20 食べさせてください
モモと遊んでいれば時間はあっという間に過ぎていく。
撫でていれば大人しく、クッションやボールに噛みついたりすれば暴れ回ったり、時には走り回ったり。ウガウガと遊んでいる姿を目にすれば、一度はほったらかしにしていた荷物の整理に手を出したそよい。
静かだなと戻ったころには、モモはお昼寝に入ってしまっていた。
綾人は大丈夫だろうか。一度様子を見に行ったときは静かに寝ていたけど、何も食べていないのではと思えば、自身のお腹もなってしまう。
どうしよう。お昼ごはんのことを全く考えていなかったそよいは思い出す。近くにコンビニはないらしい。あるとしても歩いて二十分のスーパーだとか。
流石に何か食べたいと思えば、二階に上がりそっとドアを開ける。
電気は点けないようにし、暗いなか膝をつく。こちらに向いた顔を目にすれば、今も寝ているのだと確認できる。
静かな寝息を耳にし、無防備となっているその姿を見ていると……自然と手が伸びていたことに気が付く。
何をしようとしたのか、自分でもわからない。手を引っ込めれば、胸に手を当て自身に問う。
(……)
すると、寝ていた彼が目覚めたようで壁際へと手を伸ばす。
スマホを手に取っては時間を確認したよう。ゆっくりと上半身だけを起こせば、辛そうな目でこちらを見る。あまり寝れなかったのかもしれない。
「……ずっといた?」
「ううん、来たばっかり」
くぐもった声に返答すれば、彼は咳き込んでいた。それもかなり長いことだったため、背中を擦ろうと手を伸ばすのだが……見ていて何もしないのはと、躊躇っていた手を伸ばした。
心が締め付けられる。その狭間の原因は振り返ってはダメだと、内なる自分が抑え込む。
「ありがと……」
「……うん。お昼ごはん、どうしたらいい?」
一度水を飲んでもらっては礼を言われると、スマホへと目を逸らす。
もう十四時だった。自分のこともそうだが、何よりも動けなさそうな彼のために、作ってあげないといけない。
「うどんがある。ごめん、食べてなかった……?」
「私のことはいいから。──ちょっと待って」
立ち上がる綾人を見ては、そよいは止めようとした。
また自分のことを考えずに行動しようとしている。
「自分が…………場所だけ教える。あと、お手洗い行くだけだから」
少し考えたような間があったものの、彼は言いかけた言葉を呑みこんでいた。
自身に任せてくれるようで安心した。少しは頼ってくれるようでそよいは助かる。
食器に調理器具と場所を教えてもらえれば、うどんを茹でては乾燥若布を入れてしまい、溶いた卵も最後に入れては弱火にする。
醤油のみで、薄めで味を調整すれば五分で作ってしまう。適当な器を選んでは、トレーも見つけたので乗せて持っていくことに。
綾人はローベッドの上で目を瞑りながら座っている。少し猫背にもなっていては、今も辛そうではあった。
そこまでの体調でわざわざ迎えに来るあたり、そういった人だろうとは感じてしまう。無理に隠してまで来るのだから、約束は律儀に守るらしい。
迎えに行くとメールを送ってきた手前、行かないのは心が痛む。それは同じ考えではあるが、無理をしてほしくはなかった。
いっしょに持ってきた小さな器にミニうどんを作ってしまえば、念のため冷ましておく。
これくらいなら食べれるだろうか。
そう彼の口元まで持っていったのだが……。
「……」
食べてくれない。
マスクを取っていた彼は瞬きをし、どうしてかお箸と自身を交互に見ていては、口にはしてくれなかった。
「食べて」
「いや……」
視線を彷徨わせていた彼が後ろを振り返りくしゃみをすれば、手元にあったティッシュを使って手も鼻も綺麗に拭き取る。
ごみ箱に捨てているのを見れば、もう大丈夫だと彼に寄せるも視線を逸らされる。早く食べてと、眉間に皺が寄りそうになっていた。
「うどん、伸びる」
「……」
早く、ともう一度彼の口元へと持っていくと、彼は瞼をぎゅっと瞑ってしまえば、ゆっくりと口を開けようやく食べてくれた。
スッと喉には通っているようだが、味はどうなのか気にはなる。
味見をするべきだったのか。それとも薄めだからあまり味を感じないだろうか。それでも、パクパクと食べてしまっていれば、もう一度小さな器に作ってしまう。
食欲があるようで安心した。これで薬も飲んで安静にできると言ったものであった。
「……恥ずかしくないんですか……」
「何のこと?」
口にする次を待っていると、唐突に彼が言った。
その言葉に対し理解ができなければ、なぜか、じーっとこちらを敵視するかのように見てこられ、困惑してしまう。
今度は項垂れるように顔も肩も落としてしまえば、綾人は頭を抱えていた。
わからない。何かやってしまったのかと思うと彼の顔が赤いと知る。
……察しが付いたのは少しばかり遅かった。
