10 意地悪な人
二階に上がれば、モモが出迎えてくれる。綾人が連れて行っていたようで、軽く撫でてあげれば大人しくしていた。
テレビへと時折目を向け、手を止めていれば、小さな足を膝の上に乗せられもう少し。綾人がお皿を用意していれば席へと着いた。
「朝ごはんは食べるって聞いたけど、ご飯でよかった? それかパンにして、そのウインナーとかサンドイッチにするけど」
「ご飯で大丈夫」
目の前には、ご飯に味噌汁、ウインナーとレタスに目玉焼き、そしてプチトマトと用意される。
いただきますと言えば口にしていくのだが、土曜日ということもあって、綾人とモモしかいないことに、未波や彩乃たちはどうしたのかと時折視線を移す。
「みんなは家に居るの?」
「今は俺とモモだけ。母さんと歩奈は春用の服とか靴を買いに行ったかな。お祖父ちゃんたちもいっしょに、さっき出たばかり。彩乃は部活。寒すぎて死ぬとか言いながら友達と行った。昼には帰ってくるらしい」
「……部活?」
「そう、バドミントン。運動もすればゲームもするし、勉強も問題なくするし。結構苦手なことないよ、あいつ。学年末とか、五教科で四百二三とか言ってたし」
録画したテレビを見ながら、答えてくれる綾人。どちらかと言えば、答えてくれていた内容よりも彼のほうが気にはなってしまう。
眼鏡を掛けていなければ、私服らしき服装に着替えている。外に出掛ける準備をしているようだった。
印象がだいぶ違う。そんなことから少し驚いている。
未波叔母さんから聞いていたことは数少ない。そのひとつとしては、心配にもあたっていた異性の綾人に関して、少し言っていたのを覚えている。
少し暗く、友達も多くいるのかどうか。妹たちにはやさしくしてるから大丈夫。自分から話しかけることは、ほとんどないと思うから。そんな感じであった。
「これ見た? 正月の」
正面に彼が座れば、点いたテレビへと視線を移す。
それは正月の定番であるクイズバラエティー番組。出演者が、どちらが高級ワインか、どれが最高級の食材かなど出題される問題に挑戦する番組。
今はどれが最高級の楽器か聞き比べをしているようであった。
「うん、見てた」
「ちなみにA?」
「……」
「え、間違えてる?」
何も答えずにいると、彼はモモの相手をしながらテレビを見入っている。
答えはBです。そう口にはせず温かい味噌汁を口にし、次々と食べていく。
人が作る料理に久々においしいと思えれば完食し、ごちそうさまと口にする。そして、いつの間にか後ろのカーペットに座り込んでいた、綾人の背を見ることに。
(……)
声を掛けようとしたが、頭の中がぐちゃぐちゃし、伝えれず。そよいは、そのまま食べた食器を洗っていた。
昨日もいっしょのことに、失礼な人間だとわかっている。ちゃんと言えるようにならないといけない。
「ありがとう」
食器を洗い終われば、礼を言われ頷いておく。
ゆっくりと座れば、温かな部屋に息を吐き、そよいは目の前の新聞を見させてもらうことに。
試験問題の答え。目を通せば、たまにどっちを選択したのか忘れてしまう。正解と思いたいところや、これは間違っているなど振り返っていく。
点数は……わからない。それは合格もいっしょのこと。見ても変わることはなく、逆に自信を無くしそうであったため、今は向き合わないことに決めてと、新聞紙を綺麗に畳みなおした。
「宮代さん、モモの散歩いっしょに行かない? ちょっとした探検として、周辺回ってみる?」
落ちたら仕方がない。開き直った心を持てば、黒のジャケットに身を包んでいる綾人が、モモを抱えながら声を掛けてくれる。
すでに行く気満々の装備品。自分はどうしようか、外は寒いだろう。そう考える前に、なぜか自然と頷いていた。
寝癖が直っていない。そんなときのために、必需品のキャップ帽を被って隠してしまう。アホ毛のようになっていると綾人に指摘されれば、直すより早いほうをそよいは選んでいた。
寒いと感じながらも、一歩一歩と彼が歩幅を合わせてくれているようで、ゆっくり歩いていく。
今の服装に、マフラーや手袋を付けるのは似合わない。キャップ帽なんて被っているから当然のことだった。
黒のダウンにジーパン。そして灰色のスニーカーと黒のキャップ帽。二、三年ほど着続けている服に身を包んでいれば、流石に新しいのを買わないといけないと思いながら、隣へと視線を向けてみる。
彼は、黒のジャケットにオリーブ色のカーゴパンツ、白のスニーカーを履いている。
