33 残り少しの春休み
春休みも残り少しとなっていた。
居候して早くも三週間ほどが経過していては、あっという間の日々を過ごしていくそよい。
毎日のように茅島家に三原家と挨拶し、モモや三原姉妹と遊び、朝昼晩と食卓を囲んで空腹を満たす。他愛もない会話は話題が尽きることはなく、静かな空気へと変わっても、気まずいといった気持ちになることはない。
そんな平穏な毎日を送らせてもらっている。
平穏な毎日。そう言った話をするならば、最近の話である、綾人の中学の同級生と出会った話はどうなのかとなってしまう。
内山家、その人物を見かけた時点で、そよいだけが逃げるべきであった。何も綾人を連れていく必要はない。自分がいることがバレなければいいのだから。
家に帰れば自身の行いを反省。どっと疲労が押し寄せると、珍しくも大きなため息を吐いてしまう。
玄関にて彼に謝ると、本人は仕方ないと言いつつも、むしろ出会えてよかったでしょとも口にする。それに合わせて、考える仕草も見せていた。
『遠い親戚だし、いっしょに居ても騒がれるのかな?』
その言葉には、家が同じと知られたら……と頭を悩ませる。
警戒しすぎると、ストレスが溜まりそうではある。あの時のような感じで、事情を説明すれば、わかってはくれると思いもする。
高校生活について決めていた話に疑問を持つことになれば、様々な人たちがいるため、様子見は大切だとこの話は収まった。
「ごちそうさまでした」
昼食を終えたそよいは、シンクに食器を持っていき、早速洗っていく。
新入生を出迎える関係からか、彩乃の部活は少し休みの日が増えているらしく、歩奈の水泳教室は固定の曜日のみ。ふたりも春休みに入っていては、綾人は先ほど自室に戻ったようで、皆がばらばらとなっていた。
食べ終わるのが最後となっていれば、結構食べたと息を吐く。
うどんにかまぼこと油揚げ、若芽と閉じた卵を食せば、満足のあまり笑顔を浮かべそうにもなる。
一階に戻れば、ソファーに身を預け、テレビを見ている茅島家に軽く会釈しながら、自室となる部屋へ。
もうすぐ入学式を迎えることになる。そんなことから、暇な時から進めていた予習をすることに。
春休みの宿題は出されていないので、適当な教科、基そよいにとっても時間が掛かりそうな数学と外国語を先取りしている。
わからない。そのような不明な点は初めのほうはないようで、すらすらと頭の中に入れては解いていく。
中学でやっていたことと変わりないような。そう数Ⅰの教科書に目を通しながら問題を解いていき、問題集なるものもノートに移しては進めていく。
耳にしている黒のワイヤレスイヤホンからは雨音を流し、少し休憩も入れながら集中。一学期はどこまでだろうか、そんな疑問と共に集中力が切れ始めていては、教科書にノートと閉じてしまった。
固まった体を解せば、スマホで時間を確認。
もう夕方かと思えば、小腹が空いてしまいリビングへと顔を出す。
「ふ~~~~~~ん!!」
目一杯に力を振り絞っている歩奈が目に映れば、腕相撲をしている様子が見受けられた。
相手をしているのは茅島の叔父さん。多少なりと手加減する様子が見られては、歩奈が頑張る顔を見て微笑んでいた。
徐々に傾き始めれば、軍配は歩奈へと上がる。
しかし、小さき子に手加減をすることは、許されることではないらしい。
「おじいちゃん、手加減した! ちゃんと本気でやって!」
「おじいちゃん本気でやったら、歩奈の腕が痛くなっちゃうよ?」
「それでも!」
元気そうな姿を見ていれば、茅島の叔父さんは苦笑した。
もう一度と勝負している傍ら、茅島の叔父さんの年齢が気になってしまう。
未波が三十五歳ということなので、恐らく六十半ばになるのだろうか。
そうなってくると、茅島家も想像以上に若く見えては、受け継ぐ家系自体が若く見える血が、通っているのかもしれない。
そもそも、未波がその年齢なら、綾人をいつ生んだことになるのか。
引いてみれば……。
(…………)
やめておこうと、そよいは思考を停止させた。
目の前へと意識を持っていくと、歩奈は両手を使って頑張って倒そうとするも、茅島叔父さんは余裕そう。ただ、歩奈の腕のことを気にしてか、諦めるまで耐えることに専念していた。
