CASE22 ルドルフ社長の災難
今回はギャグ回に
その日のルドルフの目覚めは今までにないくらい最悪の目覚めであった。
「え…おい、まさか…」
嫌な夢を見たわけでもない、ただひと言で言うなら…
「おい…やってしまったか…?」
目覚めたら下半身が濡れていた。寝汗とは違う、鼻を突くようなにおいに、ルドルフは顔を歪ませ、額を嫌な汗がつたい、心臓が跳ねるように鼓動を刻む。そう、それは20年以上前を最後にめっきり途絶えていたはずだったのに…
「寝てる間に何があったんだ…昨日はちゃんと寝る前に用はたしたはずなのに…」
それは誰もが幼い頃に経験するであろうこと。そう、早い話がおねしょであった。
「落ち着け…ま、まずは掃除を…ん?」
「きゅむにゃ…きゅむにゃ…」
ルドルフはあることに気づく。隣で眠るマリーの着ていた寝間着は下半身を中心にぐっしょり濡れていた。ふと昨晩のことを思い出す。
「むにゃ…リシェルくん…分身しながらフォークダンスでにじり寄らないでくれ…むにゃあ…」
ルドルフはシュールかつ意味のわからない悪夢に魘されていた。嫌な汗で寝間着はぐっしょりと濡れ、ルドルフの顔は青ざめていた。その悪夢からルドルフを救い出したのは…
「きゅむ、きゅむむ!きゅむ〜!」
ルドルフの傍ら、同じベッドで眠るマリーの大きな泣き声だった。
「んへあああ!ま、マリー!?」
突然のマリーのただならない泣き声にルドルフは悪夢から目が覚め、飛び起きた。
「ま、マリー!落ち着いて…どうしたの…」
目覚めたルドルフはマリーを撫でたり、抱きかかえたりとしてあやし始める。
「漏らしたとかじゃないみたいだし…もしかして、なにか怖い夢見ちゃったとか…?」
「きゅむ…きゅむ…」
ルドルフの問いかけにマリーはこくりと頷く。ルドルフの思った通り、怖い夢を見たことによる夜泣きだったようだ。
「よしよし、大丈夫だよ、僕はここにいるからな…」
ルドルフは泣きじゃくるマリーを抱きかかえながら優しく声をかけ、なだめていく。そうしていくうちにマリーはだんだん落ち着きを取り戻していく。ルドルフはそれを見て安堵した表情になる。
「そこに座って待っていてっと…」
「きゅむ?」
マリーがある程度落ち着いた頃、ルドルフはマリーを台所に連れ、椅子に座らせる。マリーはルドルフを不思議そうに見つめる。
「熱すぎないように、甘さは…今日は少し甘さ強めでっと…」
ルドルフは料理用の小さな鍋にミルクを注ぎ、人肌程度の熱を帯びたところにやや多めの砂糖を入れ、かき混ぜていく。
「あとはこぼさないようにっと…ほら、待たせたね」
「きゅむきゅむ!」
ルドルフは温まったミルクを哺乳瓶に注ぎ、マリーに手渡す。マリーはマグカップで飲むとこぼしてしまうので、なにかを飲む際は哺乳瓶で飲むのである。マリーはウキウキした様子で哺乳瓶を受け取ると、ちうちうと吸っていく。
「寝づらい時はやはりこれだね…どれ、僕も」
ルドルフは鍋に残ったミルクを猫の足跡模様のマグカップに注いでいく。深夜の一杯。ルドルフにとって心休まるしばしのひとときが過ぎていく。
「きゅむ!」
「飲み終わったみたいだな、じゃあ、歯を磨くよ」
空になった哺乳瓶を掲げるルドルフは哺乳瓶とマグカップを洗い、マリーの歯を磨き始める。
「はい、終わりだ。寝る前にお手洗いは大丈夫かな?」
「きゅむきゅむ!」
歯を磨き終わると、ルドルフがマリーに問いかける。ルドルフの問いかけにマリーはこくりと頷く。
「ならよし、それじゃ、寝るぞマリー」
「きゅむ…」
マリーはルドルフの鳩尾に顔を埋め眠り出す。マリーを撫でてるうちに、ルドルフも微睡んでいった…。
「まさか、マリーので濡れちゃって…?いや…マリーを疑うなんて…」
マリーのやらかしか、ルドルフのやらかしか…それを確かめる術はなかった。ただひとつ言えるのは、濡れた衣類や寝具を綺麗にしなければいけない現実がそこにある、ただそれだけだった。
「セリアが起きる前に洗おう」
ルドルフはマリーを連れながら濡れたシーツ等をそっと運び出す。すると…
「あ、お兄様、起きたんだね」
