CASE28 潜入捜査 side Intelligence&savings
「ふむ…そちらも特に犯人につながるような情報は得られなかったか…」
潜入捜査初日の夜、ルドルフたちはアストリッドの邸宅の一室に作られたHQにてこの日調査したことで得た情報を共有していた。
「そうなんだよね。今日一日は内部をいろいろと調査してたんだけど、特に得られるものはなかったかなあ」
セリアは一日チェロやミミとともに調査をしていたが、特に得られるものはなかったという。
「明日はそういったものが流れるような場所、スラムにあるブラックマーケットとかを調べてみることにするよ」
セリアが言うと、ミミとチェルシーはこくりと頷いた。
「そうか。僕とルチナくんは引き続き錬金術部門で調査を進めるよ」
「こっちは任せてください!」
ルドルフが言うとルチナは元気いっぱいに宣言する。その様子に皆の表情がほころぶ。
「ところでセリア、その格好はどうした?」
「え、今更?」
純白ヘッドドレスにメイドエプロン、マルーン色のふわりとしたロングスカート、どこからどう見ても完璧なメイドであった。
「ボクらと行動を共にするわけですから、ボクらにとっての正装をしてもらっただけです!」
「183 cmの子に合うサイズ、探すのちょっと手間取ったけども」
チェルシーとミミが答えるとセリアがくふふと笑う。
「でも調査もだけどメイドとしての仕事もしなきゃいけないのは大変だったよ、あたし…ああいうのさっぱりだから」
「はぁ〜、さっぱり、さっぱり」
家事が下手なことを自嘲するセリアをチェルシーが煽る。チェルシーの鳩尾にセリアの裏拳が突き刺さったのは言うまでもない。
「な、なにがあったんだ…」
困惑したルドルフが言うと鳩尾を抑え悶絶するチェルシーの顔を鷲掴みにしながらセリアは話し始める。
「それは語るも涙、聞くも涙…」
「泣きたいのはこっち…ぎゃす!力強めないで脳漿こぼれる、目玉落ちる」
チェルシーの顔面を掴む手の力がいっそう強くなる。チェルシは両手をバタバタさせて悶える。
「き、聞いてるこっちがつらくなるのはわかったから!チェルシーくんを離してあげて…」
「か、かひゅ…かひゅ…」
ルドルフはセリアを制止する。セリアはチェルシーを解放した。チェルシーは涙目で顔が赤と青の2色になっていた。
*
「それじゃ、行くよ、諜報部隊I&S出動、だよ」
「おーっ!」
翌朝、ミミはチェルシーとセリアを引き連れ、外部調査に赴いた。
「盗品がよく集まる場所は…やはり西地方のスラム街のブラックマーケットだね、よし、そこに向かうけど、異論はないかな」
「そうですね、錬金術に使う素材とかもよく流れ着く、とのことですから」
ミミの意見により、一行はスラム街にあるブラックマーケットへ向かうことにした。
「ここだね…」
朽ちた建物が並び、路上で怪しいガラクタを売る浮浪者、出処がわからない貴金属や宝石類を売る露店…油断ならない雰囲気が漂う。
「ふむ…取り締まらなきゃな案件なんだろうけど、今はエーデル財閥から消えた品物を探さなきゃだよね」
「ではボクがちょっと探りを入れてきますね」
チェルシーはそう言うとガラクタを売っている浮浪者に声をかける。
「こんにちは、面白いものを売っているね」
「ああ、気に入ったものがあればぜひ買っていってくれ」
浮浪者が広げるシートの上には、空になった酒瓶や、薄汚れた雑貨類、オトナ向けの雑誌などが並べられていた。
「ぐひ、ではこれをおねがいします」
「ああ、50コールになるよ。嬢ちゃんも好きだねえ」
チェルシーはオトナ向けの雑誌を取ると、50コールを支払った。
「ええ、ところで、錬金術で使うような材料を売ってある店は知りませんか?」
チェルシーが尋ねると浮浪者は
「ブラックマーケットに何件かあるみたいだが…詳しい場所までは…あっちの露店でそういうの扱ってるのをみたことはあるが…今もあるかは知らねえぞ?」
と、ある露店を指さし答えた。
