CASE25 お忍びのフロイライン
次回から始まる長編のプロローグのような話です。
前半では、ちょっと趣向を変えた視点になります。
7の月の11日、王都は快晴。絶好のお出かけ日和に私の胸は高鳴ってまいりましたわ…。
ええ?私が誰かって?
それは失礼を致しました。突然にこんなモノローグを出してしまうのは不躾でしたね…。
*
私の名前はアストリッド・エーデル。ヴァルト王国最大の鉄道路線を所有するエーデル急行鉄道や大きな劇団、エーデル劇団などを所有する王国最大の財閥、エーデル財閥の現当主です。今日はある目的のためにお忍びである場所へ向かう予定です。
「当主様〜!当主様〜!まだ惰眠を貪っておられますか!?それともバカみたいに黄昏ておられますか!?富豪による惰眠を許すなー!」
…失礼しました。ドアの向こう側ではっちゃた叫び声を上げているのは執事のフリッツ。優秀な執事ではありますが…少々騒がしい一面がありまして…。
私がため息をついておりますと、外からバチィッという小さな雷が落ちる音が聞こえました。何事かと思いドアを開けてみると…。
「フリッツさん、うるさいですよ…」
「はい、すみまセンター分け…ぐふっ」
ドアの向こう側には、髪がチリチリになり、気を失った燕尾服の男…先程ドアの前ではっちゃけた叫び声をあげていた執事が気を失っており、その傍らには黒いロリータ服に身を包み、黒髪ウルフカットに狐耳と尻尾を生やしたそばかす顔の少女…のような可愛らしい見た目の男の子が立っていました。
この狐耳の男の子はフロッケ君といって、優秀な魔法術研究者にして、魔法術で私を警護する頼もしいナイトの1人です。…少々今のはやりすぎな気はしますが。
「これは暴力ではなくツッコミです!」
うん、ツッコミならまあいいでしょうか。フリッツならあれくらいじゃなんともないだろうし。
「それで、準備はできました?王国の北にあるシュタール村に行く準備です!」
本日の目的、それは風の噂で聞いたシュタール村にあるという東大陸の料理が食べられるというお店…。
どんなものがあるのか、どんな味がするのか、楽しみにしながら準備をした荷物を掲げるとフロッケ君はにこやかな表情になりました。
「ではあとはネフタリさんですね…ネフタリさんは…」
実は今回もう一人、シュタール村へ同行するお方がいます。そのお方というのが…。
「すみませんね…。僕が一番最後になりましたか…?」
立派なアフロヘアーと牛のように大きな角を目を引き、常にのっぺりとした笑顔を浮かべた身の丈2メートルはある青肌で筋骨隆々の男…。オーガ族のネフタリさんです。
そのワイシャツははち切れないばかりにぱつんぱつんになっていて、そののっぺりとした笑顔も相まって…なんというか…シュールです…。
「では出発いたしましょうか」
「えへえ、いきましょう、アストリッド卿!」
「さて、向かいましょう」
こうして私とフロッケ君、それにネフタリさんはシュタール村へ向かうことにいたしました。
「ああ、当主様、お忍びでグルメ旅行もいいですが、あの件のことも忘れないでくださいよ?」
意識を取り戻したフリッツが私に言いつける。今回はもう一つ大事な用がありましてね…。
「ええ。忘れてはいませんわ。便利屋ゼルトザーム、彼らがあの件を任せるに値するかどうか…」
最近頭を悩ませるある一件に関して、彼らの力を借りたいのですが、彼らがどういう人物で、どれほどの力があるのか…。それを見定めなければ…。
「それでは、行ってきますね」
私はフリッツや他の執事、メイドたちに見送られながら屋敷を出て、王都のターミナルへ向かっていく。
「ではシュタール村行き12時発の特別急行の座席指定券を3枚、ロイヤル指定席でお願いします」
