32 紹介することになって
通路での立ち話も邪魔になるため、一度空いている場所へと腰を掛ける四人。
それはショッピングモールの外。子どもたちが遊べる中庭となる広間にて、横に並ぶ形で座っていた。
「今気づいたけど、なんか帽子のサイズ、おかしくない?」
「……間違っただけだ」
「そんなことよりさ……誰?」
そう切り出したのは、秋原瑞季であった。
クラスのムードメーカー的存在であった彼女は、綾人の中学最後の席では一個後ろの席であり、同じ班だった人物。にまにまとした表情からは、それはとても興味ありげな視線をそよいへと送っていた。
ただ、それは綾人の隣に座るもうひとりの幼馴染、日暮結望も同じ。小さき子どものようにワクワクと表情からは伝わっている。
どう話すべきか。ふたりの視線を受けるそよいは、あまり目を合わさないようにしていた。
「もしかして……そういうこと……?」
ここに連れてきてしまった時点で……、そういった話ではあった。
考えていると、結望が相談していた話を例えてか、小声で訊いてくる。
「そういうことだけど、そういうことじゃないからな」
「「お~」」
「だから違う。迷惑になるからやめろ」
「わかってるって」
綾人は答えると、ふたりして目を細め、感嘆の声を小さく漏らす。
睨むような綾人であるが、怒っているわけではない。相談内容の人物だと知られることになれば、違った意味で捉えるなと、釘を刺しただけだ。
それに対し、確実にわかっていないと思われるふたりであるが、女子はそんなもんだとスルーすることに。
仮に付き合ってるだの、好きだのといった話だとするのなら、このように会話の時間を設けるようなことはしないだろうと、言いたくはあった。
「宮代さん」
顔を俯かせるそよいに、綾人は声を掛ける。
申しわけない気持ちでいっぱいだが、紹介しないわけにもいかず、今更ながら確認を取ることに。
「自己紹介、いい? 一応、この前言ってた女子ふたりにはなる」
「高校が、一緒の?」
「そう。宮代さんが良ければ、紹介したいと思うんだけど」
「……三原君が問題ないなら、お願いします……」
少しばかり緊張しているような気がするも、問題ないといった返答が返ってくる。
綾人は少し、後ろに身を逸らす。
覗こうとしなくても、互いに顔を見合わせることになれば、期待する笑みを見せる彼女たちから、そよいを紹介することに。
「ふたりに紹介するけど、こちらは宮代そよいさん。三原家の遠い親戚にあたる人。──で、こっちは同じ中学だった日暮結望で、こっちが秋原瑞季」
「宮代、そよいです」
「初めまして、三原の幼馴染になっちゃいます、日暮結望です」
「こっちも初めまして、同級生の秋原瑞季でーす」
少し戸惑いながらも視線を合わせたそよいに対し、柔らかい笑みを見せる結望と、にっこりと笑う瑞季。
そよいにも話していた通りであるが、話しやすい、と言えばいいだろうか。仲良くなれる人物たちではあると思う。
結望に関しては小さいころからの知り合い、瑞季に関しては何かと同じクラスになることが多くあった。多少なりと人当たりの良いほうであるふたり。
もしかすると、春休みとなる今出会ったことは、彼女にとって高校生活の不安を少しは取り除くことができるかもしれなかった。
「三原と同い年ですか?」
「は、はい、そうです」
「じゃあ、あたしらとタメか。今年で高一仲間~」
「遠い親戚って本当? 三原が誤魔化してない?」
「本当にだ」
そっちを疑うか。そよいに訊いていた結望の言葉には、綾人が割って返している。
それに引っかかる物言いを耳にした。綾人は少し眉を寄せては、結望の言葉を指摘することに。
「てか、幼馴染になっちゃいますってなんだよ」
「え、だって、なりたくてなったわけじゃないから。別に綾人いらないし」
当たり前でしょ。そう言わんばかりの明け透けなる結望の態度は、幼馴染故ではあった。
だけど、聞いていた瑞季は少し引いている。
「ゆうみん、当たりきつくない? 唐突に毒づくのやめなよ」
「お前が男だったらどついてたぞ」
