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22 振舞う準備を整えて




 体調が元に戻った綾人は、居間にある机に新聞紙を敷き、腕を組んでいる。


 自身が口にもしていたこと。それはまさか、そよいが来る日に限って、体調を崩すとは思いもしなかったということ。


 朝起床すれば体はしんどい程度。熱があるなんて彼女に指摘されなければ気付けず、家に帰って布団に入れば自覚することができていた。


 本来、居候する人に対してもてなすのが通例であろうが、看病されることになってしまった。

 申しわけない半分、看病されたのは異性となる同学年の相手。

 もちろん、彼女の顔が近くにあれば目を逸らしてしまうし、引き付けられるかのように彼女を見てしまうのも男として仕方がない。


 それに、あの天然っぷりには勘弁はしてほしく、先ほどの出来事もある。


(破壊力ありすぎだろ)


 遠い目をするかのように、綾人はそよいの姿を思い出す。

 寝間着姿で、髪も整っていない。眼鏡をかけ、少し疲れたように肩を落としている姿。


 もうこの家に慣れている。そういった方面では茅島家が安心するのだろうが、綾人としては心臓が持つ自信はなかった。

 だけど、それも今日まで。彼女も無意識であったためのハプニングに遭遇したということで、これからは大丈夫だろう。


 さて、綾人は今から、何をしようとしているのか。

 それはホワイトデーのお返しである第一弾、妹たちにガトーショコラを作ってあげようと、準備を済ませていた。


 三原家のキッチンは狭いために、食事に使っている机にて新聞紙を広げている状態。

 調理器具に材料と一度に全て用意することができれば、動きやすくなった即席の調理場は、解放感からもやる気が出てくる。


 ガトーショコラを作ったことはあるのか。

 ありません。それが綾人としては一番緊張するところであり、デザート自体作るのも初めてと言ってもよかった。


 影響を受けたのは祖父の存在。

 ここ三年ほど、休みの日にチーズケーキやパウンドケーキと祖父が作ることがあっては、三原家にも振る舞ってくれていた。

 贔屓目なしにおいしいと絶賛するほど。歩奈も好きで食べていれば、彩乃が兄の分だと知りながら少し盗み食いするほど。そんな身近にいてくれている人の影響を受けては、暇な春休みにと動いているのが今である。


 綾人は手に持つレシピ本を広げては確認している。料理をしない、といわけではない彼から見ると、簡単に作れそうではあった。


(卵をふたつ溶いて、チョコレートとバターを湯煎にかけて……)


 とりあえずと、レシピ本に書かれている通りに作っていく。


 本を見る限り、六等分に切り分けられている。

 自分も食べたいとカウントするのならと、予め二回分の量を用意していた。


 それはとても都合が良かった。もともとは、家族みんなに食べてもらおうと思って準備していたが、看病してくれたそよいに対しお礼として用意できそうであれば、あとは上手く作れるよう頑張るのみである。


 一回でまとめて作らないのか。失敗したら怖いので、短縮するよりも丁寧に作ることを綾人は優先。それに加え、家にある型の底の浅さから二回分は注げないと分けることにする。


 湯煎にかけるチョコやバターが、中々溶けないなと見つめながら、レシピ本と睨めっこ。

 ようやくと溶け切れば、今度は砂糖を入れることに。


(多すぎないか……?)