彼が気まずそうに若布を口にすれば、恥ずかしくないんですかといった言葉に申しわけなく返す。
「ごめん……」
小さいころにしてもらったことを倣うだけ。とはいえ、これを同学年の異性にしてるのは可笑しなことであった。
そよいは、自覚してしまえば器を膝元に持って行き、頬が赤く染まるのを感じながら俯いてしまう。
看病の仕方がわからなくなる。
心配しすぎなのだろうか。赤の他人ではなくとも、ここまではしないのだろうか。混乱してきては頭を悩ませる。小さな部屋に、沈黙した気まずい空気が流れてしまう。
そのような中、小さく、くぐもった声音を耳にする。
「……食べさせてください」
どうこの空気を収束させればよいのか、そよいは迷っていると顔を上げた。
この部屋にはふたりだけ。視線を逸らした綾人は、気まずそうな表情に変わりない。
そのため、自然と訊き返してしまった。
「食べさせて、ください……?」
そう口にすると、彼の声は小さくなっては消え入りそうになっていく。
「復唱する必要ないんだけど……俺を殺す気ですか……」
「……だって……変なこと言うから……」
「それは……もういい、忘れてほしい」
縮こまる綾人が耳まで真っ赤にさせると、行き場のない視線は目を伏せてやり過ごそうとしていた。
指摘したかったが、そよいも可笑しなことをしている立場であり、自分のことを棚に上げて言える話ではない。
ただ、今更引き返せるわけもなく、御所望通りもう一度と持って行くことに。
目を合わせないように、手に持つ箸の感覚が無くなれば、もう一度と食べさせる。何回かすると、再び小さな器からうどんが無くなってしまう。
もう一度と注ごうとすれば、自然と綾人の顔が視界に映る。
それは、咀嚼しながら、恥ずかしそうに口元を手で覆うような姿。目を瞑っていては、火照る顔は羞恥と罪悪感のようなものが入り混じっているようだった。
目にしたそよいは、一度呆然とする。
見る見るうちに、自身も耐えられなくなってしまえば……──逃げ出していた。
同じようにうどんを食してと昼食を済ませたそよいは、彼の様子を見に行くことに。
すると、安心することに、全て食べきってくれていた。
食器はあと回しにしてしまい綾人の元に水と薬、併せてリンゴを持っていく。冷蔵庫にあることを思い出して言ってみれば、彼は食べたいと言ってくれていた。
それは笑顔を向けてくる、可愛らしい女の子も同様である。
歩奈は帰ってきて早々、おろおろしながら兄のことを心配していた。狭き部屋にはランドセルと通学帽。直すことさえ忘れていては、そんな歩奈に対し笑っている綾人は頭を撫でていた。
ただ、気が変わるのは早かった。綾人が食べ終わった器を目にするとお腹が空いたと言っては、彼女にもリンゴを用意することに。
兄は呆れていたが通常運転らしい。元気な「ありがとう!」というお礼には、笑顔で返すことが難しいので静かに頷き「どういたしまして」と籠めるようにそよいは口にした。
「持ってきたよ」
綾人に手渡す手前、フォークを差しておいてから小皿を手渡す。
彼は受け取るとすぐには手をつけない。こちらを見てきたので、そよいは少しばかり複雑な感情の中、言葉にする。
「もう食べさせないけど……」
「……頼んでません……ありがと」
苦い顔を見せて言った綾人だが、最後の言葉により、睨むことはやめていた。
少しモヤっとくる言葉でもあれば、最後の感謝には気持ちの行き場に困ってしまう。自分から食べさせていたのだから。
「合格後どうだった? いつも通り元気してた?」
早くも小皿にあったリンゴを食べてしまえば、薬を飲んでしまった綾人。
今は寝転んでいては、マスクをしながら訊いてくる。
「元気にはしてた。ただ、三原君は元気じゃないけど」
「そうですね……。まさか、宮代さんが来る日にこうなるとは思わなかった」
眉を下げた綾人は、このありさまと見せつけるかのように言っていた。
彼としては最悪だろう。だけど、そよいとしては役得といったところであった。
迷惑をかけるだろう居候人としてやってきていては、家に住む人の助けとなっている今、よかったと胸を撫で下ろす。
初日から思いもしなかった出来事ではあるが、胸のつかえが取れるような気持ちになれば、彼には感謝する。
もちろん、早く治ってほしい。
「ごめん、迷惑かけて」
「ううん。住まわせてもらうから、もっと頼ってほしい」
「……それは心強い。今日はそうさせてもらう」
「違う。今日は、じゃなくて、いつでも頼って」
「……わかった」
病人はしっかり休んでいて。そう再度布団を被せれば、そよいは小皿と薬を回収しては電気を消し、ドアを閉めた。
二日後くらいには、元気になっていたらいいな。
そう思いながら、そよいは食器を洗えば、歩奈と少しばかり遊ぶこととなっていた。