「男でも関係ないよ、小さい時から私のほうが強かったし。そっちはえんえん泣いてたじゃん」
「なにそれ。三原、えんえん泣いてたんだ」
「……過去を引っ張り出すな」
意地悪い顔を見せるふたりに、顔が引き攣ってしまう。
あんまり思い出したくはない。それは辛い過去という意味ではなく、恥じらいといった意味合いであった。
たしかにそうだと綾人は振り返る。目の前の結望とは、小さいころから喧嘩することがあれば負かされ、マウントを取っていたのはいつも彼女のほう。仲裁に入ってくれる、内山元孝がいなければ、情けなくも泣いてしまっていた記憶がある。
そんな泣き虫といった話をそよいに聞かれている。それは、自身が話の腰を折っていたから。
そのため元に戻す。彼女へどうぞと。
「同い年はわかって、遠い親戚。家は近いの? 遊びに来たから一緒に来たの?」
「……」
質問を受けたそよいは、どうしようかと迷っていると思われる。
視線が波打つ海へと飲み込まれるように泳いでいる。それは綾人も似たような感覚で、互いに口にしていいものなのかと、意思疎通が取れないでいた。
投げかけた結望としては、綾人にも視線を移す。
怪しまれている。何かと勘のいい人間ではあり、別の質問を投げかける。
「えーっと……高校はどこか、聞いてもいい?」
「そ、その……」
「まさかまさかの、同じ浅木高校だったして。ってことはない……か……?」
瑞季は冗談っぽく言ってみせると、その表情が徐々に真顔へと変わっていく。
肩をはねさせたそよいが、固まってしまう。
そんな彼女は、ある一点だけを見つめている。何の変哲もない中庭を。
わかりやすい反応を見せた彼女を見れば、ふたりは彼女の様子を窺っていた。
一ヶ月も経たずしてバレることではある。流石に眼鏡をはずそうが、彼女の顔というより少しとぼとぼと歩く姿だけでも、宮代そよいだとわかるかもしれない。
目が合えば、綾人は頷いた。
自分から言ってもらったほうがいいのではと、黙っていた。
「そう……です。浅木です……」
ちらりと、視線を送ってくるふたりを見ては、そよいは口にした。
このふたりと出会った時点で、仕方がないことである。相談している、していないに関わらず、こうなっていたことだろう。
第一として、内山家に三原家が出会ってしまったこと。偶然が偶然を呼べば、綾人としては、あとで謝っておこうと思う限りであった。
「はい、三原どいて」
「お、おい!」
急に綾人の身体を掴む結望は、言葉のとおり追いやるように綾人を退かしてみせる。
間に入っていた人物がいなくなれば、にこにこの彼女らは移動し、そよいの両隣に座りなおす。
逃げ場を失ったかのようなそよいは、どうしようかと慌てているようにも見えるも、ふたりによって会話に花が咲いてしまった。
「よろしく~! 同じ高校だったなら言ってよ~! てか、緊張しない? もうすぐだよ、一度限りの高校生活!」
「……は、はい、緊張、します」
「だよね~。通う高校、制服可愛くなかった? 早く着たいよね~」
「結構直前だったよね、制服取りに行くの」
「そうそう、結構ギリギリ。受け取ったらすぐ着て、あっという間の入学式」
「クラス分けどうなるんだろう。登校したらすぐ教えられるのかな?」
「うわ、今になって超緊張してきたー!」
瑞季がそよいの手を握り握手していては、結望は体勢を前のめりにして言葉を交わす。
三人の話す背中を見届けることになった綾人は、軽くため息を吐いていた。
距離感近いな。それは物理的にでもあれば、身が縮こまっているそよいの背中を見てしまえば、窮屈そうにしている。
このふたりの距離感に気圧されていないのか。ちょっとした心配はしてしまうとはいえ、親じゃないだろと、綾人は微妙な顔を浮かべてしまう。
今の会話だけではわからないだろう。表情の変化が乏しいと言えるそよいの姿に、ふたりは楽しそうに話しかけたりもしていては、そよいの返答には興味津々のご様子。
相談した内容に結びついてはいるだろうけど、いずれ勘づいて会話してくれる友達ともなれば、彼女にとっても前に進めるいいきっかけになりそうだ。
しばらくは、三人で会話を楽しんでいる。
