CASE30 悍ましきもの
ルドルフに危機迫る…?
「それじゃ、帰る…」
「先生っ!後ろです!」
転移の結晶を掲げるルドルフにルチナが声をかける。後ろを振り向くと、カマキリの胴体から人間の上半身を生やした異形の魔物の姿が両手の鎌を振り上げていた。
「魔物かぁっ!」
「ぐガガガがが…」
ルドルフは鎌を振り上げる魔物に向けて火の玉を放つ。しかし、魔力を練る間もなく放たれた小さな火の玉は異形の魔物が振り下げた鎌にあっさり消されてしまった。
「ぐガガがァぁ!」
異形の魔物はルドルフの胸元を一直線に薙ぎ払う。
「っ!速いっ!」
そのあまりの速さに対応しきれずルドルフは胸元を一文字に斬りつけられてしまう。ポタポタと鮮血が滴り落ち、胴体を朱に染めた。
「人間とカマキリのキメラとはなんとも不気味な…まさか…」
人間とカマキリ…。ルドルフの脳裏に疑念が浮かぶ。
───もしや、ウルゴス帝国の研究により作られた魔物か…?
「ならば、人間に戻せるように…殺さないようにしないといけないか?」
ルドルフは目の前の異形の魔物を殺さないようと気をつつ、向かい合う。
「ぐググ…」
異形の魔物は鎌を振り上げ、ルドルフに斬りかかる。
「距離を開けるしかないか…っ!」
ルドルフは懐から爆弾を取り出すと、異形の魔物にむけて投げつけ起爆させる。
「グがガガガ…!」
「っごふっ…!」
至近距離で爆ぜた爆弾は爆風により異形の魔物を怯ませ、ルドルフを吹っ飛ばし、距離を開けた。吹っ飛ばされたルドルフは地面に叩きつけられ、鮮血を噎せ返す。
「先生!」
「きゅむ!」
吹っ飛ばされたルドルフの身を案じたルチナとマリーが叫ぶと、すでに異形の魔物の鎌はルチナとマリーに狙いを定めていた。異形の魔物の鎌が緑色に光る。
「グががガ…ガぁっ!」
鎌を振り下ろすと、鋭い切れ味のかまいたちがルチナとマリーに向けて放たれる。
───セリアと同じような風属性の魔法術か…?
「ならば、撃たせるわけにはいかないな」
魔力を帯びた手を異形の魔物にむける。
「ゲーゲン・マギ」
ルドルフが打ち消しの魔法術を唱えると、異形の魔物のかまいたちはルチナやマリーを切り裂くことなく、消え去る。
「あわわ…先生、助かりました…」
「君は危険にさらすわけにはいかない…マリーとともに先に帰っておくように」
ルドルフはルチナに転移の結晶を手渡す。
「そ、それじゃ、先生は…」
「心配いらないけど…心配ならその結晶で誰かをここに連れてきてくれればいいさ…」
ルドルフは異形の魔物の振り下ろす鎌を撃ち払いながら答える。
「わ、わかりました!マリーちゃん、あたしに掴まって!」
「きゅむ!」
ルチナは転移の結晶を掲げると、マリーとともにエーデル財閥の工房へ転移した。
「さて、戻せるなら戻してやりたいが…あれは?」
「グがが…ギギギ…」
異形の魔物と向き合っているとき、ルドルフは何かに気づいた。
「腹に不気味なコウモリのマーク…あれはたしか…」
異形の魔物の人間部分の胴体にある不気味なコウモリのマークに見覚えがあった。
「そうだ、グロスの錬金術ギルド…マスターのグロスは忽然と姿を消したとあったが、もしやこいつが…」
ルドルフが異形の魔物に疑念をむける。
「グ、ぐギ…?ロギが…」
ルドルフの紡いだ言葉を聞いた異形の魔物が怯む。
それを見たルドルフはそれがグロスであると確信した。
「グロスのギルドのマーク。…ならば、話は早い。マリーを攫った罪、ここで贖ってもらうか」
