24 二切れの行方は満たされて
二回目のガトーショコラも無事完成していた。
表面は先ほどとは変わらず、写真と似た形状ではない。
そこは仕方がないが、問題は味に加えて、中までしっかり焼けているのか。
竹串で確認した限りでは大丈夫だと思うも、なにぶん初めて作ったために不安は残ってしまう。
夕方なる時間帯ともなっていれば、買い物に出ては洗濯を済ませてと、綾人は少し警戒する。
そよいと歩奈はモモと遊んでいるはず。先ほどまで洗濯物を畳んでいれば、バスタオルや衣類と仕舞っていたところであった。
とはいえ、冷蔵庫を見られたらお楽しみが消えてしまう。
一応、帰ってきた歩奈には見つかってはいないはず。大きな三角巾で隠していれば、手の届かない一番上の冷蔵庫の中に入れておいたから。
冷やした後は味見用に薄く切り、あとは六等分に切り分ける。もうひとつも同様に切り分ければふたつとも口にした。
感想は単純なもの。頬が緩んでいたら、成功していたようだった。
チョコレートのコクが凝縮されていて濃厚な味わい。生地もしっとり、だけどふんわりと口にしやすい食感であり、ガトーショコラならではの後味が口の中に残れば余韻に浸れる。
レシピ考えた人すご。
口角上がる綾人は、ご機嫌になればお皿に分けていき、茅島家用に切り分けたお皿ふたつを持っていく。
一階に降りれば、パネル式のドアを開けてすぐ右隣り。そこに茅島家の冷蔵庫がある。
歩奈に悟られないよう、平然と開けては冷蔵庫に。
そよいと視線が合ったものの、仲良く遊んでいるようで微笑み、次は第二弾と晩御飯を作るため、よし、と綾人は意気込んだ。
二階に戻れば、耐熱容器の器を五つ取り出し、準備に取り掛かる。
バターを溶かし、小麦粉を混ぜ合わせ、牛乳を注いでいく。
逐一オーブンに入れるさいは温度を変え、ダマにならないよう泡だて器で混ぜてとソース作りを並行。冷蔵庫から取り出していく具材を切っては炒め、茹でることもしてはスムーズに作っていく。
耐熱容器に具材もソースも詰め込めば、オーブンで締めとする。
その頃には、彩乃が帰ってきていた。
「ただいまー」
「おかえり。冷蔵庫見るなよ」
「はーい」
覗かせる顔は綾人の様子を窺い、オーブンを使っている姿を見ては、口元は狐を描く。
部活帰りということもあってか体操着に身を包んでいた彩乃。上は三原と胸元に刺繍されていた黒のジャージを着てと、少しばかり寒くなかったのかと心配する。
白のエナメルバッグにラケットケースは未だに背負ったまま。荷物も置かずに晩御飯は何かと見に来たようだった。
「お腹は平気か?」
「ちょっとまし」
「量は?」
「いっぱい食べる」
「じゃあ、先に風呂入ってこい。出てきたころには丁度食べれるから」
朝の表情を見ていれば何より。
自室へと向かう姿を見届ければ、時間になってから綾人は用意していた。
机の上に用意したのは、グラタンと白菜のコンソメスープ。
グラタンの具材は、鶏肉にウインナー、玉ねぎにじゃがいも、ブロッコリーにマカロニと詰め込んでいた。
そよいは好き嫌いがないと、お試しで泊まった日に言っていた。
ならと、未波が作るように倣っていた。いろんな具材が入っていれば幸せだろうと。
「よくできてるじゃない」
「……そうですか。猫舌はもう安全圏内だから」
表面に振られていたパン粉の焦げ目を見ては、未波は微笑んでいた。
定時で帰宅できていては、メイクも落とさず早速と座っている。
息子が作った料理は母が教えたもの。その母が教わったのは一階にいる祖母が。
順当に受け継いでいる道ができていれば、未波も祖母もうれしいものであった。
未だに姿がない三人は、徐々に集まりだす。
歩奈がそよいを連れて来ては座らせ、風呂上がりの彩乃は顔を保湿していては、額を見せた姿で到着。
皆が席に座れば、歩奈が目の前の食卓を見ては口にする。