セリアが浴室前にあるお手洗いから出てきた。ルドルフが硬直する。
「どうしたのシーツなんて運んで…うおアンモニア臭!あれ、お兄様、齢28にして…おねし」
「え、それはだねセリア専務…と、ともかく、他言無用だよ…」
秒で勘付かれてしまった。ルドルフの鼓動が早くなる。マリーは焦る様子のルドルフを見あげる。
「ともかく、洗わないとだから話してる暇なんてないの!」
ルドルフはセリアをあしらってそそくさと浴室へ向かった。濡れた衣類やシーツを洗い、そしてルドルフ自身やマリーの身を清めた。
「よし、干したし、これでよし、さて、仕事いくか…今日は採取で遠征なんだった」
新しい朝が来た。ルドルフは気分を新たにオフィスのドアを開け、入室した。
「先生、齢28にしておねしょしちゃったって本当ですか!?」
「あらまぁ…」
「てんどっ」
オフィスに来ていたルチナとクリセルダにより、新しい朝は閉ざされたルドルフはずっこけ、壁に頭を打ちつけた。
「な、なぜそれを」
「セリア専務が…」
ルチナの後で書類整理をするセリアが両手でピースをしていた。口にたてた戸なんてなんのその、それがセリアである。
「い、いや実際僕がしたかマリーがしたのかわからないから…」
「きゅむ…」
ルドルフが震える声でなんとか弁明を試みる。マリーも自分がしたかもしれないと思っているようで、声が震えていた。
「…マリーちゃんならまあやりそうだけど、かといって、お兄様がしてない証明にはならないよね?」
「それは、そうだけど…」
ルドルフ自身にもその証明はできなかった。
「大丈夫よルドルフさん、ルチナちゃんなんて昨日も…」
「クリ姉!何言ってるの!」
クリセルダはクリセルダで実妹のあられもない事態を暴露したのであった。
「と、ともかくだ、今日は採取があってたぶん帰れないから、昼メシとかはタイゲンくんの店とかでとるように、ちゃんと領収書は書いてもらってな!」
ルドルフはマリーを連れ、あれやこれをごまかすようにしてオフィスを後にした。今日の目的地はヴァルト王国東にある広大な樹海である。
「さて、今日はひたすら採取に打ち込もう…なにもかも忘れ去りたい…」
列車にゆられたり、険しい道を歩くこと約4時間。ルドルフは目的地である、「ヴァルト樹海」にたどり着いた。鬱蒼とした木々、木々から漏れ出るあたたかな木漏れ日、森林浴で気分を改めるにはピッタリな場所である。
「ああ、心洗われるなあ…マリー、迷子になるから離れないようにな」
「きゅむ!」
木漏れ日を浴び、心を清めたルドルフが素材を求め歩き出す。ふとあるものが目にはいる。
「ん、あ、あれは…てか、あの子は…」
数メートル先には見覚えのある鳶色のツインテール、丸眼鏡に革鎧。ルドルフが先日手を焼かされた件の人物。FLAT小隊のリシェルだった。
「し、知らない、離れよう、僕はあんな子と知り合いじゃない…あ」
見つからないようにそそくさと逃げようとしていたが、地面に落ちていた枝を踏み折り、パキッという小気味よい音が辺りに響いた…
「あれえ、なんか音が…誰かいますかあ?」
「ま、マリー…変態を見るな、見たら石になる」
「きゅむ?」
リシェルが近づき、ルドルフがマリーの目を隠しつつ後退る。
「迷子の迷子の社長さん〜」
「ひいいいい!」
追いついたリシェルがルドルフの背に円を描くようになぞった。
「ふむふむ、採取に来たんですね」
「は、はい…そういうこと…」
観念したルドルフはリシェルに採取に来たという旨を話した。
「それで、どんな素材をとりにきたんですか?」
「あ、ああ…ハガネグモの糸が主な目的かな」
ハガネグモとは丈夫な糸を吐くクモであり、その糸は魔法使いのローブなどによく使われるという優れものである。
「ふむふむ、それならあたしにお任せください、ここはよく来ますので、どこにどんな素材があるかはよく知っていますよ…うひひひぃ…」
「そ、それは頼もしいなあ…」
頬を染めながら怪しい笑みを浮かべるリシェルにルドルフが表情を引きつらせるが、他に当てがないので頼ることにした。
「こういう朽ち木の近くとか巣を張っているのを見かけますね…あ、いたいた」
