CASE15 覚えておいてね
ホムンクルスに関してルチナが知りたいようです
「では、今日は新たな魔道具の調合を教えようと思うけど…」
ルドルフが素材と錬金釜の前に立って調合を始めようとするが、ルチナの目線は別のところを向いていた。
「んうう…気になるなあ」
「きゅむ?」
ルチナがはマリーと見つめ合っていた。朱色の眠そうな瞳、目の下のクマ、マルーン色のサイドテールの髪、尖った耳、ルドルフお手製のモノトーンのロリータファッション…ルチナにはマリーは不思議そのものであり、いつか詳しく知りたいと考えていた。
「ま、マリーがどうしたんだい?」
「ほんと、どうやってこんなかわいい生き物を…なにをどうしたら…」
ルチナはマリーに関して知りたいようだった。
「…まあ、錬金術を学ぶならホムンクルスに関することは知っておいたほうがいいからね。よし、魔道具の調合の前に、ホムンクルスに関して説明するよ」
かくして、ルドルフによるホムンクルスに関しる講義が始まった。
「ホムンクルスは錬金術により作られるいわゆる人造人間というのは知ってるね?」
「ええ、知ってますっ」
「その製法や材料は錬金術師によりまちまちではあるんだけども…ぼくの場合はまず、核となる生命の石。これは生命エネルギーがあふれた鉱石で、ホムンクルスの心臓にあたる部分になるんだ」
ルドルフはそう言うと、鮮血のように赤い宝玉が写った写真を取り出す。
「実物じゃ…ないんですね?」
「ああ。これ、極めて珍しい素材でね。マリーを作ってから、一度もお目にかかれてないんだよ。ただ、触ると温かく、なんかとくん、とくん、と脈打つような感覚があるんだ」
ルドルフの説明を聞いたルチナはマリーをじっと見つめる。
「つまりは…マリーちゃんの中でこの小さな石がとくん、とくんと動いてるわけなんですね…」
「まあそういうことだね。それと、他には…」
「なんだか、幻想的でかわいいものが出てきそうですっ」
ルチナの脳裏に、なんだかかわいいものや生命の石が錬金釜で混ざり合い、マリーが誕生するイメージが浮かんだ。しかし、その幻想はルドルフが続けた言葉により跡形もなく消し飛んだ。
「瘴気と霊気を帯びた沼地の腐った水、霊薬の材料にもなるマドウイボガエルの内臓、ヤギの目玉と角、枯れ木、と」
「え」
ルドルフの口から出たのは、想像するだけでおぞましい物だった。マリーを見つめるルチナが凍りつく。
「すみません、聞き取れませんでした」
「瘴気と霊気を帯びた沼地の腐った水、霊薬の材料にもなるマドウイボガエルの内臓、ヤギの目玉と角、枯れ木、と」
「え」
処理が追いつかずフリーズするルチナに対し、ルドルフが先ほどと全く同じように答える。
「そ、そんな、マリーちゃんがそんな…てか、マドウイボガエルって…?」
「これだよ」
ルドルフは錬金術の教本を取り出し、ページを開く。そこには、緑と枯葉色のまだら模様のイボガエルの写真と、解剖図がはっきりと載っていた。ルチナの目が見開かれ、青と白のハーフ&ハーフになり、口元になにかこみ上げる。
「す、すみません、お手洗いに…」
ルチナは口元を押さえ、お手洗いへ駆け込む。数分後、ルチナは戻ってきた。
「うう…錬金術怖い…」
「ルチナくん、この話はやめようか?死相が出てるぞ…」
どんよりとした表情のルチナを見たルドルフが心配そうにする。
「い、いえ…大丈夫です…立派な錬金術師になるため…」
「たくましいなあ…うん、なら…あとひとつ…大事な材料があるんだけど…言っちゃっていいのかな…?」
ルドルフがルチナから目を逸らし、頬を染めている。ルドルフの様子がおかしくなったことにルチナが首をかしげる。
「え、先生?」
「ルチナくん…うん、これね、大きな声で言えないんだよ…あと、これを聞いてもマリーと仲良くしてくれるかな…?」
「え、そんなすごいものが…?さっき以上に…?」
ルドルフの目が何かを決意したような顔になる。ただならない雰囲気を感じたルチナに緊張が走る。
