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30 知らない自分




「ごめん、待ってもらって」

「いいよ」


 一度お手洗いに向かっていたそよいと綾人は、合流することができれば未波たちの元へと戻ることに。

 今は彩乃と未波が、買いたい洋服を見ていることだろう。体力が有り余っているなぁ、とそよいは感心していた。


 久しぶりに感じた、人との買い物には少しばかり疲弊していた。


 運動とはまた違ったもの。普段の行いを考えると、少し歩いただけで疲れるはずはない。

 連れ回され、服を試着し、人との会話に、向けられる視線。三原兄妹のペースに呑まれた結果だろうが、周りの女子の普通、ショッピングをしているという感覚には、今の疲弊すらも楽しみ、初めて悦びを覚える。


 本日は土曜日ということもあり、人気らしいショッピングモール。人混みをかき分けて歩いていれば、隣を歩く綾人へと視線を移す。


 よく目が合う気がしていた。

 それは、そよい自身が人に目を向けようとしなかったことから、感じることだろう。

 合う視線の数もこれが普通かと、彼女は少しばかり慣れようと意気込んだ。


「座ってて。荷物だけ貰いに行くから」


 店内で服を選ぶ三原家(綾人抜き)の姿を目にすれば、少し逸れてしまう近くのベンチソファーへと腰を下ろすことに。未波に買ってもらった紅茶を口にしては、そよいは一息ついた。


「荷物もらう」


 綾人が荷物を持った状態で隣に腰を下ろせば、そよいは彼に手を差し出した。

 膝の上に置いた荷物によって、彼は前を見られていない。下においても良いのにと思いながら、口にしていた。


「俺、荷物持ちで来たからいいけど」

「それはありがたいけど、買ってもらったものだから、ちゃんと自分で持っていたい」

「……わかった」


 変に断ることはなく、納得してくれた綾人は紙袋を手渡してくれる。

 ただし、小さな紙袋をふたつ。視界を塞いでいる、大きな紙袋は渡さなかった。


「そっちは?」

「こっちは持ちます」

「さっきの話聞いてた?」

「これだったら罪悪感ないでしょ。俺が勝手に持ってるだけだし、宮代さんは買ってもらったものも持ってる。それに全部はさすがにでしょ」


 そういう問題じゃない、とそよいは目を細めるも、小さく笑う綾人には効果がないようだった。


 助かります、そう言葉にすることはできなかったが、複雑な心を抱え、肩を落とす。その気持ちを紛らわせるため、先ほどまで彼に対して感じていたことを投げかけた。


「服、好きなの?」

「まぁ、好きかも。お洒落って気分上がらない? 外に出かけたときとかさ」

「否定はしない。というより、女子みたいな感想飛んできてびっくりした」

「いや、男でも気分上がるって」


 そよいの返答に、綾人は苦笑いを見せて言った。


 男を何だと思っているんだ、そう彼が口にすれば、そよいは悩んだ末に、そうですか、と話を逸らすよう答えるしかない。


 会話下手だと意識してしまう。

 そうですか、そのような回答をしてしまえば、強制的に話を打ち切っているようなものであった。


 だけど、考えすぎても何も変わらないので、自然体で話す今が一番楽である。

 そよいの目に映るは肩を揺らす綾人。笑って受け取ってくれるので、話し方を変える必要はないようだ。


 ふと、綾人の耳元へと視線を移す。


 お泊まり終わりの際、シンプルな形をした銀色のピアスをつけていた気がした。

 だけど、彼の耳朶を見るも穴が開いているようには見えない。


「何かついてる?」


 見られていたことに不思議に思ったのだろう。綾人が不思議そうな顔を浮かべていては、そよいは訊きたいことが増えたと指摘してみることに。


「耳、開けてないんだと思って。お泊りの最後の日、付けてた気がしたから」

「あぁ、イヤーカフなら付けることがあって。少なからず、アクセサリーは身に着けたほうがいいってネットとかで見たから、試しで付けることもある。宮代さんは……つけたくないの?」

「そんなことはない。お洒落に見えるから着けたいけど……ちょっと怖い」


 手に少しだけ力がこもる。想像するだけでも痛そうだ。


 ピアスといえば耳以外にも付けることは可能だそうだが、街で見かけるだけでも痛くはなかったのかと、心の中は怯えてしまう。


 そよいも口にするようにお洒落に見えるからと、耳朶ならピアスホールを作ってみたい。高校に上がれば開けてみるのなんの、中学のクラスの女子もそう話していたのを耳にはした。


