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16 静かな生活




 閑散とした部屋に、同じくスマホのアラームが鳴り響く。

 少し辛そうに手を伸ばすのは、紺色の温かな寝間着に身を包んだそよいであった。


 時間は午前六時。二度寝したいと身体が蹲るも、辛い身体を頑張って起こしては少しの間、ボーっとし、眼鏡をかければ立ち上がる。


 洗面所で顔を洗えば、肌を保湿し、日焼け止めを塗っていく。

 髪の寝癖は学生服に着替え終わってから。水で濡らすか、ヘアアイロンで整え、鏡を見て問題ないことが確認できれば、フェイスパウダーだけでも肌に乗せておき、お弁当を作りにキッチンへ。


 質素な色合いであるエプロンを着用すると、小さな塩おにぎりをふたつ。ウインナーを適当な大きさに切っては、卵はスクランブルエッグに。プチトマトと、冷凍食品である小松菜の和え物を弁当箱に入れると、真っ白な巾着袋にお弁当を入れていく。


 朝食を口にしながらニュースを見ていると、特集されているカフェのデザートを見ては、おいしそうと眺めている。


 ひとりでの食事に少しは気楽でいられる。

 占いコーナーが終わると同時に、歯磨きも食器洗いも済ませていれば、学校指定のジャージを着ては家を出た。


 学校までの距離は歩いて十五分ほど。もうすぐ通ることのない道を淡々と歩いていけば、信号に捕まってしまう。

 同じ制服の生徒が目に映る。それも視線を俯かせ目を合わせないようにした。


「あれ、宮代先輩じゃない?」

「ほんとだ、すごい……暗そう」

「ね……容姿いいだけにもったいない」

「やっぱ宮代先輩、美少女だよなぁ」

「やめとけって。彼女にしても絶対楽しくないだろ、あの先輩」

「つーか、なんか怖いんだよな。部活の先輩も興味失せたとか、顔だけとか言ってたわ」


 視線を感じる。耳を澄ませていれば、下級生だろう子たちがひそひそと自分のことを話している。

 ただ、声はかけられずに済むので、気にせず歩いていく。


 正門を潜れば、生活指導の先生による挨拶に会釈だけし、靴を履き替え、教室へ。

 まばらに会話するクラスメイトを横目に、自分の席へと静かに座る。


 一番後ろの廊下側の席。教室の後ろの出入り口、死角となる安全な場所。この席で二学期と三学期を過ごしている。


 人の視線をあまり感じなければ、窮屈な気持ちで授業に臨むことはない。

 それはクラスメイト自体、自身に向けて何か話すようなことはなければ、隣の席はクラスの人数が奇数となっているため、誰もいない。それに加え、受験生という立場が影響しているのは大きくあった。


 下級生たちに囁かれていたように、別の意味で浮いている。暗い人で、異性絡みで一部の女子からは嫌われ、遠巻きに見る人がほとんど。

 やっかみなどは二年生まで。先輩となる上級生が居なくなれば、落ち着いたのか。そんなはずはなく、同学年からも似たようなことがあったので、気持ち的には何も変わらなかった。


 併願での公立受験を終えたのは、恐らく自分だけ。残り数日で迎える、ほかの学年の人たちは必死に詰め込んでいれば、淡々と授業が終わっていく。


 夕焼けの空が広がっていれば、放課後を迎えていた。

 一度家に帰れば、買い物に行き、晩御飯の支度をする。


 作るのは肉じゃがだった。

 綾人の手料理に感化されての献立。慣れた手つきで、人参、じゃがいも、玉ねぎと皮を剥いては切っていき、豚肉の細切れを炒めていく。

 塩、コショウと味付けし、色が付けば先ほど切った三種類の食材も入れ、途中いんげんと糸こんにゃくを下処理。煮込む際は、そのふたつの食材も入れて味付けを済ませれば、完成していた。


 煮崩れすることはなかった。並行して作っていたみそ汁に白米とテーブルに用意し、肉じゃがをお皿に注げば手を合わせる。


「いただきます」


 口にすればおいしかった。ただ、レシピを見ながら作ったので、おいしいのは当たり前だとも思う。


 それでも、彼の家で食べた肉じゃがとは味が違っていた。

 味は浸み込んではいるけど、少し濃すぎたのだろうか。分量を間違ってはいないはずだが、まだまだ料理の腕が足りないようだった。


 テレビもつけず、前には誰も座ることのない椅子に目を向け、一度視線を落とす。


 名残惜しい。一昨日の晩御飯は閑散としておらず、家の住人全員が集まれば蘇るものがあった。


 寂しいわけではない。むしろ、目の前に座られると複雑な感情が押し寄せてくる。

 嫌なことをされているわけではない。冷たいものでもなければ、とても温かいものであるだろう。娘のためにと動いてくれる、とてもやさしい親だとはそよいも理解している。


 そのため、余計に頭を悩ませる。


(贅沢な悩みだ……)