「グぎぃ…」
容赦の必要がないと判断したルドルフの口角が上がる。異形の魔物は目にも止まらない速さでルドルフに鎌を振り下ろす。
「くっ!」
異形の魔物の振り下ろした鎌はルドルフの肩から脇腹にかけて切り裂いた。ルドルフは2,3歩後ろに下がると、懐から雷マークのかかれた爆弾を取り出す。
「さて、バチぃっと!」
爆弾が爆ぜると、異形の魔物は強烈な雷に包まれる。
「グ…グが…グ…」
強烈な雷撃を受けた異形の魔物は痺れ、傷だらけの体をよろめかせながらもルドルフににじり寄る。
「まだ生きていたか…まあいい、終わらせるぞ」
ルドルフの手が赤く光ると、大きな火の玉が異形の魔物に向けて放たれる。
「グが…グあああああああ…」
その火の玉は異形の魔物を包み込み、白い灰に変えたのであった。
「ん…っざまあないね…さて、僕もエーデル財閥に戻らないと…」
魔力を消費し、よろめく体をなんとか進める。その時…
「あらあら、グロスをやっつけちゃうなんて…まあ、試作品だし壊れても構わないんだけど」
どこからか澄んだような声がする。
「だ、誰だ!」
「こっちだよ」
ルドルフがあたりを見回すと、近くの大きな岩にガスマスクをつけ黒い革鎧を纏い、背中に槍を背負ったた紫髪の少女の姿が腰掛けているのが見えた。
「初めまして、でいいかな。私はリズ。ウルゴス帝国の特殊部隊に所属しているよ。便利屋ゼルトザームの、ルドルフ社長?」
「ほう…僕の名はウルゴス帝国にも響いてたんだね」
岩から飛び降りたリズはルドルフに自己紹介をしながらにじり寄る。ルドルフは後ずさりしつつ、返答する。
「まあ、それはそうかなっ!」
「!なっ、速っ…」
リズは口角を上げると、目にも留まらない速さでルドルフを組み伏せ、ルドルフの下半身に跨る。不意を突かれたルドルフは呆気にとられるほかなかった。
「錬金術師としても、魔法使いとしても相当の腕前…それにわりと腕力もありそう…だけど、ちょっと動きは鈍いみたいだね。硬いんじゃないかな…?」
少女はルドルフの左胸に手を置き、、耳元で囁く。
「なんだ君は…あの魔物がどうしたというんだ…」
なんとか抵抗しようともがくも、異形の魔物との交戦により体力と魔力を消費したルドルフは力が入らず、リズを振りほどけなかった。
「この鼓動、まさに怖がってる、そんなかんじだね…。ふふ…」
とくん、とくんと鼓動を刻むルドルフの左胸をギュッと掴みつつ、言葉を紡ぐ。ルドルフの鼓動が早まる。
「試作品と言っていたな…どういうことなんだ…」
「あちこちで悪行を重ねていた錬金術ギルドのマスターだったかな?消えて構わない試作品としては適当な材料だった、そういうことだよ」
「なるほどな…」
ルドルフは自分が殺した異形の魔物が、死んでも構わない人間が材料として使われた魔物であることに安堵と、安堵してしまう自分にそこはかとない嫌悪感を感じた。
「ふふ…それじゃ、こっちの質問にも答えてもらおうかな。何の目的があってここに来たのか」
ルドルフの左胸を掴むリズの力が強くなる。
「ただ、調合に必要なものを採取するためにこの高原に来ただけだ…」
「ふむ…なるほどね」
ルドルフが答えると、リズはこくりと頷く。
「では続けるね、エーデル財閥とどんな関係が?」
「さ、さあね…なんのことか…」
ルドルフはそう言うとリズの手を振り払い、立ち上がる。
───やはり、繋がっているか。でも、誰と…?
