CASE33 影の魔物
ルドルフと影の魔物が激突…?
「……」
「な、何故だ…?何故襲ってこない…?」
ルドルフは自分たちを見つめたまま動かない影の魔物に対し、怪訝な目を向ける。
「…なんだ?あいつを消すのにちょうどいいはずじゃなかったのか?」
オスカーは動こうとしない影の魔物に怪訝な目を向ける。
「…こうすれば動くかな?おい、あいつらを殺すんだよ!」
「ッヒィィッ!」
オスカーは魔物に向けて鞭を振るう。オスカーの鞭を食らった影の魔物は悲鳴のような声をあげると、ルドルフとフロッケに向かっていく。
「っ!下がっててください!ホーゲン・ドナー!」
フロッケはルドルフの前に出ると、弧状の雷で影の魔物を撃ち抜いた。
「ヒ、ヒィィィィッ!」
バチン、という光が弾けるような音とともに、影の魔物は一瞬崩れ落ち、怯む。
「さて、休む間なんて与えませんよ!」
「ヒッ…ヒィィィ…」
フロッケは休むことなく、雷をまとった手刀で強烈なチョップや水平斬りを浴びせていく。そのたびに影の魔物は悲鳴のようなうめき声をあげ、よろめいていく。
「どうしました?反撃はしないのですか?」
「「……ッ…」」
フロッケは畳み掛けるように攻撃を加えていく。いつしか影の魔物は声も上げなくなっていった。
「さて、抵抗しないなら、そろそろひと思いにどでかいのを食らわせてあげますね…」
フロッケは右手に雷を込めた魔力を溜め始める。影の魔物はフロッケの右手を見て怯えたような様子を見せる。
「さて、こないなら…」
「ギッ…アアアアアアッ!」
「なっ…!」
影の魔物は突如フロッケに飛びかかり、鳩尾に肘を矢のような速さで打ちつけた。
「うっ!うううっ…!」
胸から腹にかけて骨が砕けるような衝撃が走り、フロッケはその場に反吐を吐き散らした。
「ヒギ…ヒィィィぃ!」
鳩尾を押さえ悶えるフロッケにむけて影の魔物は手をかざす。手には魔力を帯びた禍々しい緑色の光が渦を巻く。
「っ…逃げないと…っあっ!」
「さて、これで一人減るかな、」
痛む身体を動かそうとするフロッケの体をオスカーが鞭で縛りあげ、動きを封じる。
「っあっ!…う、動けない…!?」
「……ヒィィッ!」
影の魔物の手に纏われた光が一層強くなる。フロッケの脳裏に焼かれるのか、刻まれるのか。死のビジョンが浮かび上がった。
「グーゲン・マギ!」
そのビジョンともに影の魔物の手に纏われた光は消え去った。ルドルフお得意の打ち消しの魔法術である。
「なにがなんだかわからないけど、そう簡単にやらせはしないよ」
ルドルフはフロッケへ歩み寄ると、フロッケを縛っている鞭を握り、魔法術で焼き切った。
「助かりました…ルドルフさん」
「ああ…さて、どうしたものかな…」
ルドルフはオスカーと影の魔物に鋭い目を向ける。
「…報告通り。リズと同じ打ち消し持ちだったね…」
オスカーは影の魔物の魔法術を打ち消したルドルフに鋭い目を向ける。
「ル…ド…ち…?」
「…な、なんだ…?僕…呼ばれたのか?」
影の魔物はルドルフを見つめ、硬直する。その様子にルドルフは胸を刺すような感覚を覚える。
「…どうした…?おい、こいつを殺せ、殺すんだよ!」
「ヒィィ!!」
オスカーが影の魔物を怒鳴りつける。オスカーの剣幕に影の魔物はびくりと体を震わせ、ルドルフに飛びかかる。
「来るかっ!」
ルドルフは即興で火の玉の魔法術を放ち、迎撃する。
「ヒィィィッ!?」
火の玉は影の魔物に着弾し、燃え盛る。
「っ!?」
*
「あああああ!!もう、気をつけてくださいと言いましたよね!」
「ひぃぃぃぃん!ごめんなさい、ルドちゃん!」
*
影の魔物の叫びを聞いたルドルフの脳裏に映像が浮かぶ。懐かしいような、物悲しいような…その脳裏に浮かんだ映像はルドルフの動きをピタリと止めた。
「ヒィィィ!」
