CASE20 あやしい警護
今回は奇妙な依頼のお話
ヴァルト王国西地方、イングヴァーの街。どこの国にもある、閑静な住宅街である。時刻は夕刻ごろ。仕事を終えた大黒柱が帰り、一家団欒を過ごす…そんな時間帯を迎えようといった頃であった。突如、そんな団欒を壊すような叫び声が響く。
「うぎゃあっ!」
ある家庭の男の子が頭を踏まれ、悲鳴を上げる。踏みつけているのは一匹のコボルトのようだった。背後にはその踏みつけているのはコボルトよりやや小柄なコボルトがにやにやと下卑た笑みを浮かべて立っている。
「あ、あなたたち、なにが目的で…」
母親らしき人物は血を流しながら男の子に向かい這っていく。
「キヒィ…?ウキャキャキャキャ!」
コボルトは棍棒を親子に向けて振り下ろす…
「最近嫌な事件が多いねえ、西地方の街で強盗殺人だってさ」
ある日の朝。セリアは朝食を食べながら新聞を読んでいた。一面の記事には、「ヴァルト王国西地方のイングヴァーの街である家に押し入った3匹のコボルトにより母子が殺され、コボルトたちは金品を運んでいたところを王国の兵士により殺処分された。最近はコボルトによる強盗事件が多発しており、警察及び王国兵たちの間では魔物使いによる犯行のセンも含め調査中」という物騒な事件のことが書かれていた。
「このあたりで何か起きたりしなけりゃいいけど…」
「きゅむ…」
ルドルフが傍らで震えるマリーを抱き寄せるながら言う。朝食を終えるとルドルフとセリアは仕事の準備に取り掛かる。
「さて、切れかけてた品の調合でも始めるかなっと…」
ルドルフが調合に取り掛かろうとするとドアが叩かれる音がする。
「はい、どなたですかっと」
ルドルフがドアを開けて出迎えると、身なりのいい神経質そうな中年の男が立っていた。
「便利屋と聞いた。報酬さえ払えばどんなことも請け負うのだな?」
男の問いかけにルドルフは
「ええ。ただまずは話を聞かせていただきましょう」
と答え、男を応接室へ案内した。
「それで、依頼内容は?」
「ああ、簡単に言えば、息子の警護を頼みたいのだ」
男はそう言うと、事情を話し始めた。男は王都に住むウォーレンという下級貴族だという。一人息子が何者かに監視されており、心配なので守ってほしいとのことである。
「ふむふむ。それで、なにか恨みを買っているなんてことは?」
一通りの話を聞き終えたルドルフが質問するとウォーレンと名乗る男は深い溜息をつく。
「はあ…お前らのような下賤な何でも屋と違うんだ、そんなの、あるわけないだろう」
ウォーレンの言葉に脇で話を聞いていたセリアの眉がぴくりと動く。
「兄様…こいつ、穴開けていい?目から水が飲める貴族にしたい…」
「できるわけないでしょ…」
聞こえないような声で悪態をつくセリアに対し、同じように聞こえない声でルドルフが窘める。
「ともかくだ、明日屋敷に来るように。ああ、あの不気味なチビは連れてくるなよ?こんなのが屋敷に出入りしたと知られては家名に傷がつく」
ウォーレンはそう言うとルドルフたちに一瞥もくれることなくオフィスから去っていった。
「あの成金ジジイ…」
「だから言ったのに、目から水が飲めるようにしていい?って」
「きゅむ?きゅむ…?」
ルドルフとセリアはマリーに対する侮辱に完全に怒りを感じていた。マリーはそんな2人を見上げて困惑した様子だった。
「さて、ルカスくん、看板娘になって店番よろしく」
セリアはルカスを竹筒から出した。
「グルルル…」
「あれ、ルカスくん?」
いつもと様子が違った。鋭い目つきでなにかを睨み、よだれを垂らしながら唸り声を上げるルカスの姿にセリアが困惑する。
「ルカスくん!」
「んはっ、セリア、どうしたの?」
セリアが強く呼びかけると、ルカスははっとした表情になる。いつものルカスに戻ったようだ。
