18 居候初日から
卒業証書の入った丸筒が机から落ちてしまえば、部屋に響き渡り、コロコロと手元近くまでやってくる。
そよいは二日前に終えた卒業式にて、中学校とは別れを告げていた。
三年生の門出を祝う快晴の下で行われた卒業式は、皆が胸を張って次へ旅立てると証明していた。
そんな姿から一変、堪えきるかのような代表者らの言葉を添えればつられる者もあらわれ、涙を流していたのはもちろんのこと、退場する際も同様、壇上から先生たちや保護者を見れば、涙を拭っている姿を目にする。
外の春風を受けながら皆が集まり写真を撮れば、担任の先生の意外な一部分を目にすることもあり、また会おうね、といった声が飛び交っていた。
そんななか、そよいはひとりして、颯爽と家へと帰る形になっていた。
自身にとって、この三年間は辛く苦しいものではあり、だけど、勇気も持てない自分自身を変えるきっかけになっていたと振り返る。
踏み込んだ先がどうなるかはわからない。次の三年間でも似たような事柄が起きた際、どう接するのが正しいのか、自分でも答えを知れていない。ひとりでどうにもできなければ、話はそれまで。仲良くできる友人のひとりは、作れたらと思う限りではあった。
目覚めたそよいは、少しばかり緊張した面持ちで準備を始める。
卒業式を終えれば束の間の春休みとなっており、本日から約三年間、居候させてもらうのは茅島家と三原家の家だ。
前回と似たように、必要な物のほとんどは段ボールに詰めて向こうの家へと送っている。
そのため、そよいが持っていくのはキャリーケースのみ。ほかに欲しいものがあれば向こうで買ってもいいよと親から言われているが、我儘を通したからには、少し遠慮したいところではあった。
電車で向かう中、少し考えるは綾人の話。自分と違って同じ中学の人が受験したと言っていた。
もし入学するのなら、高校内ではあまり関わらないほうがいいだろう。話があるのなら、メッセージを送ればいい。帰る家に関しては……どうすればいいのだろうか。
自分が綾人の家に居候していると知られると、迷惑が掛かりそうな気がしてならない。
杞憂だろうか。それは当の本人ではないので注意したい限りであった。
このように、そよいの頭の中は迷惑にならないよう心掛けていることばかり。住まわせてもらうといった意思は、忘れないようにと心に留めていた。
電車は目的地に到着し、改札口を出る。
待ち合わせ場所はと、周囲へと視線を移すと、綾人を発見した。
久しぶりの再会に視線を彷徨わせる。
小さな子どもじゃあるまいし。そう思わせる心臓の鼓動には、あまり目を向けたくなくて、泊まっていた日を思い出す。
楽しい、よかった、好意的な感情を口にしていた自分が、少しばかり恥ずかしくもなってくる。長らくなかった感情から、調子に乗って舞い上がっていたのではと、メッセージのやり取りからも錯覚してしまう。
しかし、その気持ちは上書きされる。
出会った彼の姿を見ては、どうしたのかと気になってしまった。
「久しぶり……」
「ひ、久しぶりです……」
すたすたと歩いてきた綾人は、眼鏡とマスクをしていては、少し気だるげな様子であった。
髪は風で荒れているよう。服装は前と変わりはない。
ただ、少し鼻声のような気がしていた。
「荷物、貸して」
こちらが気にしていることを他所に、そよいは少し躊躇いながらも持っているキャリーケースを手渡す。そして、良い時間帯に来てくれたと言うべきか、外での待ち時間なくバスに乗ることができた。
静かに座って待つ。それもいいけど、できたら話したいと思いはした。
そよいは合格してからというもの、少し浮き立っていたような気もする。だったら、綾人の周りはこの二週間ほど、どうだったのかと気にはなる。それ以降は、今日の待ち合わせのように、義務的な話で終わっていたのだから。
そのような気持ちの中、彼が少し移動する。座る位置を変えては少し距離を取られていた。
キャリーケースのこともあるけれど、どうしてか、心が少しだけ傷んでいた。
「……三原君、体調悪い?」
窓際に座らせてもらったそよいは、彼と少し距離があるので、覗き込むように訊いてみる。
無理に平然としているような気がしては、心配もしていた。
「花粉症ってだけ。明日になったら治ってるから」
「……本当に?」
「本当に」
彼の鼻声には、少し納得はしてしまう。季節は三月と花粉症の人間にとっては苦しい時期だ。クラスメイトにもそういった人がいたのを思い返せば、鼻をかむにも場所を考え、いつまでも伝ってくる鼻水はストレスでしかなかっただろう。
でも、疑いをかけたのはそよいの勘でもあり、綾人の体勢も含めてであった。
咳をしないよう無理に抑えている。眉間に皺を寄せ目を細めていた。猫背となっていれば、体は前のめりの体勢。
しばらくは外の景色ではなく、じーっと彼を観察することに。
「……どうしたの?」
気付いた綾人は自身に問うも、目を泳がせていた。
もう、そういうことだ。
マスク越しでもわかる、表情までも動揺している。顔も背けそうになっていたので、すかさず謝りながら、手を伸ばした。
「ごめん」
そよいは綾人の眼鏡を壊さないよう大切に持ち去ってしまえば、片方の手で彼の前髪を退け、額に触れようとする。
視界がぼやけていることだろう。目を凝らしている彼は見えていない様子。少し嫌がっていても、そよいは関係なく触れれば……眉間に皺を寄せそうになっていた。
眼鏡を返してあげれば、不満気な瞳を彼に向ける。
「……かなり熱い」
「……そこまでとは思わなかった」
反省した顔は、観念したかのように肩を落としていた。
そこまでとは思わなかった。
本人が大丈夫だと思っていても、安静にしておくべき。この状態で迎えに来なくてよかったのにと思ってしまう。
「病院は行ってないよね?」
「家に薬あるから、いい」
「未波叔母さんには? 茅島さんには言った?」
「帰ってきてからでいい」
問い正すも、彼が話ずらそうにしていたので、これ以上はやめておくことに。
バスが目的地へと到着すれば、降りた際に持ってくれていたキャリーケースを彼から奪ってしまい、腕を掴んでは歩いていく。
「宮代さん、ひとりで歩けるんだけど……」
「いいから」
相手は病人なので、歩くスピードはゆっくりに。時折、彼に視線を向けては大丈夫かと気にしていく。
心配させないための嘘は、少しばかりムッときてしまったそよいだが、反抗する気力もなさそうな彼からは怒る気にもなれなかった。
大人しく従ってくれれば、家に到着し鍵を開けてもらった。