どちらかと言えばブルべだろう。肌が白く、顔は未波叔母さんに似ている。
髪もセットしていれば見た目が違う。隣にいる人間が、少し馬鹿なことをやってしまっているとは、あまり考えられないかもしれない。
モモの散歩。そう言った話だが、綾人はモモを抱えながら歩いている。
昨日は雪が降ったため、モモが滑って転ぶことがないようにしたいとのことだが、外に出さないのはと現在は抱えながらの散歩。ただ、暖かい日差しのおかげか、帰りは降ろしてあげて散歩するらしい。
偶然、彼と目が合う。視線を逸らせば、思ったことをそのまま口にすることに。
「眼鏡、どうしたの?」
「コンタクトしてる。外に出る時はあんまり眼鏡では出ないかな。昨日は慌ててたから、眼鏡のまま行った感じ。あと俺も訊きたい、眼鏡するの?」
「勉強する時だけ……かな」
「えー、今はって訊いてもいい? それとも突っ込み待ち?」
一度固まり、首を横に振れば、綾人が小さく笑っている。
自分の言っていることを振り返れば、どうして今も付けているのかといった話。言葉じりをとらえられるような発言だったが、彼が笑っている姿からは、嫌味でないのはよくわかる。
変装……する理由はあまりなさそうだが、念のため。それに眼鏡を掛けただけでは変装とも言えなければ、余計暗さが増している気がする。
いや、だったらいいのか。そう思うそよいではあった。
「コンタクトって目、そんなに悪いの?」
「悪い。裸眼で0.1でした。多分、暗いところで勉強していたとかなんとかで」
「電気点けないと」
「母さんに全く同じことを言われた。宮代さんはなんぼだった?」
「0.7とかだったはず」
「それって……ここまでとか見えてる感じ?」
苦笑いを浮かべたり、急に好奇心溢れた笑みを見せたりと、綾人は表情が豊かだなとそよいは思う。
それは彼の低い声音であろうとも、話しやすい点はその表情に加え、可笑しなことをしているからかもしれない。
少し前へと歩けば、指で例える今もそう。どうして目の前の看板などではなく、距離を取った自分で例えるのか。それも眼鏡をかけた状態で訊かれては、示す指は一だとわかる。
「どうして、気になるの?」そう口にすれば彼は言った。それぐらいの景色を忘れたから、と眉を下げ、笑っていた。
「宮代さんは今の中学、部活入ってたの?」
彩乃が部活に行っているということで、訊こうと思っていたそよい。
それには、彼から訊かれる形となっては答える。
「……少しだけなら入ってた」
「そっか……バスケ?」
「ハズレ」
「だったら……文化部」
「ううん、陸上部」
答えを口にすれば、小さく驚いている。それはすごいと言った意味合いであった。
そのような表情をされると少しは困ってしまうそよい。前置きで、少しだけといった話があるのだから。
陸上部は、中学一年から中学二年へと進級する間際で、辞めてしまうことになっていた。
部活体験にて流されるままに入ってしまったそよいだが、楽しくはあった。
ただ、家庭と勉強を優先した結果。親がどうしてと心配そうに言ってくるも強行した覚えもあれば、複雑な感情をより抱くきっかけにもなっていた。
運動は今も嫌いではない。それに嫌なことを忘れさせてくれるほど、部活に関しては夢中にもなれていた。
綾人は運動できることに対し、機会が合ったら俺の走り方を見てほしい。彩乃が外で遊ぶ際、今後付き合ってあげてほしいと口にした。
彼は、運動はどうなのか。訊いてみると水泳以外は苦手なほうらしい。それも、走るのが特に嫌いだとか。
みんなの勉強に支障が出ない程度には、付き合ってあげられると思う。そんな感じで、そよいは答えていた。
「静かな町だね」
階段を上りながら振り返り、呟いた。
土曜日ではあるため車の行き交いは多少みられていたが、自身が見てきたよりはそこまで。
人気が少なく、見晴らしの良い場所からは、口にした通りの落ち着けるような場所であった。
「少ししたら桜も満開になるし、ここは人通りが少ないから落ち着けると思うよ。ただ、周辺は自転車とか車出さないと、いろんなお店には回れないかな。スーパーは一応歩いては行けるけど」
「何分ぐらい掛かりそう?」
「歩いてだと二、三十分くらい。宮代さんの家は、少し歩いてたらコンビニとかある感じ?」
「コンビニどころかいろんな店がある。それに……すごくやかましい」
比較し、率直な感想を口にすれば──彼が吹き出していた。
なぜか笑われている。そんなに面白いことを言った覚えはないはずなのに、とそよいは目を細める。