「……」
「きゅむ?」
マリーの方を見ると、無垢な瞳で見つめ返される。ルチナはマリーを抱きかかえる。マリーの体温がルチナにも伝わる。手首にとくん、とくん、というマリーの小さな鼓動を感じる。
「ええ、大丈夫です、あたしもマリーちゃんが好きなので」
ルチナの返答を聞いたルドルフは一瞬複雑そうな表情になる。
「ああ。じつはね…うん」
「え、え…」
ルドルフがルチナに耳打ちすると、みるみるうちにルチナの頬が赤く染まる。
「その、その…いや、人造人間とはいえ生き物だからもしかしたらとはおもいましたが、そんなせい…せい…しゅあっ!?」
「うん、やっぱり驚くよね…」
ルチナは動揺のあまり勢いよく舌を噛んだ。ルドルフはルチナが落ち着くまで放っておくことにした。
「あうう…これはあたしに作るのは難しいかも…」
「ルチナくん、ホムンクルスに関してだけど…最後に伝えることがあるんだ」
幾分か落ち着いたルチナがため息交じりに言う。ルドルフはルチナと目線を合わせ、話し始める。
「ホムンクルスは錬金術で作るわけだ。人間が作りたいなら異性同士でくっつけばいい、そうした摂理に反する生命の作り方は驕りがすぎる…そういった見解をもつ錬金術師だって少なくない。ホムンクルスの研究を禁忌だとする声もあるんだ」
ルドルフが話し始めたのは、ホムンクルスを巡る倫理観だった。生命錬成は禁忌か否か?そう語るルドルフの表情はどこか複雑そうであった。
「確かに、作られた側からしても何故作った?と思われても仕方ない部分があるし、それに正しく答えることは今の僕にはできない。僕にできるのは、作った命に向き合い、寄り添い、その答えを見つける、ことかな。勿論、マリーのことは自分なりに愛を込めて接しているつもりだよ…」
ルドルフはマリーに歩み寄り、手を差し伸べる。マリーは小さな両手でルドルフの手を握りしめる。
「ともかく、ホムンクルスを作ることを簡単に考えてはいけない、僕が伝えたかったのはそこだよ。命と向き合う覚悟ができていない錬金術師にホムンクルスを作ってほしくないと僕は思うよ」
「覚悟…ですか」
ルチナがルドルフの言葉を反芻するように呟く。思えばルドルフの言う通り、ホムンクルスに関して簡単に考えていたのかもしれない…。ルチナはそう思った。
「あの…それと聞きたいんですけど、ルドルフ先生がマリーちゃんを作った理由は…?」
「うーん…これ、偉そうにああいった手前、答えづらいんだけど…」
ルチナが質問を投げかけると、ルドルフは答えづらそうに続ける。
「ルカスくんとセリア以外に部下がいなかったし、人手がほしいなと思ってたんだ。求人出しても人が来ないし…そんなときに裏商店の魔道具屋で生命の石を見つけてね…ホムンクルス作ろうという発想に…」
動機はなんてことのない、人手不足からくるものだった。
「た、たしかに先生は3日連続で徹夜とかしてると聞きましたし、人手がほしいってのはわかりましたけど…」
「ぼ、僕なりにマリーとは真剣に向き合ってるし、愛を注いでるつもりだよ…」
ルドルフの弁明をみて、マリーはこくりと頷く。
「それはわかりますよ。マリーちゃんのかわいい衣装だとかいろいろ、全部先生が作ってるし、マリーちゃんがこんなにべったりなんですから!」
「あ、あまり言わんでくれ…」
ルドルフは照れくさそうに顔を伏せる。
ルチナの言葉にルドルフは照れくさそうにする。傍らのマリーの頬が赤くなっている。
「さ、さて、魔道具の調合に関して…と思ったけど、もう夕刻か」
「そろそろクリ姉が迎えにくる頃だ」
気づけば窓から見える景色は茜色に染まっていた。
採掘の仕事を終え帰路につく鉱夫たち、買い物帰りの親子、店を開け始めた酒場。窓から見える景色が夕刻だと物語っていた。
「ルチナちゃん、帰るわよ?今日もいい勉強ができたかしら?」
狩りの成果を手にしたクリセルダがオフィスの戸を開け、声をかける。
「えへ、すごくいい勉強ができた…かな?それじゃ、先生、またお願いしますね!それと、マリーちゃんをいっぱい可愛がってくださいね!」
