CASE29 不穏な影
2週間ぶり投稿となります
スラム街のブラックマーケットで得た情報を報告するため、セリア達はアストリッドのもとへ訪れていた。
「ふむ…。ウルゴス帝国が各地から生命の石をかき集めていると?」
「はい、出処が出処なので眉唾ものの話ではありますが…ただ、生命の石を狙う勢力があるというのは間違いないと思います」
セリアが言うとアストリッドがセリアに問いかける。
「間違いないというのはどういうことでしょう?」
「以前、各地からホムンクルスを拐っては生命の石を抜き取るという錬金術師のギルドと交戦したことがありまして」
セリアは以前マリーを攫った「グロスの錬金術ギルド」に関する話をした。
「ふむ…。あの悪質な錬金術師ギルド…。壊滅したと聞きましたが、セリアさんとルドルフさんたちが潰したのですね」
「ええ。アストリッドさんも知っていたんですね」
頷くアストリッドに対しセリアが返答するとアストリッドは軽く紅茶を啜り、話を続ける。
「ええ。ギルドのメンバーは消息を絶った2人を除き、全員が死亡したと聞きましたが…そういうことでしたか」
「消息を絶った2人、ですか」
あの時ギルド内にいた全員を殲滅させたはずだった。セリアの頭に疑問符が浮かぶ。
「ええ。ギルドマスターだったグロスともう一人、詳細はわかりませんが…。その人物というのが…なんでもウルゴス帝国の錬金術師だったようで…」
アストリッドの言葉に、セリアの表情が引きつる。
それと同じく、セリアは切り出していく。
「アストリッドさん、あたしたち、ウルゴス帝国に調査の必要があると考えています」
「ウルゴス帝国に…?」
面食らった様子のアストリッドに対してセリアが続ける。
「ええ。各地から素材をかき集め、悍ましい実験をしていまると言われており、こちらもその実験に使われているものと同じものを失っています。調査してみる価値はあるかと思います」
セリアが紡ぐ言葉にアストリッドがこくりこくりと頷く。
「確かに。調査の必要はあるでしょう。ただし…危険な調査になります。前もって準備は必要です。それと、人員をどう動かすか。くれぐれも慎重に動きましょう、よろしいですね」
アストリッドからのGoサインは出た。セリア達はアストリッドに向けて一礼すると、ルドルフたちの待つHQへ戻っていった。
*
「あの錬金術師のギルドから消えた奴ら、か…。それがウルゴス帝国の錬金術師だったんだな」
HQにて報告を受けたルドルフが呟く。
───ウルゴス帝国の錬金術師?前にも…
ルドルフの脳裏にある人物の姿が浮かぶ。
「お兄様?」
ルドルフの様子が変わったことを察したセリアがルドルフの顔を覗き込む。
「あ、ああ…ちょっと前に受けた依頼を思い出してね…あの人もウルゴス帝国の錬金術師だと言っていたかな…」
ルドルフの言葉にセリアの目が見開かれる。
「え、ええ、それっていつのこと?どんな依頼だったの?」
セリアがルドルフの肩を掴みゆさゆさと前後に揺さぶりながら問いかける。
「あ、ああ、ほんの3ヶ月くらい前…そうだな、マリーを攫った悪徳錬金術師のギルドに殴り込みに行く少し前くらいだったかな…」
「それで、どんな依頼を」
ゆさゆさと揺らす手は止まらない。
「錬金陶土を数キロほど調合をたのまれたんだ…」
「ふむ、錬金陶土を依頼するウルゴス帝国の錬金術師、ホムンクルスから生命の石を抜き取っていた錬金術師のギルド…いろいろ引っかかることは多いね」
ルドルフを離したセリアは顎を手に考え始める。ルチナは揺られすぎてふらふらしたルドルフを介抱する。
「ウルゴス帝国にも調査の必要もあると思ったんだよね。きっちりと準備するように言われたんだけども」
セリアが言うとルドルフは
「そうだなあ、確かに。行く人員とかも考えないとだし…よし、僕とルチナくんは明日からは錬金術部門の調査と…必要なものの素材の採取をすることにしよう」
「あ、はい、任せてください!」
ルドルフの言葉にルチナはびくんと震わせながら答える。
「それじゃ、よろしく頼むね。あたしらは明日どうしようかなあ。その壊滅したギルドに関する情報も欲しいんだけど」
セリアが考え込んでいると話を聞いていたチェルシーが手を挙げる。
「王都の外れにある森には凄腕の情報屋がいるんです。そこを当たってみるのも悪くないかと思います」
チェルシーからの提案を聞いたルドルフは
