CASE16 追憶
今回はルドルフの過去の掘り下げになります。
CASEを先に読んでおくといいかも?
「ええと、これは…なんでこんなの捨ててなかったかなあ…」
仕事が終わった夜中、ルドルフは自室を掃除しようと、いらないものを袋に詰めていった。ルドルフはあまり物を捨てるというのが得意ではなく、壊れたペン、読まなくなった本、マリーの服の失敗作など、捨てずにそのままになってることも多かった。そうしているうちに、ルドルフはある数冊の書籍を見つけた。
「これは…ああ、懐かしいな」
それはルドルフがアカデミーの1年生だったころに使っていたテキストだった。魔法術や魔法体系、錬金術などをこれで学んだものだ。懐かしくなり、表紙をめくると、目次のページの片隅にペンで書かれた一文が目に入った。
大事に使ってね! エリーゼ
「ああ、これは…」
ルドルフは在りし日のことを思い出した。それはアカデミーに入学して数ヶ月が経った頃だった。
「たしか昨日はここだって…」
入学してから優秀な成績を残し、アカデミー始まって以来の才人と呼ばれたルドルフは妬まれ、いじめに遭い、テキストを水没させられて使えなくされていた。なので上級生が進級前に使っていたテキストを譲られる…ということになっていた。
「あ、ルドちゃん、ここだよー」
「ああ、エリーゼ先輩、って、誰がルドちゃんですか!」
あたりを見回すルドルフに向けて青みがかった緑色の髪の少女が声をかける。彼女が件の上級生である。
出会って間もないのに気安くルドルフを呼ぶその姿にルドルフが思わずツッコミをいれる。
「いいじゃないいいじゃない、ほら、これだよ、もうあんなことされないようにね…」
「する側に言ってくださいそういうのは…ともかく、ありがとうございます…」
テキストを受け取ったルドルフが言うと、エリーゼは合点が行ったという表情になる。
「それもそうだね、よし、先輩として悪い後輩にガツンと言ってきてあげるよ!」
高らかに宣言したかと思うと、エリーゼは足を踏み鳴らしながら1年生の教室へ向かっていく。
「…!?え、ちょ、あの人なに考えて…って、待てええ!?」
理解が遅れてフリーズしたルドルフが遅れてエリーゼを追いかけていく。
「ち、ちょっと!?」
ルドルフが1年生の教室へいくと、底には頭に大きなタンコブを作ったエリーゼがいた。
「うう…ルドちゃんにたいしてちょっかいかけたやつを探してたら…名乗り出たんだけどね、殴られちゃった、おまけに転んですりむいて制服破れちゃったよ…」
「ほんとなにやって…いえ、僕なんかのために、すみません…」
ルドルフは出かかった小言を止め、エリーゼに謝罪の言葉をかける。
「あはは…大丈夫だよ、やらなきゃ、と思ったからやっただけだから」
「ならせめて、手当てと破れた制服の修繕くらいはさせてください…」
「わわあ、それ助かるな!」
「それは…よかったですけども」
ぱあっと顔をほころばせるエリーゼを見て、ルドルフは微かにに笑みを浮かべる。
「あはは、ルドちゃん笑った笑った」
「誰が笑わせたと…もういいです…」
「今日のことは日記に書いておこうかな」
そう言いながらエリーゼは一冊の手帳を取り出した。
「朝っぱらから書いてどうすんですか…しかもなんですかその変な手帳は…」
「え?変かな…?あたしはすっごくかわいいと思うんだけど…」
エリーゼが持っているのはゆるいタッチで描かれて王冠をかぶったやたら胴の長い狐が表紙に描かれたかわいいとも珍妙ともとれるふざけたデザインの手帳だった。
「ルドちゃんも欲しい?家にいっぱいあるんだよ!どうかな?気遣いのできる女の子!」
「お気遣いなく、という言葉の使い所ですかね…」
ドジで頼りなく、どこかズレたところがあるけど正義感があり、誰よりも優しい劣等生…それがルドルフの恩人であり先輩であるエリーゼだった…。
「…あはは…こんなこともあったよなあ…。エリーゼ先輩…」
ルドルフはテキストを閉じると、テキストを本棚にしまいこみ、椅子に腰掛ける。自室の机を見る。2人で撮った写真、アカデミー卒業祝いに贈られた万年筆…古びた一冊の手帳…あたりにはエリーゼとの思い出の品がいくつも並べられていた。
「寝よう…今日はもう」
居た堪れなくなったルドルフは寝床につき、眠りにつくため目を閉じた。微睡みの中、ルドルフは夢をみていた。
「…い!…ぱい!エリーゼ先輩!」
オフィスの一角にうずくまるエリーゼにルドルフが歩み寄り、声をかける。
「ルドちゃん…あたし…あたし…」
「そんな、僕だって言い過ぎました…だから、顔を上げてください…僕の前から、いなくならないでください…」
ルドルフが声をかけ、目線を合わせる。エリーゼは悲しげな笑みを浮かべ、ルドルフにささやく。
「ルドちゃん…ごめん、あたし、もう…」