「はい、こちらになります」
「ありがとうございます」
私はいま、分厚いメガネとツバの広い帽子と、長いストールで口元を隠し…当主だとバレないような格好をしています。よしよし、バレてない…。
ええ。設備に不備はなく、駅員の接客も問題なし…。視察もかねないといけないのが、責任者の辛いところです。
「出発まで20分ありますね…」
「そうね、それまでこのわが社が誇る機関車たちの立ち並ぶ姿をじっくり見ておきたいですね…」
「ええ、5分前には12番ホームへいきますからね?」
ええ。わかっていますわ。私は二人の護衛とともに列車をじっくり眺めることに。機関車がいくつも立ち並ぶ光景…いくつになっても心躍りますね…。
「わー、これかっこいいなあ」
ふと見てみれば小さな男の子がカメラを構えています。写真を撮るのは構いませんが、少し近づきすぎのようです。
「坊や、写真をとるときは列車に近づきすぎてはいけませんよ?」
「えへへ、すみません、気をつけます…」
男の子はわたしに注意されると少し離れた場所で撮影を再開しました。…素直でよろしい。
皆さんも写真を撮るときは周りの人などの迷惑にならないように注意しなければいけませんよ?それはそうと、素直な男の子に感心していると…
「ちょっと、うちの子に何してるのですか!?」
この子の母親に絡まれてしまいました。私はただ、撮影マナーを説いていただけなのですが…。
「怪しい格好でうちの子に近づかないでください!変なメガネなんかかけて…」
瓶の底みたいなメガネをかけ、ツバの広い帽子をかぶり、口元はストールで隠している…。事情があるとはいえ、確かに怪しい恰好なのは否めません。
「こ、この人は怪しいものじゃありません!通りすがりのアーシャさんです!」
フロッケ君はそういうと私を12番ホームへ連れて行く。気づけば出発5分前。先程の親子に向けてネフタリさんが頭を下げ、私についていきます。こうして私達はシュタール村行きの列車へ乗ることができたのでした…。
*
同日、16時頃、シュタール村…
「タイゲンくん、依頼されていたローズバファローの肉に、ハガネグリ、それに太陽にんじんに…持ってきたよ」
「にゃはは!ありがとう便利屋の皆!」
ルドルフたちはメンタンピン亭に依頼されていた品物を納品した。タイゲンは納品された品物の品質に満悦な様子。
「今日はルチナくんが解体したんだよ拙い手つきではあったけど、よくやったね」
「は、はい!ルチナ解体員、頑張りました!」
「にゃはは!大義、大義だよルチナ解体員!にゃははは!」
ルチナはタイゲンに向けて涙目で青ざめた顔になりながら敬礼をする。タイゲンはいつもの飄々とした様子で敬礼を返した。
「さてさて、報酬は銀貨と…今日も食べてく?」
「ああ。遠慮なくいただこうかな」
ルドルフが言うと、タイゲンは続ける。
「今日はすごく高貴なお客様が予約してるんだ。17時頃に。だからあまり騒がないでよ?特にセリアさんとかセリアさんとかセリアさんとか」
「ちょ、タイゲンくん、なんであたしが言われるの?ひどくない?お兄様?」
名指しで釘を差されたセリアが憤慨する。同意を求められたルドルフはため息交じりに言う。
「そうだね、セリアがそう言われないというなら、『酷い』という言葉の概念から考え直さないといけないね」
「あはは、お兄様ったらムカつくー、てかタイゲンくん、高貴なお客様って?」
煽ってきたルドルフの頬をつねりながら尋ねるセリアにタイゲンは答える。
「そうだねー、ほんとに今までボクらが見たこともないような人たちで、その人について詳しくは守秘義務だから言えないけど、数日前に手紙がきたんだ、今日の17時頃に予約をとりたいって。そういうわけだから、あんまり騒がないでよ?」