顔が可愛いだの、お肌や髪の手入れをどうしているだの、女子ならではの会話をしていれば、そよいも答えることはできている様子であった。
「──ふたりで買い物に来たんだ」
「それは違ってて……三原君の家族と一緒にで、付き添ってもらって……た」
「あ、そうなんだ。だったら、どうしてふたりでいたのさ」
座っている瑞季が後ろを振り返ってきたので、綾人は少し離れた位置で腰を下ろしては、答える。
「ちょっと休憩してたら、内山家とかほかの男子がいたから逃げてた。したら、ふたりに遭遇してしまった。一緒に居ること、あんまり知られたくなかったんだよ」
「元君も来てるの?」
「そう。紹介しづらいのはわかるだろ、同じ男なんだから」
「男じゃないからわからないけど」
共感してほしい話であったが、目の前にいるのは女子であった。綾人の言葉に結望は当然のように返せば、一ミリも優しさが伝わらない返しである。
いやいやとは言いたい。女子でも、ほかの同性に知り合いの男を紹介しづらくはないのかと。
「家族って、彩乃ちゃんもいるの?」
「母さんと歩奈も一緒」
「そっか。久しぶりに会いたいなぁ」
「わかるー。歩奈ちゃんも可愛かったよねぇ。あたしも貰いたいよ」
「貰えるなら彩乃のほうを貰え。ぴーぴーぴーぴ―、文句言ってうるさいんだよ」
少し厄介者というかのように、綾人は口にした。
すると、かわいそー、とジト目を向ける女性陣。
それはそよいからも感じられていては、綾人は視線を逸らして逃げる。
一度スマホを手に取れば、未波から着信が来ている。
確認すれば『もうそろそろ帰るから戻ってきて』と送られていた。
「瑞季、私たちももう戻ろ。時間もなくなっちゃうし」
「そだね。目的忘れるとこだったよ」
彼女らも身に着ける腕時計を見ては、立ち上がる。
「信用してるけど、広めるようなことはやめてくれよ。宮代さんにも迷惑掛かるから」
「大丈夫、そんな嫌がらせのようなことはしないって」
「うん、わかってる。でも、話しかけることはいいよね?」
「俺に許可取る必要はないだろ。そこは宮代さん次第だ」
念のため言葉にしておくと、眉を下げるふたりが目に映る。
結望の口にしたことは、本人に視線を注ぐ形となり、そよいは答える。
「大丈夫、です……」
少し瞬きをしているも、ふたりは気にした様子もなく、笑みを見せている。
ほんの少しの会話であったが、もう仲良くなったような雰囲気が、外からは感じられていた。
「ごめんよ、買い物邪魔しちゃって。えー……下の名前、ひらがなで“そよい”だよね?」
「は、はい、そうです」
「あ、敬語」
「……う、うん」
瑞季が人差し指を立てて指摘すれば、そよいはぎこちなく頷き、口にした。
さすれば、瑞季はにんまりとした表情を浮かべ、結望は苦笑してと、またねと言葉を交わす。
「じゃあ、そよぴーで! またね、そよぴー」
「私は普通に呼ぶけど。──宮代さん、またね。学校で会ったら、声かけるから」
「あたしも声かけるからねー。てか、見かけたら遠慮なく声かけてよ」
手を振るふたりに対し、そよいも小さく返している。
一時は面倒なことになると思いもしたが、結果的には綾人が邪推するような展開はなく、そよいと仲良さそうに会話してくれていた。
仲良くなれると進めた相手の印象が、悪い方向に転んでいなさそうで、安心もしていた。
「宮代さん、帽子返す。ありがとう」
少し呆然としていたそよいに、綾人は帽子を返却することに。
もうこの際、バレてしまっても声を掛けられることはないだろう。
それは、家族と一緒に居ればという話であった。
「やっぱ、変になってる?」
「ごめん。無理やりだったから、なんか収まっちゃってる」
「……普通に恥ずいな……」
こちらを見つめていた彼女に問えば、やはりかと、手櫛で髪を散らしては整える。
「戻ろっか。一階のスーパーで買い物して帰るって」
「うん」
頷いている姿を見ては、未波たちの元へと合流。
ワックスやスプレーをかけていたこともあり、のちに帽子は洗ってくださいと、手に持つそよいに謝るのであった。