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、おっきいお皿」
目の前の器と比べて、綾人に彩乃、そよいもだが一回り大きい。
もうすぐ小学二年生の歩奈ではあるが、三人のような大きな器に入った量は食べきることはできず、残してしまうだろう。
「歩奈は食べれないでしょー」
「お姉ちゃん太るー」
「部活してるので太りませんー」
やんわりと反撃してくる姉の彩乃に、歩奈はぷいっと顔を背けばスプーンを手に取り、母の未波へと視線を移す。
「そよいちゃんは量大丈夫? 無理だったら明日食べればいいからね」
確認している未波は、歩奈と同じ器の大きさ。
綾人たちのように多くは食べられず、この四日間のそよいが、食べる量を知っていての発言だろう。
一応、どの器にするか聞いていた綾人なので、適当に選んではいない。
頷くそよいを見れば、未波が手を合わせた。
「じゃあ──いただきます」
未波が口にすれば、四人も手を合わせてと食事に入った。
表面にスプーンを入れると、サクッと焦げ目の付いたパン粉が音を鳴らし、伸びるチーズに歩奈は目を輝かせる。
様子を見ていた綾人の目に映るは、彩乃もパクパク食べていては、未波はスープから。そよいも、問題なさそうだった。
「綾人、料理上手でしょ」
余計なことを言いやがって。
スープへと手を付けていると、未波が笑顔でそよいに自慢していれば、綾人は睨みつけてしまう。
それでも、全員が満足している様子を見れば安堵した。
特に、おいしそうに食べる彩乃と歩奈からは作る意味もできるもの。そよいも手が進んでいてと、心の中で微笑んだ。
いの一番に食べ終わった綾人は、お腹が膨れたと感じていれば一度自室へ。ローベッドに倒れ込んでは脳もお休み状態となっていた。
少しは勉強しないとな。そう考えるは、バイトをしたいと思っているから。
少しぐらい大学に行くための学費になれば。それに髪を切るにも、顔の保湿だったり服を買うのと、自分で稼いだお金で払えるようにしたい。
ただし、あの高校では、周りと比べたら学力は下のほうだろう。
先に勉強しておかないと、バイトをしている時間に置いていかれる可能性が十分にある。受験勉強に力を注いでの合格なので、両立できるかはこの春休みにもかかっているかもしれなかった。
もう食べ終わっているか。
そう思って部屋に戻ると、皆が食事を終えていた。
ただ、未波とそよいの姿が見当たらない。
シンクに食器を置いていた彩乃に訊けば、そよいはお風呂に入ったとのこと。未波も化粧を落としに行ってるらしいので、本来の目的で作った彩乃と歩奈に対し、お礼をすることに。
「どうぞ、バレンタインありがと」
楽しみに待ってました。フォークを渡されたふたりが、何が出てくるのかとワクワクしていたので、出してあげれば歩奈が感嘆の声を漏らしていた。
「ガトーショコラ?」
「そう。おいしいはず」
「いただき……もう食べてるじゃん」
視線を隣に移せば、もぐもぐと笑みを見せる歩奈。
彩乃がそんな可愛い妹の頬を突っついてると、自分もと口にし、おいしかったのか喉を鳴らしていた。
「歩奈、おいしいか?」
「うん! ありがとう!」
「どういたしまして。ふたつ皿に乗ってるけど、もうひとつは明日しとけよ」
「ん」
無邪気な次女の笑顔には救われ、頷く長女の一口が大きければ失笑してしまう。
祖父や祖母には、食べていいよと言っているので声を掛ける必要はない。
孫が作ったと知れば、祖母には抱き着かれる。親に似るというのはそういうところか、と祖母に出会えば、しみじみ綾人は受け入れていた。
化粧を落とし終えた未波にも食べてもらい、いつもどおりそちらは回避。あとは、そよいに感謝を伝えたいところではあるのだが……時間は午後十時を回り始めていた。
