25 準備運動は大切
インドア派かアウトドア派か。
そよいは以前に問われていると、どちらかと言えばインドア派と答えていたかもしれない。
本をあまり読みはしないが、音楽を聴いたり、映画鑑賞したり、今どきのファッションにメイク道具、アクセサリーやネイルと、ネットサーフィンをすることが多い。
外に出ることは極力なかった。
休みの日に限って、ひとりで出かけるとしたら晩御飯の買い出し程度。親に服でも買いに行くかと聞かれても、基本は断るか、買ってもらうにしても最低限。あの家で抱いていた嫌悪感は、やはり同じ学校の人間、それも同級生とばったり会うことを避けたいことにもあった。
では、今いる家はどうだろうか。
外に出ることは増えていた。それもモモと散歩をする機会が圧倒的に。
そよいは、運動は好きだ。
部活を途中で辞めたとはいえ、少しは気分が晴れるのが体を動かすことであった。
家にいると時々過ってしまう。ただ、唯一逃れられていたのは、家の中で筋トレをしている瞬間が上書きされていた。
だけど、今は気にする暇もないほどに暮らしているような。
そう考えるそよいは、家の中に居るだけで、胸につかえている靄が徐々に薄れている気がした。
(散歩、行けるかな?)
遊んでいたモモが壁近くにあるポールハンガーに寄れば、掛けられたリードとそよいを交互に見て、散歩したそうな視線を送っている。
モモは茅島家が買っているペットということ。他人でもあるそよいひとりで外に連れていくわけにはいかないので、一度綾人に確認してみようと二階に上がった。
彼は自室にいるのか居間にいるのか。
二階に上がれば、彼の部屋のドアが開いている。電気が点いていないことが目に見えては、自室にはいないだろうと、そよいは居間へと顔を出した。
そっとドアを開けた手を止めてしまう。少しばかり覗くような形に。
椅子に座り、スマホを見ている綾人の姿が目に映る。
そんな彼の口元はとても忙しい。もはや変顔の練習でもしているかのように、顔を動かしていたのであった。
靄が薄れていくのは三原家のおかげでもある。
人と会話をすることもない生活と、何も気にすることはなく会話する相手がいる生活。
目の前の彼がいれば、もはやインドアもアウトドアも関係なく、今としてはどちらも好きだと答えるだろう。
「いたなら言ってほしいんだけど……」
苦虫を噛みつぶしたような顔を見せるは、こちらに気付いてから。頬が赤く染まる綾人を見れば自然と心が和らぐ。
変顔の練習をしているのかと言われたら、違うだろうと途中で気付くそよい。
顔の体操をしていたらしい。い、う、と口を交互に動かしていたら、今度はお、う、と切り返し。続くように口をすぼめたり、辛そうに口の中を舌で回したりする。
顔の輪郭をマッサージしていれば、視線を変えたころに見つかるという流れに。
「今来たばっかりだけど」
そう答えながら装っては居間へとお邪魔する。首を横に振り、少しの間見ていたことは黙っておいた。
自身がしていれば不細工な顔になっていただろうが、彼を見ていれば面白いと声をかけなかった。
皮肉にも、得意となっている無表情で言ってしまえば、嘘でも本当だと騙せるだろう。読み解くこともできないだろうと平常心を心掛ける。
しかし、表情から読むことはできないはずなのに、早くも見抜かれてしまっていた。
「嘘吐かなくていいから、どうせ面白おかしく見てたでしょ」
「……どうしてわかるの?」
「前科があるから」
目を細めた綾人に指摘されれば、ゆっくりと視線を右へとずらす。
冷ピタ貼るときのあれかと思い出した。
たしかに、似たような事ではあるのだが……彼には言えないが、そよいとしては綾人が悪いと思う。
普段から自身が悪いのだと理解している。振り返る中学生活は至らない点が多すぎた故に、標的となった中でうまく立ち回れなかった。
でも、今他責思考になるのは三原綾人であるから。
第二者の視点から見た自身を理解できていないようで、妹の彩乃ならわかってくれるだろうと心の中で頷いた。
「で、どうしたんですか」
向かい側の椅子へと座ると、少し不貞腐れた綾人が訊いてきては、忘れかけていた話を持ち出すことに。
「モモちゃんが散歩行きたそうにしてたから、どうだろうって思って」
「あぁ、いいよ。すぐ着替えられるし、祖母ちゃんにメッセージ送っとく。歩奈が帰ってくる時間に家に帰ればいいから」
「歩奈ちゃん、早いの?」
「短縮授業。給食なしで帰ってくるって。多分、十二時前には家に着くと思う」
綾人の言葉を聞いては思い出した。彩乃も似たようなことを言っていたことに。
もう春休みまで数日しかないらしい。荷物を溜め込みすぎたと彩乃が嘆いていては、綾人が自業自得だと会話していたような。
それに部活は休みらしく、帰ってくれば一緒に外で遊ぼうと朝の玄関にて誘われていた。
「だったら……」
「歩奈のことなら気にしなくていいから。ここ数日、祖母ちゃんと一緒に散歩行ってたらしいし、毎日付いていくわけじゃないから。彩乃も昨日行ったばかりだし」
「じゃあ、お願いします」
「はい。……え?」
「え?」
散歩するのは問題ないということで、そよいはお願いしますと言った。
ただ、綾人が首を傾げていては、そよいもまた訊き返してしまう。
「俺ひとりで行けばいい感じ?」
「……」
間違った方向で受け取られ、言葉にしようとするも躊躇った。
なぜか、自分から一緒に散歩しようと誘うのは、可笑しな気がした。それに言葉に詰まれば、覆すような心は一歩踏み込めずにいる。
このままひとりで行ってもらったほうが、変な空気にならないかもしれない。
そういった思考が過りながらも、言葉にできずにいると、
「えっと……一緒に、どう?」
綾人から声を掛けられる。
人の心を読むエスパーではないだろう。彼はこちらから視線を外していれば、読もうとはしていなかった。
ただの偶然。それでも言いやすい空気となれば、元々付いてきてほしかったため言葉にできる。
「……そのつもりだった」
「早とちりか、ごめん」
「ううん、私ひとりで連れて行くのは良くないと思ったから。あと、彩乃ちゃんと外で遊ぶでしょ? その前に準備運動になるかなって。運動苦手って言ってたし」
「俺の足がつりそうって話ね」
「うん、そういうこと」
「いや、『うん』じゃなくて、俺そんな貧弱じゃないから」
……どうだか。それは口には出さずにいると、綾人は敵意むき出しに眉を顰めていた。
これには、勝負することがあれば勝てばいい話と、そよいは無視をした。
「着替えたら玄関で待ってる。すぐ準備できるから」
彼の言葉に頷けば、早速とそよいも準備に取り掛かる。
ほったらかしにしていたモモに撫でながら謝れば、着替えを済ませ、眼鏡と帽子を装備。
モモにリードを付けるところから綾人が教えてくれては、あの日以来となる、ふたりで散歩に出ることになった。