「さっき様子がおかしかったけどなにがどうしたの?」
「うん、さっきの偉そうな人が来てからなんだか変な気分に…なんか…変な匂いというか…」
ルカスが言うには、ウォーレンが来てからなぜか興奮状態になったようだった。
「たしかにくさそうなオッサンだったけど、においはしなかったなあ」
「とすると、魔物だけに影響する何かがあったのかもな…マリーは特になにもなかったようだし」
「きゅむ!」
ルドルフは魔物に影響する何かがあるのではないかと考えはじめる。
「なにか調べてみる必要はあるな。とにかく、明日だ。明日から警護依頼が始まる…それまでに準備をしておこう」
ルドルフはそう言うと調合に取りかかった。不可解な出来事がありながらも、夜が明け、出発の時…
「それじゃルチナくん、クリセルダくん、マリーのことを頼んだよ。マリーの好きなパイはあっちのアイスコンテナに入ってるから…あと、ちゃんとお手洗いに連れて行ってあげて…たまに漏らすから…」
「は、はぁ…」
ルドルフはオフィスとマリーをルチナたちに任せ、ウォーレンの屋敷に赴く…のであったが、当のルドルフは心配なのかルチナとに対しマリーに関する注意点を言い聞かせていた。
「それからね…」
「はいはい、早く行かないと列車が出ちゃうよ〜」
いつまでも言伝を続けるルドルフをセリアは羽交い締めにしながらオフィスから連れ出す。
「マリ〜…僕が居なくても寂しがらないで〜…」
「きゅむ〜…」
セリアに連れ出されるルドルフをマリーがハンカチを振って見送る。ルチナとクリセルダは普段の知的で落ち着いたルドルフからは考えられない親バカぶりな振る舞いになにも言えない様子だった。
「ほらほら、依頼者がクソでも一応は仕事なんだから、しゃきっとして…依頼者がクソだとしても…」
「あ、ああ。それでセリア、ルカスくんは連れてきてないよね?」
幾分か落ち着きを取り戻したルドルフがセリアにといかける。
「うん、今日はオフィスでお留守番だよ」
ウォーレンが来て少し様子がおかしかったルカスは連れていけないとの判断だった。警護を請け負いつつ、ウォーレンの周りに関して調べるつもりだ。こうしてルドルフたちは王都へ向かって行った。
「おお、相変わらず目が回りそうだな…ええと…クソ依頼者の屋敷は…」
「依頼者をクソ呼ばわりしないの」
普段住んでいるシュタール村と違い大きな建物がいくつも並ぶ街並みに目を回しつつ地図を眺めながら毒づくセリアをルドルフが嗜める。
「あっちの方だね…って、わわあ!」
セリアたちが目的地に向けて歩いていると、何者かにぶつかった。
「な、なんなの…」
「グギギィ…」
セリアにぶつかったのはどこをどう見ても小柄で人語を話せない様子のゴブリンだった。
「なになに、町中に魔物?言葉がわかる個体かはわからないけど、怪我したくなけりゃ早く住処に帰って?」
セリアはゴブリンをあくまで穏便に対処しようと試みたが…
「ニンゲン…カネアルカナァ…?コイツモ、コロシテウバウゾ…!」
ゴブリンは涎を垂らしながら血走ったうつろな目をセリアに向ける。すると、物陰から4匹のゴブリンがあらわれ、セリアとルドルフはあっという間に5匹のゴブリンに取り囲まれた。
「あーらら、いらっしゃーい…」
「まあ、焦る必要はないな」
一般人なら絶望的な状況ではあるが、戦い慣れた武闘派であるセリアとルドルフは落ち着いていた。
「はい王都産の蜂の巣!!」
「ゲギャァァァァ!」
「グブッ」
「ローヤルゥッ!」
セリアは指先にかまいたちをまとわせ、3匹を数秒で蜂の巣にした。
「バラバラか穴あきか、選んでいいよ!ヒャハハ!」
「ヒギィ…ツヨイゾ…」
「ナンダアイツハ…」