「お祖父ちゃ~ん、お腹空いた~」
助けを乞うかのような、そんな声音で一階にやってきたのは彩乃であった。
脱力した腕からはゾンビのように歩いてきては、空腹のお腹を擦っているよう。
「はいはい。少し待ってなさい」
「ありがと~」
「お姉ちゃん! 腕相撲!」
「え、今から?」
『ただいま~』
仕方ないなぁ。そん顔を見せる彩乃であったが、玄関から聞こえる声音に目を細める。
さらにもうひとりと、顔を出したのは綾人。コンタクトを付けていることから、外出していたようだった。
「なんでこっち顔出してくんの」
「は? 家だからだろうが」
彩乃は悪態吐くかのように言っては、綾人も少し強めに言い返している。
今日に限ってか、仲が悪いようであった。互いに睨み合っていては、兄妹喧嘩に発展している模様。
恐らく、特別仲がいいところを見る機会が多かったのだろう。ここまで険悪な雰囲気をふたりの間から感じたことがなかったため、少し大丈夫かと心配にはなった。
「お兄ちゃん! そよいお姉ちゃんと腕相撲してみて!」
「え、今から?」
「うん! どっちが強いか勝負!」
歩奈は、ついさっき彩乃に投げかけた言葉をそよいにも振ってくる。
なぜか巻き込まれてしまっては、彼は手を洗えばローテーブルの近くに腰を落とし、こちらを気にした様子もなく視線を向けてくる。
腕相撲。それは互いの手を合わせるということ。
歩奈といった可愛い妹が口にしたこととはいえ、向こうは嫌ではないのだろうか、恥ずかしくないのだろうか。ただ、そんな考えを小学二年生となる歩奈が汲み取ることはなく、手を引っ張られては相対することに。
「ほい」
袖を捲くる彼は、なんとも自然に構えを取っている。平然とした表情を見ると、自身が可笑しいのかと混乱し、そよいは少し遠慮気味に手を重ねることに。
彼の短くも整えられた爪に自然と目が移れば、手を握ることになる。
自身と比べると、大きな手であっては少しばかり逞しく、温かい熱を感じ取る。男性ならではの厚い手ではあるものの、細い指は綺麗で羨ましいと見入ってしまった。
そんななか、手汗は大丈夫だろうかと気にしていると、少しばかり心臓の鼓動が大きく聞こえてくる。目の前の男子からは、視線を逸らすことになってしまう。
「そよいさん、お兄ちゃん弱いから安心して。本当にへぼだから」
「俺が女子に負けるわけないだろ」
「口だけ口だけ」
ほかにも大丈夫かと気にしている最中、彩乃が隣にやってきては綾人を煽り、彼は堂々と言って退ける。
この状況で自然に振る舞う綾人はやはり可笑しいと目を細めれば、少し反撃してみることに。
「じゃあ、負けたらどうするの?」
「……え?」
気が抜けたような声音を耳にする。それは思いのほか手応えを掴めるものであった。
綾人が呆気に取られた姿を見せていれば、今度は難しそうに顔を歪めて考えだす。
その姿に、よし、とガッツポーズでもしそうなそよい。一本取ってやったと気持ちも少し楽になるのだが、次の彼の言葉にはカウンターを受けてしまった。
「どうするって……逆に何をしてほしいの?」
「…………それ、は……」
「一日命令を聞くで」
「お前が答えるな」
「そ、それで。命令を聞くで」
迷っていると、助太刀してくれた彩乃の案に慌てて乗った。
自分から言った手前であったが、何も思いつくことはない。逆に何をしてほしいだなんて、そよいが訊きたいぐらいであった。
「言っとくけど、私も歩奈のいうこともだから」
「は? ふざけんなよ?」
「そよいさんに負けるの怖いんだ」
「あほか。勝つに決まってんだろ」
「……えんえん泣く人に、負けるわけないけど」
「……言ったな?」
ふたりの口喧嘩にそよいも割って入る。
それは彼の幼馴染である、日暮結望が口にしていた言葉。借りてみれば、こちらの挑発にむきになった表情を綾人は見せていた。
互いに手を握ることになれば、緊張により手に力が籠ってしまう。
これでも勝負ごとに関しては負けず嫌いなそよい。ましてや、貧弱そうに見え、おバカする彼を見ていれば、負けたくないと闘志を燃やし始める。
戦う準備が整えば、口角を上げる歩奈が掛け声を上げた。
「よーい──どん!」
甲高い声を聞き終えると同時、目一杯にそよいは力を入れた。
(意外に強い……!)