タイゲンはそう言うと厨房へ下がっていき、父や妹とともに料理の準備を始めた。
「ふむ…僕らがいる間に来そうではあるな。ルチナくんやマリーも気をつけるようにな」
「それもそうですねっ」
「きゅむっ」
こうして、ルドルフたちはメンタンピン亭で静かに会食をすることになったのであった。ルドルフたちのテーブルに少しずつ料理が並び始めた頃、その時は来た。
「ええと…メンタンピン亭はここでしょうか?」
亜麻色の長髪に瓶底のような分厚いメガネをかけ、ツバの広い帽子をかぶり、ストールを口元で隠した物腰柔らかな女性がドアを開け、メンタンピン亭に足を踏み入れた。
「ちょ、ネフタリさん、ドアをくぐれますか?」
白黒のロリータ衣装に身をつつみ、黒髪ウルフカットに狐耳と尻尾を生やしたそばかす顔の獣人がドアの方で誰かに声をかけている。
「はい、そうですよ、貴女がアストリッド・エーデル様ですか?」
「今日来る予定のお客様?」
タイゲンとメイリンが来客に対応する。タイゲンが口走った名前にルドルフたちが食事の手を止める。
「お兄様、今タイゲン君が言ってたの…」
「聞き間違いじゃなければ…あの大財閥の…」
ルドルフとセリアの背筋はピンと伸びた。まさかの大者の来訪にルドルフたちに電流走る。
「ああ、やっと入れました…角がひっかかってしまいまして」
そうしていると、アフロヘアーに牛のような立派な角を生やした筋骨隆々の青肌のオーガの大男が入店する。その顔にはのっぺりとした笑顔が張り付いているが、困ったように眉が垂れ下がっていた。
「ひゃわあ!?」
「わわあ!マッチョマンさんだあ!」
その強烈な来客にタイゲンは思わず慄き、メイリンは目を輝かせて近づく。
「17時から予約のアストリッド・エーデルです、よろしくお願いしますね、かわいい店員さん」
アストリッドは瓶底メガネとストールや帽子を外すと、タイゲンとメイリンに向けて一礼する。
「フロッケです。東大陸の料理、楽しみだなあ」
フロッケが狐耳をひょこひょこさせながら微笑みかけると、タイゲンの頬が少し紅潮する。
「ネフタリです、このあたりじゃ見ないような内装に驚いております」
「わわ、タイゲン、すごいよ!」
自己紹介するネフタリの丸太のような腕にメイリンがぶらさがって懸垂をしている。
「お客様をぶら下がり健康器にしないの…こほん、あちらに席を用意しています、案内しますね」
タイゲンがアストリッドを予約席の札が置かれたテーブルに案内しようとする。
「いえ、その前に、少しあのお方とお話がしたく…すみませんね、少し待っていただけますか?」
「え、ええ…」
「ありがとうございます」
アストリッドはタイゲンに一礼すると、ルドルフのテーブルに向かっていく。
「お食事中失礼します。便利屋ゼルトザーム社長、ルドルフ様ですね?」
「んぐっ!?んくく…んふう…」
突然声をかけられたルドルフは驚きのあまり変なところに食べていたものが入ったようで、あわてて水を飲む。
「わわ、大丈夫ですか…?」
「ああ、大丈夫ですけど…なにか私に用でも…?」
ルドルフが呼吸を整え、アストリッドに向き合う。
アストリッドは一呼吸おくと、ルドルフに尋ねる。
「凄腕の錬金術師と見受けますが…。いろいろと聞きたいことはありますが…一つだけよろしいですか?」
「ええ、なんでしょうか」
アストリッドはルドルフたちのテーブルを見回す。ルドルフたちに緊張が走る。
「そこの子…あなたのお供だとは思いますが…。もしかして、その子は造られた存在…ホムンクルスでは?」
「…!」
マリーがホムンクルスであることを一目で見抜かれ、ルドルフの目が見開かれる。
「ええ。確かにマリーは私が調合したホムンクルスです」
