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13 苦手だと打ち明けて




 駅前近くへと車を停車させてくれては、そよいはシートベルトを外し、未波に別れの挨拶を済ませる。


「本当にここでいいの?」

「大丈夫です。ありがとうございました」

「うん、また元気な姿でも見せて。何かあったら電話してもいいから」

「はい……」


 未波の柔らかい表情には、作り笑いすらもできずに苦しむも、有り難い言葉にはお辞儀をする。


 居候させてもらうといった話の中で、むしろ来てほしいと言うまでに未波が歓迎してくれたらしく、面倒を見ますよと親に言ってくれたらしい。

 茅島家もそうだが、とても助かるその言葉には感謝しかないため、今度は自分で手土産を持っていこうとそよいは決めていた。


 降りる際は、どこかにぶつけないよう気をつけてドアを開ければ、降りた際には冷たい風を受けてしまい、目を細めてしまう。


「綾人──」

「ちょっと待ってて」

「お願い。後ろ開けるとき気をつけてよ」

「はいはい」


 ゆっくりとドアを閉める手前、綾人もなぜか降りている。

 車の後ろに積んだキャリーケースを出すためであったが、なぜか彼が持っていくようで、


「改札口まで送るよ」


 そう言われてしまえば、そよいは目を合わせられずに頷き、彼といっしょに改札口まで歩くことになった。


 車が行き交うこの場で話すことになる、そう思われたが少し先延ばしに。

 心臓が締め付けられるも、緊張する気持ちを抑えては向かうことになる。


 目の前に広がる大階段は避けて、エレベーターを二回に分けて乗っていく。

 日曜日ということもあってか人混みが多く、その中でもそよいは線を引くようにして歩みを進める。


 ふと気になっては、後ろへと視線を移す。

 彼はキャリーケースを引きながら問題なく付いてきてくれるも、少し驚いた様子で時折周囲へと目を向けていた。


 人の行き交いが激しく、様々なお店が目に映る。

 もしかしたら、ここまでの人混みを見たことはなかったのかもしれない。彼が住む家の近くにある駅内と比べてしまうと、都心となるここは構造や広さといった点では、圧倒的に迷子になりやすい場所でもあった。


 ただ、そんな彼に気を使えるほど余裕のなかったそよいは、改札口に向かうことだけを考える。それに人の行き交いが激しいこの場で、話ができるようなことはなく、彼もまた黙ったまま付いてきてくれる。


 ようやくというべきか、そよいが乗るべき改札口の近くへとたどり着いた。

 彼と話すべく、空いている端へと寄ってはキャリーケースを受け取る。


「……ありがとう」


 礼を言えば綾人は頷いた。


「この改札口?」

「……うん……」

「そっか……」


 彼は自身が改札口に向かうのを見届けようとしてくれているのか、その場で立ち止まっていた。

 そよいとしては微動だせず、俯いた状態で小さく深呼吸する。


 伝えるべきことがある。


『宮代さん、ごめんね、最新のゲーム機じゃなくて。うちこれしかないの』

『どうだった? お泊りしてみて』


 彩乃に未波と、楽しい、よかった、そう好意的な言葉でありのままに返答したのだが、少しの間、自分の顔を見ていては、半歩遅れて言葉を交わす形となっていた。


 ふたりの表情が曇っていたわけではない。疑うような表情を見せていたわけでもない。

 でも、やっぱり、誤解されているのではと感じてしまっていた。


 彼にもそうだった。

 走って帰った昨日、洗面所に向かうところ、笑っていた彼の表情をのちに動揺させることになってしまっていた。

 ゲームの終わり際も、ふたりと同じく間があっての返答だった。


 誤解を与えるものほど、今のそよいにとって、それ以上に怖いものは存在しないかもしれない。

 気にしすぎ。そう言われてしまえば終わる話ではあるものの、どうして一歩踏み出したのかと、自身に問いかける形にもなってしまう。


 楽しく過ごさせてもらった。なら、相手がどう思っているか考えないといけない。自分の今の表情を客観視しなければいけない。


「昨日はありがとう。楽しかったし、あの家に泊まれて、よかった。ご飯もおいしかったです……」

「……そう言ってくれてよかった。こっちも楽しかったから、来てくれてありがとう」


 視線は彷徨わせてしまうけど、言葉にすることが大切だと、踏み込んだ。


 少し呆気に取られていた彼だが、安堵の表情が見て取れる。

 ありがとうと、感謝の言葉までも送られては、そよいは視線を俯かせてしまう。


 理解していると理解していないでは、印象に差がついてしまうような話であった。

 勇気を出して伝えなくてはいけない。例え変な人だと思われても、可笑しな人間だと見られても。今の中学と、同じようになってしまっても。


 目の前にいる人物はそう思うような人だろうか。接してくれたその姿は、家族に向けるものも含め、彼という人間を現しているようだった。だけど、たった一日程度の出会いで何がわかるのか。相手の本性を見抜けるのだろうか。