「…え」
一瞬何が起きたかわからなかった。目眩が起きたかと思うと、その場からエリーゼの姿が消え、その場には血塗れの腕だけが残されていた。
「あ…あ…」
鼓動が早くなるのを感じる。冷たい汗が頬を伝う。その場に崩れ落ちるルドルフの頭の中に声が響く。
お前のせいだ
お前のせいだ
お前のせいだ
お 前 が 殺 し た
「うあああああああああああああああああ!!!」
そこで目が覚める。薄暗い部屋をぼんやりと照らすランプ、ルドルフの傍らで眠るマリー…目覚めたという感覚と、早いままの鼓動、びっしょりとかいた汗…先ほどまで悪夢をみていたという感覚に包まれる。
「…僕が…僕が…」
否が応でも先程の夢が頭から離れない。手が震え、ルドルフの心臓は苦しいくらいに鼓動を打ち続けている。
「お、お兄様、お兄様!?」
ルドルフの叫びで目を覚ましたセリアがルドルフの部屋に飛び込んできた。
「せ、セリア…」
「な、なにがあったの!?只事じゃなかったよ!?」
セリアはルドルフの目をまっすぐ見つめ問いかける。
「だ、大丈夫だよ…ちょっと、嫌な夢をね…」
ルドルフが今にも消えそうな声で答える。セリアは部屋に置いてある椅子を持ち出し、ルドルフのベッドの真横に置き、腰掛ける。
「…もしかして、まだ引きずっていたの?エリーゼ先輩のこと…」
「…!」
「やっぱり…」
セリアに指摘されたルドルフの目が開かれる。セリアには見抜かれていた。
「あれは誰が悪いわけでもなかった。不幸が重なったんだよ…お兄様やエリーゼ先輩が悪かったわけじゃないんだから…」
セリアがルドルフを諭すように語りかける。ルドルフは大きく息を吸っては吐いてを繰り返し、あの日に思いを馳せた。
ルドルフが便利屋ゼルトザームを設立したのは7年前。アカデミーを卒業後、錬金術の研究機関で数年過ごした後、便利屋を設立していた。そこから1年半ほど経った頃…
「では、よろしくお願いしますね」
「えへー、こちらこそ!ルドちゃ…いえ、ルド…社長?」
「…ルドちゃん、でいいですよ、別に、てかその手に持ってる手帳…ずっと同じデザインのやつ使ってますね…そんなに好きなんですか…」
エリーゼが便利屋ゼルトザームに加入した。アカデミーに居たときと同じくドジや失敗は多く、頼りないが、それでも錬金術師もあり、ある程度の調合はできるということで調合を任されることも多かった。
「ルドちゃんルドちゃん!西の高原で虹の石が見つかったって聞いたよ!」
「それ…本当なんですか?あのあたりはまだ調査できてないからなんともいえませんが…」
「とか言いながら、きっちり準備してるね?」
「こ、これはあくまでインチキを暴くためです!インチキを暴くため!希少な鉱石だからとホイホイいくわけではないですからね!?」
「ルドちゃん、あたしと二人だとなんかテンションおかしくなるよね」
希少な素材の噂を聞きつけては騒ぎ出し、ルドルフもそれに乗っかって大がかりな調査に出ることもあった。噂は本当でも行き先で大変な目にあったり、完全なデマで途方に終わることも少なくなかったが。
「ルドちゃんルドちゃん!死んで間もない人の魂を呼び戻す魔法術の魔導書だって!魔導書のお店で買ったよ!」
「なんですかそれは…思いっきり代償が書かれてますね。唱えた人の命と引き換えにって…先輩、買った分のお金はあげますから、これ捨てていいですか?まさかもう覚えてないですよね…」
「だ、大丈夫だよ…読んでもわからなかったから…」
倫理的に大丈夫なのかと疑問符が浮かぶ魔導書を買ってくるようなこともあったが、なんだかんだ充実した日々を過ごしていた。便利屋創設から2年余りが経ったある日…
「何してるんですか!僕がなんとかしてなきゃ、先輩が死んでたかもしれないし、オフィスが吹っ飛んでたかもですよ!?」
エリーゼが依頼されていた品物を調合していた時のことだった。エリーゼが錬金釜の反応を見逃し、火を止めるタイミングを誤ったために過剰な反応が起き、あわや爆発…というところでオフィスに入ったルドルフが慌てて対処したことで釜にヒビが入る程度の被害で済んだのであった。これだけならルドルフも稀にやってしまうことではあったが…
「全く、なんでこうも…」
「ご、ごめんなさい、ルドちゃん…」
この日は何かが違った。ルドルフは自分でもよく分からないくらいに怒りを感じており、あとから考えても不可解で、何故そこまで…と思うほどだった。
「少しは…自分がどれだけ危険なものを扱っているかという自覚を持てないんですか!!何年錬金術を学んできたんですか!!」
ルドルフが矢継ぎ早に怒鳴り立てるとエリーゼは肩を落とし、青ざめる。
「はぁ…はぁ…もう、今日は帰ってください…先輩…」
息を切らしたルドルフが告げる。その顔には疲れと悲しみの表情が見えていた。