「やはり…私も錬金術の心得がありまして、一目でわかりましたよ。それはさておき…貴方はどうしてホムンクルスを造ろうと思い立ったのですか?ホムンクルスは倫理に反する技術という側面もあります。…錬金術師ならそのことは理解しておりますね?」
空気が一層重くなる。アストリッドからは見目麗しい美女から発せられているとは思えないほどの圧が発せられている。ルドルフは複雑そうな表情をしながら答える。
「ええ。理解しております。倫理に反する技術という側面もあると。人手不足のためにマリーを調合した、それも事実です」
「きゅむ…」
複雑そうな表情を浮かべて答えるルドルフをマリーが心配そうに見つめる。
「思うところはありそうですね?」
「ええ。そういったこともあって、不純なきっかけではあったかもしれません。ですが、マリーは私にとって大事な我が子のような存在であり、業務における頼もしいパートナーであると思っています。それも事実、です」
ルドルフが答えるとアストリッドはじっとルドルフにすり寄るマリーを見つめる。
「マリーちゃん、といいましたね」
「きゅむ?」
アストリッドがマリーに目線を合わせる。
「ルドルフさんのことはどう思いますか?言葉が話せないなら、これを指して伝えてください」
アストリッドはマリーに向けて文字表を広げる。マリーは少し考えたような素振りを見せると、指で文字を指し始める。
「ふむふむ…」
アストリッドはマリーが指した文字を読み始める。
「『ルドルフは、マリーのためにかわいい服を作ってくれたり、怖いことがあったら守ってくれるんだよ!いつも一緒にいてくれてありがとう、ルドルフのこと、すきだよ、だから、ちゃんと寝てね?寝ないとつらいよ?』…ふむ…ふふ、微笑ましいです…」
「ま、マリー…」
「せ、先生の泣き顔なんて初めて見た…」
マリーの指した文字を読み終えたアストリッドは微笑みながらマリーを撫でる。聞いていたルドルフは感極まっていた。
「ホムンクルスに好かれる錬金術師はよい錬金術師…亡き両親の言葉ですが…ルドルフ社長、貴方は腕が立つだけでない、よい錬金術師のようですね。貴方になら、あの件を任せてもよいかもしれません」
「あの件…?」
ルドルフが聞き返す。
「ええ。もし引き受けるというなら、3日後の正午、王都のターミナルへ来てください。ほかの社員の皆様も連れて…。詳細はそのときにお話いたしましょう」
「ええ。引き受けましょう。報酬さえいただければかんでもやる、がわが社のモットーです」
ルドルフが引き受けると宣言すると、アストリッドは安心したような表情を浮かべる。
「ええ。ありがとうございます。では、お待ちしております」
アストリッドはルドルフたちに一礼すると、待ち暴けているタイゲンたちのもとへ向き直る。
「お待たせしました、それでは、案内してください」
「えへへ、案内するね!」
ネフタリの腕にぶら下がったメイリンが降り、案内を始める。
「うおっ、メイリン、さっきまでずっとぶら下がってたの!?まあいいや。お客様、どのようなメニューにするかお決まりですか?」
こうして、テーブルについたアストリッドたちをタイゲンたちはもてなし始めたのであった。
*
「どうにか引き受けていただけるみたいでした…」
アストリッドがテーブルに突っ伏す。その表情は疲れと安堵が入り交じっていた。
「それは何よりでしたね…やはり、信用できる人たちだったんですね?」
フロッケが茶を飲みながら問いかける。
「ええ…錬金術師としての実力も、人柄も、信用に値するお方だと確信しました。あの人たちならあの件を任せられると…」
アストリッドはガラスの急須から茶を湯飲みに注ぎ、続ける。
「『闇の錬金党』に関して、ね」
さていかがでしたか?
次回からはvol2.「財閥に黒い霧」編が始まります!