「ありがとうございます。これ情報料です、よければ受け取ってください」
「おお、気が利くじゃねえか、ははは!」
浮浪者はチェルシーから一枚の銅貨を受け取ると気をよくしたように高笑いをした。
「あっちの露店に錬金術で使う素材を扱っていたこともあるみたいです。…おお」
チェルシーは購入したオトナの雑誌をめくりながら伝える。
「そうなんだ、ってそれなんかへんなにおいしない?海産物的な…」
「そうなんですよね…一番良さそうなページはなんかのりづけしたみたいにくっついてめくれないし」
セリアが変な匂いに顔をしかめているとチェルシーがページをめくろうとしながらぼやいている。
「んう、いやらしい本から離れて。言っていた露店はあっちだよね」
ミミはオトナな雑誌に気を取られた2人を連れ、露店へ向かう。
「ああ、いらっしゃい。何をお求めだ?ただし、出処は聞くなよ?」
チンピラ風の露店の店主が露店を覗くミミに圧をかける。露店には怪しい草や宝石が並べられている。
「ええ。それはいいのだけれど…錬金術の使う素材などは置いている?」
ミミは鋭い目を店主に向け尋ねる。その射抜くような視線に店主は怯む。
「れ、錬金術…?あ、ああ…ハーブや薬の材料とか扱ったことはあるが…」
店主はミミの強い圧に怯みながらも答える。
「そのなかに生命の石や錬金陶土に…魔物から剥ぎ取った素材なんかはなかったかな?」
ミミは続けて強い圧を書けたまま店主に尋ねる。
「い、いや、魔物由来の素材はあったんだが…生命の石や錬金陶土みたいなのは…だいたいどんな素材かも知らねえし…」
店主は錬金術にはあまり詳しくはないようだった。そのことに嘘偽りがないと感じたミミは店主に一礼する。
「うん、今日は情報を買いに来ただけ。それじゃあね」
ミミはそう言うと銅貨を一枚渡し、そのたま露店から去っていった。
「ふむ…あっちの店では特にないみたいだったよ」
「そうですか…となると…どうしましょ」
ミミからの報告を受けたチェルシーは考え込む。
「まあ、いろいろ当たってみるしかないかなあ」
セリアは辺りを見回す。宝石や怪しい薬を取り扱った露店、衛生状態が不安な串焼きなどが並ぶ露店などが目に入る。
「とはいったものの…。わからないなあ。お兄様にブラックマーケットのこと聞いときゃよかった」
セリアがため息交じりにぼやく。
「え、ルドルフくん、ここに来てるの?」
セリアのぼやきを聞いていたミミが反応した。
「時折ここでいろいろと買い物してるみたいなんだ。魔導書や錬金術に使う素材を買ってると言ってたけど、どこで買ってるかはわからないや」
セリアが答えるとミミはあたりを見回す。
「そうなんだね。それじゃ、それらしい場所を見つけるしかないみたいだね」
辺りを見回しつつ、胡散臭い露店の立ち並ぶ通りを抜けていく。
「こういうのは奥に行くにつれてアングラなものになっていくんだよ」
ミミが言うように、胡散臭い露店が少しずつ減っていき、怪しい建物が増えていく。そこに入っていく客であろう人物も堅気ではない…そんな雰囲気に包まれている。
「いかにも、といった感じですね…」
「んう、これは…たしかに、いかにもだね」
立ち並ぶ建物を見回していると、ある店舗が目に入る。薄汚れた赤レンガの小屋の前に魔法陣が描かれた看板が立てられている。いかにも錬金術の素材や魔導書といったルドルフが買いそろえそうなものがありそうだ。
「んう。ありそうな場所、ではあるよね」
「とりあえず…埒が明かないし行ってみましょうか」
ミミたちはドアを開け、件の建物に足を踏み入れる。
「クックック…ようこそおいでました…」
出迎えたのは仮面を被り、怪しげな魔法陣のようなマークが書かれた黒いローブを纏った男であった。カウンターに立っていることから、店主であると思われる。
「ここでは錬金術で扱う品物や魔導書を売っているのかしら?」
セリアが尋ねると店主は不敵に笑いながら答える。
「クックック…そのとおりですよ。緋燕のセリアさん…」
「!あたしの名を…?」