「俺もそれ。彩乃なんてもう開けてるからさ、怖いが勝って」

「え、彩乃ちゃん、開けてるの?」


 気付かなかった。そう思い、渦中の彩乃が今入っているお店へと、そよいは視線を移す。


 彩乃の姿が見えるわけではない。ただ、多少なりと中学二年生と学年が上がるあの子が、ピアスホールを作っていると知ると、そよいとしては勇気があるなと心の中で称賛を送っていた。


 やっぱり未波の子なんだと振り返っていると、綾人が顔を顰めては、なぜか悪態をつくような声音で話し始める。


「開けてる。それにあいつ、自分でじゃなくて俺に開けさせたんだよ。母さんにバレたくないからって」

「え?」


 少し声が裏返りそうになった。

 そんなことから、口角が上がった綾人ではあるが、声音は変わらず顔までも分かりやすく出ている。


「そうなるよね。自分で開けるか母さんに頼めばいいのに、俺に恐怖だけ植えつけて自分だけピアスホール作ったんだよ。こっちは手が震える中やったのに、怖い声出して怯えさせてきてさ」

「それ、未波叔母さん、知ってるの?」

「耳掃除してもらうときにバレてた。いつ開けたのって言われて、お母さんも同じ時期に開けたよって話してた。別に怒られてはないから、なおさら俺にやらせんなよって思うわけ。宮代さんにも去年の彩乃に言ってやってほしい、自分でやれって」

「頼りにされてていいじゃん。そこまで仲の良い兄妹は聞かないよ」

「……別に普通だって」


 眉を顰めていた綾人が、自身から目を逸らせば、心の中で笑ってしまう。


 ピアスが怖い。それは、妹に頼まれ、実行した影響もあってと想像もできる。

 ただ、そよいも彩乃が痛がっている姿を頭の中に思い浮かべてしまえば怖気づくし、怖い声を出していたと聞くとホラーみたいな叫びかと、口元を結んだ。


 それでも憧れを抱いてしまうのは、女の子として当然の話であった。


「彩乃ちゃんも、お洒落楽しんでるんだね」

「まぁね。でも、その“も”は宮代さんもでしょ。お洒落するのは好きでしょ」

「好きでもあるけど、憧れが近いかも。そもそも、お洒落が嫌いな女子、なかなかいないと思うよ」


 それもそうか、と綾人が言えば、


「だから──」


 続けて言葉にする。


「宮代さん、試着してるとき、楽しそうだった」


 ふとした綾人の言葉に、そよいの心臓が窮屈になり、面食らってしまう。

 合わせていた視線は徐々に彷徨わせてしまえば、否定の言葉を無理やり探し始める。


 行きついた先は、やはり表情。


「顔に、出てないと思うけど」

「それでも、そう見えた」

「……」


 疑いたいのに疑いきれなかった。濁しはするも伝えてはいる。

 単純に元気づけられただけと思いたいそよいは、彼の低くも真っすぐな声音を耳にし、視線は変わらず合わせないまま。心中が動揺し始めると、頭の中も同様となる。


 表情が変わってないのなら、どうしてそう見えたのか訊いてみたくはあった。彼の視点から、自身がどう見えていたのか知ってみたくなった。

 多少なりと興味というものが芽生える裏側で“気持ち悪い”と期待も見せる自身に歯止めをかけてしまう。

 

 わけもわからず黒く塗りつぶされた感情は、消しゴムで消している途中。残る消しカスは手で退けることができず、彼女の心に居座り続ける。

 それでも、一度小さく呼吸をすれば紅茶を口にし、落ち着いていく。


 顔を上げ、周囲へと視線を移す綾人が目に移ったあと、三原家の三人がお店から出てきたのだと知った。


 今いる階は二階ということもあり、ガラス手すりへと三原家は寄っていては、誰かと話している様子。

 人の行き交いから少し見づらいが、未波が同じ年ぐらいの女性と会話、彩乃も同年代と見られる女の子と手を握り合っては、喜んでいる表情を見せている。歩奈に関しては、どこかぎこちない様子で挨拶していた。


 そんなところで、ひとりの人物に目が留まる。


「に、荷物持って」

「え、なに?」


 スマホを見て、時間を確認していた綾人の腕を取る。


 今は説明している暇はない。それに会話している未波と彩乃には願い、歩奈がうっかり名前を呼びませんようにと、そよいは背を向けながら離れることだけを考えた。


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