ゴブリンの血で緑に染まった指先を見せつけ笑うセリアの姿に生き残りのゴブリンたちは慄いて後退る。
「気を取られすぎだ、それバチィっと」
ルドルフが雷マークが書かれた爆弾を投げ込むと、2匹のゴブリンは強烈な電撃で真っ黒焦げになり、息絶えた。
「なんだったんだ今のは…」
「んぅ、兄さま、奴らなんか持ってるみたい」
セリアはゴブリンの死体から落ちたものを拾い上げる。それは数枚の金貨のようだった。
「いいもの持ってるみたいだね、ゴブリンのくせに」
「…金貨もそうだが、なにか気になるな…むぅ?」
ゴブリンの死体を調べていたルドルフはあるものに気づく。それは灰色の粉が入った袋だった。
「これはもしや…確かに、ゴブリンのくせになかなか厄介な代物を持っているみたいだな…」
ルドルフはその袋を懐にしまいこむ。
「さあ、屋敷に向かうぞ」
ルドルフとセリアはウォーレンの住む屋敷に向けて歩き出す。そうして、件の屋敷にたどり着いた。
「あの成金ジジイ、いい屋敷に…いでっ」
「現場に来てまで毒づくのやめなさい」
立派なステンドグラスが目を引く大きな屋敷を前に毒づくセリアにルドルフが肘鉄を食らわせる。
「えーでは…ん、便利屋ゼルトザームです、クソなりき…ウォーレン様の屋敷の七光りのバカむす…ご子息様の護衛依頼に参りました!」
「は、はぁ…ご主人様をお呼びいたしますので少々お待ちください」
セリアが使用人に呼びかけるも、所々にウォーレンに対する嫌悪感が拭えないでいた。数分後、依頼者のウォーレンがあらわれた。
「ああ、来たようだな。それに得体のしれんチビもいないようだし…ああ、入りたまえ」
ウォーレンはルドルフとセリアを屋敷に案内した。
「…ふむ…」
屋敷の通路内は、壁にはなにか絵がかけられていた跡、何かが置かれていた跡が見える小さな机などがあるのをルドルフは確認した。屋敷の最奥のドアの前にたどりつくと、ウォーレンはドアを叩き、声をかけた。
「シュティンケン、お前の警護を請け負う便利屋が来たぞ」
「ああ、このノッポ共が?」
ドアの向こうから現れたのは面長で割れ顎の金髪の貴族とは思えないような品のない男だった。
「ええ、便利屋ゼルトザームの社長、ルドルフです。こっちは専務のセリアといいます」
「セリアです。…ええ、きっちりと警護いたしますので…よろしくお願いします」
ルドルフとセリアはシュティンケンに対し自己紹介をする。
「ああ、頼んだよ。おい、入っていいぞ」
シュティンケンはルドルフとセリアを自室に招き入れる。自室内は小さなコンテナと、小さな錬金釜が置かれていた。どうやらシュティンケンも錬金術師のようだった。
「おや、あなたも錬金術師でしたか」
「ああ、凄腕のあんたと違ってまだ半人前で簡単な調合しかできないけどな」
「ふむ…そうでしたか…」
ルドルフは懐にしまいこんだ袋を見つめる。
あれはたしかそう難しいものでもなかったな…とルドルフは記憶を巡らせる。
「どうかしたか?」
「いえ、それよりも聞きたいのですが、私達に依頼をしたということは、なにか命を狙われていたということがあったとか?」
ルドルフが尋ねるとシュティンケンは
「ああ、最近なんか外を歩いたりしてると誰かにつけ回されてるような、見られているような、そんな感じがしててよ…」
と答える。ルドルフは王冠をかぶった胴長の狐が描かれた手帳に書き込む。
「見られているような感じ、ねえ?」
セリアが窓に向かい、覗き込む。窓の外から見える建物の窓からなにかが一瞬光ったような気がした。
「まあ、あたしたちがいるなら大丈夫だから、安心していいよ」
セリアは窓のカーテンを閉めると、シュティンケンにむかって宣言した。守るべき対象が否か?こうして奇妙な警護依頼が始まるのであった。
さていかがでした?