「ああ、それでいこう。それじゃ、明日はセリアとチェルシー君は情報屋のところに、僕とルチナ君は錬金術部門の内部調査や採取を、ミミさんはそうだね、フロッケくんやネフタリさんとともにアストリッドさんの護衛に加わってくれるかな?」
とメンバーの役割を告げた。
「は、はい、わかりました!」
「そうだね、チェルシーちゃん、よろしくね」
「異論はないよね」
「んう、護衛は任せて」
ルチナたちがそれを了承すると、ルドルフは
「よし任せたよ、さて、今日はここまでか。ではまた明日、だね」
と言い、今日の業務を終えた。
*
「それじゃ、しっかり掴まって、落ちたらトマトジュースになっちゃうよ!」
「は、はい…。わわあ!」
翌朝、セリアとチェルシーは情報屋にコンタクトをとるため、箒にまたがり空をとんで行く。
「しかし、その情報屋ってどんな人なのかな」
「ちょいと胡散臭さはありますけど、腕は確かな人ですよ、あわわわ、高い、速い、ううう…」
空を飛ぶ箒にまたがるセリアと、セリアに後ろから抱きつくチェルシーは情報屋のいる森へ向かっていく。
「ふむ、どのあたりかな」
「あああ、このあたり、このあたりです!」
「あらあら、急降下するから、今までよりがっちり掴まって、舌噛まないようにね!」
セリアはチェルシーの抱きつく腕に力が入ったのを確認すると箒を急降下させる。
「!!!」
チェルシー舌を噛まないように歯を食いしばる。ある程度地上が近づくと、箒が静止する。
「よし、たどり着いたよ。チェルシーちゃん」
「あは、あはは…ちょっと心臓がばくばくします…落ち着けるためにもハーブティーでも…」
チェルシーは虚ろな顔で紅茶の入った水筒を取り出すと、その中身をごくごくと飲んだ。飲んだそばから下腹部をじょぼぼぼ…と濡らしている。
「わわ!チェルシーちゃん、飲むか漏らすかどっちかにしてえ!?てか着替えて!?」
「わわあ!見ないでぇ!?」
慌てたセリアはチェルシーの着替えを手渡す。チェルシーは木陰に隠れいそいそと着替え始めた。
「ふむ…というか、ほんとにこんなところに情報屋がいるの?」
降り立ったのは人気を感じないほど鬱蒼とした森であり、あちこちにどろっとした沼が見える。
「ええ。あと、このあたりの沼は底なし沼になってますから沼に落ちないように気をつけてくださいね」
「わーお。何というか…瘴気で満たされてるって感じだね」
2人は沼に落ちないように足元に注意しつつ進んでいく。湿った土を踏むたびに沼に足を取られたのではないかとひやひやする感覚に見舞われる。そうしていくと…
「ここですよ」
「こりゃまた…まさに幽霊屋敷…?」
桟橋がついた大きな沼のほとりに建てられているのは古びた館だった。割れた窓や黒ずんだ壁、ツタの絡まった門からは筆舌しがたい威圧感を感じた。
「それじゃ、いきますよ」
チェルシーは大きなドアをゆっくりと開けると、館の中へ入っていった。セリアはそれに続いていく。
「わーお…中もまさに」
「幽霊屋敷、ですか?くふふぅ〜」
天井には蜘蛛の巣が張り、ところどころヒビの入った黒ずんだ紫色のタイル床の上にはネズミが走り回っており、壁には紫髪に紅い瞳、異様なほど真っ白な肌をした魔女のような装いの少年が描かれた肖像画がかけられている。
「というかあの肖像画に見られてる気が…」
セリアはおそるおそる横方向に移動する。肖像画の目はセリアが左へ行けば左を、右へ行けば右と、セリアを追うように動いていた。
「え、ちょ、待って、ねえ待って?」
セリアの顔は青くなり、心臓がどくんと大きく跳ねるように鼓動を刻む。
「ひいいい!?」
「ちょ、力強ッ!?ギブギブギブ…」
肖像画から飛び出した靄がセリアの目の前にあらわれ、人の形を作っていく。セリアは思わずチェルシーを抱き、締め上げてしまう。
「あれ、お客様やと思たらチェルシーくんやないの?」
妙にはんなりした雰囲気の声が聞こえたと思うと、紫の靄はいつの間にか肖像画に描かれていた少年と同じ姿に変わっていた。
「あれ、あれ…あの絵の子?」
「あ、はい、チェルシーです。こっちのは新規客のセリアさんです」
解放されたチェルシーはセリアを軽く紹介する。
「お噂はかねがね。便利屋ゼルトザームの専務さんやったっけ?初めましてやね。ボクが情報屋のネビオーネや、よろしゅうな」
「あ、はい、光栄、です」
セリアが恐る恐る差し出された白い手を握る。その手は不気味なほど冷たかった。