 食事を終え、食器を洗い終えればお風呂に入る。

 髪も体も顔もと流し終え、湯船に浸かりながら考えるはあの家のこと。


 家に帰った今は一人っ子。あと少しだけの中学生活。卒業式の予行練習に空気が一変すれば、自分にとって吐き気がしてしまう合格発表日が身勝手に訪れてしまう。

 全国で見れば偏差値は高めのほう。比例しているかわからないが、倍率は高めのほう。模擬試験では問題のなかったそよいでも、油断してしまえば落ちてしまう。


 だけど、その時にはどうなっていようが茅島家に言われたこと。


 合格にしろ、不合格にしろ、夏休みに遊びに来ていいからね。


 その言葉には、落ちていようとも救われる気がした。


 私立に通うとなると、変わらず今の家から通うことになる。そのため、茅島家、三原家と共に住むことはなければ、費用は私立のほうが厳しく親に更なる迷惑が巻き込んでくる。


 お風呂から出てはバスタオルで身体を拭き、パジャマに身を包む。髪を纏めていたタオルを解けば、痛まないように、やさしく水気を拭き取る。


 髪のケアも怠らず、乾かし、顔の保湿もしていれば……恋しく思う。


 近くに置いていたスマホを手に取ると、自然と綾人とのトーク履歴を眺めていた。


『よろしく』で止まっているメッセージ。


 彼のことなら学校生活はうまくやっていそうだ。そう考えてしまうと、自身を照らし合わせる。


 一度固まってしまったイメージは変わることはない。

 だから、そよいが変わろうとしている時期としては高校デビューと言ったところ。


 簡単に変われるのか。むしろ、そう言った環境で変わろうとしなかった人物が、高校でやっていけるのか。耳が痛い正論は、まっすぐに受け止めるしかなかった。


『元気にしてますか?』


 ポンッ、と軽快な音が鳴ると同時、びっくりしてしまうそよい。

 宙に浮いてしまったスマホは手に着かず、低い位置でお手玉してしまえば落としてしまい、洗面所のドアへと──ドンっ──と頭をぶつけてしまった。


(~~~~~!)


 痛い。とても痛い。そう頭を押さえていれば、少ししてから、スマホの無事を確認する。


 眺めていたら、メッセージが突如としてやってくる。不意打ちすぎる出来事に、口を噤んでしまう。

 即既読になってしまった。そのことに関して最悪だと体を丸めてしまえば、無事だったスマホへと視線を移す。


 国語の読解はとても得意であるそよい。特に感想文など、自分が感じたことを言葉に表現することは長けているので、メッセージでは気兼ねなく自分の気持ちを送りつけることができる。

 そのため、表情には出せない会話に対し、メールのやり取りは思いのまま素を出せるようなものであった。


『元気じゃなくなった』


 目を細めるスマホの画面に、悪態を吐くような言葉を送れば、少し遅れて既読が付く。


『ごめん、俺のせい?』

『そっちのせい、頭打った』

『元気そうでなによりで』


 その一文を見ては、笑われていると想像がつく。

 誰のせいで、そう思いながらも、手慣れた操作で送っていく。


『三原君は?』

『変わらず。彩乃も歩奈もモモも、みんな元気』

『それはよかった』『急にどうしたの?』

『元気か気になっただけ。訊いたらダメでしたか?』

(…………)『元気です』


 素っ気なく一言で。

 別にダメというわけではない。ただ、急に送られるのも心臓に悪い。それに、どうして訊かれたのか、そよいには彼の心理が読めなかったから。


 熱を帯びている顔は、しばらく冷めることはない。

 風呂上がりで、それもドライヤーで髪を乾かした後となると、少しばかりパタパタとパジャマの襟元付近を掴んでは仰ぎ、風を送る。


 歯を磨きながら、しばらく、近況報告といった形でやり取りをしていた。

 ベッドに潜っているころには、明日も学校があると言った話で切り上げ、一言送られてくる。


『おやすみ』


 少し戸惑いながらも……同じ言葉を送っていた。


 人生で初めてだ。このように、何気ないメッセージのやり取りをしたことは。


 合否の報告といった名目で交換した連絡先が、なぜか互いの状況を教え合うことになっていた。

 それはもし、不合格となった際、気まずいといった気持ちが少しは薄れるのかと思いはする。


 もはや合格前提でのお泊りではあった。私立に通うことになったとしても、三原家の様子を気兼ねなく訊けるのは有り難いことかもしれない。

 こうしたやり取りをさせてもらえるのなら、変わらず私立でも頑張れそうな気がした。


 だけど……やっぱり合格していてほしい。スマホを手放しては、暗闇の中で瞼を下ろすそよい。

 泊まった時の景色を思い返せば、そんな前向きな気持ちを持つようになっていた。


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