「ああ、当然だよ。それじゃルチナくん、またね」
「きゅむきゅむ!」
ルチナはルドルフに一礼すると、クリセルダのもとに駆け寄り、オフィスを後にした。ルドルフとマリーは小さく手を振り見送った。
「さて、今日は店じまいかな…」
ルチナたちを見送ったルドルフが営業を終えようとした時だった。オフィスの戸が叩かれる。
「はい、どなた?」
ルドルフが戸を開け、来客を出迎える。玄関前に立っていたのはシルバーアッシュの髪を肩まで伸ばした長身の女性だった。
「貴方が錬金術師のルドルフね?」
黒い外套の下に黒くぴっちりとしたボディスーツと黒光りする革鎧を着たいかにも怪しい風貌に暗く輝く青紫色の瞳…。雰囲気はまさに怪しいとしか言えない。
「な、なんの御用ですかな?」
ルドルフはその怪しさに思わずたじろぐ。
「いえ、御用というほどでは。同じ錬金術師として、一度こちらをみておこうと思ってね。私はウィルマ。ヴァルト王国の北方にあるウルゴス帝国で錬金術師をしているわ、覚えておいてね」
「ウルゴス帝国…」
ルドルフもその国名に聞き覚えがあった。ウルゴス帝国…ルドルフたちの住むヴァルト王国の北方にあり、優れた軍事力をもち、錬金術の研究が非常に進んだ国である…ルドルフの認識はこのようなものだった。
「ええ。このあたりに野暮用があって、ここにも寄ってみようと思ったの」
ウィルマと名乗った女は陳列された品物を見つめる。
「ふむ、爆弾、魔道具、インゴット、食料品に薬品に雑貨類…いろいろなものがあるようね?」
「ええ、ここにないもの以外ならば…」
「ええ、ならばこのインゴットに、ポーションに、あとは…」
必要なものをルドルフから受け取ると、傍らにいたマリーに目を向ける。
「このホムンクルスのおちびちゃんは…おいくらかしら?」
「きゅむ!」
ウィルマがマリーを撫でる。マリーはルドルフにしがみつき、ウィルマに対して警戒心をあらわにする。
「い、いえ、この子は売り物じゃありませんから…私にとっては業務のパートナーであり、我が子のようなものなので…」
「き、きゅむ…」
ルドルフがやんわりと言うと、ウィルマはにやりと笑みを浮かべ、マリーを撫でる。
「わかっているわよ、かわいいから少しからかってみたかっただけ…だからそんなに怖がらないでよ、おちびちゃん」
「き、きゅむ」
なおもマリーはルドルフにコアラのようにしがみついて離れず、ウィルマへの警戒を解かない。
「ふふ…それと、あと必要なのが…魔法陶土はあるかしら?」
「魔法陶土、ですか」
魔法陶土とは、錬金釜や魔力で動く機械、ゴーレムなどの材料になりうる粘土の一種であり、そういったものを作る錬金術師にとっては欠かせないものである。ただ、今は切らしており、オフィスにはなかった。
「すみません、品切れでして…また調合いたしますので、数日後ここに来ていただければ…」
「ええ。またいずれ…。では今日はポーションとインゴットをこれだけ」
ウィルマはルドルフから品物を受け取ると、銀貨の入った袋を手渡す。
「では、ありがとうございます。3日あれば必要分の魔法陶土は出来上がるかと…」
「ええ、頼んだわね、おちびちゃんとずっと仲良くね?」
ウィルマはにやりと笑いながらルドルフとマリーに手を振り、オフィスを後にする。
「ルドルフ…マリー…その力と特異性…利用しない手はないようね…。私の、渇望のためにも…」
ウィルマは転移魔術を使い、ある場所へ移動する。
「へ、なんだってんだ、ウィルマさんよ」
ウィルマが向かったのはヴァルト王国の西の最果てにある錬金術師のギルド…。一室には大きな錬金釜、資料が並べられた本棚、あらゆる素材が保存されている倉庫へ繋がる扉、そして、胸を切り開かれ、生命の石を失ったホムンクルスたちの骸が転がっている。
「ええ。いいものを見つけてね。シュタール村の便利屋ゼルトザームって、知っているかしら?」
さていかがでしたか?




