまとわりついている。


 でも、そこに立つと酷く落ち着いた。その場に立つ前のパニクッたような気持ちは消えてた。人間の身体でも嵐の前の静けさはあるとわかった。細胞が動くのをやめたように。


 二年生の先輩が何を説明するが、私は何も考えず部室で説明を受けたの思い出す。


 アイガモの頭ごと嘴辺りを左手で掴み、首を伸ばして頭を背中につけるように曲げる。何度も暴れる。


 動脈の位置を確認する。


 右手で包丁を持ち、あごの骨辺りに切っ先を添える。


 動脈を切る。一発でちゃんと切らねば、何度も刺す事になる。首を向けるのは何度もやり直した。伸ばすのも曲げるのも。


 でも、刺したのは一度だった。最低九回は、一度でしないと苦しむ、と言われたから。


 アイガモの前に立つまでは、どれも戸惑った。でも、殺すなら何度も惨たらしく刺されるより、一発のほうがマシだと思った。


 首に添えた手は止まらなかった。まるで、死刑執行人のよう。テレビや映画、小説のようにグサリなんて音はしない。ただ、手に持つ包丁からその感覚が伝わってくる。


 どれが動脈かどれが器官かなんてわからない。でも、切れた感触が伝わってくる。


 いつもより少し多くの水分が角膜を覆う。私の中のどこかで何かが弾け飛んだ。


 アイガモから血があふれた。動物専門チャンネルで観たホッキョクグマがセイウチの子供を殺した時のように飛び散るものだと思っていたが、ただあふれるように流れた。


 水禽舎のプールのように冷たくはない。温かかった。


 先輩に「佐野さん、下に向けて」と言われた瞬間、飛んでいた何かが戻ってきた。


 頭を持った左手を下に向け、下にある大きなトレーに血を流す。


 首からあふれる血。手に伝い、水の張ったトレーに滴る。


 温かく、まだ生きている血。


 死ぬ間際に改めて生きていると実感した瞬間、涙があふれた。


 どの液体とも違う。今まで手をつけた海水や水道水、お風呂のお湯――どれも違う。形容しようのない感触。


 同じ血が、温かい血が、死を知らせる血が自分の手に伝っている。


 二分前まで生きていた命が、死んでしまった殺してしまった事にどうしようもない脱力感のようなものが襲ってきた。ある遊園地で夜になると現実味がないような感覚と同じ。夢を見ているような感覚。頭の中で議論も出来ないほど、夢のような感覚。だけど、殺した事を後悔はしなかった。発狂でもするかと大げさに考えていた事なんて吹っ飛んだ。


 大粒の雫が床に池を作ってく。どれだけ涙があふれようとも、死に逝く命からは目を離さなかった。


 先輩が気遣ってくれたのか代わってくれた。逆さにして血を抜く器具の中に入れ、待っていた。


 私は教室の隅で左手についている血を見ていた。自分は何であれ命を殺した。血に気持ち悪さはなかった。それよりか、言い表わせないけど、言うなればとても大切なもののように見えた。だけど、命を殺した事には変わりなく、堂々とするなど出来ない。


 私は周りからどう見えるのか、人を殺した目と呼ばれる目に近いものになっているのか。彼らは何を思って死んでいったのか、苦しくなかったか、今までは幸せだったか……。思えば思うほどきりがない。過剰なまでの考えはどうしようもない悲しみを連れてきた。


 待っている間、部長に手を洗うように促された私は解体実習室に備え付けられた洗面台の前に立っていた。どうやって洗面台まで歩いていったのかわからない。


 蛇口を捻ると水が流れたが、手をつけずに左手を見ていた。


 まだ、生きているかもしれない血。死んだ主。流れる水と共に去っていく血を見つめていた。すべての血が流れ、手に滴る水を切った。


 そのまま、私は洗面台の前から動けなかった。


 暖かかった血を思い出すたび、殺してしまったという真実が突き刺さった。


 包丁を持った時も動脈を切った時も震えなかった。なのに今は左手が震えている。



 死を知った左手、殺した右手。



 私の両手はいったい何なのだろうか……。


 これが、本来の人間なのか。



 今の私は絶望の淵に立たされているような顔をしていたかもしれない。目の前で先に解体している同級生の姿があったが、その場景は入ってこなかった。


 解体実習室……、いや、私だけが違う世界に取り残されたような気分。


 何度か通りがかった部長に顔を覗き込まれ、肩に手を置かれた。「大丈夫か?」と何度も言われ、ずっと視線を感じてた。でも、動揺しているのか自分でもわからないまま視線を避けた。死んだ魚のような目か殺人者のような目になってないかと思っていたからかもしれない……。どんだけ私の普通の顔がむっつり顔と言われても、それだけは嫌だった。


 部長が別の生徒のところに行ってから数分後、呼ばれて行くと、自分で殺したアイガモを逆さにして足を持ち、熱湯を溜めた大きな鍋まで持っていく。その中に入れるように言われ、アイガモを入れた。熱い湯に沈められ何度もトングでかき混ぜられる。熱い湯につけられるのは羽を抜きやすくするためだと言う。そして、隣にある洗濯機の中のドラムのような形の脱羽機に入れられる。スイッチを押すと中で回転され、羽をある程度とっていく。絡めとるような感じだろう。テレビ番組で見た事があるけど、ここまで壮絶なものとは思ってなかった。抜かれた羽根なんて床に飛び散っている……。ある程度、羽が抜けたアイガモを渡される。生まれたての雛鳥のように羽が斑だった。