影の魔物は悲鳴か咆哮か、わからない叫びを上げながらルドルフの胸の中心をを魔力を込めた貫手で突いた。
「っ…うぁぁっ…」
ルドルフは胸の中心から血を吹き出し、蹌踉めく。。
「魔力を身体能力に上乗せするタイプか…これはきっついね…」
ルドルフは喉に絡んだ血の痰を地面に吐き出す。感じる魔力の強さ、そして、影の魔物と会敵したときから感じる胸騒ぎ…今までにない雰囲気にルドルフは頭を抱えていた。
「な、なんだ…この胸騒ぎ…」
鼓動が激しくなるのを感じながら、ルドルフは指先に魔力を集中させる。
「ヴェルメ・シュトラール!」
ルドルフの手からギラギラとした熱気を帯びた閃光が閃光が走る。閃光のまわりがゆらゆらと揺らめいて見えるほどの熱い熱気が影の魔物に向けて一直線に走る。
「ヒィィィィッ!アツ…アツイヨォッ!」
熱気を帯びた閃光で貫かれた魔物は髪をたなびかせながら倒れ込む。失われた片腕、その声と叫び…それを聞くたびにルドルフは胸を突くような感情に苛まれる。
「あ、あの魔物…まさか…?」
ルドルフの脳裏に浮かぶ、落ちこぼれで頼りなく、泣き言ばかり言っていたけど、底抜けに人がよく、ルドルフにとっての太陽のようだった…そんな先輩の姿。面影を感じることを拒絶するかのようにルドルフは頭を振ると、目を見開き、向き合う。
「ルドルフさん、やけに戦いづらそうですね…?」
「ああ、否定はできない、かな…」
フロッケが駆け寄り、声をかけるとルドルフは自嘲ぎみに肯定する。
「よし、僕が主体になります…ポーションはありますか?」
「ああ、ぜひ使ってくれ」
ルドルフがフロッケにポーションを振りまくと、フロッケの傷が塞がっていく。
「さて、事情はあとで聞かせていただきますよっと」
「ああ、ぜひともな」
フロッケは左手に雷を纏わせると、影の魔物に向かって飛び掛った。
「戻せる方法があるなら、戻さなきゃですね…死んじゃ困りますよ!」
「ヒィィィ!」
フロッケは影の魔物を雷を纏った腕で薙ぎ払いにかかる。しかし…
「っ!」
「ッヒィィ…」
影の魔物はフロッケの腕を片手で受け止めていた。影の魔物はフロッケに魔力を纏わせた拳を振り上げる。
「そうはいくか…」
ルドルフの放った熱気を帯びた閃光が一直線に走り、影の魔物の手を焼き貫いた。
「このまま眠ってくれ…!」
ルドルフは手をかざし、催眠魔法術で影の魔物を眠らせにかかった。影の魔物は目をとろんとさせると、そのまま崩れ落ちる。
「ヒギッ…ルド……チャ…?」
影の魔物が風穴の開いた掌からぷすぷすと黒い煙を出しながらルドルフを見つめ、そのまま眠りについた。眠る直前の表情はどこか悲しげに…ルドルフにはそう見えた。
「そんな…そんな目で見ないで…くださいよ…まさか…ホントに…?」
ルドルフはある結論に至っていた。しかし、言葉にすることはできなかった。その答えを知ってしまえば、元には戻れない。そんな気がしていた…
*
「どうなったのかな…先生とフロッケくんは…?」
ルドルフたちが交戦し始めてから数時間あまり、ルチナとマリーは洞穴の入り口の岩陰に息を潜めていたが…ルドルフたちの様子が気になり、潜めるのにも限界を迎え始めていた。
「…マリーちゃん、大きな声と音はあげないで、静かにそーっと…」
「き、きゅむ…」
ルチナは誰にも気づかれないよう、気配を殺しながら、音を立てずに動き、岩陰からルドルフたちの様子をのぞき込む…。
「さて、その魔物、引き渡してもらうよ」
「ええ。いろいろ調べる必要がありそうです」
岩陰の向こう、数メートル先では、掌に風穴の空いた影の魔物の身柄をルドルフとフロッケが確保しようとしていた。
「…こいつは死なせるなと言われた。引き渡すわけにもいかない」
オスカーは懐からポーションの入った瓶を取り出す。
───あの魔物を回復させるつもりかな…?それはさせないほうがよさそうかな…?
