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19 貼り付けるだけ



 

 家に入れば、まずは手を洗い、即座に綾人を二階へと連れ込んだそよい。

 アウターは脱がず、キャリーケースはほったらかし。一階の部屋に顔を出そうとする彼を連れて行けば、今度は二階のダイニングに向かおうとするので、無理矢理彼の部屋へと押し込んだ。


 自分のことを後回しにしている。そんなことから、少しばかり彼を睨むかのように目を細める。ほいほいとどこかに行ってしまう、子どもかと。


「大人しくしてて」


 綾人をローベッドに座らせると、その言葉は目でも訴えかける。

 頷くしかなかっただろう。委縮した彼を見れば、そよいも頷き返し、二階のダイニングへと顔を出す。


 コップは適当なものを選び、浄水器で水を汲めば、救急箱を探し始める。

 お試しで泊まった日、知らずのうちに、脚に打撲のような跡が居座っていた。偶然にも確認していたところ、未波に見つかってしまっては救急箱の場所を教えてもらうきっかけに。


 タンスの上に仕舞ってあると、見つけることができれば、中を確認する。


 体温計に額に貼るのもある。薬の話は彼から聞こうかと一度救急箱を閉じた。

 一人っ子とはいえ、小さいころにしてもらったことを倣うだけ。それに病人の世話には少し慣れていた。


 親も、綾人と似たような感じであった。


 大人は熱ぐらいで休まないと、自分に厳しく、仕事のことを考えて無理に出勤する。

 迷惑になるといった考えはそよいとしても汲めるけども、もう少し自分を大切にしてほしい限り。会社で倒れでもしたら、余計に迷惑をかけるだろうと。


 綾人はふらふらした状態で、モモは大丈夫なのかと確認しようとしていた。自分の親も、娘の行動を気にしながら仕事のメールを返すより、静かに寝ていてほしいもの。

 気に掛けてくれるのは有り難いことこの上ないが、それはまた別の話である。


 思い返すかのように照らし合わせていたそよいは、水の入ったコップと救急箱を持ち、綾人の部屋へと戻る。

 救急箱を一度置いてドアを開けると──静かに閉じる。


(……)


 着替えるなら言ってほしかった。

 ただ、その気力もないだろう。


 それに見たのは上だけ。それくらいは見慣れてるといってもよかった。

 誤解が生まれないように弁明するとしたら、夏場になると親は風呂上りに上を着ず、扇風機に当たることが日常だから。


 そよいは別に、同学年の子の上半身を見ようが何も思わない。それくらいの耐性は持ち合わせているようなもの。

 ほぼ着替え終わりだったため、少ししてからドアを開けて部屋へと入る。

 ローテーブルにコップを置いては、救急箱はそよいの手元に降ろし──軽く彼の背中を叩いた。 


「……?」


 なぜ? そんな綾人の目は放っておくことに。


 それにしても、彼はぬいぐるみみたいであった。

 頭がボーっとしているからであろう、腕には力が入っていないようにだらけた状態であれば、一歩たりとも自分から動きやしない。家に帰り、自分の部屋へと戻ったことから、安心感を覚えたのでは。無理していたんだと察しが付くと、そよいは小さくため息を零した。


「こっち向いて」


 呼んでも綾人は顔だけを向けるので、正面に座って見せる。


 なぜか、こちらを一度見ては視線を逸らされる。

 どうして、と少し複雑な心境に陥るのだが、額に冷ピタを貼る準備を整えれば、彼は顔を顰め即座に首を横に振った。


「貼らなくていい」


 そう言ってくる彼に対し、ダメだとそよいは首を横に振って見せる。すると、また返される。

 意地でも貼られたくないようだった。

 再度横に振っても結果は同じだが、両手で持った冷ピタを前に出し、絶対に貼りますと意思を見せる。


 冷たい視線を送っていると、綾人は観念したのか、仕方ないと受け入れるように髪を退けてくれる。

 それでよろしい。そよいはゆっくりと近づけるのだが……。


「見ないで……貼りづらいから」

「俺も見ないでほしい……普通に恥ずい……」


 今度は自身の顔をじっと見ていたので、手を引っ込めては指摘する。

 普通に恥ずいとは、こちらのセリフであった。そっちは見る必要もないでしょと、そよいは口にしたかった。


「目、瞑って」

「……」


 貼るだけと一秒の作業に対し、ようやくというべきか、綾人が目を瞑っては大人しくしてくれる。


 頑固者め。そう思いながらも貼ろうとするのだが……彼の顔を見入ることに。


 近くで見ても肌は綺麗だ。それは取り換えっこしてほしいと思うくらいに。

 彼の閉じる目を見ていると、怖いのか知らないが、瞼がプルプルと力が入っていては面白く見えてくる。


 このまま待っていると、どういった反応をするのだろうか。

 少し気になったそよいは観察してみることに。


 別に泊まっていた際に意地悪された仕返しではない。けど、何もしていないのに怯える彼の顔は、少しばかり楽しいもの。

 病人で遊ぶな。と、もうひとりの自分が笑いながら声を掛けては、それもそうだと、彼の額に貼ろうとする。


「もう一回」

「……満足でしたか……」


 目を開けた綾人が気付き、ジト目を向けられるも、今度は素直に瞼を閉じてくれる。


 少し手が震えてしまう。

 角度などを気にして、慎重に貼ろうとしていれば……ようやく彼の額へと冷えピタは到着した。貼られた綾人は少し身震いする様子を見せれば、終えたそよいはと言えば、ひと段落したかのように肩を落とした。


 ただ貼り付けるだけに何分かかった? そう思えば、彼の態度が幼稚園児以上に厄介だったと思うことにした。


「水、飲む?」

「ありがと……」

「昨日から悪いの?」

「今日起きたらって感じ……ただ、起きた時はまだましだった」


 水を一口飲むと、答えてくれる綾人。

 体温計で測ったところ三十七度八分であっては、インフルエンザではないのではと、少し安心はした。


 季節が季節なだけに可能性としてあるのが怖いところ。

 それに、そよいは病院の先生でもないので本当のところはわからない。


「お腹空いてる?」

「大丈夫……」

「じゃあ、ゆっくり寝て。私のことは気にしなくていいから。……モモちゃんと遊んでてもいい?」


 そよいの言葉に、綾人は頷く。モモのことも心配だろうかと思って言えば、彼は二度頷いていた。


 とはいえ少しだけだろう。モモはお昼寝をする時間を設けるらしく、今や時間は十一時頃といったところ。ご飯も朝と夜の二回らしく、夕方ぐらいにお菓子を食べさせるくらい。遊んであげるだけで問題なさそうであった。


 一度落ち着きはしたところで、そよいは周囲へと視線を移す。

 狭い部屋。

 自分が使わせてもらう部屋と、交換したほうがいいのではと思った。


 ただ、一階は茅島家、二階は三原家と分かれているのだろう。

 それでも、一度は提案しておこうと思うそよいは、まだ寝転がっていなかった綾人の背中を支えようとする。


「寝転んで」

「いや、自分で──」


 言いかけると彼は咳き込んでしまい、ゆっくりとベッドへと身体を預ければ、布団に毛布と掛けてあげる。

 辛そうに見えた表情が一変、安らぐように身を預ける姿を見れば、


「何かあったら電話かけて」


 この部屋を一度出ることにする。

 頷く綾人を見ればそよいは腰を上げ、電気を消してはドアをそっと閉じた。


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