CASE34 知りたくなかった事実
ルドルフにとって辛い事実が…
「先輩…そこにいたんですね…」
影の魔物の正体…それはルドルフと喧嘩別れ同然の形で腕一本を残し姿をくらませたエリーゼ先輩であった…。影の魔物を見つめ、ルドルフは静かに呟く。
「やはり、知っている人だったんですか…?」
「先生…?エリーゼ先輩って…?」
エリーゼのことを知らないフロッケとルチナはルドルフに問いかける。ルドルフは重い口を開き始める。
「ああ…もう、言うしかないね…」
「まあ待てよ、俺が説明してやるよ、人形劇のようにね…!」
ルドルフが話し始めようとしたとき、アンドルフが割って入るように話し始める。アンドルフは笑いながら手をぐにゃりぐにゃりと変形させ始める。
「まさかこいつも、何らかの魔物と…?」
「うっ…」
不気味にぐにゃぐにゃと変形していくアンドルフの両手を見て、ルチナは口元を押さえ、フロッケは無言で驚いたような表情を見せ、ルドルフはアンドルフが何かの魔物と合わさった生物となったことを察した。
「ある小さな村に、ルドルフという便利屋の社長と、ルドルフの恩人のエリーゼという落ちこぼれ、底抜けのバカだけど優しい女性がいました」
アンドルフの両手がるとエリーゼを模したものに変わっていった。まるでその姿は両手に人形を携えた腹話術師のようだった。
「ルドルフはエリーゼの馬鹿さ、ドジさ加減に呆れながらもフォローしつつ、便利屋を営んでいました…」
「口を閉じろ…」
下卑た笑いを浮かべながら悪趣味な劇を続けるアンドルフをルドルフが睨みつける。ルドルフの指先は赤く禍々しい光を帯びている。
「かつての恩人がただの無能であったことがだんだん鼻についたルドルフはある日…」
「!!」
ルドルフは目を見開くと、即座に指先から熱気を帯びた閃光を放ち、アンドルフを狙い撃った。
「せ、先生…?」
「ううっ…」
魔法術を放ったルドルフから発せられる周りが歪んで見えるほどの熱気と、普段からは考えられないほどの怒りに満ちたルドルフの形相にルチナとフロッケは慄くしかなかった。
「やめろ…その口を閉じろ…」
「…いてぇなクソが」
ルドルフの閃光により撃ち抜かれた左肩からぷすぷすと煙が上がるのを苦々しげにアンドルフが見つめる。
「そんな一撃がどうしたんだ…ふんっ!」
「…なにっ!?」
「わわわ…」
アンドルフが力を入れると、撃ち抜かれた左肩がみるみるうちに塞がっていく。その様子にルドルフたちは驚くしかなかった。
「いつ見てもすごい再生力だな…ゴキブリのような人間性にプラナリアみたいな生命力…」
アンドルフの傷が塞がっていくのを見たオスカーは吐き捨てるように呟く。
「ははっ、ひでえ言われ様だな。お前もやってほしけりゃいつでも究極生命体に変えてやるぞ?」
「…反吐が出るね」
オスカーは舌打ち交じりに、アンドルフの顔を見ようともせずに答える。オスカーの態度をアンドルフは笑い飛ばす。
「ははははっ、まあいいや。それよりもルドルフ、あんなので俺の暴露劇を止められると思った?あんまりふざけてっと、…殺すぞ?」
「っ!ううっ…」
アンドルフの声色が殺意を帯びたものに変わったと思うと、ルドルフを模した右手が長い一本の触手になり、ルドルフの手足に巻き付き、さらに首を強く絞める。
「っ…ぐううっ…」
「先生!」
首を絞められ、ルドルフの顔からはどんどん血の気が引いていく。こみ上げる息苦しさに息を荒くし、もがき始める。
「窒息で死ぬか、首がちぎれるか。どっちが先かなあ?」
「か…ひゅっ…」
アンドルフは徐々に力を強めていく。じたばたと藻掻くルドルフの動きが徐々に弱まっていく。
「せ、先生を離せ!」
首を絞められ、顔から血の気が引いているルドルフを助けようとルチナは長くたわむアンドルフの触手に向け青い宝玉が埋め込まれたレリーフを投げつける。
青い宝玉が爆ぜると、鋭く尖った無数の氷の刃がアンドルフの触手を切り裂いた。
「っ!なんだ、てめぇ…?」
切断面から濃い赤紫色のどろっとした液体を流しながらアンドルフはルチナを睨みつける。
「る、ルチナくん…!ぐっ!」
ルドルフは力の抜けたアンドルフの触手を掴み、引きちぎる。
「人が気持ちよくなってる時に水刺しやがって…まあいい」
「っ…」
アンドルフが力を込めると、切断面から赤や青の無数の細い管が伸び、触手の肉片を取り込み、腕を形作っていく。そのグロテスクな有様にルドルフは言葉を失う。
「さて、たしかあのあたりまでだったよなあ?エリーゼの無能さが鼻に付いていたルドルフはある日とうとう我慢できなくなり、エリーゼを怒鳴り散らし、帰らせました。エリーゼはなんとかルドルフの役に立とうと心に決めましたが…」
両腕を再びルドルフとエリーゼをの形に変形させたアンドルフは劇の続きを始める。
「ところが翌朝、兼ねてよりエリーゼの隠された魔力に注目した男はエリーゼを究極の生命体に作り変えました…」
アンドルフは下卑た笑いを浮かべながらエリーゼを模した左手を影の魔物に変形させる。
「こうしてルドルフは役立たずを追い出し、エリーゼは隠された魔力を生かす道を歩むことができましたとさ…」
