23 気遣う心とありのまま
少しすると、オーブンから出来上がったと音が鳴った。
ちょうどいいところで、二回目も型に流し込むことができていては、あとはオーブンに入れるだけの状態に。
スムーズに作れている今、期待するかのようにミトンを手に嵌めた綾人は、ゆっくりとオーブンを開けてみせる。
(おー)
焼き上がったガトーショコラを目にすれば、心の中で感嘆の声を漏らしていた。
安全に取り出すことができると、机の中央に置き、一度冷ましておくことに。
ふっくらと出来上がった表面は、綺麗にとはいかなかったようだ。
今にも割れてしまいそうな亀裂が入っていては、表面が滑らかとはいかず。形はレシピ本のような、タルトのような形状ではなく、ホールケーキのように山を描く形となっていた。
見た目は失敗かもしれない。
オーブンの時間が問題なのだろうか。頭を悩ませる綾人だが、それよりも問題は味だと心の中で頷いてみせる。それに食べられる見た目には、よし! と小さくガッツポーズをしていた。
「うまくできてるね」
今も見守っていたそよいからは、褒め言葉を送られる。
男が作っている姿を見て楽しいのだろうかと思っていた。
だけど、ひとりで淡々と作っているよりは、話し相手が居てくれたのはうれしい限りである。
「ありがと。ただ惜しいのは断面、写真と違うし」
「基本無理だと思うよ、パティシエじゃないから」
「それもそうか」
オーブンへと第二弾を投下しながら、言葉を返す。
今回は二十五分くらいに。様子見をしながらのほうがいいかと試せば、一旦は机の上を片付けることに。
それにはそよいも手伝ってくれては、ありがとうとお礼を口にする。
一時的な片づけを終えれば、テレビを点け、二階にモモを抱えて来てと遊ぶことに。
危険視すべきものは机から退けている。
もちろん、冷ましていたガトーショコラは余熱が取れるまで、モモに見つからない場所へ移動。食べられてしまうわけにはいかなければ、モモに与えていいものではないと、避難はさせていた。
「少し聞いておきたいことがあるんだけど……いい?」
膝の上に乗せたモモと遊び、今度はそよいのほうへ。
そんなときに彼女から声を掛けられ、頷けば彼女は話す。
「学校でのことだけど、あんまり話しかけないほうがいいよね? 同じ中学の人がいるとかも、含めて……」
どうしたのかと思えば、高校でのこと。
それには思い出したかのような声音で、綾人は返す。
「あぁ……気遣ってくれるなら助かる。宮代さんもあれだったら、俺も話さないようにするから。何かあれば、アプリでやり取りすればいいと思うし」
「うん、私もそれでいいと思ってる。ちなみに、同じ中学の女子は何人いるの?」
「女子?」
唐突に感じた質問に、綾人は首を小さく傾け言葉にも出てくる。
それでも、意図を察したのは数秒も掛からなかった。
「えっと、三人。別に仲良くするなとは言わないから。むしろ話しやすいし、そこの三人は気にしなくていいよ」
「……わかった。名前、聞いてもいい?」
「日暮結望、木野梨花、秋原瑞季の三人になる」
指を使ってでも三人いるかと確認した綾人は、彼女の言葉に心の中で苦笑する。
すごい気を遣ってくれている。申しわけない気持ちになれば、名前まで聞いてこられると徹底しすぎではないかと思った。
偶然すぎる女子三人は元クラスメイト。小学校から中学校と、九年も同じ学校に通っていることになる。
中学三年以外にも彼女らと同じクラスになることがあれば、何度か会話はしていた。そのことから、避ける必要どころか、そよいでも仲良くなれると思ってはいる。
人生で一度の高校生活。不安となるだろう友人関係。彼女に縛りを設けるようなことはさせたくないため、気にしなくていいと、綾人は言った。
ただ、一点。彼女が気にするのだとしたら……女子ならではの世界。
そちらを知ることがない綾人ではあるが、裏表があるような人物たちではないとわかっているので、問題ないと勧めていた。
「帰るときは……どうしよ。中学、彩乃ちゃんも通ってる場所だよね?」
「そこは安心して大丈夫。中学は彩乃と別だから。受験終わりにほんの少し話したけど、中学から公立高までは、近くの電車で来てたから行き先が反対。彩乃が徒歩圏内の中学とはまた違うから」
少し話したというのは、彼女がバスをどこから乗ってきたのかと聞かれたとき。
同じ中学の友人と駅に向かった、そういった話をそよいは思い出したのか、顔を上げていた。
「……ありがとう」
「いえいえ。こちらこそ気遣ってくれてありがと。宮代さんは……遠くから来たから流石にいないか」
「うん。ひとりだけ隔離されてた」
「か、隔離?」
「受験のとき、高校ごとにグループになって集まらなかった? そのとき、一番端の席に追いやられた」
「なるほど。集まったよ、それで同じ高校の人はいっしょに願書届けに行った。でも隔離って言い方よ。収監でもされるのかって」
そう突っ込めば、真顔で言ってる彼女の目は少し柔らかく感じた。
言葉選びがずるいとも言えばいいのだろうか。目の前のやさしい人物が、やかましいや隔離などといった言葉が飛び出すとは予想できない。
「高校入学したら、宮代さん、クラスで面白い人扱いされてそう。良い意味で」
「それ、三原君しか絶対に言わないよ」
「んなバカな」
「そんなことない。中学は暗い人間って感じだったから」
「…それは中学の人がもったいない限りで」
「こっちから関わろうとしてないから、仕方ないけどね」
淡々と言って退けるそよいは、特に嫌な表情を見せずと話してくれる。
彼女を少し知りたくても、中学の話はどうだろうか。
様子を窺おうかと悩んでいると、彼女から話してくれては、発した言葉に気にした様子もなかった。
とはいえ、疑問を浮かべた綾人は、彼女の最後の言葉が気になった。
こっちから関わろうとしてないから。その言葉には、自分には話しかけてますけど、と返したくはあった。
ただ彼女のことだから、家に住む綾人とは温度感がないようにと、気を遣っているのだろう。
今も返してくる言葉は、相手を和ませるようないじりまでも飛ばしてくる。
「それで言えば、三原君はドジとして有名になるんじゃない?」
「女の子だったら可愛いですむけど、男としては最悪すぎるな……」
「だろうね。気を付けようともボロはすぐに出ると思うよ」
「いや、ボロ言わないでほしいんだけど」
肩を落とした綾人は、勘弁してほしいと口元を結んでいた。
どんな形であれ、入学式のスタートダッシュで転んでしまうのだけはと思う次第。もしそうなるのだとしたら、直近では……体力測定になるのだろうか。運動が苦手、その程度で収まるのだとしたら問題ないだろうが、へまはしたくない気持ちにはなっていた。
そよいに持ちかけられた相談といい、今の話といい、頭の中に思い浮かぶ。
卒業生の春休みは少しばかり長い。
とはいえ、入学説明会や制服の採寸に教科書の購入、高校に向けての準備期間でもあれば、自ずと日は経っていく。
それには、あっという間に高校生活が始まりそうだなと、気持ちよさそうなモモとやさしく撫でるそよいを見ながら、綾人は思った。