 様々な憶測が飛び交う中、胸に手を当て、拳を作る。

 大丈夫だと言い聞かせ、小さく呼吸するそよい。


 顔を強張っているのを感じる。涙腺が緩むも、無理に押さえつける。

 震えてしまいそうな声の中、やがて覚悟が決まり……口にする。


「私、笑うことが、苦手なの……」


 ぎこちなく、濁すような形で、絞り出すように──彼に伝えた。


 笑えないとは言い切らない。表情の変化が乏しいと、遠回しに言ってみることになる。


 口にしたと同時、背筋が凍る。


 ──怖い──


 そう頭の中が黒の鉛筆で塗りつぶされる。心の中は羞恥に満たされ耳までも熱くなる。


 行き交う大勢の足音に会話の声。尻すぼみに終わる発した言葉。周囲の人だかりを気にしてしまえば、何を言っているんだと後悔の念も押し寄せてくるもの。その勇気は、次第に恐怖へと移り変わっていく。


 彼はどういった反応を示すのか。自身の姿が縋るようなもので気持ち悪くもなれば、恐怖に駆られてしまうと──。


「わかった」


 消しゴムで消すのではなく、白の絵の具で覆い隠すように、頭の中はあっという間に晴れていく。


 ゆっくりと顔を上げれば、目に映る綾人が澄んだ瞳でこちらを見ていたのであった。


 彼の表情に対し、残した言葉は一言だけ。受け取ってくれた言葉には何も言わず、理解を示してくれている。


 そのような姿に、そよいは救われたような気がした。悪い方向へと転ぶことしか考えられなかったため、少しの間、彼の姿を見入ってしまう。

 後々視線を外せば、こくりと頷くことしかできないでいた。


 これで伝えられたのか。少しは何かを訊かれると思っていたばかりに、心の中は動揺している。どうすればいいのかと混乱しかけてしまう。

 ただ、話は終えられたので改札口に向かえばいい。そう思えば足を運ぶのだが、彼が思い出したかのように声を上げる。


「ごめん、宮代さん」


 立ち止まっては振り返る。彼が手に持つスマホを見せていれば、口にした。


「連絡先、交換してもいい? 受験の合否、伝え合えればと思って」


 連絡先の交換、合否を伝え合う。

 そっか。心配になるか。そう思えば、そよいは再び彼の元に戻り、スマホを取り出した。


「うん……アプリでいい……?」

「いいよ、そっちのほうが助かる」


 頷く綾人と連絡先を交換することになると、彼がQRコードを見せてくれるも少し戸惑ってしまう。

 なんせ、アプリを介して連絡を取っているのはひとりだけ。スマホを購入してもらった時に交換しては、それ以降は追加をするようなことはなく、約三年の期間が開いていた。


 そよいは伝えたといった達成感からか、急に操作がわからない対応に慌てて検索し始めるも、彼が助けてくれる。

 もうそろそろ高校生だというのに、恥ずかしい限りであった。


「宮代さんの連絡先、彩乃に教えてもいい?」

「お、お願いします」


 互いに友達追加をすれば連絡先の交換が完了。そよいは足早に改札口を通れば、彼が軽く右手を挙げていたので軽く会釈した。

 エレベーターで駅のホームに顔を出せば、ちょうどいいところに行き先の電車が到着。そのまま乗り込めば窓際へと身体を寄せる形で景色を見渡した。


(……)


 ぼんやりしていると通知が鳴る。早くも彩乃からメッセージが来ていては、操作を間違えないよう友達追加することに。


 よろしくといったスタンプと『合格していてください!』そうメッセージが送られていた。


 そよいも返す。それは感謝の言葉と楽しかった旨を伝えておくことに。

 送信したと同時に既読が付き、嬉しいと表現するような、キャラクターのスタンプもほぼ同時に送られてくる。


 返信が早い。そう心の中で思いながら、そよいは胸を撫で下ろしていた。


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