「んー、早速やけど、どんな情報をお求めかな?情報によっては少し時間いただくことになるけど…」
ネビオーネが尋ねると、セリアは
「そうだね、グロス錬金術ギルドが生命の石を集めていた理由と、グロスとともに行方をくらました錬金術師についての情報はあるかな?」
と必要な情報を伝えた。それを聞いたネビオーネはにやりと口角を上げた。
「ああ、調べるまでもないわ。裏社会では話題になってたからね。壊滅してすぐに情報を集めたんよ、ちょい待ってね」
ネビオーネはふよふよと浮きながら、書庫へ行き、一冊のノートを持って戻ってきた。
「ええ、まず、グロスの目的やけど、これは単純に金儲けのためやね。生命の石は希少な素材。質が悪くてもそるなりの値段で売れるんよね」
ネビオーネはノートを開き、得た情報をセリアに伝える。
「…今からでも再度ぶっ殺したくなるね、それで、グロスとともに消えたという錬金術師については?」
セリアの声色が一段階低くなる。ネビオーネはくわばらくわばら、と軽く呟くとセリアに情報を伝える。
「大した情報やないけども…ウィルマというウルゴス帝国で活動してる錬金術師で、なにやらあちらの王家とも繋がりがあるといわれてる…くらいしかわからへんのよね。ギルドのメンバーというか、ギルドに資金を流していたスポンサーやったみたいやね」
ネビオーネもウィルマに関しては大した情報がないようだった。
「謎に包まれた人物みたいだね…」
「ああ、それと、最近は…ウルゴス帝国との国境付近で異形の魔物がたまに見つかるらしいわ。行くんなら気ぃつけたほうがいいかもね」
ネビオーネが言うと、セリアは考え込む。
「国境付近に…そういやお兄様たちはどこで採取してるかな…」
*
「よし、ルチナくん、糸を吐かせるのが上手くなったね」
「が、がんばります」
ルチナは手のひら大の大きな銀色の蜘蛛の腹をさすりながら、吐き出した糸を採取していた。
「それにしても、ハガネグモの群生地があるなんて…」
「ああ、僕も知らなかったんだよね…最近数が減ってきてるし、群生してる場所があるなんて…」
*
「さて、ウルゴス帝国に捜査に行くにあたり、こういう物を作るつもりだよ」
ルドルフは三日月の刺繍が入った紫色のクロークが描かれた紙を取り出す。
「わあ、可愛いクローク!それで、これはどんなものですか?」
ルチナが言うとルドルフは得意満面そうな笑みを浮かべ、答える。
「ああ、纏うとまわりから気配に気づかれにくくなり、ふわりとどことなく身軽になれるという機能をつけたクローク…そうだな、月光のクローク、とでも名付けようかな」
「月光のクローク…それ、すごくいいです!」
ルドルフの説明にルチナは胸を躍らせる。
「とまあ、素材なんだけど、ハガネグモの糸に、闇コウモリの羽、それと魔力をこめた染料だけど…どこかとれる場所はないかなあ」
「ハガネグモ…見たこともないからなあ…」
ルドルフが考え込む。ルチナも場所を知らずにいた。
「ふむ、ハガネグモの居場所を知りたいのかい?」
「ええ。思いついたレシピを試したいので…」
ふと通りがかったキーファがルドルフに声をかける。
「ならば、北の国境近くにあるネーベル高原に行くといい。あちらは昔からハガネグモが群生してる場所だよ。昔私が使っていた転移の結晶を貸すよ。これでネーベル高原へ行けるよ」
キーファはルドルフに群生地の情報を伝えると玉虫色の結晶を手渡す。
「ありがとうございます、キーファさん。ルチナ君、マリー、いくよ」
「はい!」
「きゅむ!」
ルドルフが転移の結晶を掲げると、ルドルフたちはネーベル高原へ転移した。その様子をキーファはじっと見つめていた。
「いってらっしゃい、若い錬金術師さん…」
*
「あとでキーファさんにお礼の品もっていかないとですね」
「そうだね。マリー、そっちはどうだい?」
「きゅむ!」
マリーの方をみると、マリーもそれなりの量の糸を採取できたようだった。
「よし、こんなものでいいかな、次は闇コウモリの羽だけど…一度本部に帰るよ、あっちからのが採取地から近いから…」
充分な量の糸を採取できたのを確認すると、ルドルフは籠から転移の結晶を取り出し、本部へ帰る準備をする。
「…グゴごガ…ぐガ…ごブ…」
だがルドルフたちは気づいていなかった。大きな岩の陰から、人間の半身を生やした異形の虫のような魔物が鎌のような前脚を振り上げながら近づいていることに。
エーデルフェスまで27日
さていかがでした?