 羽を毟るためのトレーに横たわらせる。羽が在った時より一回りも二回り、半分ほど小さくなっていた。


 弱々しく垂れる首。ああ、本当に死んでしまった……。殺してしまったんだ……。



 何かが刺さったけど、血を感じた時よりその感情は少なかった。


 羽を毟る手にはたくさんの羽根がつく。ぶつぶつの鳥肌が全身を覆っている。肌から生えている羽をすべて毟り取らなければならない。どんなに小さい羽も残してはいけないらしく、前日に爪を切らなければならなかったため小さいのはなかなかとれなかった。



 気付けば涙は止まっていた。


 死ぬまでアイガモを「生き物」と見ていた。でも、解体すると同時に「物」として見ている。羽を毟っている時すらギリギリだった。たぶん、売っているような状態から「物」としているんだ。

 こんなにすぐに見る目が変わってしまった事に戸惑いを隠せなかった。


 解体はある一部を除いて血は流れなかった。

 今度は血の代わりにあぶらが手についていた。包丁の柄を握る手には力が入らず、首を切断できない。生きている時は首に包丁を刺すのをためらっていたのに、死んでしまってからはもうなかった。

 解体中は少し可笑しな事があれば、少し笑った。同級生から何か言われれば、少し笑った。たぶん、心が嘘をついていても笑っていないといけないと、どこかで思ってたに違いない。心配をかけたくないという今までの私の性格か生き方からなのかもしれない。心を潤してくれるような笑いではなく、他者に心配をかけたくないためだけの笑いに近い。


 肉をすべて切り取り、部位ごとに重さを量る。その間、私は砂ずりを半分に切り、中のものを洗い流す。草食恐竜がお腹の中に石をためるようなものだろうか。


 私に解体を教えてくれた同級生の小倉さんはもうする事がなくなったのか、私が抜き取った内臓をいじっていた。


 内臓をいじりたいというのはわからなくもない。手術を紹介するテレビでよく見たりする影響からなんやろか……。私も一緒になって少し突いていたが、内臓脂肪が多いのかやっぱりベットリする。運動もほとんどなく、あんなに餌を食べされたらなるのは当たり前だ。

 一番奇妙な小腸を突くと、それにノッてか小倉さんが小腸を膏の塊から解く。私としては、小腸の断面を見たかった。母の病院でホルマリン漬けの臓器を小さいころからよく見ていたから、人体の神秘への興味だと思う。あれが自分の体の中にあるなんて信じられない。


 もう、過ぎてしまった事はしょうがない。でも、全部が全部流せるものでもない。なら、カエデちゃんのようにするのか? 蛇のカエデちゃんが死んでふれあい動物部は解剖したらしい。死だけで終わらせない。教えさせてもらう。そう言う事なのだろう……。


 私としては言いようはない、だが……、実際見るのとは何かが違う。



「小腸で遊ぶなって。こうなっても命なんだからな」


 ノートに部位の重さを書き込んでいた對崎部長が小倉さんを止めようとする。どこか楽しげに見えるが。


「だって、すごくないですか?」


 内臓がついたままの胴体を上げると、小腸が垂れた。その光景につい笑ってしまう。小腸についではなく、二人の会話について。視界からの情報と耳からの情報がまったく一致しない。よくわからない虚しさと悲しみとの合わさった不思議な感情の方が強くて、笑ったのが心からかはわからない。



 殺すまでは罪の意識で後の人生を生きていけないとまで思っていたけど、やってしまえばやってしまったでこれが人間の在り方なのかもしれない。ベジタリアンの意見もある程度わかるし、普通に肉を食べる人の意見もある程度わかる。ベジタリアンの意見を批判する意見もある程度わかる。


 客観から心無い批判はいくらでも出来る。たぶん、する前は私もその類に入っていたと思う。でも、一方的ではなかったと思う。相手の意見は理解しようとしてた。たぶん。

 主観でしかわからない気持ちを学んだ。でも、客観的な私の意見もまだある。いや、主観か客観かもわからなくなった。


 やった人にしかわからないものがあると思ったし、出来るだけ必要のない殺しはしたくないとも思った。どの命も変わりはない。殺したのは殺した。彼らの気持ちも聞かずに一方的に殺した。将来この事で罪を受けるならそれも受け入れる。


 でも、今は、命を食べる私はその命のお蔭で生きてるんだから、その頂いた命に恥じない生き方をする。出来れば、死ぬ時は食物連鎖の一角として死にたい。



 家に帰ってから私は悩みに悩んだ。まるで一日で進化してしまった気分だ。



 それに屠殺をしてる際は一度も思い出さなかった。生のささみを前にその声が聞こえた事があったのを。今回は一度もそうならなかった。あれは幻聴だったのかもしれない。


 でも、すべてにおいて、それはいい結果でもあり、最悪の結果でもあった。私は人間として恐るべき感情を見つけた。




 これから十字架を背負う事になる。


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