リシェルが朽ち木の近くを探索すると、朽ち木の近くから銀色と黒の混じった大きめのクモが姿を表した。
「このクモは軽くお腹をさすってやると…あ、出てきた出てきた、白くて糸引いたやつが…うひひ」
リシェルはクモが吐き出した糸を手繰り寄せる。その糸は見る角度により白にも銀色にも見える美しい糸だった。
「まだまだいますから、とってあげますねぇ…」
「あ、ああ、お礼はあとで…てかさすがに手際がいいな」
リシェルの手際のよさにルドルフが感心する。リシェルは得意げになり次々に糸を採取していく。
「あ、あんまり調子に乗りすぎると…」
「ぎゃんっ」
「遅かったか…」
ルドルフがなにかを警告しようとした瞬間、クモの牙がリシェルの手に突き刺さった。あまりの痛みにリシェルが飛び跳ねる。
「言わんこっちゃない…一応ハガネグモは毒蜘蛛だよ…ほら、解毒剤を」
ルドルフはリシェルの傷口に解毒剤を塗りつける。リシェルの痛みがどんどんと引いていく。
「うひひい、助かります…んっ…うう…」
「まったくもう…世話焼かせないで」
ルドルフに対して感謝を述べるリシェルは息が荒く、頬が赤く染まっていた。
「ハガネグモの毒の症状、わかりますかあ?」
「ああ、鋭い痛み…腫れ…まあそんなに強い毒というわけじゃないね」
ルドルフが淡々と答えると、リシェルの口角が上がる。
「あと、大事な症状が…媚薬と同じ成分も含まれていて、それは普通の解毒剤じゃあ消せないんですよ…」
「ひいいいいい!?」
リシェルが耳元で囁くと、ルドルフは勢いよくあとずさる。あまりの動揺ぶりに声が裏返った。
「な、なにが言いたい…」
「そうですねぇ…さすがにルドルフさんの…というふうにはいかないでしょうから、いっそバターかなんか塗ってマリーちゃんに…」
「え」
「きゅむ?」
リシェルの発言にルドルフが硬直する。マリーは意味が分からないようで、ヤギのような瞳をリシェルに向け、首を傾げる。
「さすがに怒るよ?」
「んもう、軽い小ボケですから…」
こんな状況でもふざけきっているリシェルにルドルフは頭を抱えるしかなかった。
「ハガネグモの糸の採取手伝ったんだから、あたしの採取にも協力お願いしますねぇ…いひひい」
「ま、まあそりゃあ、うん」
しばらくして、正気になったリシェルがルドルフについて回る。ルドルフは頭を抱えながらもリシェルに協力することに。
「でもまあ、君は何を採取しにきたのかな」
「ええ、食べられるものがいいですねぇ…あ、あれなんか…」
リシェルが指さしたのは、あまりに大きな蜂の巣だった。巣の近くには、黒い蜂が飛び回っている。
「あ、あれは…凶暴なキラー・ビーの巣じゃあないか…蜂蜜や幼虫は食材になるけど…やな予感しかしないんだが…ほ、ほら、これなんかいいんじゃないか…」
ルドルフはキラー・ビーの巣に近づかないようにしながら、近くの木の根本から太くて黒く、立派な傘を広げ、鋭い匂いを放つキノコを採取する。
「このクセあるフォルム、かぐわしい香り、これは…タートルマッシュ…いひひぃ…これは知る人ぞ知る高級食材…味が気になりますね…」
リシェルの視線はルドルフの手にあるキノコに注がれた。蜂の巣から目線が逸れたことにルドルフは安堵する。
「これを増やすことができる育成キットというのを作りたいとも思っていましてねぇ…最適な環境を再現できれば…」
「それはいい考えじゃないか…ふむ」
「きゅむ?きゅむむ!」
リシェルのアイデアに興味を示したルドルフの手から放たれた鼻を突くような匂いにマリーが悶える。
「どうしたんだマリー…ってくせぇな僕!」
「あー…これ、においが手につくとなかなかとれないですからね…」
ルドルフは自分の手についた鼻を突くようなにおいに悶絶した。
「ま、マリー…」
「きゅ…きゅむ…」
マリーがルドルフを拒絶したのはタートルマッシュの強い匂いがついていたからだった。
「あ、洗えないかな…」
「こんな森じゃあ都合よく手が洗える場所なんて…」
「そうかぁ…」
結局この日はルドルフはマリーに嫌がられたという…。今日もルドルフは、なんだか不憫であった。
さていかがでした?