「…ごめんなさい…ルドちゃん…」
エリーゼは肩を落としたまま、オフィスを後にしていった。これが、2人の最後の会話になるとはその時誰も思っていなかっただろう。その翌日だった。
「ふむ…よし、終わった…」
「あれ、エリーゼ先輩まだ来てないの?それとも出かけの仕事?」
錬金釜の修理を終えたルドルフにセリアが声をかける。いつもならすでに来ている時間なのに、エリーゼは姿を現さない。ルドルフは胸を締め付けられるような感情に包まれた。
「…どうしたんだろうか…嫌な予感がするけど…」
「エリーゼ先輩、よく人助けとかで遅くなることあるし、それじゃないかな?」
「だといいけど…」
朝を過ぎ、昼下がりになってもあらわれない。胸騒ぎがさらに大きくなってきた頃、オフィスの戸が叩かれる。
「エリーゼ先輩!?」
ルドルフが急いで戸を開けると、そこには一人の男が立っていた。
「え、あなたは…来客でしょうか?」
「すみません、わたしは隣町で自警団をしているものですが…エリーゼさんが所属している便利屋ゼルトザームで間違いないですね?」
「え、ええ、どうかいたしましたか?」
嫌な汗が頬を伝う。胸が苦しくなるくらいに鼓動が打たれる。
「エリーゼさんが町外れの森で腕だけになって発見されまして…」
「…は?それはどういう…」
男が語り始める。早朝、いつものように便利屋へ向かうエリーゼは道に一人の女がうずくまってるのを見つけた。エリーゼが声をかけるとその女は突如、女の胴体から蜘蛛のような脚が生えた異形の魔物に姿を替え、エリーゼを町外れの森へ連れ去ったのを町民が目撃したと…
「わたしが森へ行ったときには、腕だけになって見つかりました…」
「し、しかし…腕だけでは本人とは…」
「…確認してみますか?見ないほうが良いかもですが…」
男は小さな棺のような箱を取り出す。箱の中には斬り落とされた人の腕が入っていた。腕には見覚えのある火傷の跡がのこっていた。エリーゼが調合に失敗した際にできた火傷の跡とよくにた形をしていた。
「そ、そんな…」
「それとこんなものが。この手帳に見覚えは?」
男が手渡したのは、かつてルドルフが変なデザインと言った手帳だった。手帳にある名前、腕についていた調合に失敗したときの見覚えのある火傷の跡…その腕がエリーゼのものだということを伝えていた。体は確認できていないが、腕を切り飛ばされて無事ではいられないだろう。
「先輩…先輩…」
ルドルフは手帳を開く、手帳にはなんのことのない日常や、調合のコツやレシピが自分なりにまとめてあったのが書かれていた。めくっているうちに、先日の日付の日記が目にはいる。
"今日は調合に失敗して錬金釜を壊して、ルドちゃんにすごく怒られた…。あたしがドジだかいつも迷惑かけちゃって…ドジを治す薬が作れたら、なんて思ってしまう、そんなもの、あるはずないのに。明日はルドちゃんに謝ろう…そして、また進んでいかないと。皆が幸せになれる錬金術師になる。ルドちゃんとあたしの夢なんだから…"
日記はそこで止まっていた。開かれたページにぽたり、ぽたりと涙が落ちる。
「そんな…先輩…先輩…あああああああああ!!!!!」
後悔、悲しみ、罪悪感、絶望…様々な感情が入り混じった叫びがオフィスの中に響く。爪が食い込み、血が滲むほどに強く握られた拳が床に振り下ろされる。痛みなんて感じられなかった。その後の記憶は途切れている…。
「何故僕はあの時、いつになく感情的になってしまったんだ…何故先輩は、あんな所に…そんな事ばかり頭をよぎってしまって…」
ルドルフが重い口を開く。セリアはただただ黙って話を聞いていた。
「…今夜はここにいるよ、一人にしたらお兄様、そのまま何するかわかんないし…なんなら、子守唄とか歌ってあげてもいいんだよ?」
「い、いや…それはいいから…」
セリアがベッドに横たわるルドルフの手をかたく握りしめる。ルドルフはいたたまれなくなったのか壁の方を向く。セリアはそれをただただ見つめていた。落ち着きを取り戻したルドルフはいつのまにか眠りにつき、夜が明けた…
「ん…」
目が覚めたルドルフは辺りを見回す、いつのまにかマリーがルドルフの背中にしがみついて眠っている。
「むにゃ…トマトピュレは…」
セリアはベッドの隣に置かれた椅子に腰掛けたまま眠っていた。安心したような顔で、だらー…とよだれがたれている。
「セリア…ありがとな」
セリアをベッドに寝かせるとルドルフはオフィスの錬金釜へ向かう。
「さて…なんとか、やっていこうかな」
悲しみや辛さも胸の奥にしまい込み、今日もまたルドルフは業務に取り掛かる。
「ええと…錬金陶土は…」
少し吹っ切れた様子のルドルフは依頼の品の調合を続けている。だが、そんなルドルフに魔の手が迫っていた…
さていかがでした?