「なんで笑ってるの……?」
「いや、宮代さんからやかましいって言葉、聞くとは思わなくて……!」
「別に……それぐらいは誰でも言うと思うけど」
「ごめん。宮代さん、話しやすいから、つい」
そう口にする綾人からは、謝っている気がしなければ、モモを抱え直しているのが見て取れる。
話しやすいから。初めて口にされた言葉には疑問が生まれてしまう。大した会話をしていなければ、こちらのセリフであったから。
ただ、笑われたからには反撃する時であった。
そよいは昨日のことを振り返っては思い、言ってみせる。
「そんなことに笑うより、雪の上を盛大に転んだ人のほうがもっと笑えたよ。あと受験日に寝坊しかけたとか」
「だ、だったら、今日の朝とかのほうがよっぽど面白かったけど。なぜか丸まって挨拶するし、頭ぶつけてるし」
引き攣った顔を見せる彼だったが……返す言葉が出てこず、返り討ちにあってしまう。
意地悪な人間。昨日と態度が全然違っている。
眼鏡を外せば性格が変わるのか、そう捉えてしまうほどに、そよいから見た彼の印象が変わっていた。
「そういえば、俺が転んだ時笑ってるように見えなかったけど、我慢してくれてた感じ?」
「心の中ではアホだって思ってた」
「……辛辣過ぎる……」
少し強めの言葉を口にしてしまえば、彼は苦笑いを浮かべていた。
ちょっと言い過ぎたと思う反面、馴れ馴れしく話してしまうのは仕方がなかった。
「いい時間だし、もう帰ろうか」
「……うん。モモちゃん歩かせないの?」
「歩かせるよ。リード持つ? お祖母ちゃんが持っていいよって。ただ離さないようにだけ」
そう言った綾人がモモを一度降ろせば、リードの持ち方を教えてくれる。
持っていて大丈夫なのだろうか。そのような心配よりも注意しながら、来た道を辿っていく。
少しすると、見えてくるは陸橋。
モモの歩くペースが速くなればそれに合わせることに。
「宮代さん、早い早い」
ランニング程度、それに追いつきながらも焦っている綾人は、手でも止まるようにも言ってきている。
(……)
聞けそうになかった。
運動は得意ではないらしい。ならといった形で、悪戯心を覗かせれば──モモと共にそよいは走りだす。
意外に速いモモは良い運動になっていた。それは安全な路面を走ることができていては、今まで抱えられていた影響か走るモモも楽しそうであった。
陸橋を渡りきるまで駆け抜けた。冷たい風を顔に受け、呼吸する息が眼鏡のレンズを曇らせる。取ってしまえばモモに付いて行き、頭は真っ白になった。
駆けて、駆けて、駆けて。嫌なことを忘れるように。
そのまま走り抜ければ、流石にと綾人のことを考えると、そよいはペースを落としていく。それは自ずとモモも合わせてくれては、立ち止まると綾人の到着を待ってあげていた。
後ろを振り返れば、速度を落とし始めた綾人が肩で息をしているのが見て取れる。合流すれば、情けない顔をしていたのは心の中にしまっておいた。
追加で家に帰る途中の公園でも走れば、綾人が、こらー! というかのように少し怒りながら追っかけてきた。
捕まることはなかった。息切れしている彼を見れば、流石にやめておこうと階段を下りては、家へと辿りついていた。
「あっつ」
家の中に入れば、ふたり揃って玄関にて座り込んだ。
呼吸の荒さが互いに確認できる。アウターを脱げばそよいはひざ元に、綾人は隣へと脱ぎ捨てるように置いていた。
彼へと視線を移すと、天井を見上げていては清々しい笑顔を見せていた。
「宮代さん、見かけによらず意地悪が過ぎる。やさしい人だと思ってたのに」
「……三原君に言われたくない」
視線を逸らしながら答えれば、彼はお互いさまと言っては、靴を脱いでは洗面所に向かい、モモの足を拭いてあげている。
自分もと手を洗いに行こうとすると──脚に力が入らなかった。
それは手で踏ん張っていようが関係なく、久しぶりに走ってしまった影響が出てしまったのかもしれない。
ただ、少し待てば、立ち上がれることだろうとそよいは踏んでいる。
そう思って靴を脱いでしまい、モモが家に上がると同時にもう一度。
(……最悪)
綾人を置いて行った罰が当たったのだろうか。
これくらい許してほしいと、拗ねてしまいそうになったそよいであるが、なにかを察したらしい綾人が手を差し伸べてくれる。
「ありがとう……」
お礼を言えば、どういたしましてと返ってきては、立ち上がることができる。
久しぶりに走ったと思えば、先ほどの彼のように、清々しい気持ちになっていた。