「させません!」
「きゅむ!?」
ルチナが立ち上がり、岩陰から姿を現した。傍らにいるマリーは驚きのあまり目を丸くしている。
「ルチナ君!誰が出てこいと言った!?」
「る、ルチナちゃん!?」
「あいつはさっきのザコ…なんのつもりだ?」
突如姿を現したルチナに対し、ルドルフたちは三者三様の反応を見せた。
「こっちに、こっちに!」
ルチナが魔力を練り上げ、手をかざすとオスカーの手の中のポーションの瓶は浮き上がり、ルチナに向かって引き寄せられていった。
「っ!しまった…!」
「へへ、回復させようなんてそうはいきません!」
ルチナはポーションの瓶や、オスカーが持っていた籠を次々に引き寄せていく。
「舐めた真似を…心臓に風穴でも空けてやるよ」
オスカーは苦々しげにルチナを睨みつけると、魔法術で氷柱を作り出し、その鋭い先端をルチナに向ける。
「おっと、させませんよ!マギ・リフレクター!」
フロッケはルチナの前に、魔法術を反射する壁を張り、オスカーを牽制した。
「ルチナくん、フロッケくん、二人とも、よくやったよ…さて、あとは僕が…そりゃあっ!」
ルドルフは黄色い宝玉が埋め込まれた丸いレリーフを投げつける。オスカーの脛に直撃した宝玉は強い光を放つ。
「っ!こんなところで…んむぅうぅぅっ!?」
その瞬間、強烈な雷撃が迸り、オスカーは煙を噴き出しながら1歩、2歩と後ろによろめき、煙をあげながら倒れ込んだ。
「ぐっ…こいつら…」
「きゅむっ!」
なおも立ち上がろうとするオスカーにマリーが眠り薬を振りまき、オスカーの意識は闇に落ちた…。
「なんとかカタはついたか…?よくやってくれたよ、フロッケ君…それに、ルチナ君、マリー…」
ルドルフはその場にへたり込むと、共に戦ったフロッケたちを労う。
「でもすみません、急に出てきちゃって…」
「きゅむ…」
ルチナがルドルフに頭を下げると、隣にいたマリーも申し訳なさそうにルドルフを見上げる。
「まったくもう…錬金術師としては力をつけてきたとはいえ、戦いの方はまだまだそれほど強くなったわけじゃないんだから…僕やフロッケ君が助けなかったら大変なことになってたかもだよ…?」
ルドルフはため息交じりにルチナの無茶を窘める。安堵からか、その声は少し裏返っていた。
「あはは。…にしても、様子おかしかったですね。それで、あの魔物とルドルフさん、何かあったんですか?」
眠りこける影の魔物を見ていたフロッケが疑問を口にする。その瞬間、ルドルフの表情が微かに曇る。
「ああ…。実を言うと…」
ルドルフが話し始めようとしたとき…
「あらら、やっぱりまだ敵わなかったか」
突如、ガラの悪い声が響き渡る。一行は何が起こったんだと言わんばかりに辺りを見回す。
「あ、あれは…!?」
「黒い霧…?」
突如あたりに黒い霧が立ち込める。黒い霧が晴れると、そこには1人の男が立っていた。
「安心しな、俺は別に、お前らを殺しに来たわけじゃない、こいつらを引き揚げにきただけだ」
笑ったような顔を模した不気味な仮面を被り、プラチナブロンドの髪を肩まで伸ばし、黒いマントに黒いローブ、黒いハットという全身黒ずくめの男…ウルゴス帝国の錬金術師、アンドルフである…。
「な、なんだお前は…」
ルドルフは呆気にとられるルチナたちの前に出て、アンドルフを睨む。
「ああ、俺?ウルゴス帝国の宮廷錬金術師、アンドルフだ。そこに転がってる魔物を作り出したのは俺だ」
「っ!!」
アンドルフがあっけらかんとした様子で言うと、ルドルフの目が鋭くなる。
「ああ、なんだお前…ああ、ルドルフだっけ、便利屋社長の…」
「…だったらどうした」
「せ、先生…?」
「きゅむ…?」
アンドルフを睨むルドルフの手に纏われた魔力は、赤く禍々しく、熱気を纏っている。普段からは考えられないほどのルドルフの形相に、ルチナとマリーは慄く。
「その様子じゃ多分わかってるだろうから答えてやるよ」
「やめてくれ…聞きたくない…」
感づいてはいる、だけど、認めたくはなかった。ルドルフの鼓動が大きくなっていく。聞いたら戻れなくなりそうだ…。ルドルフは耳をふさぎ、身をかがめる。
「こいつはエリーゼ。お前が追い出した大好きだった先輩だよ、ルドルフ君よ…」
もう、戻れなくなった
さていかがでしたか…?