ルドルフは思考を巡らせながら魔力を練り始める。
「さあね。力ずくで聞かせてみるかな?」
「それもアリかな」
リズは背負っていた槍を構える。
「では、どう出るか?」
ルドルフは小手調べとばかりに火の玉の魔法術を放つ。
「ほう、なかなかの火力、だけども…」
火の玉が迫り来る中、リズは冷静であった。リズの手が光り始める。
「ゲーゲン・マギ」
「!?」
それは、ルドルフお得意の打ち消しの魔法術だった。火の玉をかき消したリズはルドルフに向かって迫る。
「速いっ!」
「そうだね、貴方はちょっと遅いかな」
リズが放ったのは矢のような速さの突きであった。迫る槍がスローモーションに見える。反応ができない。
「っむぅっ!」
その一突きはルドルフの脇腹を切り裂くように抉った。激しく血液を噴き出すルドルフの顔からは血の気が失せ始めている。
「かなり消耗してるみたいだね。無理もないか。さっきグロスとやりあったときもまあまあ切り刻まれてたみたいだし…」
「確かに、そうかもね…」
リズの言葉を意に介すことなくルドルフは脇腹の傷にポーションを振りかける。脇腹の傷は完治までとはいかないものの、多少は塞がったようだ。
「ふむ…一筋縄ではいかないね。その腕前、ウルゴス帝国で活用する気はないの?地位も富も築けるはずだよ?」
その効き目を見たリズは感嘆の声を上げ、ルドルフに手招きをする。
「…僕を金銭で飼い馴らせるとでも?」
ルドルフはため息交じりに言うと、火の玉の魔法術を放つ。
「はぁ…さっき魔法術をかき消されたの見たでしょう?グーゲン・マギ…」
リズは再度ルドルフの魔法術をかき消しにかかる。リズが手をかざしたその時。
「まさかこんな手に引っかかるとはね」
ルドルフはリズの足元に向け緑色の宝玉が埋め込まれたの丸いレリーフを転がす。
「こ、これはっ!?」
宝玉が光り出し、危機を感じたリズは槍で宝玉をはじき飛ばそうとする。
「あの火の玉は囮だよ。さて、被弾の時だよ」
「っ!うああああああ!!」
宝玉の光りが強まると、強烈なかまいたちがリズを吹き飛ばし、激しく切り刻んだ。鎌風に刻まれたリズは鮮血をまき散らし、倒れ伏せる。
「っ…げぼっ!…打ち消しの魔法術を使った隙…見逃さないなんてね…さすがだよ…」
ガスマスクが外れ、素顔が露わになったリズが血を噎せ返し、称賛の言葉をかける。幼い顔立ちに似つかわしくない無機質な瞳は真っすぐとルドルフを見つめる。その無機質さにルドルフは身の毛のよだつものを感じた。
「…まだやるつもりかい…」
「そうだね。貴方がわたしたちの計画の妨げになるなら…帝国のために…わたしたちの未来のために…」
無機質な目を向けたまま、リズはルドルフに槍を向け、構える。
「わからないね…その目がなにを見据えてるのか…君はただその帝国とやらの思惑に左右されるしかないのかな?」
ルドルフが何の気なしに放った言葉に、リズの目が大きく見開かれた。
「そういう生き方しか示されなかった。それだけだよ。問答はもう終わりにしよう」
目を見開いたリズはルドルフに向けて踏み込んでいく。先ほどの刺突の時とは段違いの、雷のような踏み込みであった。
「っ!」
「遅い、遅いね」
一瞬のうちに間合いを詰められたルドルフは、脇腹から肩にかけて薙ぎ払うように斬りつけられた。
「ぐぁ…っ!」
ルドルフの口の中が鉄の味で満たされる。
「な、なんて速さだ…ううっ…」
体に力が入らない。目の前にいるリズが霞んで見える。ルドルフは立っていられなくなり、膝をつく。
「さて、終わらせるよ、ルドルフ社長…」