流石にお風呂に入った後だと、二階に上がってくる必要はない。夜に声を掛けに行くのは、少しと言った話ではなく、身構えてしまうだろう。
一度歯を磨きに向かった綾人は、明日にしようかと考えていると、洗面所にてそよいと鉢合わせる。
彩乃と同じように、額を覗かせているのは顔の保湿をしていたのだろう。
少しばかり伸びた前髪が左右に寄せられていると、彼女の目元が露わになる。
(やっぱ綺麗だよな……じゃなくて)
吸い込まれそうな瞳を前に、煩悩を払うかのように顔を横に振る綾人。
わざわざ立ち止まってくれていたので、困っているだろう彼女に用件を伝えることに。
「宮代さん、人が作ったデザートって食べられる?」
不安視していたことを確認するため、訊いてみる。
しかし、そよいは理解できていない様子。目をぱちぱちとさせ、不思議そうにしていた。
「ガトーショコラ、宮代さんの分もあるから、よかったら食べてほしいなと思って。ほら、異性とかなってくると少し警戒するというか、他人が作ったのは無理っていう人も聞くから」
内心、ドキドキしながら訊いている綾人は、顔が引き攣りそうにもなってしまう。
どうせなら、お店のケーキやドーナツを買えばよかっただろうかと、不安になる。
「私、バレンタイン渡してないよね?」
そんななか、まさかの別の返答が返ってきては、困惑してしまう。
どうしてそうなったのかと思うも、バレンタインのお返しで作るといった話だろう。
彼女とは出会ってもない日である。だけど、彼女に対しては別の理由で食べてくれたらと口にする。
「もちろんそうだけど、看病してくれたお礼として。迷惑かけたし、助けてくれたから」
「……別にいいのに……」
「……よかったら食べてほしい。無理にとは言わないし、ちゃんと断ってくれたほうが、助かる」
そよいによる、少し悲観的な言葉を前に躓く綾人。
自身が発した言葉は、彼女にとってやさしさという名の暴力かもしれなければ、最後の言葉は間を開けて言葉にした。
それでも、そよいはぎこちなく頷き、食べると口にしてくれた。
一度、二階に戻れば持っていき、一階で待っていた彼女に、ガトーショコラが二切れ乗ったお皿とフォークを手渡す。
「看病してくれて、ありがとうございます」
軽く会釈し、感謝の言葉と共に手渡せば、小さくも「ありがとう」と尻すぼみした言葉が返ってくる。
そよいが自室へと入ってしまえば、小さく肩を落としていた。
時間も時間。感想は翌日以降となりそうであった。
春休みということも相まって、母に妹たち、祖父や祖母の出勤に顔を合わせれば、玄関からいってらっしゃいの言葉を綾人は送ることになっている。
全員の見送りが済めば、朝食に使用した食器を片付けることから。
手首まで覆った袖を捲くりつつ階段を上りきると、居間へと入る手前、そよいから声を掛けられる。
手にはお皿とフォークを持つ姿。
こちらから視線を外すも、今から食器を洗うので綾人は小皿を受け取ろうとする。
だけど、向こうは手渡してくれる手前、少し目が泳ぎながらも自身を見て言った。
「おいしかった、です……」
伝えてくれる行為に、自然と綾人は「よかった」と口にした。
だけど、綺麗なお皿には疑問が生まれてしまう。
「ふたつとも食べた?」
「え? 食べ……た」
そよいの戸惑った姿が目に映る。
昨日の夜、渡したばかりの小皿にはガトーショコラが二切れ。切り方はホールケーキの配分で。
大きさで比べると、少しは小さなケーキとはなる。妹たちに伝えた通り、二日に分けなさいと、食べすぎ注意と口にはした。
だからこそ、思わず笑み零れてしまった。
彼にとっては、押し付けがましい自己満足でしかない。それは、別にいいのにと口にした、そよいの言葉が蘇る。
それでも、彼女がおいしく食べてくれたのなら構わない。
掃除に洗濯。基本は嫌々やっている綾人であるが、今日は機嫌よく家事へと徹するのであった。