両者拮抗となっている。互いに力を入れるばかりに、眉を寄せては目を細めていた。
いい勝負である。こっちなんて、変わるために筋トレをしているんだぞ、そう言わんばかりにそよいは力を籠め続けていれば、負けないと口元を結んでいる。
本来、男女の筋力さとなれば、体格的にも綾人が勝ちそうではある。しかし、そよいは元陸上部と足が速いだけではなく、握力や腕力と、中学三年生の女子の中では多少は強くあった。
そのようなことから、徐々にそよいが傾けさせていると、もう少しとここで力を再度注いでいく。
そんなかな、そよいはふと思う。自分が負けたらどうなるのか。
形勢が逆転してしまう。心の中で動揺したそよいは綾人に押し返され、気持ちが焦る。
流石に彼は何も言わなさそうだが、もしもと考えれば、絶対に負けられないと震える腕に限界まで力を籠め始める。
「ちょ! やめろ!」
綾人の顔を見ることもできないほどそよいは腕に力を籠めていると、彼が声を荒げている様子。
その力が緩んだ瞬間を逃さない。──ふん!──というかのようにそよいが押し込めば、彼の手をローテーブルへと鎮めるのであった。
「そよいお姉ちゃんの勝ち!」
そう歩奈が楽しそうな声音で言えば、勝者であるそよいの腕を取ってと讃えるのであった。
敗北者である綾人は不満げな表情を露わにしている。
負けたことに納得していないよう。それは彩乃による仕業だと、遅れてそよいは気づくことになる。
「はい、お兄ちゃんざこ~」
「お前、わき腹突いただろ」
「ハンデでしょ。男と女で違うんだから」
だから、身をくねらせていたのか。
振り返るそよいは、心の中で苦笑した。
「次はお兄ちゃんとお姉ちゃんで」
「いいよ。てか左でやんの? どうすんの?」
「あ? 右手でいいわ。お前なんか、消耗してようが関係ないんだよ。ずるなしな」
「ずるしなくても勝てるし。ここ一年の筋トレで変わるわけないじゃん。毎日運動してる私のほうが強いし、ざこ兄が」
煽り合うふたりからは、少なくとも笑顔が見て取れる。喧嘩しているふたりを調和させるのは、末っ子の歩奈らしい。歳の離れた小学生がいることによる影響は少なからず、ふたりの間に漂う険悪さを取り除くものであった。
ふたりの腕相撲の結果は綾人が勝利。
ただ、待ってましたと、茅島の叔父さんが用意してくれるお菓子がテーブルの上に並べば、彩乃に歩奈も腕相撲のことは忘れて、飛びつくように椅子へと座っていた。
噂で聞いていた、茅島の叔父さんによるパウンドケーキ。
そよいもいっしょになって食べさせてもらえることになれば、お礼を口にした。
ドライフルーツが散りばめられたパウンドケーキは評判通りの美味しさである。口に残るバターの風味に、味が変化する様々なフルーツによって心が満たされていく。
残り少しの春休み。ちょっとした遊びの腕相撲。
平穏であり、楽しんでいる毎日は、もうすぐ迎える入学式の不安を忘れさせてくれるような日々であった。
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