膝をつき、頭を垂れるルドルフの首元に切っ先を置くと、そのまま振り上げた。
これで終わりか…。とルドルフは歯を噛みしめる。その時だった。
「このガキぃぃぃぃぃ!!」
聞き覚えしかない声が響くとともに、あたりに強い風が吹き荒れる。
「な、何を…!うぁぁぁ!」
風が止んだと思うと、リズの振り上げた槍は真っ二つになり、槍を握っていたリズの左腕も明後日の方向に切り飛ばされていた。
「ルチナちゃんが血相変えてここに行くように言ったから何かと思えば、お兄様、なに死にかけてるのさ」
「ナチュラルに腕切り飛ばしたねセリアさん…くわばら豚バラ情熱の薔薇…」
リズの後方数メートル先にいるのはルドルフもよく知る人物だった。ため息交じりに人差し指を振るセリアと、引きつった笑みを浮かべるチェルシーだった。
「はは…仕事中は社長と呼ぶように、と言っただろ」
「軽口叩けるなら多分大丈夫だよね」
セリアは安心したように囁くルドルフに肩を貸し、支える。
「緋燕のセリアに、I&Sの諜報員…形勢は不利、か…」
リズは蹌踉めきながら辺りを見回す。その顔からは血の気が失せている。
「まだ血を流し足りないのなら、あたしたちが相手になるよ?かわいい槍使いちゃん?」
「あはは…ボク戦力になるかな…」
切り落とされた左腕を麻袋に詰めたリズの前にセリアとチェルシーが立ち、圧を込める。
「さすがにこれはまずいか…死ぬわけにはいかない」
リズは切り落とされた腕を抱え、転移魔術でどこかへ去っていった。
「あら…まあ、賢明、かな。それよりお兄様だ!早く連れ帰って治療しなきゃ」
セリアとチェルシーは重傷を負ったルドルフとともに転移の結晶でエーデル財閥の本部へ帰っていった。
失われた素材、異形の魔物と化したグロス、ウルゴス帝国の特殊部隊とその目的とは?黒い霧はまだ晴れそうにない…
※
ウルゴス帝国のある古びた研究所にて…
「ずいぶん手酷くやられたようだな」
「うん、手間かけさせてごめんよ、ギャロン…それに、便利屋ゼルトザームの社長を仕留めそこなった…」
ギャロンと呼ばれた群青色の髪の青年は切断されたリズの左腕を接合する。その様子をハイライトのない黒い瞳をした青年とおどおどした緑髪の少女が見つめている。
「奴らは別に何かのついでに始末する、くらいで構いやしないとアンドルフの奴も言っていたよ…。どうせ今作ってる魔物や、俺たちじゃちょっと分が悪い相手、相手にするだけ徒労だよ…」
黒い瞳の青年はため息交じりに呟く。口元のペストマスクのせいかその声はやけにこもって聞こえた。緑髪の少女は何も言わずに黒い瞳の青年の手を握っている。
「はは…それで、アンドルフとウィルマはどこに?」
「ウィルマはエーデル財閥の…なんといったかな、まあ、錬金術師と用があるといって出かけているよ。アンドルフはまた地下室で研究をしているよ」
リズの問いかけに黒い瞳の青年は欠伸混じりに答えた。
*
研究所地下…いくつもの錬金釜が並び、あちこちには魔物由来の素材が詰まったコンテナが無造作に散らばる空間の中に、研究所の主…ウルゴス帝国の王宮錬金術師、アンドルフが居た。
「さて…そろそろ動かし始めてもいいかなあ?あの野郎を地獄に落とすにはピッタリだ…」
笑ったような顔を模した不気味な仮面の奥のギラギラした目はあるものを見つめていた。大きなガラスの水槽の中にある、隻腕の女性の影のような姿をし、緑色のオーラを放つ異様な魔物のようなものがそこにいた…。
エーデルフェスまで27日
二週間ぶり投稿でした