セリアはここに来たことがなく、店主とも初対面であった。セリアは自分の顔を知られていたことに驚きの表情を浮かべる。
「ええ。あちこちで手配犯を捕縛しているとお噂はかねがね…それに、あなたのお兄様、ルドルフさんもここの常連ですからね…」
「ああ、そういうことね。光栄だよ、お兄様によろしくね」
「クックック…。なにをお求めになられますか?魔導書から素材まで、いろいろと取り扱っているもので…」
店主の言う通り、店内の棚には錬金術に使うであろう素材や魔導書が並んでいた。
「魔物由来の素材ね…」
「これが錬金陶土だったかな」
ミミとチェルシーは棚の中から魔物の角や毛皮といった素材や錬金陶土を取り出す。
「ふむ…生命の石は…ないみたいだね」
セリアは辺りを見回すが、生命の石は見当たらなかった。
「ええ。数日前まではあったんですがね…」
店主が言うと、ミミの顔色が変わる。
「それ、どんな人が買っていったかわかる?それと、その生命の石の出処は…?」
ミミは矢継ぎ早に店主に質問を投げかける。店主は一呼吸おいて話し始める。
「いやあ、私が採取したものですよ。買っていった人のことは話すわけには…なにせ個人情報なもので…」
答えることを渋る店主に対し、ミミは一枚の名刺を突きつける。
「王家直属諜報機関I&S所属、ミミ。これでいい?」
「ほう、諜報機関が動くとは、わけありのようですね?」
店主の声色がやや険しいものに変わる。
「ん、あるところから生命の石や魔物由来の素材が盗み出されたということがあってね」
ミミの言葉に店主が無機質に言葉を紡ぐ。
「なるほど…そういうことですか。一応言っておきますが、私が売りに出した生命の石は盗品ではありませんよ?南方に採取に行った際に拾ったものです」
「ふむ…そうなんだね」
ミミは店主の言葉を手帳に書き記していく。
「生命の石というと…知っていますか?」
「なにかな」
店主が話を切り出す。
「ええ。ヴァルト王国の隣国、ウルゴス帝国が各地から生命の石をかき集めているとか」
「あ、あの帝国が…?」
ウルゴス帝国の名を聞いたミミの表情が険しいものになる。ウルゴス帝国とはヴァルト王国の北にある小さな帝国であり、世界でも有数の錬金術国家であり、
非人道的な研究や実験を行っているとも噂が絶えない。
「ええ。生命の石はホムンクルスの心臓となるほか、生命体におぞましい進化を与える効果がありましてね。帝国はその研究を進めているのではないか…といわれています」
「それって…まさか、人間を素体に魔物を作り出すとかいう…」
セリアは頭にアストリッドから聞かされた話を浮かべている。
「ええ。そういうことです。あまりにもバカげた研究ではありますが…現にウルゴス帝国の国境付近では人間と魔物を掛け合わせたような魔物が稀に現れるとか…」
店主は淡々と、おぞましい研究に関することを話した。一同の表情に険しさが増す。
「ええ、生命の石を買っていった方も、ウルゴス帝国から来たと言っていましたね…バカげた研究と関係しているかわかりませんが…」
「あの帝国が…」
ミミは表情を歪めながらも、店主からの情報を書き記していく。
「ふむ…ええ。貴重なお話感謝するわ。とりあえず…これとこれを」
「いえいえ、ありがとうございます」
セリアは並んでいる錬金陶土と魔物由来の素材を買っていき、店を後にした。
「ウルゴス帝国ね…今回の件とどう関係があるのかな…」
「そうですね…ひとまず、報告はしておいたほうがいいかも…ねぇミミさん?」
「………」
セリアとチェルシーが店主の言葉を思い返しながら言う。声をかけられたミミは無言のまま険しい表情をしていた。
「ミミさん?」
「わわ…ん、ごめん。少し考えごとしてた。…うん、一応報告と…ルドルフくんたちにも共有はしたほうがいいね…そ、それじゃ、今日はもう…」
盗み出された素材、ウルゴス帝国とおぞましい研究との関連、さまざまな思案をめぐらせながら、一同は帰路へついた。
エーデルフェス開催まであと27日