劇を終えるとアンドルフは両腕を元に戻す。その表情はルドルフ膝をつくルドルフを見下すように嘲笑っていた…。
「そう、こいつには力があったんだよ!だがそれを眠らせたままだった!そんなバカなことはあってたまるか?それを活用したまでさ…」
「っ…!」
アンドルフはルドルフににじり寄りながら話し続ける。ルドルフは唇を噛み締め、血をにじませながら魔力を練り始める。
「おい、無駄だよ。さっき見たように、俺は自身に改造を施すことでいくらでも再生できる再生力を得た。お前程度の火力じゃ、焼き尽くすなんてできねえぜ」
アンドルフの両腕はルドルフとエリーゼを模した形から元の両腕に戻っていった。
「ああ、それと、俺がお前に会いに来たのはな、もうひとつ話があるんだ」
「…ウルゴスのドス黒い血が流れた人間と話すことなんてないけどね…」
話があるというアンドルフに対し、ルドルフは目線を合わそうともせず答える。ルドルフの態度も意に介さず、アンドルフは話を続ける。
「まあそう言うなよ、悪いようにはしねえさ。そのドス黒い血が流れてる人間のもとで錬金術をやらねえか?という話だ」
「何だと…?」
思いもよらない話にルドルフの眉がぴくりと動く。
「悪いようにはしねえさ、魔物に改造はお前が望まねえならやらないし、設備は整ってる、材料も豊富。錬金術師として働くなら理想的な環境だと思うがなあ」
「ふざけるな!」
アンドルフに対し、ルドルフが声を荒げる。アンドルフは乾いた笑いをあげ、話を続ける。
「はは、つれねえ奴だなあ。まあいい。次に会うときにゃ考えが変わってるといいなあ、こいつのこともあることだし…」
アンドルフが眠り続けるエリーゼに目を向ける。
「な、なにを…!」
「まあ、いい返事期待してるぜ。エーデルフェスまでには会うことになるだろうさ。おいオスカー!引き上げだ!」
胸ぐらを掴みにかかったルドルフを振り払うと、エリーゼをオスカーのもとに蹴り飛ばし、オスカーの元へ向かう。
「…ああ、早くしてよ」
「はっ、愛想のねえガキがよ、そんじゃ、行くぞ」
アンドルフが転移の結晶を掲げると、そのまま光りに包まれ、どこかへ消えていった。あたりには立ち尽くすルドルフたちが残された…。
「先輩…」
虚空を見つめ、ルドルフは項垂れる。敬愛していた先輩が消息を絶ち、異形の存在へと変えられた…。その事実はルドルフにとってあまりにも酷なものであった…。
「先生…あの魔物…、すみません、先輩…さんとなにが…」
ルチナが恐る恐るとルドルフに問いかける。
「ああ…隠しているつもりはなかったけどね…」
ルドルフはルチナに全てを話した。エリーゼがかつて浮き気味だった自分を気にかけていた恩人であり、共に便利屋として活動した仲であったこと、ある日仲を違えてしまい、その結果…といったことを…。
「そんなことが…」
「…ああ、でも大丈夫だよ…さて、採取は終わったんだ。僕らも帰るよ…」
ルドルフはルチナに気丈に振る舞うが、その声はどこか弱々しくルチナには聞こえていた…。後味の悪さを感じながら、一同は帰路につく…。
*
「あ、おかえりなさい皆さん…というか、血だらけですけど…魔物に襲われました?」
「ええ…ちょっとね…」
センテが採取から戻ったルドルフたちをギョッとした様子で出迎える。フロッケとルドルフの服は乾いた血で赤黒く染まっていた。
「傷とかは大丈夫ですか…?」
「ああ、帰る前にポーションで治したから…それより、キーファさんとクーノさんはどこに?」
「ええと…先ほどまでクーノさんは出ていてさっき帰ったと思ったんですが…あれ、キーファさんもどこかへ…」
工房には帰還したルドルフたちと、作業をしているセンテとラウルの姿しか見えなかった。
「ついさっきまでは居たんですが…どこに行ったのかな?」
センテは不思議そうに首をかしげる。
「先生…」
「そうだね…少しあたりを探す必要があるかもね…」
当たりをつけていた人物とルドルフたちの素性を知る人物…。その2人がいないことにルドルフは言いしれぬ嫌な予感を感じていた…。
場所は変わり、工房から少し離れた倉庫裏にて…。
「なんだい、クーノくん、こんなところに呼び出して…」
クーノから呼び出されたキーファが応対する。
「ええ。少し、探しているものがありましてね」
「…ああ、それか。わかったよ。それならこっちの箱に…」
キーファはクーノをじっと見つめ、思考を読み取ると大量の材料が入った大きな箱に上半身を埋める。
「相変わらず、話がわかる方で助かりますよ」
クーノはカツン、カツンと足音を立てながら箱の中を探るキーファの背後に近づいていく。その手には光るモノが握りしめられていた。
「ああ、これだろう?ほら…」
銅色のインゴットを片手に取ったキーファが振り向いた瞬間。
ブシュッ
「えっ…」
肉を刺すような、液体が噴き出すような音が倉庫に響いたと思うと、キーファの左胸に熱いものを押しつけるような痛みが走った。
「ええ、ありがとうございますよ…」
キーファが目にしたもの、それは、見たこともないような黒い笑みを浮かべながら自身にナイフを突き立てるクーノの姿だった。
さて、いかがでありました?




