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3 羞恥を胸に




(消えたい、消えたい、消えたい、消えたい……!)


 凍えるような寒さの中、彼──三原(みはら)綾人(あやと)は、顔を真っ赤にさせながら自身に怒りをぶちまけていた。


 ようやくといった思いで終わった高校受験。そんな日に限ってと言うべきか、最悪な出来事を起こしてしまい、人に見られてしまった。


 涙を流しているところに、バスの手すりに勢いよく顔をぶつけるところ。挙句の果てには、失礼しますと声を掛けながらも、数歩で盛大に転んでしまったところと……何点も。


 涙を流した件は、乗客がいないものだと思い込んでいたため、感傷に浸り過ぎた。バスの手すりは足早に降車口へと向かった彼女を見ては、慌てて拾おうとしたため足がもつれてしまった。最後となる雪の上で転んでしまったのは、意識が彼女に向いてしまったための注意不足、と自身では振り返る。


 ただ彼にもこのような理由があるのだが、自身の頭の中で、こうしていたら、ああしていたら、とたらればを言っていようが羞恥なる出来事に変わりはない。男として、これまでかと言うほどダサい姿を人に見せてしまったのは事実である。


 その見せた相手も相手だった。お年寄りや自身の親の年齢に近しい人なら、まだ恥ずかしさの度合いで言えば低いほうではあった。友達や知り合いに見られたのなら、笑ってやり過ごすか、数日経てば忘れていることだろう。


 しかし残念ながら、今回はそのどちらでもなかった。


 全くの他人ではある。だけど、帰る時間帯から同じ受験生であり中学生だろうと、歳が近いどころの話ではない。

 極めつけは異性であり、綺麗な人であった。

 今思い返してみても、作り物めいたような美貌を実際にお目にかかることは中々ないだろう。途中、降車ボタンの灯りに気付き後ろを振り返った。映る目には彼女が俯いた姿勢。目が合えば逸らされるも、少しの間見惚れてしまうような人物であった。


 振り返るだけでも、今回の件は黒歴史扱い確定。思い出すだけで悶絶してしまう。特に、最後にかけた言葉は何だったのだと。


『気をつけて帰ってください』


(……それはお前のほうだろうが……!)


 気まずさからかけた言葉に再び顔に熱を帯び始めると、白い吐息とともに忘れようと綾人は深呼吸する。


 本当に最悪な日。どうして彼女の前では転び、今歩いている下り坂は転ばないんだと彼は悔やみながらも、やってしまったものは仕方ないと切り替えるようにした。


 家はバス停からだとすぐ近く。緩やかなカーブとなっている下り坂を歩きつつ、ふたつ目の十字路を右に曲がる。今度は斜面が鋭い下り坂が目に映り、ここも難なく下りて行くことができると家に到着した。


 二階建ての一軒家のお家。黒い屋根に白の塗装が施された外壁。ガレージは一台余裕をもって駐車できる広さ、柱の上に屋根が付いているカーポート。家の前には、洗車する際やもう一台車を駐車する際に利用できるスペースも存在する。


 普通の家。ご近所や周辺の家を見比べるとそのような感想を抱くかもしれないが、一軒家の二階建て、ガレージに加え車が一台余裕を持って入るほどのスペース込みの坪。ともなると、おおよその金額は想像つくことだろう。


 そのような家に現在住んでいる綾人は、玄関の前に立ち鍵を差し込むと、あまりの寒さに身震いする。上は三枚。ヒートテックに白のカッターシャツ、そして学ラン。手袋やマフラーもしていなければ、上にダッフルコートや中学のジャージを着用せずと明らかに冬の格好ではなかった。


 バスに乗ってた時は暖かかったのに。そんな当たり前なことを振り返っていると、彼の元に今日一番の冷気が襲い掛かってきては、痺れる手や耳を守ろうと急いで家へと駆けこんだ。


「ただいまー」


 家の温もりを肌で感じながら、玄関にある靴箱の中へと鍵をしまい、一階から聞こえてくる家族に声を掛ける。

 綾人の耳に入って来ているのは人の声ではない。玄関に靴もなければ、まだ帰ってきていないよう。聞こえているのは犬がキャンキャン吠えている声だけ。それも無人の家ともなればいくつかの閉まったドアをも通り越し、玄関まで届いていた。


 靴を脱いでは揃え、まずは洗面所にて手を洗う。それから一階の部屋に顔を出してと、隅に置かれたケージに駆け寄った。


「ただいま」


 ケージの中で待っていた犬が待ちわびたかのようにはしゃいでいると、綾人は自然と頬が緩みケージから出してあげる。


 綾人がやさしい声音を掛けているのはトイプードルのモモ。

 トイプードル共通のくるくるした巻き毛が特徴で、愛くるしい体につぶらな瞳は包みたくなってしまうほど魅力的。毛色はアプリコットといった杏色で、季節が冬という寒いことも相まって温かい格好をさせてと、可愛さがさらに際立ち防寒対策もしているよう。


 どこかの誰かさんとは違うようであった。


「寒くなかったかー」


 走り回っては胸に飛び込んでくるモモを少しだけ撫でまわしてあげる。

 至福の時。今いる部屋は暖房が効いているようだが、それだけではない幸せが心を温める。基本的にはモモを取られてしまうことが多いため、綾人はほんの少しの時間遊んであげることに。撫でていた手を離せば起き上がり、再度撫でれば寝転び、手を離せば起き上がる。少し怒られそうな気もするのだが、反応が可愛いので少しだけ弄んでいた。


 そんななか、まだ着替えていないことも考慮し撫でる手を止めると、暖房は言われている通りに消しては換気し、そのあとにモモを抱える。


 特に問題はないか、部屋を見渡し大丈夫だと確認できると、二階に向かうため玄関を通る。


 すると、突然家のインターホンが鳴り響いた。


 宅急便か何かだろうか。足を止めていた綾人は、とりあえずモモを降ろせば玄関に出してあるサンダルを履き、ドアスコープから外を覗いてみることに。

 誰か確認することができれば、ドアスコープのカバーを元に戻す。


 予想できなかった光景に、しばらく立ち尽くしてしまう。


(……え?)


 呆然としていれば、再びインターホンが鳴り響き、モモが吠える。


 そんななかでも、綾人は焦ってドアを開けることはなかった。頭の中が混乱している。何かやらかしてしまったのではないか。もしくは自身の発言に怒りが込み上げ、尾行されたのか。あまりなさそうな事が頭の中に浮かんでいると、少し緊張しながらも、綾人はそっと開けてから外に出る。


「こんにちは、どうされました……?」


 相手の様子を窺うかのように慎重に口にした。


 それはなぜか。先ほど出会った人、降りるバス停が同じだった女の子が、その場に佇んでいたのだから。


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