 初めてと言ってもいいデザート作りに唖然としてしまう。

 砂糖はこんなに入れるのかと。


 耳にしていた話だろう。ケーキ作りを一からすれば、砂糖の量に目が眩むと。

 おいしいと思わせるものほど、体に悪い砂糖は多く使われている。


 バレンタインデーを思い出す。女子たちがそういった話をしていたことに。

 今度からチョコを食べるのは少しにしよう。ケーキやドーナツも特別な日だけに。と言っておきながら、ほぼ毎日が特別な日になってたりして。


 これは男である綾人でも顔が引き攣れば、泡だて器で混ぜ切ってから思う。


 よし、砂糖は消えてなくなったと。


 ここから、溶いた卵を入れて小麦粉をふるい入れてと工程を進めていけば、型に流し入れオーブンに投入。

 焼ききるまで二、三十分は掛かるようだった。


 小さいころにもあったような、ぼーっとオーブンを眺めている時間。

 そんな時に、ふと思う。宮代そよいは、人が作ったデザートを食べることができるのかと。


 朝食に晩御飯と食べてはいただろう。それに、この四日間は未波の手料理を口にしていたはずだ。


 ただ、綾人が作ったデザート、といったところが問題なのかもしれない。

 目的は妹たちにお返し。ただ、看病してくれた恩は必ず返したければ、やっぱりおいしいものでと思う次第。


 男でもそうだが、他人が作ったものは食べられない人もいる。

 クラスの男子で、そういった人がいたなと振り返った。


「何してるの?」


 やってしまったか。そう顔を覆いたくなると、不意に後ろから話しかけられる。

 ゆっくり振り向けば、そよいがこの部屋へと顔を覗かせていた。


 妹ふたりを見送った後は、互いに分かれる形で自室へ向かう。

 多分、モモと遊ぶか、勉強でもしているのかなと思っていた。


「ホワイトデーのお返しでガトーショコラ作ってる」

「三原君、作れるの?」

「初めて作った。だから味はわかんない」


 綾人は苦笑する姿を見せて言った。

 指し示すは、オーブンと見ていたレシピ本。彼女はまだ片づけていない机へと視線を移せば、レシピ本へと目を向けている。


「読んでみる?」


 一度閉じたレシピ本を見せると、彼女は頷き、綾人は手渡す。


「こういうの書店で買ったの?」

「書店で買った。一応、母さんが買ってるやつもあるよ。俺のは簡単に作れるやつですよって本だから、凝った料理ならそっちのほうがいいかも」


 受け取った彼女は、レシピ本をペラペラと捲っている。


 最初は広げていたデザート付近を見ていたが、おつまみやおかず類と目を通している。

 気に入ったのがあったのだろう。一度手を止め、じっくりと工程の欄を見つめていた。


 オーブンへと目をやっても、まだまだ時間は掛かる。

 もう一度作ることは決まっているので、一旦ボウルなどを洗っておくことに。


 昼前には作り終わりたい。そうオーブンの時間の兼ね合いも考え、早速同様の工程へと入るのだが……。


(すごい見られてる)


 そよいがレシピ本と綾人を交互に見ている。


 分量は最初に用意していたので間違えることがなければ、工程も少ないので彼女に本が渡っていても問題はない。

 ただ、その興味ありげな視線を送られるも、何も話しかけてこないので緊張しっぱなし。彼女に審査でもされているのだろうかと、身構える形となっていた。


「宮代さんって料理はする感じだよね?」


 チョコとバターを溶かしている最中、つい先ほどレシピ本をじっくり見ていた彼女の姿を振り返り、話を振ってみる。


「多少は。……どうしてそう思ったの?」

「リンゴ、綺麗に切ってたから。俺だったら皮切るとき、もう少し実もいっしょに切っちゃうし、ガタついてるから。手慣れてるんだなぁって思って」


 看病されていた日を思い返しての言葉。それもリンゴを切ってくると彼女が言って、ものの数分で持って来ての綺麗な見た目。皮を切った後はガタついたような箇所は見られず、リンゴの丸みを帯びた形に対し線を引くようにと、綾人にはできない包丁さばきであった。


「ちなみに得意料理聞いてもいい?」


 料理が手慣れていそうな彼女は、どういった料理を作るのだろうか。

 そういった興味で訊いては見るも、


「…………特にないかも」

「ないんだ。じゃあなんでもそつなく作れる感じか」

「……そうかも」


 考え込んでいたそよいの回答に、思わず笑みが零れる。

 なんでもそつなく、それは凄いことだと。


「三原君は、毎日料理してるの?」


 今度は彼女が投げかけてくれる。


「毎日はしてない。ただ母さんに毎日作らせるのもあれだから、休み以外の日は基本的に俺が作るようにはしてる」

「……大変じゃない?」

「最初は大変だった。作るの慣れてなかったから、味は大丈夫でも時間が掛かった。歩奈にお腹すいたーって言われて、ちょっと待てーって。俺も歩奈くらいの時に言ってたなぁって思い出した。外にある屋台見て、アイス食べたいって母さんに我儘言うようなもんで」


 少し歩奈のトーンに真似るよう言ったりしては、彼女は黙ったまま聞いてくれている。


 表情がどうのこうのは別として、あの時と変わらずに会話はしてくれる。初対面という名の第一の壁が過ぎれば、続いては相手の中身を知る第二の壁。


 笑うことが苦手と聞けたことが大きい。表情が変わらずとも、返してくれる言葉から汲み取ることに意識を置けば、こうも話せている現状に違和感を持つことはなかった。


「宮代さんはなかった? 小さいとき、駄々こねるっていうか、そういったことは」

「……多分、口にはしなかったけど、思うだけだったかも」

「すでに大人だったか」

「どうなんだろ。でも、逆に我儘言ってほしそうだった。それに悪く言えば、子どもなのに……可愛げないし」

「そんなことないでしょ。宮代さんは可愛げ絶対にあったでしょ」

「それ──は……」


 言葉に詰まる声を耳にした。

 目を離さないよう砂糖を入れて泡だて器で混ぜていると、移し変えた目に映るは、綾人を見ては瞬きをしている様子であった。


 何かまずいことでも言ったのか。そう不安視する綾人が彼女を見ていると、視線は合わせてくれず明後日の方向へ。


 少し、頬が赤くなった気がする。

 何か踏み込んでしまったかと思ったが、違ったよう。


 自身が可笑しいのかと思いつつも、流石に目の前の彼女が初心なのではと、面白い一面を見ている気持ちであった。


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